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【2-5】選択授業は芸術的に

***



「愛する婚約者(ヒロイン)のピンチに駆け付けたのであろう!! アールグレイ・シュメリート!!」



「…………は?」

「…………へ?」


 なに言ってるんだろう黒髪の先輩(この人)……。

 滲んだ涙をパチリパチリと落としたロミエは、恐る恐るか細い喉を震わせた。


「ぁ、あのっ……ヒロインと、いうのは……?」

「無論、貴女の事だ。ロミエ・ハルベリィ」

「は、はあ………………誰の……です、か?」

「……? アールに決まっているだろう?」

「あーる……?」


 あーるさんって、だれ、……? とロミエがキョロキョロと見渡すと、見知った人物を見つけて「あっ」と目を見開く。


「《《アール》》グレイ監査長……の事、ですか?」

「そうとも!」

「は、はぁ……」

「……はァ、どうして私の婚約者がハルベリィ嬢になる」


 アールグレイは心底面倒くさそうにため息をつき、明るい黒髪の青年──彼の友人であるレヴェアルを睨んだ。

 アールグレイの深い紫色の瞳に見据えられたレヴェアルは、逆にキラキラと星を散りばめるようにその紅黒色(べにくろいろ)の瞳を輝かせる。


「二人一緒に薔薇園で寝ていたであろう? あの構図、実にエクセレントだった! 素晴らしい、最高の題材だった!」

「薔薇園……?」

「あの、アールグレイ監査長……こちらの記事をご存じありませんこと?」


 訝しむアールグレイに、ロミエへ話しかけていた貴族令嬢が切り抜いた学園新聞の一部を見せる

 そこには、薔薇に囲まれたベンチに座る二人の男女――ロミエとアールグレイが肩を寄せ合って幸せそうに眠っている絵が描かれていた。

 どこかで見たような……と目をパチクリと瞬いて「……あっ」と思い出す。


(そういえばショルさんにも、同じ新聞見せられたんだ)


 あんなこともあったなぁ――なんて、温かい思い出に頬を緩めていると、どうやら初めて見たらしいアールグレイが大きく右目を見開く。


「……いつの絵だ」

「…………いつ、だったかな」

「なぜ覚えていない……ッ」

「夢中に何かをする時ほど、時間を忘れるものであろう?」

「はァ……貴様という奴は……」

「あのっ……ぇっと、王子様が襲われた、ちょっとあと…………ま、魔力中毒でっシュメリート様が倒れてて……そのっ、助けようとしたんですけど……わたしも、魔力中毒で……」


(助けようとしたのに、自分も倒れちゃうなんて……!)


 ロミエが今さらながら自分の不甲斐なさに唇を噛んでいると、アールグレイは「そうなのか……?」と目を見開いた。


「それは申し訳ない。迷惑をかけた」


 そう言って頭を下げようとするので、あわあわと慌てて制止する


「ぇあ、そっそんなっ……頭を上げてくださいっ! わ、わたしは何も……できなかった、ので……」

「……あ、あのアールグレイ様。この小娘……ハルベリィ嬢とのご婚約のお話は……?」

「だからなんでそうなるのかと聞いている……」


 アールグレイが呆れたように溜息をつき、ロミエも真顔でフルフルフルと首を横に振るった。

 創世神(ニヒリア)でもある彼女に、結婚願望なんてものは欠片も存在しないのである。


「わ、わたしはっ誰かと婚約なんて……しない、ですっ」

「それが片目の貴公子であってもかな? ロミエ・ハルベリィ嬢」

「貴公子……?」


 だから片目の貴公子ってなに……?

 首を傾げながら、明るい黒髪の青年に問いかける。


「あの……っ、片目の貴公子っていうのは……」

「他でもない我が友──」

「はい。授業、始めますよ?」


 不意に人だかりの外から、そう問いかけるような声が入ってくる。

 (ほの)かに怒りを滲ませた教師──帝国出身だろうか、青い肌をした初老の男性教員が、パシパシと乾いた手を叩いた。


「みんな、元の位置へ。授業、始めますよ? 授業──始めますよ??」


 一見優しそうな顔をしている初老の教師は、今やその青い額に青筋を浮かべ、ピクピクと笑顔が引きつっている。

 カタコトの言葉すら、その節々に烈火のごとく怒りの波長が混ざっているようで、たちまち聴衆の背筋を凍らせてしまった。

 その尋常じゃない雰囲気に、生徒たちはそそくさと自分のキャンパスの元へ戻ったのだった。



***



 今回の〈美術絵画〉の授業は、広場の中心にある噴水のデッサンであった。

 生徒たちは各々のキャンパスの前に座り、アタリを決めていく。

 ロミエも鋭く削った鉛筆を手にとって、噴水の大まかな輪郭を捉えていった。

 実は絵を描いたのはこれが初めてじゃない。初等学園の授業で、遊びのような感じではあったものの知識としては教えられている。


 それにロミエは……絵を描くのは、好きだ。


「──♪──♪」


 ロミエはシャラサラカリカリと鉛筆を滑らせ、輪郭のアタリを決めていく。

 そうしてアタリが決まれば、後は噴水を描くだけ──


「あなたが、ロミエさん、でしたね?」

「……へ、ぁっ、ひゃひゃいっ!」


 突然カタコトで話しかけられて、ロミエは声が裏返ってしまった。

 周りでクスクス……と笑う声が聞こえて、「うぅぅ」とロミエは首の角度を下げる。

 しかし、帝国出身らしい初老の教師――タディカスヘンシェ・ターコンは気にした様子もなく朗らかに言葉を紡いでいった。


「副会長さんに、言われました。どうやら君は、独特な、才能がある、らしい」

「は、はあ……」

「その才能、開花させて、この国の芸術に、新たな道を、切り開いて、欲しい」

「……は……は、ひ」


 言動は優しそうだけれど、笑顔の裏に隠れた有無を言わせない圧力に抗えず、ロミエは首を縦に振ってしまう。


「期待、してるよ」

「………………は、い」


 どうやらロミエは普通の絵を描くのも許されないらしい。


(この国の芸術の新たな道って……? むりむりむりぃぃ……そんな期待しないでよぉぉぅ……)


 そもそもロミエの絵は、物質を構成するシステムコマンドを描いてるだけだ。そこに美的センスだとか芸術なんてモノはない。どっちかというと魔法に近いのだ。

 とはいえ、そんなものを一目見て分かる人間なんてそういない。それこそ希少な魔法使いでもないと読み取れないだろう。


(あ、そうだ、ちょっとだけ構造を崩して分からなくすれば…………いい……)


 その思案を、ロミエは途中で止め、頭を振った。


──空間を……いや、そこを構成するシステムコマンドを完璧なものへと書き換えたい。


 不完全は嫌だ、ムズムズする。どうせやるなら完璧に、完全な物にしたい。


(……うん、どうせなら……絵画の中だけくらい、理想の世界を創りたい……かな)


 かつてロミエが――ニヒリアが創り成しえなかった世界を、完全完璧な世界を……欠陥なんて存在しない、悲しみや理不尽なんて存在しない世界を創ろう(描こう)

 絵の中ならばそれができる。絵の中だけでも、創作物の中だけでも理想の世界を描いても良いじゃないか。

 ……いや、描きたい。


(──見たい、知りたい……創りたい)


「――――」


 ロミエは迷うことなく、右手の鉛筆を滑らせていく。

 噴水を構成する要素を、コマンドの羅列を、流れを――すべてを模写し、そして完全な物へと描いていった。

 縦と横、角と少しの曲線が入り交じり重なり合っていく。


「――――――――」


 次第に多重に重なり合った幾何学模様を形成していった。

 それは魔術式のようで魔術結界のようで──似ても似つかない。


(これは……世界の法則。その本文であり、この世界の……空間そのもの)


 数式で表現出来る魔術式と違い、ロミエの描く魔法陣は不規則だ。

 数多の法則、数多の理を掛け合わせ重ねて行って、普遍の法則と物体を形成していく。

 その技は神にしか成しえない。

 ロミエ・ハルベリィとなったニヒリアであっても、この世界全体の法則を一度に修正するには神器を揃える必要がある。

 しかし、ごく小規模でかつ簡易的であれば道具を必要としない。

 物質と物質、法則と法則を繋ぎ合わせる〈魔素〉を操れば応急処置が可能だった。



 その人の技を──〈魔法〉と呼ぶ。



 それを今、ロミエは噴水を構成する幾何学模様(システムコマンド)の綻びを修復しながら……同時に、完璧な姿をキャンパスへ描きあげていっていた。


「────。」


 極限まで集中したロミエは無表情だ。

 いつもは頼りなく下げられている眉も、今はキリリと立てられていて、深い青色に鮮やかなエメラルドグリーンが混ざった瞳には鋭い眼光が宿っている。

 普段オドオドして常に肩をビクつかせている彼女からは想像できないほど、その幼い顔に凛とした雰囲気を貼り付けて、背筋を伸ばしていた。


「────────、」


 描かれていく絵も、その小さな右手を滑らせていくたびに、その質量を増していく。

 噴水の中で複雑に絡み合っていく幾何学的な模様は、一見乱雑なようで整然としていて、畏怖を抱くような――〈神々しさ〉とも言い表せるような絵だった。


「……うむ、立派な絵画だ。素晴らしい」


 手早く《《デッサン》》を終えたレヴェアルは、ロミエの後ろで腕を組みながら唸る。

 〈芸術の天才〉と称される彼の目から見ても、ロミエの絵の神髄を理解できた気がしなかった。

 それも、ロミエが使っているのは鉛筆一本のみである。


(もしもこの少女が筆を持って描いたら……いや、いや違う。この作品は鉛筆だからこそ価値がある、(おもむき)があるのか……ッ!)


 ロミエは後ろで感心するレヴェアルに気づいた様子もなく、淡々とキャンパスに向き合って紋様を描いていった。


「…………できた」


 不意にそう呟くと、ロミエはへにゃりと眉を下げて「ほぅ」と息を吐く。


(この空間のコマンドに隙間があったし直せてちょうど良かった。それはそれとしてほぼ一からコマンドを組み直したけどやっぱり重なる部分はちょっと薄くしてコマンドごとの重なりと整合性を高めた方が強度が強くなりそう。あと古びた魔法陣があったけどこれも〈最強の魔女〉様が作ったのかな? けど所々欠損して壊れてたから直しちゃったけど良かったかな、まあいっか。あんまり結界用の魔法陣なんて作ったことなかったけど思ったよりも楽しかったな)


 我ながら完璧な絵が描けたし、コマンド修復もできた――と、ロミエは満足げにフンスっと鼻を鳴らした。


 ――ちなみに、今日は噴水を《《デッサンする》》授業である。《《絵画を描く》》授業ではない。


 その事が完全に抜けていたロミエは、レヴェアル(若き天才)を唸らせるほどの傑作を仕上げてしまったのだ。

 だから、ロミエの肩に教師の手が置かれたのも、何も不思議な事ではない。


「ロミエさん、絵画コンクール、出そうか。」

「…………へ」


 ロミエはハッと我に返ると、ギっギギギ……っとぎこちなく振り返る。

 青い肌の初老の教師、そして〈芸術の天才〉と呼ばれるレヴェアルが、感心した様子でロミエのキャンパスを覗き込んでいた。


「素晴らしい、素晴らしい絵画だロミエ・ハルベリィ嬢! エクセレン――っツ!」

「独特な、センスだ。単なる、風景を、別の表現で、的確に、表してますね」


 レヴェアルの賞賛と、教師の乾いた拍手が広場に響いた。

 どうしたどうした、なんだなんだと生徒たちがロミエのキャンパスを覗いて――ギョッと目を見開く。

 それほどまでにロミエの絵画は独特で、これまで誰にも描けない異様さとも神秘さとも――禍々しさとも言える雰囲気を持っていた。


 それはまさに、各線が潰れてしまうほど無数の魔法陣が重なり合って混ざり合って形成した――漆黒の噴水である。


 遠目から見たらただの黒塗りの噴水だ。

 しかし、よーく目を凝らして見ると、その中には複雑な線や曲線が折り重なったシステムコマンド(幾何学模様)が描かれている。

 乱雑に塗りつぶしたのではない。一定の法則性をもって整然と並べられているのだ。


「この絵画の真の価値について、私は理解できない。それほどまでにっ、これは先進的な表現技法だッ! ロミエ・ハルベリィ、貴女はいま時代の最前線に立っていると言っても過言ではないッ!」

「は、はははっ、は、はっ……ぁ…………」


(かごんっ、過言ですぅぅぅぅ……。ただ、ただ写しただけで……け、けどぉぉ……コマンド写しましたーなんて言えないしぃぃ……)


「ロミエ・ハルベリィ、さん。この絵は、完成、しました?」

「ぁっ、は、はひ……」

「では――」


 そう言って初老の教師は、ガサゴソと一枚の紙とペンを取り出して、ロミエに渡す。

 その紙に書かれた内容を見て「え」と目を見開く。


「ぇ……こっ、コンクール……です、か?」

「君は、才能がある。絵画コンクール、応募して、みない?」

「大丈夫だ、自信を持っていい。私はこの手のコンテストは全て出ているが、ハルベリィ嬢のこの様な独創性を持った人間など私以外に居なかったァ! ……断言しよう。君は、この国のいや世界のっ、芸術の新たなる時代を開く先駆者となるであろう!」

「は、はあ……」

「だからこそォッ! ロミエ・ハルベリィ嬢っ、コンテストに出よう! 君にはその資格があるッ!」

「…………ぇ、っと……ぉ」


(み、みんな……こっち見てる……)


 みなが黙々とデッサンをする中で、興奮したレヴェアルの声は広場の外縁まで響いた。

 今や、ロミエの動向をこの場にいるほぼ全ての人間が注目している。


 ――逃げることなんて、出来ない。


「…………わ、かり……ました」


 ロミエは小さく「コク……リ」と頷いた。

 コンクールにどんな人が集まるかは分からない。

 ただ、もし魔法使いがいたらこの絵の異常性に気が付いてしまうかもしれない。


 そうなったらロミエは――ニヒリアは終わりだ。


 魔法が使える――それだけでも凄いのに、ロミエはシステムコマンドを全て把握していて、それをキャンパスに描いているのだ。

 それを読み取られたら――ただの人間じゃない。

 目をつけられて、最終的に神と等しい存在だとバレる可能性がある。


(……こ、これから、は……ちょっとだけ、描き方変えなきゃ……)


 ロミエは薄く唇を噛む。

 これが最善だったとしても、出鱈目な設計図を――世界を描くのは嫌だった。でも、そうしないと私は殺される――死ぬ。

 保身のためだったらロミエは──ニヒリアは、自分の信念だって曲げられる。


(……だって、バレたら死ぬ。そしたらお母様とお父様に……会えない)


 必要な我慢……必要なことなのだと自分に言い聞かせる。

 …………だけど少し、ほんの少しだけ思った。

 今の騒動に全く反応せず、淡々とキャンパスに向かい合う紫がかった銀髪の男子生徒――アールグレイ・シュメリート。

 彼が羨ましい。周りに動揺せず、自分を貫き通せる彼が羨ましかった。


(もし、シュメリート監査長だったらこういう時に断れる……のかな)


 結局、ロミエは〈美術絵画〉の授業を取ることになり、すぐさまコンクールへの出場が決まってしまったのだった。



 ロミエの人へ向けた評価はズレてる事が多々あります。

 ちなみに、アールグレイが同じ状況に立った場合、彼は鈍感ノンデリバカ真面目野郎(キャンディ供述)なので、普通に頑張ろうと努力する気がします。



 次回は火曜日に投稿いたします!

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