【2-2】生徒会の期待
「――さて、私が不在の間に色々負担をかけてしまったね。けれど、みんな各々の役割をきちんと果たしてくれたおかげで、こうして今日を迎えることが出来た」
王子暗殺未遂事件から約二週間。諸々の対応でバタついていた生徒会はやっと一段落ついた。
そして、出張から戻って来た生徒会長リーンハルト・マークハリスは、生徒会室に会員を集める。
今日は新しく入った生徒会員の正式承認と、その紹介が行われるらしい。
「改めて、私はアリストリア学園第四学年、生徒会会長リーンハルト・マークハリス。忙しい生徒会だけれど、ここに集まった皆はとても優秀な生徒たちだ。期待しているよ」
そう生徒会長であるリーンハルトが名乗りをあげ、続くように他の生徒会役員も名乗っていく。
「三年、生徒会庶務長シュベルト・ハイツっス。よろしく」
最初に名乗ったのは、焦げ茶の髪と茶色い瞳をした垂れ目の男子生徒だ。
彼は他に言うことも無いらしく、チラリと左隣に目をやる。
隣に立っていたクルクル茶髪で癖っ毛の少年は、心得たとばかりに大きく1歩前に出た。
「アリストリア学園二年生、生徒会会計長を務めるヴィンセント・ストラッドです! 二年生ではありますが、精一杯頑張りますから、よろしくお願いします!」
会計長ヴィンセントはそのオレンジ色の瞳をワッと見開いて、フンスっと鼻息荒くお辞儀をする。
なんだか、おもちゃを貰った子供みたいだ。
2歩で列に戻ったのを確認し、隣に立っていた長身の男子生徒──アールグレイが前に出る。
「アリストリア学園第三学年、生徒会監査長を務めるアールグレイ・シュメリートだ。よろしく頼む」
紫がかった銀髪の彼は胸に手を当て紳士の礼をする。
子供っぽかったヴィンセントに比べ、アールグレイのその堂々とした所作は研ぎ澄まされており、いかにも高潔な貴族のようだった。
「…………」
そんな彼を後ろで控えているヴィンセントが、何故かジロリと睨む。
しかしそれに気づいた様子もなく、頭を上げたアールグレイはスッと列に戻り、その深い紫色の右目をチラリと左に立つ少女に向け──前髪で隠されていた左目が見えた。
その瞳を見たロミエは、「あっ」と目を見開く。
(左目の色が、微妙に違う……?)
アールグレイの左目は少し緑が混ざったような紫色で、アメジストのように深い紫色の右目とは少し違っていた。いわゆる、オッドアイというやつだ。
もしかして、それで前髪をあんな風に伸ばしているのかも──なんてロミエが考察していると、アールグレイの隣に立っていたちっこい少女が、ひょっそりと小さな一歩を踏み出した。
「せ、生徒会っ書記ちょぉっ……ニコ、リシュリューでふっ……」
ボサボサの癖っ毛で、肩くらいまでの黒髪を適当に二つまとめたような少女が、勢いよく頭を下げる。
ケープコートに刺繍された色的に三年生だろうか?
小柄だし異様に声が上ずっているから不思議そうに見ていると、そのニコの肩にポンっとリーンハルトが手を置いた。
「ちょっと人見知りだけれどとても頼りになる子だよ。彼女の記録はどれも正確で、かつ読みやすい言葉を選んでいる」
「お、おおっ、ぉ恐れ多い、のです……」
顔を上げたニコはあわあわと手を震わして、そそくさと列に戻る。……両隣よりさらに一歩後ろあたりにまで下がった。
彼女は尚も胸の前で指をごにょごにょさせ、オドオドと肩を震わせている。
(緊張……してるのかな……うん。する、よね。)
ロミエがそのオドオドとした動きに少し親近感を抱いていると、最後に残った副会長らしき銀髪の女性がゆったりと前に出る。
これがまた結構な長身だ。アールグレイと比べたら低いけれど、それでもリーンハルトと同じくらいあるんじゃないだろうか?
おまけにスタイルも顔立ちも良い。そんな彼女はふぁさりと前髪を耳に捲し上げる。
「わたしは四年生のキャンディ・シュメリート。生徒会副会長をやらせてもらってまぁ~す」
(……へ?)
空気感が崩れるような、そんなのほほんとした自己紹介にロミエは思わず目を疑った。
その落ち着きのある優美な顔立ちからは想像できないほどに、その声はダルンダルンにたゆんでいて、ギャップがすごい。
濃い紫色の目は細くキリリとしてるけれど、その目尻はすーんと落ちていていて、美しい凛とした雰囲気と大らかさを両立させていた。
(……あれ、シュメリートってことは……監査長のお姉さん?)
そう思ってアールグレイに視線を向けると――なぜか眉間に皺をよせていて、すごく嫌そうな顔をしている。
仲悪いのかな? なんて考えていると、不意にキャンディはその整った顔の頬を赤く染め、両手を置いた。
「今年も可愛い子がいっぱいねぇ!」
「以上だ。次に、新たに入った会員を紹介を」
すかさずアールグレイが低い声で制する。
「え~、もうちょっと喋らせてよぅ!」
ぷくーっとキャンディは頬を膨らませる。可愛らしい顔立ちの少女ならまだしも、目元にホクロがあって大人な魅力を漂わせている彼女がそれをやると、なんとも奇妙な光景だった。
「……姉上、少し下がっててください」
「もぅ、アールちゃんまでわたしを虐めるのね?」
「すまないシュベルト、副会長を別室に持って行ってくれないかい?」
「はいはい分かったっスよ……。そういうことだから副会長、行くっスよ」
「はぁい」
シュベルトに連れられたキャンディは思いのほか素直に従い、別室に連れていかれた。
キャンディがドアを跨いだところで、後ろをついて行ったシュベルトが立ち止まる。
「あれ、シュー君こっち来ないの?」
「生憎、持っていけって言われたんでね。そこで大人しくしとけ」
「えぇっ⁉ そんな、わたしてっきりシュー君と密室で二人きり――(バダンッ)」
「……っせぇな、このアマがッ」
……なにやら、ひと悶着あったらしい。
閉じられた別室へと繋がるドアの前で、シュベルトは片手でドアノブをガッシリと握って体重を掛けている。
「……すまないね、彼女は能力はあるんだ。能力は。……ただ、少しデリカシーが……うん、まあ気をつけるようにね」
「……へ?」
その様子を遠い目をしてみていたリーンハルトが、なぜかロミエの方を見る。
だかすぐに視線を外し、「さて」と融和な笑みを浮かべて微妙になった空気を変えた。
「それでは、今年新しく入る生徒会員の紹介をしようか」
そうして、庶務部から順に書記、会計の順で自己紹介をしていく。
どんな基準で選ばれたのか定かではないが、貴族や庶民関係ないらしい。伯爵家の人間もいれば下町出身の庶民もいた。
「最後に、この2人が新たに監査部に入る。2人とも1年生だが、共に成績優秀だ。先の事件に巻き込まれてしまったマイト監査の事は悲しいけれど、居なくなってしまった彼の分も2人には頑張ってもらいたい。」
そうリーンハルトが軽く紹介して、「自己紹介を」と促される。
「我が名はキルトエ・クルハンス! 正直乗り気じゃないがカネのため……じゃなかった、学園生活を支える者として、尽力すると誓うのだ!」
先にキルトエが前に踏み出し、それはもう堂々とした声で名乗りをあげている。
しかし、ロミエはそれどころじゃなかった。
(こ、ここっ、こっ、声っ……出るっかなぁぁぁぁ……)
呼吸が落ち着かない。ヒュっヒュゥ……と不規則に喉が鳴ってしまう。
ロミエはチクチクと向けられる視線に怯えて、きゅぅっと猫背になっていた。その視線も挙動不審で、あっちこっちをキョロキョロと落ち着かない。
生徒会はこの学園の業務をほぼ全て担っていることからも会員の人数が多い。各部門に8人ずつくらい会員がいて、この場には30人以上も人間がいる。
これからロミエは、その人達の前で名乗らないといけない。
(に、人間がいっぱい…………こわい……っ)
大勢の人間を前にすると、ロミエが思い出すのはニヒリアの記憶だ。
かつてロミエは──ニヒリアは、神として多くの人間の前に立ち神としての権能を扱っていた。
そんな神を信奉する人間たちが、ニヒリアの元に集まって祈りの言葉や願い、救いや希望を求めて縋ってくるのだ。
──あぁ……我が神よ……どうか我らをお救い下さい……。
──悪魔が、悪魔共が私の子供をさらっていったのです……! どうか……どうかその御力をお貸し下さいませ……どうか、どうかァ……。
──夫が亀裂の先に……お願い、どうかあの人を助けて……助けて、ください……。
──あぁ我らが神よ、どうして私の魔力は漏れ出ていくのですか……どうして私は普通に生きられないのですか……。ただ……ただ、普通に暮らしたいだけなのに……。
──師匠……いやニヒリア様、どうかこの世界を……人々を護ってください。その礎として僕はここに残ります。…………フフッ大丈夫、死にませんって。だって、僕は《《英雄》》なんですから──、
しかし、ニヒリアはその期待を、願いを、縋りを、希望を、想いをことごとく裏切ったのだ。
対応しても対応しても対応しても対応しても対応しても……次々に発生する次元の亀裂は人々を飲み込み、顕現した悪魔たちが田畑を荒らし、人々の身体を乗っ取っていく。
そして終いには、人間の体自体にも欠陥が発生してしまうようになったのだ。
……英雄も、死んだ。殺された。殺した。その死を、ニヒリアは無価値なモノにしてしまったのだ。
それらの失敗を繰り返した結果、それまでニヒリアを信仰していた人々はその手の平を返す。
――〈無能神〉
――〈駄女神〉
――〈出来損ない〉
――〈英雄殺しの邪神〉
そう揶揄されながら、最期は磔にされて処刑されたのだ……。
(失敗したら……ダメ。わたしは……ロミエは、会長に期待されている……から……)
ゆえにロミエは知っている。向けられた期待に答えられなければ破滅するのだと。
だからこそ失敗なんてできない。
挨拶すらできないやつだと思われたら、それはリーンハルトの期待を裏切ってしまうことに等しい。
なんとしてでも……なんとしてでもやり遂げなければならないのだ。
「では最後にハルベリィ嬢、自己紹介を」
リーンハルトの言葉に、少し場がザワついた。しかし、ギロリとアールグレイが見渡せばその声も鎮まる。
ロミエは恐る恐る、その右足を前に出した。
「わっ……わたしっは、ろ、ろろっ……ロミエっ・ハルベリィ……。ぁ、でしゅっ……!」
(あぁ……なんてこと……!)
最悪だ最悪だ最悪ださいあくだ……! 噛んだ噛んだ、噛んでしまった。よりにもよってこんな時に、こんな大勢の人の前で!
「うそ、ほんとにあの子が……?」
「なんか、それっぽくないよなあの子」
「名前違い?」
「まさかあんな子が――なんて」
そんな言葉がロミエの耳に入ってくる。
嫌だ嫌だ聞きたくない……ロミエは耳を抑えて蹲りたくなりながら、頭の角度を下げていく。
聞けば聞く程、「ロミエは期待を裏切った」という現実が押し付けられるようで嫌だった。
(……いい機会、だし、生徒、会……やめ、よう……)
そうだ、わたしがいるからいけない。わたしなんかが居るからいけないんだ。
そもそも、生徒会に入るのだって成り行きだったし、わざわざ居座り続ける必要なんかないんだ。
(だって、もう……期待を裏切ったんだから。誰にも、期待なんかされてないん、だから……)
ロミエは俯いた顔の麓で無理やり口角を上げ、不細工な笑みを浮かべる。
やめよう、やめてしまおう。誰にも期待されていないんだから、もうここに居なくていいんだ。
(わたしは挨拶も出来ない、出来損ないだから……居ても居なくっても変わんない、から……)
だってほら、みんな笑ってるから――
「貴様ら、なぜ笑う」
アールグレイの低い声が、ロミエの薄い薄い鼓膜を静かに――そして確かに震わせた。




