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【1-2】 王立アリストリア高等魔術学園入学式

 人の視線を気にするロミエにとって、人の多いところは苦手だ。

 たとえその視線が向いていないと分かっていても、何かの拍子に全員の視線が向き、糾弾される──。

 そんな錯覚を覚えてしまうロミエにとって、人が多いところは拷問も同然であった。


(あ、あの石像みたいに、私もはりつけにされるのかなぁぁぁ……)


 かつての自分を模した石像が磔にされていたり、なんなら踏み絵をしたロミエはいつもにも増して周囲の視線を気にしていた。


 アリストリア高等魔術学園入学式典。

 数千人単位で人数が集まる入学式中、ロミエはいつ視線が向けられるかと、ありもしない錯覚に怯えながら俯き続ける。

 本当はこんな所からさっさと逃げ出したいが、それをしたら余計目立つことくらいわかる。

 それに、今年はこの国の王子も入学するらしく、どうやらそれもあって余計に人が多いのだ。


(は、早く終わってよぉぉぉ……)


 嫌だ嫌だ、生徒も多いうえに観覧席にも大勢人が居る。

当然、彼ら彼女らは皆、英雄ロンドを見捨てたロミエ(ニヒリア)を嫌っているだろう。


(も、もしわたしがニヒリアだってバレたら……)


 ――殺される。あの石像みたいに磔にされて。


 ゴクリ……と、ロミエは生唾を飲み込んだ。

 簡単に殺してくれるならまだいい。最悪、拷問とか実験の対象として解剖されたりするんだろうか。


(それでも…………最期に何かの役に立てれたら、いい、かな)


 何も成果を残せなかったニヒリア(ロミエ)には、もう何も成し遂げる力が無い。魔術も理解しているのに、心のどこかで拒絶してしまって、結果失敗してしまう。


 (どうせ、できない。どうせ、失敗する。どうせ、意味ない。どうせ、不完全。どうせ、認められない。どうせ、使わない。どうせ、どうせ、どうせどうせどうせ――誰も、褒めてくれないから……っ)


 そんな自分が嫌なのに、できない自分を嫌って蔑むことで、少しだけ笑みがこぼれる。


「……ふへへっ」


(ああそうだ。いっそこの世の全ての苦しみを、ニヒリア()が身代わりとして受けられたらいいのに)


──それが私にできる、最低限の罪滅ぼしなんだ。


 そうやってぎこちなく笑みを零したロミエは、いっそう首の角度を下げるのだった。



***



 式典中ずっと俯いていたロミエは気が付かなかった。

 隣の席に座る、星の軌道を彷彿とさせる髪飾りをつけた少女の「背筋伸ばしなさいよ! 目立ってるわよ……!?」という視線。


 ステージの上にある生徒会席に座り、新入生を見渡していた生徒会長の「キョロキョロしてたり、眠そうでウトウトする生徒は珍しくないけど、あそこまで猫背だと逆に目立つんだなぁ」という視線。


 そして、観覧席からロミエだけに視線を向ける一人の令嬢。

彼女はキツネの毛皮を用いたマフラーを撫でながら、「うふふっ……やっとこの時が来ましたわ」と、意味深な笑みを浮かべた視線。


 すでにロミエを巻き込む環境は、整いつつあるのであった。



***



「──それでは、諸君らの健やかな成長と、魔術師としての門出を祝い、ここに王立アリストリア高等魔術学園への入校を許可する。以上で式典は終わりだ」



 粛々と進んだ入学式典は、最後に学園長の挨拶で締めくくられた。

 来賓が退出した後、新入生はそれぞれのグループに分かれて、指定された講義室へ向かった────。



 アリストリア学園は王都に4つある魔術の専門教育機関のうちの一つとだけあって、その生徒数は圧巻の一言に尽きる。

 全校生徒は4学年合わせて7千人を軽く超え、その分の生徒を収容し、教育を行うためにはそれ相応の規模をもった敷地と設備が必要だ。

 ロミエがいるのは、教諭の立つステージを中心に扇状に開かれた講義室。生徒の座席は一階と二階に分かれ、そのすべての席に生徒が座っている。


(う、後ろから変な目で見られたりしないかなぁぁ……)


 ロミエは前でも後ろでもない、ちょうど真ん中あたりに座っていた。故に、特に後ろからは目線を向けられやすく、こちらからは見えない。


(嫌だ嫌だ……どんな目で見られてるんだろぅ……)


 アリストリアには国中から子供が集まり、通っているため、この中に初等科時代のロミエを知る人物が居てもおかしくない。

 彼ら彼女らは、ロミエの事をどう思っているだろう。

 先生達や色んな人の期待を裏切った、期待外れの劣等生……だろうか。


(でもそれは、ロミエが劣等生なんじゃない……)


──(ニヒリア)が転生したからだ。


 「ロミエ・ハルベリィ」という少女として生まれてしまったニヒリアは、その罪悪感にかられて沢山勉強して、なんでも自分で出来るように頑張った。

 ニヒリアはダメダメでも、「ロミエ・ハルベリィ」という少女が悪いわけじゃないんだと証明するために、いっぱいいっぱい努力した。


 それでも思うのだ。


 ニヒリア(自分)の不甲斐なさのせいで、ニヒリア(自分)が出来損ないなせいで、ロミエが後ろ指を指されるんじゃないか――と。


(私はニヒリア()で……忌み嫌われる存在だから、蔑まれて当然……だけど、ロミエ・ハルベリィは違う)


 お父様が言ってくれた。お前は自慢の娘だ――と。

 お母様が言ってくれた。あなたは自分だけの幸せを見つけて、それを受け止めていい──と。

 ……友達が、言ってくれた。うちの友達のロミエは何でも知ってて、とっても賢いんだぞ――って……。


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――。……わたしに、ロミエにはこんなに期待してくれているのに、どうしてニヒリア()は答えられないんだろう)


 ニヒリア()が出来損ないだから、ロミエも「出来損ないだ」と罵られる。馬鹿にされる、さげすまれる。


 ──悪いのは全て、ニヒリアなのに……。


「……ぅ、くっ」


 いけない、わっと涙が浮かんだ。涙が出たら、周りに迷惑をかけてしまうのに。

 ロミエは涙を噛み殺し、一層身を縮こませる。


(今ので変な動きしなかったかな……もしそれで注目されたら嫌だよぅ……泣いてるって思われたらいやだよぅ……後ろが、周りが怖いよぉぅ……)


 どうせなら一番後ろの端っこが良かったなぁ――などと思っていると。


「ねえ貴女あなた、もう少し背筋を伸ばしてはどう?」


 不意に誰かがロミエの肩に手を置いた。

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