【2-4】選択授業は必然的に
あくる日の昼下がり、ロミエはその小さな身を限界まで縮めていた。
「…………ひぃっ……ぅぅ」
選択授業の体験が始まるその日、選択した授業の集合場所に来たロミエは、その目をしきりにキョロキョロと動かした──かと思えば俯いて、ビクビクとその肩を震わせていた。
そこは学園敷地内の広場。
噴水を中心として石畳が敷かれていて、今その場所には絵画用のキャンパスが一面に立てられている。
集まった生徒の数は50人居ないくらい。ロミエが選択した〈美術絵画〉を受講する生徒なんて、庶民の中にはそうそういない。受講しているのは貴族の子息や令嬢ばかりだ。
その彼ら彼女らの視線を、ロミエはその小さな身体一杯に受けていたのだった。
(な、なんかすっごい見られてるうぅぅぅ……)
人だかりの中でちょこんと立ち竦むロミエは、向けられる視線に怯え切ってしまっていた。
なにせ、ここにいる人々はみんな貴族階級で、庶民のロミエは少々肩身が狭い。
いくら階級差別が少なくなったとはいえ、貴族の中には固い考えを持つ人もいる。
それこそ、初等学園の頃からことある事に虐めてくるミテック・シナモールの家、ノリッシュ伯爵家のように……。
──────────
なぜ、ロミエが〈美術絵画〉なんて授業を取ったのか。
キッカケは生徒会室での会話である。
「——♪――♪」
アールグレイに「集中しすぎるな」と注意されたロミエは、言われた通りに定期休憩を取っていた。
ただ「休憩」と言っても何もしないのは気まずい。
なのでロミエはいらない紙の端っこに、ちょっとした落書きをして時間をつぶして遊んでいた。
「──♪、──♪」
これがまた案外楽しい。
気づけばロミエさ夢中になって絵を描いていた。小さく小さく鼻歌を歌いながら、微かに頭を左右に揺らして瞳をキラキラさせている。
そんなロミエに、片や普通にサボっていたキルトエが話しかけてきたのだ。
「そうだ、ロミたんは選択授業は何するのか?」
「ぇあ……せ、選択授業……です、か?」
アリストリアは魔術の学校ではあるが、通う生徒は様々だ。
将来的に魔術師団で働きたい生徒もいれば、日常で使う小さな魔術を習得したいだけの生徒もいる。
ゆえに選択できる授業は多種多様だった。 座学系から実技まで、基礎から応用まで、文学から数学まで豊富に存在していた。
なんなら魔術の学校なのに剣術の授業もあるし、農業や商業に関わる授業すらある。
ロミエはこれといってやりたいことも無かったので、フルフルと首を横に振る。
「き、キルトエさんは……なに、を?」
「我は〈基礎魔力理論〉と〈並行魔術〉の授業を受けるのだ!」
聞くと、どうやらキルトエは魔術に興味関心があるらしい。実力もまあまあ有るらしく、新入生の実技テストでも主席だったそうだ。
(キルトエさん、あんまり計算力は無さそうだし……たぶん、魔力操作と想像力が高いんだろうな)
魔術を使うには魔力操作技術と想像力、そして計算力が必要なのだが……キルトエに計算力があるとは思えなかったロミエは、そう残酷に推察する。
「ロミたんも我と一緒に魔術の授業を受けないか? 魔術が使えたら色々便利だし、我はロミたんと一緒に勉強したいのだぞ!」
「え、えっと……ぅ」
その提案を嬉しく思いつつも、ロミエはそっと視線を逸らした。
「ぇっと……わたし、魔力操作が苦手で……。じゅ、術式は理解できるんです。けど……組み立てられない、です」
そう言い切ったロミエは薄く唇を噛む。ともだちにウソをついているからだ。
ロミエの魔力操作技術は針の糸を通すような高精度だ。無詠唱で魔素を直接導いて〈魔法〉を使うことだってできる。
だけれどロミエは使わない。逆にこれまでずっと、誤った魔力操作で魔術を失敗させてきた。
(目立ちすぎたら……期待させちゃう……)
事実、筆記試験で手を抜けなかったばっかりに、こうして生徒会の仕事をすることになっている。
これ以上の成果や才能の片鱗を見せたら、余計な期待を膨らませてしまうだけだ。
(その期待に、わたしは答えられない……から)
だからロミエは笑みを浮かべる。取り繕う。不細工な笑みだったとしても、それで断れるのならばよかった。
――たとえ、ともだちにウソを言っていたとしても。
「……だから、わたしは魔術の授業は……ちょっと」
「う~む、そうか……」
残念そうに肩を落とすキルトエから視線をそらし、机と睨めっこしていると——そのロミエの首に、誰かの腕が巻きつけられた。
「だったらぁ、芸術系の授業はど~ぉ?」
「……ひゃぇっ?」
その甘ったるい猫なで声で巻き付いてきたのは生徒会副会長キャンディ・シュメリート。
甘い香りが漂ってくるが、その白薔薇の優美さを持ちつつ、同時にピンク色の甘ったるい薔薇を咲かせてくるような雰囲気で、なんともチグハグだった。
「ロミエちゃん、あなたきっと芸術の才能があるわよぉ~ぅ」
「……へ?」
「芸術の才能……か?」
いきなり何言ってるんだろうこの人……と、ロミエとキルトエは顔を見合わせる。
しかしキャンディは気にした様子もなく、サッとロミエの机に置かれた紙を指し示した。
「…………ぁ」
「ほらぁ、いろんな文様が不規則かつ整然と描かれてて、なんだかとぉっても味のある絵じゃないかしらぁ」
キャンディの言う通り、その紙には曲線や直線が入り交えられた記号が何重にも折り重なって描かれていて、《《何か》》の形? を模っていた。
(まっ、ままま、マズいぃぃぃ……)
ロミエが密かに胸の内を叫ぶ。その横で、一見そのグニュゴチャした絵(?)を、キルトエが不思議そうに覗き込んだ。
「これは……その、うーんと……うむ、味があるのだ!」
「は、はわははっ、はいっ! ぁあぅあじのある絵っ、ですっ!」
そう答えるロミエは顔面蒼白で、アワアワと無意味に手を動かしていた。
(なんでこんなの描いてるのぉぉぉぉ……)
ロミエは心の中で頭を抱えて、数刻前の自分を恨む。
休憩と言われてもすることが無さすぎたロミエは、ついつい目に付いたものを模写してしまった──という……。
(もっと別に描けるものあったでしょ……? あったよねぇ……なんでシステムコマンド描いてるのぉぉぉぉ……)
この世の物質は複数の回路を組み合わせた幾何学模様で構成されている。
それが積み重なり相互作用しあって世界を、空間を創っているのだ。
ロミエは創世神でもあるため、そのコマンドの羅列が見える。……それをそのまま書いていたのだ。
(こんなの、見る人が見たら疑われちゃうぅぅぅ……っ)
どうしようどうしようどうしよぉぉ……と頭を抱えるロミエを、抱きついていたキャンディが優しく撫でた。
「〈美術絵画〉の授業、ロミエちゃんの申請しておくわねぇ~」
「ぇ……あ、あのっ……ちょ、ちょっと……待ってぇ……」
そうしてキャンディはロミエの弱弱しい静止を振り切って、副会長権限で強引にロミエを〈美術絵画〉の授業へ送り込んだのだった――。
──────────
かくして、貴族の子息ばかりがいるこの場に放り込まれてしまったロミエは、ある件の事もあって注目の的となっていた。
「まあ、あの子よあの子。新聞に載っていた」
「なんて貧相な子かしら。あんな小娘が由緒あるノレッジ侯爵家のアールグレイ様と婚約だなんて信じられない!」
「あの子はまだ一年生だろう? この短期間でよくあの貴公子を射止めたもんだ……」
向けられる言葉がチクチクグサグサと刺さる。
(なんでこんなに注目されてるのぉぉぉ……?)
そもそも新聞って何? 婚約ってだれが? だれと? 貴公子ってなんのこと??
ロミエは知らない。レヴェアルが描いた絵が──ロミエとアールグレイが薔薇園でベンチに座って寝ている姿が、今や学園中の話題を掻っ攫っているということを。
そこに、一人の女子生徒が近づいてくる。
「ご機嫌よう、監査のハルベリィさん。聞きたいことかあるのですけど……あらあら、なんとも奇妙な身なりですのね。ハルベリィさんの地元では髪を跳ねさせるのが流行りでして?」
そう近づいてきた貴族令嬢は身なりを美しく整えていた。
たしか同じ生徒会の会員だった気がする。長いベージュの髪を少し崩した三つ編みで、落ち着いた美しさと可憐さを感じさせる令嬢だ。
ピョコピョコと寝癖が跳ねたままの髪や、シワだらけの制服を着るロミエとは大違いである。
彼女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、俯くロミエを見下げていた。
(な、な、なにか、なにか言わなきゃ……へ、返事しないと……)
「……ぇ、あ……ぅ……」
「あらあら、なんと言ったの? もう一度よろしくて?」
「ぁ……そのっ…………ぁのっ……その……っ……ぅ」
「あらあらごめんなさい? 声が小さすぎて聞こえませんでしたの。でも……仕方ないですものね? エウダニアみたいな田舎でしたら、それでも伝わったのでしょう?」
クスクス……と傍観していた何名かが笑った。
(な、ななっ、なんで出身地知ってるの……? と、というか早く質問してよぉぅぅ……っ)
そう胸の内で叫ぶも、薄ら笑いを浮かべる貴族令嬢は積極的に話題を切り出そうとしない。
言いどもってしまうロミエを楽しんでいるようだった。
その様子を周囲にいた生徒達もクスクスと笑う。中には、わざと声を大きくしてロミエに聞こえるようにして……。
(いやだいやだ……逃げたい隠れたい消えたいよぅ……)
だけれど、逃げることも隠れることも消えることもロミエには出来ない──許されない。
ただ頭を抱えて蹲って、晒される言葉や視線に涙を堪えながら耐えることしか出来ない。
しかし、そのような言葉の雨の中に一つ、凛と低く場を押しとどめるような声が響いた。
「……授業前になんの騒ぎだ」
***
片目の貴公子アールグレイ・シュメリートは選択授業へと向かっていた。
「……今日も……声が出る」
アールグレイは最近調子が良い。どういうわけか、声の欠陥がまったく発生しなくなったのだ。
それは実に素晴らしいことだし嬉しかった。おかげで詠唱が途切れてしまうこともないし、周りに気を使わせる必要も無い。
しかし、アールグレイは納得できなかった。
(なぜ、私の欠陥は直ったのだ……?)
アールグレイの欠陥は病気なんかの障害ではない。この世界に誕生する前、魂が形作られた時からある欠陥なのだ。
ゆえに人の手による治療はできない。魂の構造に干渉するなんてできやしない。
「……なのに、私は直った」
納得できない。意味不明だ、理解できない。
〈全能の魔女〉に聞いても「悪魔が取り憑いたから」とだけしか言わないし、それもそれでおかしい。
「悪魔が取り憑けば欠陥が直る」という話が正しければ、今頃各地で悪魔召喚が行われてしまうだろう。
世界の欠陥を直せる存在として、〈悪魔崇拝〉すらなされるかもしれない。
(そのような危険な情報を、わざわざ〈全能の魔女〉様が言うだろうか?)
アールグレイは欠陥持ちであり、信念ともいえる完璧主義者だ。
ゆえに欠陥についての情報も個人的に調べている。
(〈全能の魔女〉様は、私に嘘をついている)
だが何故だ、何故嘘をつく? 人の欠陥を直す方法が確立したのならば、それこそ〈全能の魔女〉の名声は神をも超えるであろう。
地位も名声も名誉も……なにもかも全て手に入る。それほどまでに〈欠陥を直せる〉という力は唯一無二であり、この世界に降り立った救世主とも言える存在となりえる。
なのに〈全能の魔女〉は明らかにしようとしない。それどころか、その存在をひた隠しにしようとしている気すらした。
辻褄が合わない。どうにも整合性が見えない。完璧に証明できる根拠が、理由が分からない。
(非合理だ。……完璧じゃない)
「……嫌だ」
欠陥が直ったのなら有難いし嬉しい事だ。悲願ともいえる。
だが、直った理由がわからない。適当な説明ではぐらかされるのにも納得いかない。
(完璧な理論が、理由がわからない)
「———―」
アールグレイは前髪に隠れた左目をピクヒクと痙攣させる。
フツフツと煮え始める感情の奔流に押されるように、アールグレイは気持ち一歩を大きくして進んでいった。
そうして、若干イライラしながら選択授業の集合場所――噴水の広場に来たアールグレイは、一人を囲う人だかりに目を顰める。
「……授業前になんの騒ぎだ」
その中心にいる少女は、黒っぽい灰色の髪を伸ばした少女――監査員のロミエ・ハルベリィだ。
〈美術絵画〉の授業はあまり庶民には好まれない。触れる機会が少ないうえ、生活に不要なので好き好んで取る庶民は少数派だ。
(いやしかし、ハルベリィ嬢ならば興味があっても不思議ではない……か)
そう思案しつつ、さてどう声をかけたものか──と思いつく限りの言葉を巡らせるアールグレイ。
そんな彼に、話しかける人物がいた。
「おお、アールではないか。どうした、そんな険しい顔をして」
聞きなれたその声に、チラリと視線だけを向ける。
そこに居たのは明るい黒髪に、ルビーのフィルターがかかったような黒い瞳を持った青年。
彼の名はレヴェアル・クロマ・ピクトール。
アールグレイの友人にして、若き芸術家である。
「……レヴェアルか、すまない。少々個人的なことで――」
「みなまで言わずとも、この私には分かるぞ友よッ!」
カッ言うと、レヴェアルはファサリと後ろに束ねた黒髪を大袈裟に揺らす。
そして、キラキラと黒い瞳に星を散らかして叫んだ。
「愛する婚約者のピンチに駆け付けたのであろう!! アールグレイ・シュメリート!!」
「…………は?」
「…………へ?」
何を言っているんだレヴェアルは。
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