【2-17】いない
リーンハルトが図書館で刺客と対峙している一方、ロミエもまた、ある人物の背中を捉えていた。
何やら左腕に本を抱えた、どこにでもいる町民といった姿の青年である。
黒いカツラの下に薄緑色の髪を隠した彼は、大通りを離れて薄暗い路地へと進んで行くので、ロミエもそれに続いた。
「ら、ランツっ……さまっ……」
息を切らしながらロミエが声をかけると、その青年——マイト・ランツは驚いたように振り返った。
「うおっと……なんだ、ハルベリィさん――じゃなかった、ニヒリアさま?」
マイト・ランツはロミエの正体を知っている。
とはいえ、人前で「ニヒリア」なんて呼ばれたらたまったもんじゃない。
「そ、そのぉ……元のっ、呼び方で……ハルベリィ、でっ、お願いします……」
ロミエは膝に手を付き、肩を上下させながら声をひねり出す。
マイトは一瞬考える素振りをして、すぐに肩を竦めた。
「わかったよ、ハルベリィさん。ていうか気づかれないかと思ってたぜ……。……そんで、早速本題に入っても良いか?」
「は、はいっ。ぁ、その……潜入調査、ありがとうっ、ございました……っ」
ロミエは勢いよく頭を下げる。
暗殺未遂があったあの日、互いに利害が一致していたとはいえ、強引に契約をも結び敵地へと放り込んだのだ。
それだけじゃない。あの日の選択により、マイトは行方不明という事になっている。今さら顔を出すことなんてできないだろう。
ロミエは――ニヒリアは彼の故郷を手放させてしまったのだ。
(なに言われても、受け入れなきゃ……いけない)
ギュムっと唇を噛みしめ、彼の言葉を待つ。
しかし、マイトは飄々とした声で言った。
「ちょちょっ、そんな思いつめなくったって大丈夫だって! 俺は俺の意志でここに来たんだかっさ。だから上げてくれって。それに、あんま長居すんのもマズイ」
「すみっ、ごっ……ごめんなひゃい……っ」
(うぅ……ろれつが回らないぃぃ……)
さっきまでカフェでお菓子を食べてはコーヒーを飲んでいたのだ。元より運動不足なロミエが、いきなり走り出して平気なわけがない。
「だ、大丈夫そ……?」とマイトが声をかけてくるので、ロミエは痛む横腹を抑えつつ、コクコクと頷く。
「そのっ……う、動きが、あったんです、か?」
「あぁ、実はな――」
マイトが刺客達の動向を伝えてくれる。
暗殺未遂事件の時にいた白と黒の魔術師は、イスベルク王国出身の魔術師らしく、街の地下に敷かれた旧水道にアジトを構えているらしい。
そしてもう一国、ロンド王国の北側に位置するシュヴァルツェン連合王朝の協力者もいるそうだ。
「んで、そいつの計画によると、今日から三日後にもう暗殺計画が仕組まれてる。街で騒ぎを起こさせて、その隙に学園全体を攻撃するらしい」
「学園を攻撃……ですか? でも、大規模な結界が張られてるし、暗殺にそこまで大規模な事って……」
それはもう侵攻なのでは? とロミエが疑問を口にすると、改めて説明してくれる。
マイトが言うには、学園内のスパイと共に高濃度の魔素で満たされた霧を発生させるらしい。
(確かに、それなら学園内の人たちは魔力中毒で動けなくなる。その隙に……ってことなのかな)
なるほど、確かにそれなら――と納得していると、ふと学園内にいるスパイについて気になった。
「あの、学園にいるスパイって……?」
「あー、ハルベリィさんは知らんと思うけど、タディカスヘンシェっていう、帝国出身の美術教員で……」
「えっ…………ぁ、あの先生が……スパイ、だんたんです……か?」
「え、知ってんの?」
「は、はいっ。……その、美術絵画の授業をとった、ので……」
ロミエがもじもじと答えると、マイトは驚いたように目を見開く。
「ハルベリィさんて、美術なんかに興味あったんか!?」
「そ、そそっ……そういうわけじゃ、なくってぇ……――」
「――ロミたん! そっちは来た道じゃないぞ!」
副会長に強引に決められました――とロミエが答えるよりも早く、それを遮る人物がいた。
聞き覚えのある声……いや、聞きなじみのある元気な声に、ロミエはビクリと肩を震わす。
ギ、ギギギ……と振り返ると、路地の入口に黒髪の少女キルトエが仁王立ちしていたのだ。
彼女はロミエの奥、路地の暗がりに立っているマイトを見つけると、怪訝そうに眉を顰める。
「ロミたんこっちに来い。そいつ、見るからに不審者なのだ」
「ふ、不審者じゃねーし!? あぁいや、似たようなもん、ではあるか……」
マイトは「とほほ……」と肩を落とす。
そして少しの思案を挟んだ後、おもむろに右手を頭に伸ばし――カツラを取った。
黒髪のカツラが取れ、あらわになるのは薄緑色の短髪。その人物の名を、キルトエも知っている。
「ま……マイト・ランツ……先輩、か……?」
「おう、あんとき講義室で会って以来だな」
行方不明だったはずのマイトが、すぐ目の前に立っていて、ヒラヒラ〜とカツラを振っている。
衝撃でポカーンと口を開き、唖然としているキルトエを他所に、「仕事はちゃんとやってんか?」と軽口をたたくマイト。
「てっきり亀裂に…………い、生きてる、のか?」
「おうよ……ま、いろいろ事情があんだ」
(いろいろ……うん、ほんとにいろいろだ)
説明しようとしたら、まず騙されていたとはいえ、彼が第一王子暗殺未遂事件に大きく関わっていたことや、現在の境遇についても説明せねばならない。
もちろん、ニヒリアの事も含めて。
(ど、どうしたら誤魔化せるかな……)
二人はなおもロミエを間に挟み、無言のにらみ合いが続いている。
ひとまず危害を加えるつもりはないんだと、ロミエが仲裁しようと口を開いて――
――その声を、バリンとガラスが割れ響く音にかき消された。
同時に、大通りの方から多数の悲鳴が聞こえてくる。
一番通りに近かったキルトエが、音がした方向――もと来た道に振り返ると、大きく目を見開いて、わなわなと唇をひくつかせた。
「え、えっ……あ、あれ……あそこって……」
どうにも様子がおかしい。限界まで見開かれた瞳は小刻みに震えているし、顔色も土気色。
いつも元気で笑っているキルトエからは想像も出来ない、そんな絶望した表情で何かを見上げていた。
「い、いったいなに……が…………」
「……これって、まさかアイツ……ッ!」
ロミエとマイトも慌てて駆け寄り、その情景を見て呆然と立ち尽くした。
街の一角、大通りの一角に巨大な氷の柱ができている。
いや、それだけじゃない。柱の根元にいた複数人の人々も、氷の奥に閉ざされていてのだ。
そしてその場所こそ――
「しょ、ショルが……シアが、まだ……まだあの中にいるのだ……!!」
「……っ!」
人々がパニックで逃げ惑う中、キルトエはその濁流を乗り越えて氷の根元まで向かってゆく。
それにロミエとマイトはついて行きながら、マイトが悔しそうに悪態を吐いた。
「クッソ。エルベンスが動き出しやがった……!」
「える、べんす……?」
「殿下暗殺の刺客のうち一人で、氷に適性があるやつなんだ。……けんど、まだ計画は3日後だったはずだろ? なのになんで……って、まさかっ」
(内通してることがバレてたのか!)
マイトはギリリと奥歯を噛み締める。これなら、さっさとニヒリアに伝えておくべきだった。
氷柱の元にたどり着くと、魔術で作られた氷特有の透明度によって、氷に閉ざされた内部がよく見える。
カフェの中にいる人々は、みな一様に驚いた表情を浮かべたまま静止していた。
それもしょうがないだろう。いきなり世界が氷に包まれたのだから──そう推察して、ふと違和感に気がついた。
店の中にいる人々の見ている方向が同じ。そしてその先にある窓は盛大に割れていて、破片が近くのテーブルに散乱しており、キラキラと光を反射していた。
そして……
「ショルとシアがいない……いないのだ、どこにも!!」
更新遅れて申し訳ありません!
構成考えてたら、キャラに感情移入出来なくなっており、少し期間開きました……。
次のお話は明日公開いたします!




