【2-16】未来の話/黒き霧
(……そろそろ来る頃かな)
生徒会室で作業をしていたリーンハルトは、未だ積み重なった書類を背にして、生徒会事務室に向かう。
今日は休息日で、事務室内の人影は姿は少ない。
とはいえ仕事はあるので、何名か残って作業をしていた。
リーンハルトは残っていた一人に声をかける。
クルクル茶髪の癖っ毛、会計長の少年ヴィンセント・ストラッドだ。
「やあ、ヴィンセント会計長。ちょっと君に頼みたい事があるんだ」
「リーンハルト会長! 頼みたい事、ですか?」
「なんでもやりますよ!」と元気よく腕を回すヴィンセント少年に微笑みつつ、リーンハルトはある封筒を手渡す。
「……これは?」
「ニコ書記長についての報告書なんだ。まだ内容を確認していないから、二人で先に確認してみてくれ」
「っ! わかりました! 早速ニコ先輩に伝えてきます!」
「ああ、気を付けてね」
ヴィンセントが意気揚々と事務室を出ていく。
書記長のニコ・リシュリューは、今日も研究室に閉じこもっているだろうから、見つけやすいだろう。
(……相変わらず、ヴィンセントは片付けが苦手らしいね)
リーンハルトはヴィンセントの机を見下ろしながら、そう肩を上下させる。
会計長の机には、さほど書類がないのにもかかわらず、ペンや資料、果ては計算済みの書類が乱雑にばら撒かれているのだ。
とりあえず、ペンと書類を丁寧に片付ける。
たまに魔術式を殴り書きした裏紙が挟まっているのが、何とも彼らしい。
一通り片付けたリーンハルトは、チラリと監査長の机を見る。
流石は真面目なアールグレイだ。机の上には無駄なものが一切なく、ペン立てまでも美しく整えられている。
(そういえば、アールは模擬戦の立ち合いをしているんだっけ)
アールグレイは学園でも屈指の実力者で、もうじき上級魔術師資格を取るのではないか――なんて噂されている。
実際、アールグレイは噂の通り上級魔術師に片足を突っ込んでいる。特に風属性魔術については上級魔術も使えるらしい。
魔術戦でも彼が出場予定だし、これから始まる事件を上手いこと糧にして、さらなる成長に役立ててもらいたいところだ。
用が済んだリーンハルトは、サッと事務室を出て校舎を下っていく。
目指すは図書館の裏手。魔素の流れを肌で感じながら、歩むスピードを上げた。
もう間もなく、学園が危機に見舞われるのだ――。
──────────
ロミエ達4人は、コーヒーを飲みながら買っていたクッキーやパンを並べて、いろいろ他愛もない会話を楽しんでいた。
ロミエはその話に耳を傾けながら、ちびちびとコーヒーを飲んではクッキーをかじる。
「みんなは将来の夢とかあるか?」
そのさなか、不意にキルトエがそう問いた。
「ちなみに、我は魔術師団に入るのだ! 給料も保証も手厚いし、なによりカッコイイ!」
「い、意外と現実的ね……」
「キルトエちゃんって、なんだかんだ勉強もできもんね~。実技も1番でしょ〜?」
「その方がカッコイイだろう? 文武両道! なんでも出来る!」
「き、キルさん……すごいっ」
――キルさん。
ロミエから出てきた精一杯の愛称に、キルトエは一瞬目を見開いて、すぐ「にっひひ」と嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「それで、みんなはどうなのだ?」
「ん〜っと……」
「モグモグ」
「……ぇ、えっと、ぉ……」
ショルとロミエは口ごもり、シアはクッキーを頬張って話す様子がない。
埒が明かない――キルトエは「はい、ショルたん!」と強引に振った。
「わたくしからなの!? ……まあ、いいけど。まだ、具体的な目標とかは無いのだけれど、この国でも帝国風のファッションとか文化とかを広めたいとは思っているわ」
ロンド王国の西側に位置するアナイア帝国は、他周辺諸国とも多く国境を接している。
さらに、複数の国を吸収してきた歴史があるので、地域によって様々な文化があるらしい。
アクセサリーの装飾なんかにも興味があるらしく、これから決めていくのだという。
「次はシアたん!」
「あたし〜? ん〜…………今が楽しかったら、いいかなぁ〜」
シアは相変わらずといった様子で、のほほんとしている。
「まったく、シアは相変わらずね……」と、ショルがやれやれと肩をすくめた。
「ロミィはどう? 将来の夢とか、あったりするのかしら?」
「えっ……と……。わたし、は……あんまり、考えてない……かな」
ロミエは小さく首を横に振る。将来の夢と言われても、これっぽちも思い浮かばないのだ。
強いて言うならば世界の欠陥を直していくこと……だろうか。
だが、これはやらないといけないことだし、報いでもある。
(やらないといけない事は夢じゃない。……やらないと、出来ないといけないこと、だから)
『お前は出来損ないだ』。
かつて上司の大神官に言われた言葉を思い出し、ロミエは目を下げてテーブルの木目を睨む。
「だったらだったら、どんな人になりたいとか、何かやってみたい事とかは無いか?」
キルトエが「どんな些細な事でもいいぞ!」と言う。
「やりたいこと……」
「うーん」とロミエは頭を捻った。
(やりたいこと、やりたいこと……欠陥を直す、じゃなくて……ニヒリアとしてじゃなくて、ロミエのやりたいこと……?)
一つ、思い当たる目標があった。
ロミエは人差し指をコネコネしながら、ぽつりぽつりと声に落としていく。
「……お母様とお父様、に……よく、頑張ったねって、褒めてもらいたい……ですっ」
絞り出したその言葉に、キルトエが「とってもいい目標だなっ!」と言ってくれた。
ロミエはなんだか嬉しくなって、へにゃりと眉を下げて笑う。
「学園に通っていると、なかなか帰省することも難しいしな……そういえば、実家はどこに――」
「ロミエちゃ〜ん、えらいえら〜い」
「えへへ……っ」
キルトエが何か言おうとしていたが、アナスタシアがロミエをナデナデし始める。
その様子にショルはため息をつきつつも、「2人とも、具体的な事も考えておきなさいよね?」と言うので、ロミエとシアは曖昧に笑って頷くのだった。
ともあれ、そろそろコーヒーも飲み干してしまったし、退店する頃合いだろうか。
3人が談笑しているのを横目に、ロミエは店内を見回してみる。
ロミエ達の他にも、学園生らしい人達が多く訪れていた。同じように談笑する人もいれば、本を広げて勉強する人もいる。
カウンターには、どこかの貴族だろうか。ダンディーな紳士服の男性が座っている。
黒いショートヘアに、特徴的な赤い三つ編みの髪が横顔から後ろ髪へと止めた髪型だ。
なんとも特徴的でロミエが不思議そうに眺めていると、不意に彼は砂糖を取り、カップへと入れていく。
一杯、二杯、三杯、四杯……ロミエは数えるのをやめた。
(あんなに入れたら、コーヒーの味しないんじゃ……)
ロミエは苦笑しながら、「色んな人がいるんだなぁ」と思った。
俯いてたら分からない。ロミエ一人じゃカフェなんか入らないだろうし、こんな変な人とも合わなかっただろう。
ともだちが居るから、ロミエもここに居る。
次はどこに行くだろう。どんな景色が見えるだろう。どんなお話が出来て、もっともっと、ともだちの事を知ってみたい。
(……楽しみ、だな)
ふへっと笑いながら、ロミエは窓の外を眺めてみる。
すると――見覚えのある人物が見えて、ロミエはビクリと肩を震わせた。
「どうしたの?」
ショルが不思議そうにロミエを見る。
「ぇ、あっその……わ、忘れ物があった、ので。と、取りに行ってきまふ……っ」
ロミエはそう言って立ち上がり、トッダドッとぎこちなく店を出た。
ロミエは黒いカツラの下に、薄緑色の髪を隠した人物を探す。
そんな事をする必要がある人物を、ロミエは一人しか知らない。
「……いた。やっぱり……っ」
視覚を変えて確信した。ロミエと契約を結んだ彼が、大通りを行き交う人だかりの奥にいる。
来た道とは別の方向へと、ロミエは駆けていくのだった。
──────────
(結界……魔術戦結界、か。……《《奴》》は正しかったらしい)
イスベルク王国の刺客である〈運命の呪術師〉ダクティリオス・メガウォロムは、学園敷地内の森を進みながら、《《奴》》の采配に納得する。
この結界内では魔術による攻撃は通じないらしい。
二週間ほど前に来た時、思うように呪術が通じなかったのもそのせいだろうか。
魔術訓練で扱う森林の中を進んでいると、どうやら模擬戦をしている人影を見つける。
杖を持ったクリーム色の髪の魔術師と、対して直剣を振るう金髪の騎士だ。
「——ここで風魔術を使って距離を取るとしたら、アイリシカ殿はどうなさいます?」
「無論、近寄って斬り伏せるまで」
「…………わかりましたわ。では、それに合わせて妾が援護、という形で――」
木々の合間にある開けた空き地で戦闘を繰り広げていたのは、大賢伯が一人〈全能の魔女〉と第一王子の護衛騎士アイリシカ。
二人は時折攻撃の手を緩めて、何やら会話をしている。だが、この距離では聞きとることは難しい。
ダクティリオスには知る由もないが、これからの護衛計画も兼ねて互いの弱点を補えるよう、力量をハッキリとさせるために模擬戦を行っていたのだ。
とはいえ、第一王子の護衛が二人もこの場にいる。
(……ならば、近くに王子がいるはず)
離れている今なら――と思ったが、別の生徒と教員、そして侍女がしっかりと王子の傍に控えている。流石にそう簡単には隙を見せてくれない。
すぐに諦めて、ダクティリオスは踵を返した。
集合地点は大図書館の裏手。ジメジメとしていて誰も寄り付かないような場所だ。
たどり着くと、そこにはあらかじめ《《設置式の魔法陣》》が広げられている。
「おや、協力者は、あなたですか?」
集合場所には既に先客がいた。
ロンド王国語をカタコトで話す彼は、青い肌を持つ帝国出身の教員タディカスヘンシェ・ターコン。
老いた白髪が目立つ、この学園の美術教師である。
しかし、ダクティリオスは焦らない。
事前に計画していた通りの場所、時間、人物。彼は帝国のスパイなのだ。
「……始めるぞ」
〈運命の呪術師〉がそう言うと、タディカスは朗らかな笑みを浮かべたまま頷いた。
——そして始まる、詠唱。
魔法陣に刻まれた魔法式に沿うよう、タディカスが魔力を流し込んでいき、その式を上空へと展開させる。
その傍らで、ダクティリオスは呪術を使い、自分含め二人を《《呪った》》。
途端、急激な勢いで魔力が削られてしまうが、問題は無い。
『——霧よ、巡り広がり、つつみたまえ』
タディカスの詠唱が終わるとともに、黒い霧が凄まじい勢いで放出され、学園を覆い包んでいく。
それは高濃度の魔素の霧。常人ならば数分で魔力中毒になってしまう濃度の魔素を、この魔法陣によって生み出していた。
単純な魔術であれば防ぎようもあるが、これは《《魔法》》によるものだ。
規則性に則って整列された魔術結界では、完全に防ぎきることは不可能である。
その魔法陣の中心に立つ寂れた白髪の男、タディカスヘンシェ・ターコン。
彼は学園の美術教員にして、帝国のスパイであり──〈魔法使い〉なのである。
とはいえ、簡単な魔法がいくらか使える程度。ロンド王国が誇る魔法伯と比べたら出来ることも少ない。
しかし、魔術師相手ならば圧倒的有利に立てる。単純な防御結界では防げないからだ。
「……計画通り、ここは、任せる」
「承知、しました。殿下を、任せますね」
黒霧の維持をタディカスに任せ、〈運命の呪術師〉ダクティリオスは来た道を引き返すべく踵を返し――
「ようこそ、アリストリア学園へ」
1人の青年に阻まれる。
学園の生徒だろう。黒い霧の中でケープコートが揺れ、4年生を表す緑色の刺繍が微かに見える。
彼の亜麻色の前髪の奥の瞳は、その水面に運命の呪術師を写していた。
青年は魔法陣に気づくと、少し片眉を上げた。
「ふーん、王朝の簡易魔法陣か。……その様子だと、この日のために潜伏してきたって、感じかな?」
青年──リーンハルト・マークハリスは「どうも、タディカスヘンシェ教諭」と融和な笑みを浮かべる。
「……お見通し、ですか」
タディカスは眉間に皺を寄せ半歩後ずさった。
「泳がせていて正解だったね。そちらの方は、イスベルクの〈運命の呪術師〉殿かな?」
「…………だとしたら、どうする」
フードの下で、〈運命の呪術師〉は探るように目を細める。
(《《奴》》の情報通りならば、あるいは…………いや待て、なぜこの男は立っていられる……?)
辺りは黒霧に包まれていて、少し離れるだけで見えなくなってしまうほどだ。
常人ならばすぐに意識を失う魔素濃度。にも関わらず、リーンハルトは平然と佇んでいるではないか。
──いや、それどころか周囲の黒霧を取り込むように、その身体の内側へと取り込んでいる。
「……ッ!?」
〈運命の呪術師〉はそれに気がついた。気づいてしまった。
得体の知れないものを見た気がして、背中に冷たい汗が流れる。こんな化け物なんて聞いてない。
だからせめて、王朝の協力者が寄越した情報が正しいことを願った。
「……この黒い霧はそういう事か。ならば、早急に手を打たないとね」
戦慄するダクティリオスに、リーンハルトがニコリと微笑んだ。なのに、微塵も親しみや優しさを感じない。
運命の呪術師は明確な死の予感に包まれる。その背中に冷たい汗が流れたことすら自覚できない。
「私は〈強者の家系〉リーンハルト・マークハリス。ロンド王国の守護者として、生徒会長として、あなた方の行いは見過ごせないね。だから──」
水面色の瞳が2人を絡め掴むように、低く低く見据えられた。
無限の虚無が、ダクティリオスの瞳のような深い深淵が、彼の水面の瞳には落ちている。
リーンハルトは融和な笑みを貼っつけて、彼らへ告げる。
「──だから、死んでもらおうか」
「タディカスヘンシェ・ターコン」
「ダクティリオス・メガウォロム」
このお二方の名前は「ミスったなー」と自覚しております……。
一応見分け方ですが、
・最初に濁点が無い方が美術教諭。寂れた白髪のおじいちゃん。
・最初に濁点が着く方が〈運命の呪術師〉。真っ黒なフード男。
分かりにくいですよね……、私もたまに間違えてしまいます。




