【2-9】ただのロミエの潜入作戦
冷たい風が夜の学園を吹き抜け、黒っぽい灰色の髪を揺らす。
少女は軽く身震いしながら、ぎこちない足取りで夜の校舎を駆けていった。
(い、一枚くらい、何か羽織ってくれば良かった……)
王都の中でも北寄りに位置しているアリストリア学園は、北部に連なる山脈の影響か冷たい風が吹いてくるのだ。
とはいえ、寒さなんて無視すればいい。
少女はズズッと鼻水をすすりつつ、周囲に人が居ない事を確認して、物陰に向かってダドッダドッと駆けていく。
(みんながっ、起きるまでにっ、早く、直さないと……っ)
深夜、ロミエは寮を抜け出してアリストリア師団の本部へと向かっていた。
目的は壊れていた魔法具を修理すること。
昼間、ロミエはリーンハルトと魔法具の点検をしていた際に、魔法具の欠陥を見つけてしまって、あろうことか指摘してしまったのである。
魔法具に刻まれた《《魔法式》》なんて、普通の人間には解読できないというのに――
***
ロミエが魔法具の欠陥について指摘した後、現役団員の立ち合いの元で実際に使用してみた。
するとどうだろう? ロミエの指摘の通り、その魔法具は欠陥品だったのだ。
「これは……製作者を問いたださないといけないね」
リーンハルトもこの事態を重く受け止めたらしく、眉をひそめて唸っていた。
ちなみに、件の魔法具を制作したのは〈円卓の十一賢者〉の中でも特別な魔法伯の称号を持つ〈黄昏の魔法使い〉である。
〈黄昏の魔法使い〉は魔法具作りに精通していて、他の大賢伯が使う杖や装飾なども制作しているらしい。
そんな人物が作った魔法具の欠陥を、ロミエは見破ったのだ。……見破って、しまったのだ。
(そんなの普通の学生じゃないいぃぃ……!)
頭を抱えたい気持ちになりながら、ロミエはワナワナと小さな手をパクパクさせる。
魔術が広く普及したロンド王国においても、魔法を使える人物なんて数えるほどしか存在しない。
それほどまでに難解な魔法が刻まれた魔法具の欠陥を見抜くなんて、ただ者じゃないだろう。
実際、ロミエを見るリーンハルトの目が明らかに変わった。
「ハルベリィ嬢。君は魔法が理解できるんだね。凄いじゃないか」
「い、いえいえいいえッ……! そ、そのっ……むかっ、むかしっほぉ本でっ、読んだんでしゅっ……!」
「ああ、〈最強の魔法使い〉様が遺した魔法書のレプリカがあるんだっけ? あれは書かれている魔法式があまりにも難解すぎて、誰にも理解できなかった代物だったと記憶しているのだけれど」
「ぁ、えっと、えぇっとぉ~……そのぉ……あっ、そうですっ! 書かれていた魔法式を覚えててっ、そ、それと内容が違ったん、でふっ!」
(こ、こんなんじゃ誤魔化しきれないよぉぉぉぅ……)
ロミエの苦しい言い訳に、リーンハルトは目を細める。
だが幸い、諸々の報告書や〈黄昏の魔法使い〉への抗議文の作成などで忙しくなり、それ以上リーンハルトから問いただされることは無かった。
とはいえ、魔法式が理解できる人間は希少だ。絶対に注目を集めてしまう。
……それに、ロミエの場合――いや、そこに宿ったニヒリアは、この世界の法則全てを創った創世神であるため、描く魔法式はあまりにも整いすぎている。美しすぎる。
かつての〈最強の魔法使い〉ですら直せなかった次元の亀裂ですら、ロミエならば完璧に直すことが出来るのだ。
そうして〈魔法使い〉としての注目を浴びて行けば、いずれこんな疑念を抱かれかねないだろう。
――ロミエ・ハルベリィは、本当にただの人間なのか……と。
***
(魔法使いが来る前に、早く直しておかないと……)
ロミエはドッダドっと、ぎこちない足取りで道を急いだ。
魔法伯――〈黄昏の魔法使い〉が来る前に魔法具を直しておけば、ロミエが見つけた欠陥は無かったことに出来る。
そうすれば、「学生の一人が出しゃばって、勘違いしただけだ」と判断されるであろう。
試用した時に発動しなかったのも、「難解な魔法具ゆえ使い方を間違った――と説明すれば誤魔化せますわ!」とライラックが言っていた。
なんにせよ、魔法具が保管されている倉庫に入って、刻まれた魔法式の綻び部分を直さなければならない。
ロミエは学園を出て師団本部の敷地に入る。
(そう簡単にはいかない、か……)
流石に魔術師団の本部だけあって、学園よりも数段警備が堅かった。
上空では常に魔術師が飛行魔術で警戒しているし、深夜であるにも関わらず建物内も淡く光が灯っている。
(……普通に行ったら、バレる)
ロミエはスッと目を細め、視覚を情報に切り替えた。
そして、無詠唱で魔素を編んでいき――自分の身体が風景に透過されるように、光の屈折率を調整していく。
(……うん、これで大丈夫)
〈透明化の魔法〉と言えようか。外部からロミエの姿は完全に見えなくなる。
ただ実体はあるので、触れられたり目前まで近づかれたらさすがにバレてしまう。だから大胆に動くことはなるべく避けたい。
出来るだけ木陰や物陰にソソッと隠れつつ、師団本部の建物へと近づいていった。
しかし、建物のそばまで来て一つの障害に直面する。
(遮蔽物がない……)
師団本部の周囲には木が生えておらず、とても見通しが良い。上空からならばさぞ見えやすいだろう。
(駆け抜けるしかない……かな)
チラリ、と木陰から見上げて、上空で哨戒中の魔術師が離れるタイミングを見計らう。
「……よしっ」
ロミエはキュッと手を握って、全速力で木陰から飛び出した。
いくら〈透明化の魔法〉を使っているからと言って、慢心はできない。危ない橋は崩れる前に素早く渡るべきだ。
ダドッダドッとぎこちない走りで、空き地を駆け抜けてゆく。
(あと、ちょっと――)
「ぁえっ――」
不意に、ロミエの体が前のめりに崩れた。
「ぅぐふっ……!」
右肩から勢いよく地面と激突し、小さな悲鳴を上げる。
ぎこちない走り方だったせいか、何もない所で躓いてしまったのだ。
(なんにもない所でコケちゃうなんてぇぇぇ……!)
痛い、ヒザとかアゴがヒリヒリする。腕もちょっとズキズキしてきた。口の中もジャリジャリする。
だがそれよりも……。
(は、早く移動しなくちゃ……)
まだ〈透明化の魔法〉は途切れていない。けど、ロミエの集中が切れた瞬間解除されてしまうし、何よりここは開けた空き地だ。早く物陰に隠れなければならない。
ロミエは唇を噛み締めて、痛みとか惨めさなんかを無理やり意識の外に追いやった。
(だいじょうぶ、痛いのは痛いだけ……無視、すればいい……から)
身体のあちこちがヒリヒリズキズキと痛むけれど、ロミエはギリリと歯を食いしばりながら立ち上がり、建物の陰へと歩んでいく。
「な、なんとか……ついたぁ……」
ロミエは壁にもたれながら「ふぅぉぇ……っ」っと息を吐く。
(怪我は……目立つし直しておこう)
いったん上空の様子を伺った後に、ロミエは〈再生魔法〉を行使した。
それは大量の魔素を取り込む行為であるため、ロンド王国では全面的に禁忌とされる行為である。
そもそも、魔素を用いて肉体を再生する魔術自体が禁忌なのだ。
だが、ロミエには――ニヒリアには関係ない。
「――――ふぁ……」
魔素が浸透するにつれみるみる内に傷が癒えていく――が、クラクラと眩暈でふらつきそうになって、おろおろと膝をついた。
この魔法は傷口を直接魔素で補完していくので、軽い魔力中毒の症状をきたしてしまう。
(怪我は、もう大丈夫……)
チラリ、と空を見上げるも、哨戒中の魔術師はまだこちらに来ておらず、満天の星空だけが広がっていた。
(うぅ……はやくベットで寝たいよぉう……)
普段は、今ごろフカフカなベットとシーツに挟まれて、グッスリ寝息を掻いている時間帯だ。
いつもならロミエはサンドウィッチの具材のように、その隙間に身を預けられていたはずなのだ。
寝ころびたい、眠い、帰りたい、ベットの具材になりたい、建物入りたくない、嫌だ怖い――どこからともなくそんな声が聞こえてしまうけれど、元はと言えば自分が蒔いた種である。
(それに……そう、この生活が無くなるのは……やだ)
今のロミエにはともだちがいる。仲間がいる。
その人達との暖かな日常を守るためにも、ロミエはいらぬ注目を集めてはならない。羨望と期待は距離を作ってしまうから。
それに――
「頑張る……って、決めたもん」
前を向くって決めた。ちょっとずつ変化していって、いつか出来損ないから脱却したい。
「役に立ってくれている」と言ってくれたリーンハルトの期待に応えなければならない。応えたい。
(……出来損ないって、思われたくない)
ロミエはギュッと小さな拳を握り、師団本部の建物の入り口へ足を向けた。
***
アリストリア魔術師団の建物は、豪勢な白亜の学園校舎と違って、赤いレンガで作られた屋敷の様な建物であった。
さすが魔術師団の本部とだけあり、三階建ての建物全体にしっかりと防護結界が何重にも張られている。
(……よしっ、誰もいない)
感知魔法を使って、誰も見ていないことを確認したロミエは、遠隔魔法でドアのカギを解除し、建物の中に忍び込んだ。
目当ての魔法具が保管されている場所は、もう知っている。
その位置を頭で思い浮かべながら、透明化の魔法を併用しつつ屋敷内を進んでいった。
(人がいる……こんな夜中に……?)
ふと、向こうから歩いてくる人を見つけて、ロミエは物陰に身を寄せつつ頭を捻った。
深夜だというのに廊下は明るく照らされていて、事務方の団員だろうか、大量の書類を抱えながら歩いている。
魔法具がある部屋に行くためには、その中を突っ切らなければならない。
(ば、バレないで……こっち来ないでぇぇ……!)
人を見つけるたびに、ガクブルと震えながらそう念じるしかできないロミエ。
しかしその願いが通じたのか、だれ一人としてロミエの存在に気づかなかった。
何人かとはすれ違い、その度ビクリと肩が震えてしまったものの、腕に抱えた書類で手一杯なのか、気づくそぶりすら見せない。
(忙しそう……)
ロミエも生徒会で同じような光景を見てきたので、深夜までせわしなく動く団員たちに、少し同情の念が湧いた。
とはいえ、それでバレにくいのなら好都合。
もう一つの角を曲がればお目当ての部屋が見える。
(ぱっと直して、さっさとお部屋に帰ろう。はやく帰りたいし……)
神経をすり減らしながら、やっとたどり着いた部屋のドア。
廊下の左右に人が居ない事を確認し、ドアノブへ手をかけて――
――ガチャっ
「――――!?!?」
不意に、そのドアノブが回った。




