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閑話 張る陰謀は着実に──

 アリストリア学園校舎の廊下は広い。

 生徒が4人が並んで歩いていても、もうひとペアすれ違えるくらいには余裕があった。


 老いた白髪が目立つ教員、タディカスヘンシェ・ターコンは、腰をトントンと叩きながら足早に廊下を進む。


 帝国出身であるタディカスの青い肌は、この国ではあまりいい顔をされない。

 ロンド王国とアナイア帝国の交流が少ないというのもあるが、それ以上に両国の関係が悪いのが大きかった。


 ゆえに、タディカスに話しかけてくる人物といえば同じ帝国出身者か、何か特別な用事がある生徒に限られる。


「──いたいた、ターコン先生!」


 だから息を切らしながら駆け寄ってきた生徒を見て、タディカスは少し目を見開いた。


「——っふう。ちょーっといっすか?」


 黒い髪の男子生徒。制服の刺繍的に二年生だろうか? 肌の色的に帝国出身者でも無いし、授業で見たことのない生徒である。

 それに……言葉遣いはとても軽いというのに、彼の深い緑色の瞳は鋭い光が宿っていて、タディカスを睨むように細められていた。


 そのことにタディカスは少し頭を捻りつつ、「いつものことか」と、目尻を下げて朗らかな顔を向ける。


「はい、なんでしょう?」


「っと、これ。フェルム先生から渡しとけって言われたんで、持ってきました」


 そう言って手渡されたのは一通の手紙。

 

 フェルムという教員はたしか、農業関係の教員だったはずだ。

 タディカスと同様、魔術を専門としない教員ではあるが、〈美術絵画〉のデッサン材料を提供してもらった過去がある。


「そうか、ありがとう」


「ぅす。そんじゃ────《《手筈通りに》》」


「……?」


 男子生徒は去り際に、なにやら含みのある言葉を残していった。

 

(なんだ……?)


 タディカスは怪訝に思いつつも、渡された手紙の封を開く。

 手紙に書かれていた見出しを見て——すぐに封筒へと収めた。


(なるほど、そういうことですか)


 タディカスは何か思慮を巡らせるフリをして、口元に置いた手の裏で口角を上げる。


(……ついに、動き始める時が来ましたか)


 タディカスは笑みを抑え込みながら、胸ポケットの奥へと手紙を押し込むのであった。



―――――――――



 アリストリア学園がある街から離れた、小汚く古びれた宿屋兼酒場。

 木造の酒場は、くすみガラスのランタンによって薄暗く照らされ、「ギャハハ」と乱暴な笑い声が木魂していた。


 社会の外れ者達も集まる中を、フードを目深に被った一人の青年――マイト・ランツが、スタスタと縫うように歩いていく。


(こんなとこ、さっさと抜けよう)


 慣れぬ空気に押されて、目的の人物がいるカウンター席まで足を早めた。

 だが、座っていた男が立ち上がり、肩がぶつかってしまう。


「……って」


「オイ、なんだァてめぇ」


 大柄なスキンヘッドの男は顔を赤くしており、仄かに酒の匂いを漂わせていた。

 マイトが黙りこけていると、ズムっと詰め寄ってくる。


「小僧かァ? こんなとこで何やってんだ」


「……っ」


 青年はフードの下で、ギリリと奥歯を噛む。


(くっそ、歳がバレたら色々めんどくせーことになる……)


 どう切り抜けるか。謝っても許してもらえなそうだし……。


 そうマイトが立ち竦んでいると、奥のカウンター席に座っていた一人の紳士が立ち上がって、歩いてくる。


「ああ失礼、私の顧客がご迷惑をおかけしているようで」


 黒髪に、前から垂れた特徴的なワインレッドの三つ編みを、後ろ髪へ止め伸ばした男だ。

 紳士はその整った顔全体に愛想笑いを張り付けながら、頭を下げる。


「ここはひとつ――これで、お許し願えません?」


 所々擦り切れたスーツを着た紳士は、懐からスッと金貨を取り出した。


「…………フン、今度ぶつかったらただじゃすまねぇからな」


「ええ、ありがとうございます」


 大柄な男は、紳士から渡された金貨をサッと懐に入れ、宿屋兼酒場を去っていく。 

 紳士の男は余裕そうな垂れ目をマイトに向け、視線だけで指示を出した。


 ――こちらへ。


 マイトは無言で頷き、酒場の中を通り抜けて二階へ向かう。


 二階は宿舎になっており、ボロ宿の一室に案内される。

 これまた寂れたボロ部屋で、所々穴が開いていたり、虫に食われて朽ちてしまっていた。

 ただ、ベットは使われた形跡がないというのに、その机には多くの書類が並べられている。


(何が書いてあんだ……?)


 その中にマイトが依頼した情報もあるのかもしれないが──それだけじゃない、気がする。


「どうぞ、そちらへ」


 とはいえ、本人の前で確認などできない。

 マイトは紳士の男が促す通り、備え付けであろうボロ椅子に腰を下ろす。

 足の高さが違うせいか座り心地は最悪。ガタガタとしていて、背もたれは体重をかけたら壊れてしまいそうだ。


 ちなみに、紳士の男は自前で持ってきたであろう綺麗な椅子へ腰掛け、優雅に足を組んでいた。


「……言われた通り、仕込みと計画書を届けに行ってきたぜ」


 マイトがぶっきらぼうに言うと、紳士の男は黒いカツラを脱ぎ捨てて、セピア色の瞳を向ける。


「おやおや、それはご苦労様です。結構早かったですね?」


「ああ。貸してくれた変装具が結構役にたったかんな」


「それは結構。しかしその様子だと、貴方の契約主(クライアント)とも出会えなかったようですね?」


 ワインレッドの髪をあらわにした男は頬杖を付き、そのセピア色の瞳に、険しい顔を浮かべるマイトの顔が映された。


「……」


「ああいえ、別に聞き出したいわけではありませんよ? いずれ私の手によって暴かれる事象の一つにすぎませんからねえ、ええ」


 これ以上話していたら、こちらの情報を抜き取られかねない──。

 マイトは適当に肩を竦めて、本題を切り出した。


「……それで、頼んだ情報は見つかったのかよ」


 マイトの問いに、男は肯首する。

 机の上から一つの紙束を取って、マイトに差し出した。


「こちら、亀裂兵器についての機密情報です」


「……本物、なんだろうな?」


 いくらなんでも早すぎるし、そう簡単に国家機密レベルの情報を、他人に渡してもいいのか――と訝しむマイト。

 それを察してか、紳士の男は心外そうに肩を竦めた。


「ええ、これは対等な取引ですからねぇ。あなたは私の依頼を完遂してくれたのですから、それに応えるのが道理でしょう? それに――」


 そこで一区切りし、ギリリと目尻を立ててマイトに挑発の笑みを浮かべて、言った。


「――私は嘘が嫌いだ」


 それは、男の紛れもない本心である。嘘をつくのも、つかれるのも嫌いだ。反吐が出る。

 マイトもそれを感じ取り、小さく頷いた。

 男はその態度に満足し、フっと鼻を鳴らす。


「……なので、ハッキリと言っておきましょうか。私はあなたの事を、微塵も脅威と思ってないんですよ」


 男はニヤリと挑発的な笑みを浮かべながら、「その辺の犬に魔道具を渡しても使いこなせないでしょう?」と揶揄する。


(この野郎……ッ)


 殴りかかってやろうか――そうもマイトは考えたが、勝てるビジョンが湧かないので諦める。

 実際、この紳士の男はマイトなんかよりもよっぽど強く、そして有能な男であるのだ。


 ロンド王国の北方に位置する、シュヴァルツェン連合王朝の機密情報をホイホイと持ってこれるくらいには。

 ……いや、もしかしたら中枢に位置している人物なのかもしれない。


(……敵に、なるかもしれねぇ相手……か)


 マイトには隠す爪も無いが、従順にしておくことに越したことはない。


「……分かった。俺には信じるしかできねーんだろ」


「ご理解したようで。要件は以上ですか?」


「ああ、もう要はすんだし帰らせてもらうんで。じゃ」


「はい、お気をつけて。――《《手筈通りに》》」


「…………ああ」


 マイトは曖昧に返し、そのまま振り返らずにボロ宿から出る。

 向かう先は、イスベルク王国の刺客と隠れているアジトだ。

 以前から、第1王子暗殺のためにイスベルク王国の刺客とは協力関係にあり、魔道具暴走事故や暗殺未遂事件でも、マイトは協力していた。

 ロンド王国側が仇じゃないと分かった後でも、情報収集の為に表向きには協力しているのだ。


 だが、マイトは途中で足を止める。


(……行って、何ができんだよ)


 向かったとして、マイトは連絡要員でしかない。

 あれから色々調べてみて、おぼろけながら妹を殺した真犯人が分かってきた。


 だが、それを御せる力を、マイトは持ち合わせていない。

 契約を結んだニヒリアとも、まだ情報共有ができていないし、何よりこれは個人的な事情だ。協力を願うなんて気が引ける。


(……力が、欲しい)


 圧倒的な力だとか、魔法とかじゃなくたっていい。

 何かに勝れる力を、対抗できる力を――信じれる力が欲しい。


(……流されるまんま、生きんのはこりごりだ)


 言われた通りに進学して、仕事して、恨んで、気づいて……そこに、自分自身の意図や、意思は存在しない。


 与えられるがまま、生き続けていいのか?

 そんなことで、妹の仇が取れるのか?


「……このまんまじゃ、ダメだ」


 マイトは踵を返し、図書館へと向かう。

 ひとまず知識だ。情報だ。

 主体的に動いて、主体的に強くなる努力をするのだ。


 全ては、仇を殺す力を得るために。自分の力で、成し遂げるために。



――――――――――



 その背中を、物陰から監視する男がいた。


 彼は擦り切れたスーツを着ていて、短い黒髪の中にワインレッドの前髪が後ろに止め流れている。

 そのセピア色の瞳に、図書館へと向かうマイトを映して、満足そうな笑みを浮かべた。


「……見どころは、ありそうですねぇ」


 そう言って男は、青年とは反対方向へと踵を向けるのだった。

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