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【2-12】……ちょっぴり恥ずかしい。

 魔法具の不具合騒動があった3日後。

 生徒会事務室は、今日もいつも通りの光景が広がっていた。


 サラサラカリカリと、ペンが滑る音が響く。

 書類自体は少なくなったものの、今度は処理済みの書類が積み重なっていく一方であった。


 その最中アゴのあたりまで目一杯書類を抱え、「トコ、トコ……」と慎重な足取りで移動する少女がいる。

 少女はそのまま、隣の生徒会室へと運び込んだ。


「あ、あの……っ、どこに置けば……いいで、しょうか……っ」


「ん? ああ……っと、そのあたりに置いといてくれ」


 生徒会長リーンハルトは少女を一瞥すると、書類の山を寄せて若干のスペースを作る。

 少女はそこへ慎重に置きながら、恐る恐る様子を伺った。


「……その、大丈夫……です、か?」


「ん? ああ………………うん」


 その返答は無機質。どこかボンヤリとした瞳を少女へ向けたかと思うと、すぐに書類へと下げてしまう。

 今やリーンハルトの水面色の瞳は陰り、ただひたすらに目の前の書類だけを虚ろに映していた。


「…………し、失礼、しまた……っ」


 少女は背丈以上に積みあがっていた書類の山に戦慄しながらも、《《次の書類》》を運ぶため、小走りに事務室へと戻る。


 少女の名はロミエ・ハルベリィ。

 魔法具の不具合を指摘し、後日検査したところ特に異常が無かったので赤っ恥をかいてしまった監査部員である。


 とはいえ、彼女の事務処理能力は圧倒的。

 他の誰よりも早く仕事を終えたため、こうした雑用に従事していた。


 ロミエは上司である監査長アールグレイのもとへ向かう。

 処理済みの書類を前にして腕を組んでいる彼に、ロミエは噛まないよう「くッ」とお腹に力を入れた。


「しゅっ、シュメリート監査長……っ。あと、どれを運べば……」


「いや、もう運ぶ必要は無い。これ以上は、机に収まりきらんからな」


 アールグレイが頭を振る。

 来客用の机まで積み上がっていた様子を思い出しながら、ロミエは「それもそうだ」と納得して、生徒会室を振り返った。


「大変そう……です、ね……」


「……あぁ。本当は、副会長の2人がかりでやるものなのだが――」


 そう言って、アールグレイが部屋全体に目を向けるので、ロミエも同様に見回したが――


「……見当たらない、です」


「…………はァ……、まったく姉上ときたら……」


 生徒会副会長キャンディ・シュメリートは、アールグレイの姉である。

 しかし、生真面目すぎるほど熱心に業務をこなすアールグレイと違って、キャンディは全くと言っていいほど何もしない。


(シュメリート監査長、もしかして無理して真面目に振舞って――は、なさそう)


 きっと副会長が異常なんだ――と、ロミエが勝手に結論付けていると、庶務長の席に座った人物が気だるけに身体を伸ばして、アールグレイに視線を向けた。


「だったら、探して来たら良いんじゃねーの?」


 そう話しかけてきた焦げ茶色の髪の3年生は、庶務長のシュベルト・ハイツ。


 彼はアールグレイを一瞥したあと、その茶色い垂れ目をロミエに向けた。


「え……えっと……?」


 シュベルトとは全く話したことが無く、どんな人かも分からなかったので、ロミエは視線を逸らしながら胸の前で指をクネクネさせてしまう。

 だがシュベルトはそんな様子も意に返さず、ぶっきらぼうに口を開いた。


「ハルベリィ嬢も仕事ねーんだったら、今のうちに事務仕事以外にも知っとくべきだろ」


「ほ、他の……しごと……?」


 ロミエが首をかしげると、シュベルトは「なんだよ教えられてねーのか?」と意外そうに片目を見開く。


「監査は事務作業以外にも、校内の見回りや戸締りとかをするんだよ。そんなことも教えられてねーのか?」


「え、えっと……はい……」


 シュベルトの言葉にロミエが目を泳がせながら頷くと、彼は「おいアール」とアールグレイを睨んだ。

 ギロリと茶色の瞳に睨まれたアールグレイはバツが悪そうに視線を逸らす。


「……ずっと事務作業が立て込んでいたのでな。それに、まだ半人前のハルベリィ嬢には早いと判断した」


 ――まだ半人前のハルベリィ嬢には早い。


 その言葉に、ロミエは口をへの字にする。


 たしかに、終業時刻を過ぎてまで業務を続けてアールグレイに迷惑をかけたこともあった。

 ただそれでも、事務作業はほとんど完璧にこなして来たのである。


 それに、リーンハルトに「君は出来損ないじゃない」と認められて、頑張る決意をしていたばっかりに、ちょっとだけ、ちょっとだけ「むっ」とした。


(半人前だけど……ずっとそのままなのは……やだ)


 ――わたしはニヒリアだけど、出来損ないだけど……生徒会として、監査員としての仕事はちゃんとしたい。……やりたい。


 ロミエはクネクネする指を止め、左手で右手を包む。

 そして、ちゃんと噛まないように――監査員として呆れられないようしっかりとお腹に力を込めて、隣に立っているアールグレイを見上げた。


「……わたし、やります。事務仕事以外も、やりたい……です……っ!」


 珍しくキッパリと言い切る様に、アールグレイは少し目を見開く。


 だがアールグレイとしては、先日の魔法具騒動の件もあって、目立つ仕事を与えたくなかった。

 何より、一年生の女子生徒が一人で外の業務をするというのは、いくら学園内であっても危険な気がしたのだ。


「しかし、一人で行かせるのは……」


 そんなこんなで難色を示すアールグレイ。

 しかし、そんな思惑をロミエは知る由もなく(やっぱり、わたしなんかじゃ……)と、静かに目を下げた。


 そんな様子を察してか、シュベルトは小さくため息をつくと、呆れたように肩を上下させる。


「だったら、アールも一緒について行きゃあいいだろうが」


「……私も、一緒にか?」


「ああそうだ。特にすることもねーんだろ? なんだったら、ついでに届けてきてほしい書類もあるんだよ」


 そう言ってシュベルトが書類を差し出すので、アールグレイは眉を顰めがらも受け取る。

 パラパラと内容を確認したアールグレイは「……これなら、ニコ書記長かヴィンセント会計長に頼む方が早いのでは?」と、シュベルトに問いかける。


「二人とも今はいねーんだよ。大方、クラブに顔出してんだろ」


 シュベルトの言う通り、二人の席は空席だった。

 それを確認したアールグレイは、不承不承といった様子で肯首する。


「……なるほど、そういう事なら引き受けるとしよう。行くぞ、ハルベリィ嬢」


「ぇあっ……はっ、はいっ!」


 どうやら、ついて行っても良いらしい――ロミエは下がっていた視線を上げて、アールグレイを見上げた。

 その様子を確認すると、アールグレイはすぐさま踵を返し、スタスタと足早に出口へ向かって行ってしまう。


「あいつは過保護でせっかちなんだよ。早く認めてもらえるよう頑張ってこい」


「は、はいっ。頑張り……ますっ!」


 ペコリとシュベルトに頭を下げ、ロミエは先を急ぐアールグレイの背中を追った。


(今はダメダメでも、いつか認めてもらえる……かな)


 ロミエは今一度「頑張らなきゃっ」と手を握り、フンスと息を吐いたのだった。



──────────



 アリストリア学園は4学年合わせて3000人を超える。

 これだけの生徒を収容し、勉学を施すためにはそれ相応の施設が必要だ。


 ゆえに、アリストリア学園の校舎は巨大で広大。

 学園正門から見て、教室がある一号館と二号館が水平に並び、その奥に大講義室が収まる巨大な三号館と四号館。そして教員の研究室が置かれた五号館がある。

 他にも、花畑や公園、魔術訓練を行う訓練場や森林、学園生が暮らす寮や食堂など、その面積は途轍もない。


 シュベルトから渡された書類はとある教員宛の物で、現在は研究室にいるらしい。

 ロミエは生徒会室がある一号館から五号館に向かいつつ、それら校内の巡回ルートについての説明を受けていた。


「——と言うように、我々生徒会は一号館と二号館の巡回を担当している。異常がある場合は現場の調査と対象生徒へ反省文の提出を命じるのも、我々監査の仕事だ」


「なるほど……わかり、ました……っ!」


 一通りアールグレイが説明し終えると、ロミエは「ふんふん」と頷いて、ハッキリと返事を返した。


 その、いつにもまして気合が入っている様子に、アールグレイは紫がかった銀髪の隙間から、少し緑で彩られた紫色の瞳を覗かせる。

 後ろに続くロミエは、指を折りながら真剣な顔で「巡回と、反省文と、帰る前には鍵を閉めるのと――」と呟きながら、言われたことを反芻させていた。


 そのひたむきな姿に、アールグレイは少し後ろめたさを感じて目を逸らす。


(……やはり、先日の魔法具の件を引きずっているのだろうか)


 ロミエ・ハルベリィは先日、魔術戦で使われる魔法具について壊れていると指摘した。

 しかしその後、要請に応じて来た魔法伯が検査した結果、特に異状は見られなかったので、生徒や教員の一部から非難が寄せられていたのだ。


 ロミエ・ハルベリィは監査に適した人物じゃ無いのではないか――と。


 1号館から5号館へと向かう道中、事情を知っているらしい生徒たちがチラチラと目を向けてくる。

 その視線にロミエ・ハルベリィは気がついていないようだが、アールグレイは上司として気にならないわけが無い。


(それに、送り出した私にも責任がある。生徒会役員として、監査長として、部下の能力くらい完璧に把握しておかなければならんというのに……)


 まぶたをヒクヒクと痙攣させるアールグレイ。

 ロミエの身の丈に合わない任務を与えたせいで失態を晒させてしまい、アールグレイは申し訳なさで腹が立っていたのである。


「……」


 アールグレイは歩むスピードを落とし、ロミエの隣に並ぶ。

 並んで歩けばその身長差は歴然で、元より身長が低めのロミエと、逆に高いアールグレイでは、頭一つ二つ分も違っていた。


「…………」


「…………」


 二人の間で無言が続く。


(なにか、気の利いた話を振れないだろうか)


 たとえばリーンハルトならば、容姿を褒めるなり実績を褒めるなり……それか、やる気のある姿勢なんかを褒めるだろうか。


 だが、アールグレイには話を切り出す技術が無い。

 声の欠陥もあったために極力喋らないようにしていたので、経験不足だったのだ。


(……なんと、声をかければよいのだろう。何が正解だ……?)


 ロミエは平均身長よりも低く、さらに2つも学年が違う。

 対してアールグレイは長身で、キリリとした目は相手に威圧感を与えてしまうだろと彼自身も自覚しており、ちょっとしたコンプレックスでもあった。


(怖がらせてしまっている……だろうな)


 同じ生徒会役員である書記長ニコとも、最初は泣かせてしまうくらい怖がられた過去がある。

 かと言って、何も声をかけないのも先輩として、上司として良い振る舞いとは言えないだろう。


 だが……。


(…………無駄話をしても意味が無い……か)


 アールグレイは開きかけていた口をつぐみ、気持ち歩くスピードが早まるのであった。



──────────



 研究室が置かれた5号館は、4階建ての研究棟である。

 教員、もとい魔術師団員である研究者たちが個々人で研究を行っているため、様々な結界が張り巡らされていて、要塞のような頑強さを誇っていた。


 とはいえ、見た目は学園校舎と同じく白を基調としてして、様々な落書き(魔術式)が刻まれたごくごく普通の建物である。


 研究棟に入った2人は、書類を届けるべく教員の部屋がある三階へと向かった。

 少しばかり狭い廊下を進む最中、ロミエはふと気になったことがあり、こそっとアールグレイに尋ねる。


「……あの、今さらなんですが、なんの書類なんですか……?」


「ある教員宛に、研究予算の削減に関する通告書だ。……最近はほとんど成果を出せていないゆえ、らしい」


「な、なるほど……」


 アールグレイの話によれば、その教員は代々魔道書の研究を専門に行っている一族だったらしい。

 しかし、魔道書は魔道具に比べて管理や維持が難しく、昨今では魔道具の普及に伴って廃れて行っている。

 ゆえに、今は魔法書の研究を行っているらしいのだが……。


「――なぜじゃぁぁぁ! 式は? 構成は? 完璧じゃろうて!! なのに……。ぐぬぅ、なぜじゃ、なぜ発動せんのじゃあ――っ!?」


「ひぁっ……」


 突然、老いぼれた怒鳴り声が廊下に響いて、ロミエはびっくりして固まってしまう。


 教員だろうか。ロミエとしては、大きな怒鳴り声には嫌な記憶しかないので、極力関わりたくない。


(ううぅ……心臓に悪い……)


 嫌な記憶が掘り起こされたような気がして、猫背になって俯いてしまうロミエ。

 すかさず、アールグレイが「大丈夫か?」と心配してくるので、ロミエはコクコクコクと頷き返しつつ、声のありかを見た。


 どうやら、発声源は少し先の研究室らしい。

 半開きされたドアにかかった札にはこう書かれている。


〈ハイドセージ・シュメリート〉


「えっ」


 その文字を見たロミエは目を見開き、次いでアールグレイ・シュメリートを見上げた。


「……シュメリート、さま……?」


「分家にあたる方だ。……かつては〈魔道書の家系〉を継いでいたのだがな……」


 アールグレイはそう言うと、半開きの扉を「コンコン」とノックする。


「取り込み中失礼致します。生徒会からの用で、書類をお届けに参りました」


 そう言ってスタスタ入っていくアールグレイに対し、ロミエはその場で固まってしまった。


(た、たしか研究予算の削減についての書類……だよね? シュ、シュメリート監査長とは親戚……なんだろうけど、ぜったいぜったい揉めるんじゃ……)


 最悪、怒鳴られたりするのかなぁぁ──なんて、あわあわ口を動かしていると、アールグレイが戻ってくる。


「どうしたハルベリィ嬢。さっさと来い」


「は、ひゃいっ……! …………あっ」


 そんな、噛まないようにしてたのに!!

 変わると決めたのに、頑張るって決めたのに噛んでしまって、不甲斐なさで「うぅぅ……」と涙が滲んでしまう。


「……落ち着け」


「……ひぃん」


 そのアールグレイからの一言がちょっぴり恥ずかしくて、ほんのり顔を赤くするロミエであった。

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