【2-11】夜分の報せ
女子寮棟の最上階。
砂糖たっぷりの紅茶を啜るパジャマ姿のライラックは、向かい側に座る赤いバンダナを巻いた男の説明に耳を傾けていた。
「──っつー事があってなー。ここの学園生っぽかったから、上手いこと脱出して入口まで送り届けといたぜ」
曰く、魔法具を直すために師団本部へ潜入したら、少女が魔法具を直しているところをたまたま目撃し、学園まで送り届けた——らしい。
「…………なるほど」
来客用のソファーに座る男の説明に、ライラックは落ち着いた所作で、カップをソーサーに戻した。
(いや、「なるほど」じゃ済みませんですわよ??)
ライラックは平静を装いつつも、内心頭を抱えていた。
なにせ、ロミエ様が魔法を使えることがバレてしまったのだから。それも、よりによって《《この立場》》の人間に。
とはいえ、ここでボロを出すのは愚の骨頂。あくまで何も知らないフリをして、コトリと首をかしげた。
「……それで、その生徒の名前は?」
「んや、秘密にしときたそうだったから聞かなかったぜ」
その意外な返答に、ライラックに片眉を上げる。
「魔法使いは希少……そのことはオリバー様が一番理解していそうですのに、何か思惑がおありで?」
「オリバー様」と呼ばれた男は「はは、まあな」と空笑いを浮かべる。
「思惑って程でもねーんだけっど、注目されたらそれだけ面倒ごとが増えるだけだかっな」
職人姿の男――オリバーはボリボリと頭を掻き、どこか悟ったような目で窓の向こう側へと目を向ける。
「見たとこまだ一年生っぽかったし、そんうちは遊ばせるべきだと俺ァ思うぜ? それこそ、俺からしちゃあライラック嬢ちゃんも大概不憫だ」
「無用な心配ですわ。妾は望んでこの地位についたのですから」
「そうか……」
いちいち耳障りなお節介を焼いてくるオリバーに、ムスッと唇を立てる。
(それくらいの覚悟、とうに済ませてますのよ)
ライラックはその言葉を、紅茶と共に飲み込んだ。
「……オホン、そういえば一つ確認したい事がありますの」
「おう、なんでも答えっぜ!」
「どうして欠陥品の魔法具を納品したのです?」
今回、魔術専用の魔法具を作ったオリバーに、ライラックはギッと目を細める。
(オリバー様ほどの人物が、うっかり欠陥品を作るとは思えない)
ライラックとしては、隠れた魔法使い──つまりロミエ・ハルベリィを炙り出す為の餌のようにしか思えなかったのだ。
そうとも知らず、オリバーは思い出したように手を打つ。
「あーそいや、嬢ちゃんは第一王子の護衛中だったっけか」
「……ええ、ですから説明をいただきたく」
そういえばそうだった――なんて言えない。
とはいえ、ここに来ても護衛任務という建前が役に立つとは。
静かに安堵していると、オリバーがキョロキョロっと周囲を伺い、声を低くして言った。
「……すまねぇが、侍女さんを外してくんねぇか」
「……分かりましたわ。ハルヤ、下がりなさい」
「かしこまりました」
ライラックは片眉を上げて訝しみつつも、オリバーの意図を汲み取った。
「――、防音結界も張りましたので、盗聴の心配はございませんわ」
すぐさま短縮詠唱で結界を張るライラックに、オリバーは「相っ変わらず器用だな~」と感心しながらも、真剣な面持ちで膝に手を置いた。
「結論から言うとな、〈星導の魔術師〉のオッサンから予言を貰って、俺ァその通りに不完全な魔法具を作ったってわけだ」
「〈星導の魔術師〉殿……ですか。なるほど、かの預言者からの要請であったわけですのね」
「そういうこった。どういう意図があったのかは、もう分かんねぇけどな」
「もう、分からない……?」
妙な言い回しに、ライラックが怪訝そうに目を細めていると、オリバーは深刻そうに眉間にシワをよせる。
「…………それが、俺ががここに来た本題だ」
「……聞きましょう」
防音結界を張っているのにも関わらず、余程聞かれるのが嫌なのか、オリバーはさらに顔を近づけさせた。
(それほど重要な事なのかしら……?)
ライラックは「ゴクリ」と生唾を飲み込む。
満を持して、オリバーはその口を開いた。
「――〈星導の魔術師〉が、死んだ」
「え…………?」
ライラックは驚きのあまり身体がふらついて、机に手をついた。ウェーブがかったクリーム色の前髪がたらりと垂れる。
(当代最も優れた予言者である彼が、星導の魔術師が死んだ……?)
「それは――」
「事故死、ったぁ聞いてる。だが……きな臭いことになってきやがったぜ。言っとくが、まだ公表できねぇかっな」
「えぇ、勿論ですわ。これは……護衛計画を根本から見直すべきですわね」
「おう、そんで俺は学園全体を防護結界で包むのと、殿下用の魔法具を届けに来たってわけだ」
「なるほど。……ちなみに、ですが。もし他殺の場合は――」
ライラックが言おうとするが、オリバーは手で制する。
「それは憶測に過ぎねぇ。だけんど……そうだな、警戒して損は無いと思うぜ。いかんせん、いろいろ面倒くせぇことになった」
「えぇ、そうですわね。〈星導の魔術師〉が居なくなることで得をする勢力といったら、《《あの家》》が一番怪しいですもの」
ライラックは紅茶を取ろうとして──諦める。
小刻みに震える手をギュッと抑えながら、眉間に皺を寄せた。
(なかなか、厄介な事になりましたわ……。……っ、まさかこれを見越してニヒリア様……いや、ロミエ様を生徒会に……!?)
……いや、それはあまりにも飛躍しすぎている。そもそも、無関係である可能性だってまだあるのだ。
ライラックが思案に暮れていると、オリバーがひょいっと立ち上がった。
「ま、そういうこった。俺ァとりあえず結界張ってくっからよ、またなんかあったら呼んでくれいっ」
「……はい、頼りにしておりますわ。〈黄昏の魔法使い〉様」
「おうよ、こっちこそ頼りにしてんぜ。〈全能の魔女〉さん」
そのままオリバーは窓から寮を出て行った。おそらく、屋根上を通って移動するつもりなのだろう。
充分離れたのを確認し、ライラックは別室へと声をかける。
「……ハルヤ、いるわね」
「はい、ここに」
「面倒な事態になりましたわ。至急、殿下の元へ参りましょう」
「かしこまりました。……まさか、本当にあの方が亡くなられたのですか……?」
「……ええ。この期に及んでオリバー様が嘘をつくとは思えない。大賢伯〈星導の魔術師〉アルヴィアス様は既に死んだと仮定して動くべきですわ」
「承知いたしました。……その、ニヒリア様は……ロミエ・ハルベリィ様はいかがいたしましょう。あの方にもお伝えしておくべきでは……?」
「そうね…………いや、ニヒリア様には伏せておきましょう。あの者がいる限りニヒリア様は……いえ、ロミエ様は何も知らない方が良い」
おそらく、伝えたところで何か打てる手立てはないし、ボロが出たら一貫の終わりだ。
ライラックはニヒリアを信仰している。だが同時に、かの存在が完璧ではないことも承知していた。
その上で近づき、協力者となって助けようと誓ったのだ。
(それに、これは人間側の問題ですわ)
自分が力になれる事は、何だってする。
たとえ、〈円卓の十一賢者〉の席から降りることになり、大賢伯の称号を失ったとしても——果たすべき使命がある。
「……くちんっ」
開いたままの窓から冷たい夜風が入り込んできて、ライラックを薄く撫でていく。
見かねたハルヤが上着を持ってきた。
「もう一枚、羽織られますか?」
「いいえ、大丈夫。キャリアを巻いていれば、案外温かいのですわ」
そう答えながら、ライラックはスッと窓の先を見る。
ロンド王国王都の北部に連なる山々は、山頂を雪化粧で覆わせていて、それらは故郷を囲う山脈を彷彿とさせた。
(きちんと、やり遂げる……)
ライラックはその山の先にある故郷に思いを馳せ、その使命を胸に抱くのであった。
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円卓に席を持つ大賢伯が一人〈星導の魔術師〉アルヴィアス・レイラ・ハルベリィ。
当代最も優れた予言者である彼が亡くなった報せがロンド王国中を駆け巡るのは、もう少し先の事である。




