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【2-10】ロミエは早く帰りたい

 ――ガチャっ。


 不意に、ドアノブが回った。


「まったく、面倒くさいったらありゃしないかしら」


「――っ!?」


 扉一枚隔てた先から発された聞き覚えのある声に、ロミエは思わず口を塞ぐ。


(ど、どどっ、どこかっ、隠れないとぉぉぉぉぅ……!)


 ト、トトトっとドアから距離を取って隠れられそうな場所を探すが、そんなもの見当たらない。

 仕方なく、壁に背中を貼りつけて息を潜める。


(バレませんようにバレませんようにバレないでバレないでぇぇぇ……)


 部屋から出てきたのは栗色の髪の女性団員──カテリナ・モルガン。ロミエたちに実践魔術を教えてくれている先生である。

 その先生の目にも、今やクッキリと隈が浮かんでいた。

 どれだけ大変な仕事をこなしてきたんだろう……そう考えただけで、ロミエの背中に汗が伝う。


「魔法具なんて、私達が見てもチンプンカンですのにねー。やんなっちゃいますよ~ホント」


 後ろについて出てきたもう一人の女性団員の事は知らない。ただ、カテリナとは近しい人物のようだ。

 上下関係はあるらしいが、比較的砕けた口調で話している。


「まったくなのよ。さっさと〈円卓の化け物〉呼んできて、洗いざらい事情を吐いてもらうかしら。…………ん?」


「んぁれ、どしました?」


 チラリ、とカテリナが栗色の髪を揺らし、ロミエの方を見た。


(ま、まさか……)


 いや違う、きっと気のせいだ。だって〈透明化の魔法〉で完全に姿を消せているはず――


「……なんか、あそこの空間だけ変かしら」


「……!?!?」


 ドクリッと心臓が跳ね上がる。

 マズい。カテリナ先生がロミエのいる場所に向かって来た!

 ちなみに、〈透明化の魔法〉は自分の周囲を膜のように覆っているだけであり、その内側に入ると、外部からはパッサリと切れてしまったように見えてしまうのだ。

 寄ってこられたら、その疑念は確信に変えられるだろう。


「……何なのかしら、ここあたりの空間だけモヤついているような気が……」


(ど、どどどっどうしようっ。に、逃げる? でも足音するし逃げきれる自信ないしぃぃ……ま、魔法を――って、もう間に合わないしぃぃぃぃ)


 万事休す。

 カテリナが伸ばした指先が、ロミエを隠している空間の境い目に入り込んできて――



「リナー! どっこだぁ~! 吾輩が来ましたよ〜ぅ!」



 手が入ってくる寸前、間延びした若い男性の声が師団本部全体に響き渡った。

 カテリナはクルリと踵を返し、声の方に体を向ける。


「この声……お呼びじゃないヤツが来たかしら……」


「まったまた~、愛されちゃってるんですね~」


「うるさいかしら! ……さっさとお迎えするのよ。シェリー、粗相をしでかすんじゃないのよ」


「まあ、大賢伯ですもんね~。そういえばお子さんとかはまだなんですかー? もう過ごされたんでしょ? どんな感じでしたかってば~」


「──そろそろ、口を縫い合わせようかしら?」


「さっ、さささっさあさあ行きまっショーぅ!」


「はぁ……相変わらず、調子のいいヤツなのよ……」


 そうして、二人は廊下の先へと歩いて行く。


(た……助かった……?)


 廊下の角を曲がり姿が見えなくなったところで、ロミエはヘニャヘニャぁ――っとその場にへたり込む。

 まさに危機一髪。客人か誰かが来たのか、ギリギリでロミエの姿が見られることは無かった。


(なんか、よくわかんないけど……とりあえず助かった、のかな……?)


 なら良かった……と安堵する反面、ロミエは正直もう帰りたい気持ちで一杯だった。

 運動不足なせいで足も腹筋もピリピリと痛むし、今の今で集中力を使い果たした気がする。


(でも……頑張らないと、バレちゃう……)


 それだけは絶対にダメ──


「……よしっ」


 ロミエはキュッと拳を握り、恐る恐るドアノブを捻った。

 部屋は会議室らしく、軽い装飾が施された長机と椅子が、向かい合わせに並べられている。

 中に人がいない事を確認しつつ、部屋を見渡していく。


「……あった」


 お目当ての魔法具は部屋の最奥に安置されていた。

 魔法具は他の魔道具と違い、その価値や希少性の高さから隔離される。何より〈魔法〉が刻まれていることによって、他の魔道具へ悪影響を及ぼしてしまう可能性があるのだ。


「……うん、やっぱり魔法式の一部が途切れてる。これじゃ、一瞬発動するだけで、すぐに効果が切れちゃうんだ」


 魔法具の本体、魔晶石の中で輝く六芒星の煌めきを覗きこみながら、早速ロミエは魔素を編み始める。

 ロミエは魔道具を作った経験はないが、世界システム構築の流用だと思えば難なくこなすことができた。

 なんならこっちの方が単純で規模も小さいし、このサイズの魔法具の修復程度ならちょちょいのちょいである。


(……編み上げた魔素を、隙間に落としこむ――)


 よし、上手く定着した!


「……うんっ、かんせい……っ!」


 これで帰れる! 寝れる! おやすみなさいできる!!

 ほっと安堵した瞬間、緊張が途切れたせいかへにゃぁ……っと頬が緩んでしまう。

 いやしかし、我ながら完璧に魔法具を直せた!


(きれい……完璧だぁ……!)


 完璧な魔法式が刻まれ、その中で美しく整然と魔素が流れている。

 これなら誰も欠陥品だなんて言われないし、ここまで完璧な魔法具ならロミエの指摘も間違いだったと証明できる。

 にしても……なんて美しい構造美!


「えへ、えへへっ……」


「ほっほーう? なっかなか良い腕してんねぇ嬢ちゃん」


「えへ……へ…………え?」


 不意に後ろから声をかけられて、ロミエの目は限界まで見開かれた。

 ギ、ギ、ギ……と振り返り――ドアの前に立っていた《《人物》》を見つけ、ワナワナと手を動かす。


「ぁ、あ、あっ……あばっ……ばばばぁ……っ」


 立っていたのは一人の男性。

 荒く短く切られた黒髪に、赤いバンダナを巻いた無精ひげの目立つ30代後半の男性で、職人だろうか、年季の入った作業着を身に付けている。

 彼はロミエの動揺を無視しているのか、はたまた気づいていないのか、肩を竦ませてボリボリと頭を掻いた。


「んやぁ~魔法具ってムズイんだよなぁー。ちっとでもミスったら発動しねーし、魔道具なんかに比べて何っ倍も複雑だかんねぇー」


「ぁ……ぇっ、あぅ……」


 見られてしまった。ロミエが魔法具を直すところを。


 ——魔法を、使うところを。


(は、はやく無力化して記憶消して逃げないとぉぉ……い、いやでも攻撃して意識飛ばしても移動できないし、こんなところに放置してたら怪しまれるかな怪しまれるよねぇぇぇ……ど、どどっどうっ……でっでもっ、ととととりあえず無力化して記憶改竄しないとぉぉぉぉ)


「あばっあばばばばぁぁぁっ……!」


 ロミエは焦りと疲労で目をグルグルさせながらも、手を掲げて攻撃態勢をとった。


「ちょ!? ちょっと待てちょっと待てちょっと待って!! オレぁ敵じゃないっ。味方ぁ……でもねぇけど、とぉともかくっ、怪しい人間じゃねって!」


 ロミエが声にならない奇音を喚きながら魔素を編んでいくと、《《それを感じ取った》》男は慌てて両手を上げて無害アピールを始める。


「いったん落ち着こうっ、な! そりゃ、魔法使えるのバレたら色々面倒だもんな、わかるぜーその気持ち! 変に持て囃されて妙な仕事ばっかり押し付けられんだもんな……ぜってぇやりたくねぇよぉ、んなもん……」


「…………へ?」


 その悲壮感漂う姿に、ロミエは魔法を中断する。

 なんでだろう、この人から敵意や悪意は感じられなかった。

 ロミエが見れる情報量では、男の真意までは探れない。

 けれど、両手をあげてちょっと涙目になっている姿からは、ロミエを捕まえようとかそういう気概は見受けられなかったのだ。


「……あ、あなたは何者……でぅか」


「おう、俺ぁただの通りすがりの職人だぜ」


「…………名乗らないん、ですね」


「まぁな、その方がお互い都合がいいだろ?」


「…………」


 ニッカと笑う男に、ロミエは沈黙で返答する。


(この人、たぶん魔法使い……だけど、何かバレちゃいけない理由があるのかな……?)


 魔法使いは希少だ。世界のシステム構造を多少なりとも理解出来ていないと、魔術と魔法の区別すら困難である。

 おそらく、彼も魔法使いに違いない。


「……っ! なんでっ、こっちに……」


「だーぃじょぶだーぃじょぶ、何もしねって。ちょいと魔法具の具合が見たくってな」


 ヒョヒョイッと距離を縮めてきた男は、ルーペを取り出して安置されている魔法具を覗き込む。


「どれどれ〜……うおっ!? すっげぇな嬢ちゃん、完璧に定着してっじゃねぇか!」


「そ、そう……ですか」


「おうよ! こんな完璧な魔法式、そう簡単にゃ作れねぇ。嬢ちゃん、魔法具作りの才能あんぜ!」


「は、はぁ……」


 魔法式を理解している――それも、完璧な形で魔法具に定着させられる人物を前にして、この男は気にする素振りも見せずにただ褒める。

 どうして魔法が使えるのかとか、どうしてここに居るのかとか、何者なのかだとか聞いてこない。

 ぎこちなく相槌を入れるロミエに、男は魔法具を手に取って覗き込みながら、うんうんと感心した様子で捲し立てていく。


「いっや〜ほんとにスッゲェよ嬢ちゃん! ここと、ここん所が壊れてたろ?」


「は、はい…………あ、あと……ここも、ですっ」


「うっわホントだ! いっや〜マジだ、ふっつーに見逃してたぜ……。んやホント、よく直せたな。嬢ちゃんスッゲェよ!」


「ぇ……え、っとぉ……」


 男は魔法具を覗き込み、目をキラキラさせながら「スッゲェスッゲェ!」と褒めちぎる。


(なにこれ……口がムズムズする……)


 湧き上がってきた不思議な気持ちに押されて、口がワナワナと泳いでしまう。

 ロミエは自然と綻んでしまう頬を両手で抑えながら呟いた。


「す……すっげえ、ですか?」


「おうよ! こーも精密な魔法具はそう作れねぇかんな。嬢ちゃんにしかできねぇぜ」


「え、えへ……えへへ……」


(この人、良い人!)


 疲労困憊のロミエに彼の褒め言葉は、甘ったるい果実のようだった。

 昼間は授業も受けて生徒会の仕事もして……陽が沈んでからは魔術師団の本部に潜入して魔法具を修理して――そろそろ、冷静な思考力が欠損しはじめていたのである。


「ほんで、だ」


「?」


「このことは秘密にしとっからよ、ひとまず師団本部(こっから)脱出しようぜ。丁度いい抜け道があんだ。付いてくるか?」


「はいっ!」


 そうしてロミエは自称職人の男について行った。

 彼の先導の元、屋根裏を這ったり秘密の隠し通路的な地下道を通るなどして、ロミエは無事ひ寮の自室へと帰ったのである。


(……なんか、すごい優しい人だったなぁ)


 だってロミエを褒めてくれたのだ。絶賛してくれたのだ。

 魔法具を完璧に修復してたり、あの職人の男が〈魔法使い〉である可能性なんかを意識外に追いやって、ロミエは「ふへっ」と笑う。


「べっと、あったかぁぃ……」


 ロミエはめでたく、ベットとシーツ(サンドウィッチ)の具材となれたのだった。

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