【2-15】ロミエは着せ替え人形
「ねえ、これとかどうかしら」
「うーんそれもいいが、こっちとかどうだ?」
「見せて見せて……って、黒一色じゃない!」
「どうだ! カッコいいだろう!」
「あのねぇキリィ、カッコいい服じゃなくって可愛い服を探しているのよ? キリィが着るのは構わないけど、今はロミィの服を探すの!」
「そう言うショルたんこそ、そのフリフリだらけでスカートが長すぎるドレスはなんなのだ? 絶対日常用じゃ不便すぎるぞ!」
(い、いったいどんな服……?)
試着室にかけられたカーテンの向こうから、ショルとキルトエの話し声が聞こえてくる。
待っているだけのロミエは、手持ち無沙汰で指をコネコネさせていた。
ここは学園近くにある服屋さん。店内は女性ものを中心に、最近の流行りを取り入れたものをはじめ、日常用で着やすいワンピースからド派手なドレスまで、様々な服が売られている。
一人だけ制服姿だったロミエは、問答無用で試着室に押し込まれたのであった。
***
生徒会の仕事も一段落し、選択授業も決め終わったロミエは、キルトエの提案で買い物に行くことになった。
しかし、ロミエは制服しか服を持っていない。そういうわけで、最初にロミエの服を選ぶこととなったのである。
「可愛いんだからいいじゃない! 絶対に合うわよぅっ」
「ぜぇっったい、動きずらいのだ……」
「いいじゃ~ん。せっかくなんだし、色々着せてみよ~よ~」
どうやらアナスタシアも合流したらしい。彼女らしい間延びした声が聞こえてくる。
(い、いったい、何を着せられるんだろぅ……)
ロミエは軽く息を飲む。
似合うと思って着せられて、それで似合わなかったらどうしよう。そもそも似合うってなに? 定義は、定説は、正解は、完璧に似合うとは??
未知の経験を前にして、オヨオヨとしてしまうロミエ。
そもそも、服装や身だしなみなんて気にすることも無かったので、どんな服が良いか似合うかなんて分からない。
「そうね。試着してみて、気に入ったものを買えばいいわ」
「それもそうだな、さっそくこれを——」
「それは絶対に似合わない!」
「酷くないか!?」
何やら、服の事でショルとキルトエが言い争っている。
(なんか……楽しそうだなぁ……)
試着室で一人だけ取り残されているロミエは、ぼんやりとそんな事を思った。
けれど同時に、聞こえてくる会話の内容から、これからどんな服を着せられるのか怖い。
そのせいか、ロミエはソワソワしながら髪をいじってみたりする。
とはいえ、どうやら服を選び終わったらしく、各々ロミエのもとに服を持ってきた。
最初に着たのは、ショルトメルニーャが持ってきたドレス。全体的に少し灰色がかっていて、スカートがふんわりと広がっている。
ショルに手伝ってもらいながらどうにか着用し、カーテンを開いた。
「どうかしら、ロミィの髪色に合わせてグレーのドレスを選んでみたの!」
ショルが自信満々に胸を張って紹介する。
だが……
「却下、次だつぎ!」
「えっ」
「動きにくそうだもんね~」
すぐさまキルトエとアナスタシアが首を横に振った。
ショルが選んだ服はロミエが着るには少々ブカブカで、袖が今にも肩から落ちてしまいそうだし、何よりスカートが地面に接触してしまっている。
歩き方次第ではコケてしまうのは、ロミエでも分かった。
「くっ……そ、そうよ。ロミィは、ロミィはどう思うのよ」
「え、あ……そのぅ……」
不意に話を振られて、目を泳がすロミエ。
ショルが不機嫌そうに腕を組み、「ふん」と鼻を鳴らしながら「怒らないから正直に言いなさいよ」と言う。
「えっと……め、目立ちすぎるし……いや、かな…………です」
「……センスなくてごめんなさいね」
ロミエの言葉を聞いて、ショルはプイっと顔を逸らしてしまう。
(傷つけちゃった……のかな)
ど、どう返せば良かったんだろう──不貞腐れてしまうショルに、申し訳なくなってしまうロミエ。
しかし現実問題、ものすごく動きにくかったし、日常用で着るには適さない物だったのだ。
息付く暇もなく、今度はキルトエが選んだ服を着る。
ショルよりは着やすいかな……なんて思いながら、どうにかこうにか袖を通していく。
そして、ファサリとカーテンが開かれて――唖然とする二人を差し置いて、キルトエは自信満々に胸を張って鼻を高くした。
「どうだ! 我が考えた最高にカッコイイチョイスだぞ!!」
「こ、これは……ちょっとぉ……ぅ」
ロミエですら微妙に顔を引きつらせ、何とも言えない表情を浮かべる。
キルトエが持ってきた服は、いわゆるゴスロリファッションと言える代物。
黒一色で妙なところにフリフリがついていたり、短いスカートは足元がスースーして落ち着かない。なんとも前衛的な服装である。
痩せこけた手足が露わになってしまい、なんともみすぼらしい……というか、不健康そのものである。
「却下よ却下。キリィこそ変な服着させているじゃない!」
「へ、変な服とはなんだ! 最高にカッコいいだろう!?」
「カッコよさは求めてないの! 日常用で可愛い服を選びに来たのよ!?」
「ん~っと……二人とも、変なセンスしてるね~」
シアすら苦笑いを浮かべて、肩を竦ませる。
流石にロミエも勘弁だったので、最後にアナスタシアが選んできた服に手を通した。
(……なんか、一番着やすいかも)
ドレス、ゴスロリと来たので、シアの選んだ普通の衣服が妙に馴染む気がした。
ファサリ……と、控えめにカーテンをめくる。
「ど……どう、かなっ……」
ショルとキルトエがわあっと目を見開いて、まじまじと見つめた。
シアが選んだものはいたってシンプル。
白いワンピースと空色のスカートである。
「……いいと思うわよ」
「すんごく似合っているぞ! シアのセンスも凄いのだ!」
「ん~……まあ、そうかもね~」
(無難な服を選んできたなんだけどね~)
二人の終わってるセンスに比べたらそりゃあね――という言葉を飲み込むシア。
ヘラヘラとした笑顔を浮かべつつ、キョロキョロするロミエに問いた。
「どう? 着心地とかどんなかんじ~?」
「ぇ、えとっ、動きやすくて着やすい……ですっ」
実際ロミエにしてみても、可愛すぎる服とかは自分に似合わないと自覚している。
その点、シアの無難な選択が一番マッチしていたのだ。
「じゃあ決定だ~」
パチパチ~と手を叩くシア。
だが、ショルは納得できなそうに眉をひそめて、ジィっとロミエを見据える。
「……うん、やっぱり服と髪型が合ってないわね」
ショルはそう言うと、ふんわりとしたスカートのポケットから愛用の櫛を取り出した。
「ねぇ、髪留めとかリボンとかは持っていないの?」
「も、持ってますっ。これ……」
そう言ってロミエが取り出したのは、所々擦り切れていて使い古されたリボン紐。
ピョコピョコとほつれた糸が跳ねており、純白であったろう色もくすんだ灰色となってしまっている。
「……なによこれ、ボロボロじゃない。捨てて新しいもの買えばいいじゃないの」
そう言ってショルは手を伸ばす。そんなものより、さっさと新しい物を使えばいい。
だが、ロミエはサッと手を引いて胸に抱いた。
「だ、だめぇっ!! これはっ……これ、は……」
ロミエは口ごもりながらも必死に、縋るようにボロボロなリボン紐を握り締める。
その様子にショルは「……そう、大事な物なのね」と、伸ばした手を戻した。
「……でも、それならなおさら新しいのを買うべきだわ。余ってる紐あるから、これで結んでおくわよ」
「で、でもっ、それはショルさんので……」
「不釣り合いな髪型で歩かれるよりマシよ。座ってジッとしてなさい」
そう言うと、ショルは手馴れた手つきで軽くロミエの髪を梳かし、横顔に覆いかぶさっている髪をすくって後ろに流していく。
それをクルクルと軽く巻いて、左右両方から巻いた髪を余っているリボン紐で結った。
「……うん、これで完成ねっ。我ながら完璧なハーフアップに仕上がったわ」
ショルは腰に手を置いて、「ふふんっ」と鼻を高くする。
キルトエとシアも「「お~」」と感嘆したようにロミエを見ていた。
(ど、どんな髪型なんだろぅ?)
——トクトクと、心地よいリズムで心臓が跳ねた。
ロミエは少し広くなった視界で、チラリと更衣室の鏡に振り返る。
「……! す、すごいっ!」
切ったり手入れもしていないボッサボサの灰色の髪が、可愛らしくハーフアップに仕上がっていた。
それに何より、横顔に長く垂れた前髪は前々から邪魔で仕方が無かった。ショルはその事を察してや否か、自然な形で後ろに纏めてくれたのである。
完璧に計算されたような髪形。
不格好にならず、こうも綺麗で完璧な髪型にしてくれるなんて!
「わたしの髪、すっごく綺麗で、すっごくすっごく……すっごい!」
ロミエはしきりに髪を揺らしながら、弾む声でつぶやく。
これで髪気にしなくていいんだ――なんて思っているとはつゆ知らず、ショルは素直に髪型が褒められたと受け取って、ちょろっと頬をかいた。
「よ、喜んでくれたならよかったわ」
「ショル、その……すっごく、すっごくありがとう……ですっ!」
「凄い以外に何か言えないの? ……ま、どういたしまして。次からは自分でやりなさいよね」
「はいっ! ……えと、この髪型……ど、どうやった…………の?」
ぎこちなく首を傾げるロミエ。
それに便乗するようにキルトエが手を上げる。
「ショルたん! ボクもあの髪型にしてほしいのだ!」
「え~、キルトエちゃんの髪じゃ無理じゃない?」
「はっ……!?」
「シアの言う通りね、もっと髪伸ばしてからならやってあげるわよ」
「本当か!? 約束だぞ!」
キルトエの懇願に「はいはい」と適当に相槌を入れるショル。
彼女はチラリとロミエを見る。
可愛らしく結ったハーフアップの髪に、白のワンピースと空色のゆったりしたスカート姿の少女は、猫背でクネクネと指をこねらせていた。
「まったくもうっ、あとで教えてあげるから早く覚えなさいよね。それに、せっかく可愛くしてあげたんだから、胸張って堂々と前向いてなさいよ」
前向いてなさい――その言葉に、ロミエはハッと顔をあげる。
「それ……って――」
「ほら、さっさと会計しに行くわよ。今日はこれからが本番何だからっ」
ショルはそう言い捨てるように言うと、ロミエの手を取って真っすぐと店員の元へと向かって行く。
シアもつられてついて行くので、キルトエはやれやれと肩をすくめながら、放置されたロミエの制服を回収してから向かうのだった。
――――――――――
ポチャン―──―――。
透いた水滴の音が響く。そこは、街の地下にある旧水道の一角だ。
古びれた石レンガが並び苔が生えていて滑りますい空間に、小さな焚火とランタンの漏れ火だけがユラユラと照らしている。
薄緑色の髪の青年、マイト・ランツは読み終えた本を閉じつつ立ち上がり、焚き火に背を向けた。
「あれ〜? オニーさん、今日もベンキョーしに行くの?」
焚き火の周りでコロコロしていた少女が、コトンと白髪を揺らす。
目だけ後ろに向けると、彼女は探るように白銀の瞳をマイトに向けていた。
「俺の勝手だろ、ほっといてくれ」
マイトはぶっきらぼうに肩をすくめる。
準備は大方済んだし、決行日はまだ先だ。ここで無駄に時間を潰すより、もっと有意義に使いたい。
(……それに、ハルベリィさん……じゃねえ、神サマに計画のことを伝えとかねぇと)
しっかしどう接触するかなー。
力ない瞳の裏で思案を巡らせるマイト。だが、白髪の少女は納得いかなそうに眉を顰める。
「ん〜? でも〜……」
「……構わん、勝手に、行くがいい」
そう言ったのは黒髪の男だ。アジトの中だというのに目深にフードを被っていて、その表情を読むことはできない。
妙にカタコトで感情を見せないので、正直不気味だった。
その動揺を紛らわすべく、マイトは自嘲気味に笑う。
「どうせ俺にはなんも出来ねぇんだから、何しようと勝手だろ。それに……ロンド王国居場所はねぇんだ。裏切りたくても裏切れねぇよ」
マイトはそう言い捨て、2人を背にして出口へ向かう。
壁に手をつけながら、手探りで地下道を進んで行く。
しばらくすると階段があるので、苔を踏まないよう足場を選びながら登っていった。
登り切った先にある重い鉄扉を開くと、眩い光が差し込んでくる。マイトは目を細めながら周囲に人がいないことを確認し、カツラとフードを被って踏み出した。
ここは学園から離れた路地裏。街の繁華街からは距離があるので、あまり活気なく閑散としている――はずだったが……。
「……やべ、出入り口間違えた」
少し進んでから、すぐにマイトは頭を抱える。路地の向こうの大通りでは沢山の人が行き交っていたのだ。
間違えて、繁華街に近い出入り口から出てきてしまったらしい。休息日だからか、屋台が並ぶ通りにはアリストリアの生徒らしき少年少女が買い物を楽しんでいた。
(面倒くせーけんど、引き返すか……)
マイトは頭を掻きながら、チラリと路地の暗がりから行き交う人々の顔を見る。
みんな笑顔だ。三日後始まる計画の事なんて、知る由もないから当然だ。
この時間が永遠に続くと、次の休息日も迎えられるのだと疑いもしない、普通の日常が映されている。
早く計画のことをニヒリアに伝えないと……しかし、学園で接触するのはリスクが高い。
(あの大賢伯が嗅ぎまわってそうなんだよなぁ……)
なんなら、今もくっついてたりして――なんて、神サマに絡む大賢伯の姿を思い出し、マイトは苦笑いを浮かべる。
(創世神ニヒリアねえ……あの子が?)
マイトは「うーん」と首を傾げる。
確かにあの少女は自身をニヒリアと名乗り、第一王子暗殺を阻止してマイトとも契約を結びはした。
だが、彼女は未だ14歳。生きていれば妹と同じ年齢の少女である。
最初に合った時の印象もそうだし、ダル絡みしてくるライラックも拒否しようとすればできたはず。その力をロミエ・ハルベリィ――ニヒリアを持っているのだから。
(それに、亀裂を完璧に塞いでたし、俺が知ってる神話と違うじゃんか)
ロンド王国で教えられる〈ニヒリア〉とは、自分の世界の欠陥すら直せず、処刑された無能神である。
だが、ロミエは次元の亀裂を直した。直せていた。おまけに魔法? を自在に操っている。
(あの計画も、ハルベリィさんだったらどうにかしそうだな)
無力な自分には止められなくても――。
グッと拳を握り締めるマイト。
──そうだ、今日中に学園に潜入して伝えるとしよう。
そう決意したマイトは踵を返し、大通りから背を向けようとして――黒っぽい灰色の髪を見つけた。
「……ッ、マジか。いるじゃん……!」
一瞬だが、右から左にかけてロミエらしき人が通った。
(友人がいんな。一人になるのを待つ……か? いや、こっちからコンタクトするほうがいいな)
なんとなくだが、内気な彼女が一人行動なんてしない気がする。
マイトは「やれやれ」と肩をすくめると、フードを脱ぎ捨ててごくごく普通な私服姿をあらわにする。
黒いカツラの位置を調節した彼は、何食わぬ顔で大通りに出ていくのであった。
――――――――――
真っ暗な地下水道に、一つ灯りが揺れる。
それはランタンの光。白髪の少女と、フードを被った黒髪の男性が枯れた地下水道を歩いていた。
「それで~? アイツはもう用済みなんんだ。呪いのとーり動いてるんでしょ?」
白髪の少女、〈雹滅の魔女〉エルベンス・ニッフェが、ランプをカラーンカラーンと揺らしながら呟く。
「……ああ、計画通り、囮に、なってもらう」
そうカタコトで話すのは黒髪の男、〈運命の呪術師〉ダクティリオス・メガウォロム。
期待通りの回答が返ってきたので、〈雹滅の魔女〉エルベンスは「にまっ」と無邪気な笑顔を浮かべた。
「ふぅ~ん。それじゃ、邪魔してきたら殺すね!」
「……そうしろ」
相変わらず生気を感じさせない喋り方にも慣れたので「ふん、ふふん」と鼻歌を鳴らしながら歩いてゆく。
そうこう歩いていると、学園近くに出る階段を登って外に出た。
「じゃ、作戦どーり妨害してくる! ダクティもちゃんと勝ってきてね!」
「…………ああ」
エルベンスはブンブンと無邪気に手を振って、学園の反対——路地の奥地へと去っていく。
その姿をダクティリオスは薄く眺めて、小さく溜息を吐きながら学園へと踵を向ける。
(計画は始動した。神の力は侮れぬし、大賢伯も厄介だ。……この計画に、すべてを賭ける)
これから行う作戦は、連合王朝と帝国をも巻き込んだ、3ヶ国によるものだ。
必ず完遂せねばならない。とくに、ダクティリオスが担う役目は重要だ。
(……必ず、殺す)
グッと拳に力を入れるダクティリオス。
この任務が達成したら、二人はイスベルク王国へ帰国することとなる。
特に思い入れもないし、愛国心なんてものを抱いたことは無いが、居場所があるというのはなんとも安心できるものだ。
それに……。
「…………」
チラリと後ろを振り返る。
そこにはもう、エルベンスの姿は無い。無邪気な彼女は、この任務も遊びのような気持でやっているのだろうか。
『……生きるためだ』
ダクティリオスは母国語でそう呟き、足に絡みついたしがらみを振り払うように、大股で歩み始める。
目指すはアリストリア高等魔術学園。
目標は第一王子リフィル・シャルル・ロンドの暗殺。
それが彼彼女に課せられた任務なのである。




