閑話 ライラックの誤算
ロミエがアリストリア魔術師団本部へ潜入する前のお話。
タイトル的には、【2-9】と【2-10】の間の出来事になってます。
夕刻の空が茜色に染まり、夜の境目が出始めた頃。
生徒会室にて、各部門長を集めたリーンハルトは重くその口を開いた。
「――さて。諸々の検査の結果、仕入れられた魔法具は全て欠陥品であったことが分かった」
その声音は優しく丁寧で、融和な笑みを浮かべていた。
しかし、背後から差し込む陽光が、彼の亜麻色の頭髪を強かに後押ししており、一種の威厳めいた雰囲気を纏わせている。
部屋の隅にポツンと立っていたロミエは、思わず「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。
すると、部屋の中心に向かい合わせで設けられている机の一角に座る、クルクル茶髪の癖っ毛少年が、資料を開きながら証言を始める。
「会計記録によりますと、今回の魔法具は魔法伯が一人、〈黄昏の魔法使い〉様が直接制作し、工房から直接仕入れたものだとありました」
「監査部でも先程、受注書類を確認しましたが間違いありません。昨年末に受注し、受理されたことがキチンと記載されております」
「あぁ。そこんところ、庶務でも確認済みっス。証明印も押されてたんで、偽造は有り得ないっスよ」
「書記でも、か確認っ、できっ……できまっしたっ」
会計長ヴィンセント。監査長アールグレイ。庶務長シュベルト。書記長ニコ。
アリストリア学園を取り仕切る各部門の報告を聞いたリーンハルトは、満足そうに頷き返す。
「ありがとう。それと、生徒会監査員のロミエ・ハルベリィ嬢によれば、旧来の魔法具に刻まれた魔法式と比べて齟齬が生じている……だったかな?」
「はっ……はぃ……っ」
(こ、こっちに話題振らないでぇぇぇぇ……!)
不意に視線を向けられて縮こまっているロミエに微笑みつつ、リーンハルトは再び正面へと向き直った。
「……さて、そういうわけなのだけれど、この件について説明を願えるかな? 〈全能の魔女〉殿」
そうリーンハルトが視線を向けた先、来客用に設置されたソファーで優雅に紅茶(甘い)を飲んでいた〈全能の魔女〉は、カップをカチャリとソーサーへ戻す。
「……件の魔法具について、妾も検査に協力しましたわ。結果、あの魔法具は間違いなく〈黄昏の魔法使い〉様が造られた物。それは間違いありません。ゆえに……」
そこで区切った〈全能の魔女〉ライラック・アシス・ツヴァイリムは、逆光の中でも目を細めることなく、キリリとリーンハルトを見据えた。
「検査の際、扱い方が間違っていたのではなくって?」
「というと?」
「妾達は従来魔法具と同様の手順で魔力を流し、その流脈を確認いたしましたわ。しかし、従来の魔法具ではキチンと動いていたのにも関わらず、新しく仕入れた方では微動だにしなかった」
ライラックはあくまで、「魔法具の使い方が間違っていただけで、壊れてはいない」と主張する。
しかし、実際にはあの魔法具は不完全な代物であった。
なんの目的か意図があっては分からないが、件の魔術専用の魔法具は欠陥品だったのである。
(それを、ニヒリア様は見破られてしまった)
「流石はニヒリア様ですわ!」案件ではあるし、尊敬の念が深まるばかりである――が、そうなると色々と都合が悪い。
(妾が上手いこと誤魔化してみせますわ……!)
扇子の裏でほくそ笑むライラック。
幸い、魔術の知識であればこの学園において彼女の右にでる者はいない。
ライラックはニヒリアの――ロミエのうっかりミスを拭うため、この場に立っているのであった。
「魔法具とは魔法を行使する道具。けれど、その仕組みを理解できる者はそうそういませんわ。故に、魔法具の使い方を間違ったためかと」
「あの、発言よろしいでしょうか?」
不意に、クルクル癖っ毛茶髪の少年ヴィンセントが、ひょこりと右手をあげる。
見覚えのある顔に、ライラックは眉を寄せながらも「どうぞ」と促した。
「ありがとうございます」
ヴィンセントはペコリと頭を下げ、ライラックに向き直る。
その表情は真剣そのもので、鋭く全能の魔女を見据えていた。
「確かに、魔法具の仕組みは難解ですし、量産化にもことごとく失敗してます。けど、仕組みを理解していなくても扱えるように、道具へと式を刻むのが魔法具や魔道具です」
落ち着きのある冷静な説明に、横に座る書記長のニコがフンフンフンと勢いよく頷く。
他の生徒会役員も同様に、ヴィンセントの説明に肯首した。
「それに、この学園は魔術師団の精鋭が揃ってますから、使い方を間違えるなんて事は無いと思います。指摘していた魔法具の作りについても、以前の物ともそこまで違わないように見えました。魔法式は専門じゃないですけど……それでも、魔術式と似たようなものですから」
「ふむむ……」
ヴィンセントの的確すぎる指摘に、さすがのライラックも唸った。
(なかなか賢いですわね。さすが〈工房の家系〉の跡継ぎですわ)
生徒会会計長ヴィンセント・ストラッド。
クルクル癖っ毛茶髪の彼は、ロンド王国北部高原への入口付近に広がる平原を領有するアトリエブロー伯爵家の後継者だ。
〈工房の家系〉とも呼ばれる伯爵家は、シェード大公爵家と──いや、ツヴァイリム家とも古くからの親交がある。
領地が近かった両家は、それこそロンド王国に編入される以前からの付き合いで、ライラックも幼少期に何度か会っていた。
(相変わらず、ちっこい体に知識だけは詰め込んでますのね)
昔からヴィンセントは賢い少年で、〈工房の家系〉の名に恥じない頭脳を持っている。
その名の所以──ロンド王国における魔道具生産の6割を占めるアトリエブロー伯爵領。
彼はその跡継ぎなだけあり、魔道具関連の知識ならばこの学園においてヴィンセントの右に出る者はいない。
「それに、今回の魔法具を制作したのは〈黄昏の魔法使い〉殿です。あの人は使いやすさを追求した魔法具を数多く制作していますし、それは大賢伯である〈全能の魔女〉様もご存知のはずだと思うのですが」
「……まあ、そうですわね」
「なので、〈全能の魔女〉様の説明だといささか矛盾点があるんです。魔法式について僕から言えることは少ないですけれど、それでも魔法具や魔道具というのは、使いやすさと即応性に優れた物であるという前提の中で作られていますから、ライラックさんの説明だとその前提と矛盾するんです」
「…………」
ライラックは口を閉じる。
落ち着いた所作で向き直り、ソーサーを取ってカップを持ち、紅茶を口に含んだ。
ん〜甘いっ。このトロけるような甘さが絶品ですのぉ〜!
「……ふぅ」
(喧嘩を売る相手間違えましたわぁぁぁ……!)
キリリとした威厳のある顔の裏で、ライラックは内心キャラ崩壊するくらい焦っていた。
今回の件、下手したらニヒリアの存在がバレてしまう可能性がある。それでなくても、「魔法が読める」という事実だけで注目の的となってしまうのだ。
だからこそ、この場は「使い方が間違ってたんじゃ?」で済まし、後々コッソリと直して置く予定だった。
……予定だった。
「うん、さすがヴィンセントだ。とても丁寧な説明をありがとう」
「いえいえ……。これくらい、当たり前のことですから!」
リーンハルトに褒められて、ピョコピョコとアホ毛を揺らすヴィンセント。
「ヴィンくん、すっごい……!」
「えへへ……僕は〈工房の家系〉ですからね。これくらい分かって当然です! …………ふふんっ」
ニコに褒められて鼻を高くしつつ、チラチラッとアールグレイに視線を向ける。
「……? あぁ、流石だヴィンセント会計長」
「…………。」
てっきり、アールグレイが悔しがると思っていたヴィンセントは、バツが悪そうに口を尖らせた。
とはいえ、依然ライラックが不利であることに変わりはない。
(圧倒的に形成不利……ですわね)
ライラックは扇子をギュッと握る。
確かに魔術の知識だけならライラックの右に出る者はいない。
しかし、魔道具に関することは専門家であるヴィンセントに劣っている自覚があった。
魔道具関連での論詰めは不利……いや、ヴィンセントがいるから誤魔化すのは不可能と言えよう。
(……だったら)
「……オホン。そ、そういえば、少し前に〈黄昏の魔法使い〉様が言ってらしたのだけれど、新しい魔法式を開発したらしいのですわ。そこの…………ロミエ妹ちゃんも、最新の魔法式なんて知らないでしょう?」
「…………うん? ロミエ妹ちゃんとは──」
「と、も、か、く! 魔法式なんて一学生程度には理解できませんのよ! それは魔術師団の方々も同様、妾とて魔法式なんて理解できませんし、そこの一学生が読み取るなんて不可能ですわ! そうでしょう?」
「ぇ……あ、はっ、はいっ! ……ほ、本で見たのと、ちょっと違うだけ……だった……ですっ!」
「ほら! その程度の知識で魔法具については語れませんわよ! きっと、新しい魔法具には未知なる魔法式が刻まれていたんですわ!」
「……まあ、いいか。しかし、それだと〈黄昏の魔法使い〉様から何らかの説明があってもいいのでは?」
リーンハルトの言葉に、ライラックは心の内でニヤリとほくそ笑んだ。
「ええ、そんなこともあろうかと、妾の方で〈黄昏の魔法使い〉様を呼んでおきましたわ。都合よく近くにいたようなので、明日明後日までには来るとのこと」
「ふーん……?」
リーンハルトが少し目を開く。
(魔法伯が来るわけですから、これ以上の文句は言えないでしょう?)
ライラックはこの国の守護者たる〈円卓の十一賢者〉の一人。
ゆえに、そこでしか知りえない情報を交えれば反論など不可能なのである。まして、魔法伯が来るのならなおさら。
それにちゃんと、〈黄昏の魔法使い〉が来ることは聞いていたし、ついでに説明してもらえればいい。
(何より、魔法具の欠陥については妾も疑問ですもの)
諸々含めて問いただしてやろう。ついでに責任も取ってもらわねば。
ライラックがそう思案していると、リーンハルトが小さく頷く。
「……そう、〈製作者本人〉殿が来るなら、その人に説明を貰った方がいい……か。〈《《全能》》の魔女〉殿でも、〈魔法〉については例外なのだね」
「……ええ、そうですわ。」
いちいち〈全能〉の部分を強調してくるあたりに眉をぴくぴくさせつつ、ライラックは毅然とした態度で応える。
「大賢伯の妾ですら、〈魔法〉を完璧には理解できないのです。ですから、〈黄昏の魔法使い〉様がわざわざ来てくださることに、皆さん感謝してくださいまし?」
「確かに、あの方が来てくれるなら良いと思います。とても説明上手な方ですから」
(それって妾が説明下手だって言いたいのかしら??)
遠回しにそう言われた気がして憤りを感じつつも、グッと堪える。
そんなこんなありながらも、魔法具については後日〈黄昏の魔法使い〉に聞くこととなり、この場はお開きとなった。
――〈黄昏の魔法使い〉オリバーがロミエと遭遇し、ライラックに忠告しに来たのは、その晩のことである。
もう一話閑話を挟み、登場人物紹介を投稿したあと第2章後半始まります!




