閑話 〇〇は見た
――――キャンディ・シュメリートは見た――――
生徒会副会長、キャンディ・シュメリートは見た。
(あらあらまあまあ……うふっ)
目元にホクロがあり大人びた長身の彼女は、腰にあたりまで伸びた銀髪を薔薇園の影で揺らしながら、その頬を赤く染めていた。
(ついにアールちゃんにも好きな子ができたのかしら? これってそうよね? そうじゃないかしら??)
生徒会の仕事から逃げるために薔薇園に来ていたキャンディは、その奥地のベンチに腰掛ける一組の男女を発見して足を止めた。
片方は見覚えがある。というか身内。可愛げのない義弟である。
そんな義弟が――アールちゃんが、知らない一年生の女子と肩を並べて座っているではないか!
(うふんっ、小っちゃくてかわいいじゃなぁい!)
ついに弟にガールフレンドが! いやいや、もしかして恋人? やっだぁ三つ年下の子と付き合っちゃうなんて! プレイボーイなんだからっ!
自らを〈Hの家系〉だと常にほざいているキャンディにとって、義弟であり次期当主であるアールグレイの恋の動向はとてもとても気になる内容で、常に網を張っていた。
だが、待てど暮らせど探せど義弟の浮いた話なんて出てこない。
彼は妙なところは配慮するくせして、必要なところでデリカシーの無い男なのだ。
密かに「片目の貴公子」だなんて呼ばれて、人気が高いのも知らないんじゃないだろうか?
(顔はいいのに頭がねぇ〜)
アールグレイは育ちもあってか異様なまでに完璧主義だ。
そのくせ他人には強要してこないので、まったく可愛げもない。
けど、そんなアールグレイは今、ちっこい少女とベンチに座って寝ているのだ。
その少女なんか、その黒っぽい灰色の頭を義弟の肩に添えて熟睡している!
「ついに、ついにアールちゃんにも春が訪れたのねぇ……!!」
キャンディは《《黙っていれば》》大人びた印象を感じさせる容姿をしている女性で、《《黙っていれば》》学園三大美人に選ばれるほど優美な美しさを持っている。
現生徒会の中で唯一リーンハルトと並ぶ4年生であることからも、その能力の高さは折り紙つき。
分家とはいえ〈叡智の家系〉の人間だけあり、単純な頭脳だけならばアリストリアでも頭一つ飛び抜けている。
だが彼女は自身のことを〈Hの家系〉なんてほざいている。ゆえに、日々の言動から全くもって信頼されていない。
彼女は自由を愛する、自由な乙女である。
そんな彼女は気付かない。
後ろから近づいてくる、クリーム色のウェーブがかった髪の少女の姿を。
――――ライラック・アシス・ツヴァイリムは見た――――
〈円卓の十一賢者〉で〈大賢伯〉が一人、ライラック・アシス・ツヴァイリムは見た。
背の高い薔薇園の中、その花々の影でふわりと揺れる銀髪を。
小さくため息をつきながら声をかける。
「……シュメリート副会長、まだ仕事が残っておりますのよ!」
「わっ!? あっちゃあ、バレちゃったぁ」
「そう言って逃げるのは許しませんわよ」
そそくさと飛行魔術を唱えようとするので、ライラックが素早く詠唱した氷魔術によって足を拘束する
「あらやだっ、冷たいじゃないのよぅ!」
「貴女、生徒会の副会長でございましょう? 会長が不在なんですから、代わりに働こうという気概はありませんの?」
「んー、ないわよぉ~」
「……今すぐにでも、ご自慢の銀髪を氷像にしてあげてもよろしくってよ?」
「やだぁ~、そんな物騒なことぉ。……あ、ついでにその子の供物にしちゃうって魂胆?」
キャンディはライラックの首に巻かれたキツネのマフラーを見て言った。
(……こいつ、一目でキャリアを見抜くなんて)
隠蔽には自信があったのに一瞬で見抜かれてしまい、ちょっとムカッとする。
ライラックは少し奥歯を噛み締めつつ、敢えて睨むようにキャンディの瞳を見据えた。
「……曲がりなりにも〈叡智の家系〉の人間、というわけでございますのね」
「まあっ! さすがは《《あの》》円卓の一員、目つきが怖いわぁ~」
「あの」と強調されたライラックは、ぐうの音も出せなかった。
現在現役の〈大賢伯〉――もとい〈円卓の十一賢者〉は、陰で異常者集団呼ばわりされているのだ。
正直、当の円卓にその座を据えるライラック自身も同意見だ。だから苦笑しつつも口を開いて――
「そ、れ、にー。わたしには~〈叡智〉じゃなくて〈Hの家系〉って呼んで欲しいのよぉ~」
「……」
聞かなかったことにしよう。返すだけ無駄だ。
氷点下の瞳でキャンディを睨む。
「全身氷漬けにされたくなかったらさっさと会長の代りに仕事をしなさい」
「えーもうっ、ケチ!」
「役目を果たしているだけですわ」
キャンディはその美貌の頬をぷくーっと膨らませるが、ライラックはそんなこと関係なしに彼女の首根っこを掴む。
キャンディは結構な長身であるため、小柄なライラックでは対格差で負けてしまう――ようなことはなかった。
「ちょっ、〈大賢伯〉様っ、力強くなぁぃ??」
想像以上の力でグイグイと引っ張っていくので、キャンディはバタバタと腕を暴れさせたが、その腕すらもう一方の手で掴み静かにさせる。
ライラックは魔術師として多少なりとも鍛えているので、そこそこ筋力も持ち合わせているのだ。
「貴女が貧弱すぎるのでございましてよ?」
「レディにそんな力は必要ないのよぅっ!」
ともあれ、ライラックは目標の人物の確保に成功した。
さっさと戻って仕事を終わらし、早くニヒリアを探さなければならない。
(……そういえば、ニヒリア様は魔力が足りてないようでしたから、もしかしたら庭園を訪れていらっしゃるのかも……?)
であれば、この不真面目副会長を連行するついでに、さっと探してみよう。
ライラックはそう考えながら一つ目の角、さっきキャンディがいた所を曲がると――
「……はい?」
その先のベンチに座る人物に目が釘付けになった。
黒っぽい灰色の髪を伸ばした少女──否、ニヒリアがいた。
それだけならいい。それだけならいいのだが……隣に男が座ってる。紫がかった銀髪が左目にかかった長身の男だ。
たしか名前は……。
「あ、この2人はそっとしてあげて! いい感じなんだから!」
「………………はい?」
彼の姉、キャンディ・シュメリートがわあわあと喚く。
そう、あの男の名前はアールグレイ・シュメリート。
生徒会の監査長で、本来ライラックが引き受けている仕事は彼がやるはずだった。
しかし、先日の事件で重症を負ったため休養が与えられていた――はずなのだ。
「……へぇぇぇぇぇ〜〜〜〜」
ライラックは憤るように込み上げてきた感情を、どうにかこうにか飲み込んだ。
この男、妾が必死こいて働いてる間に、あろうことか命の恩人を、救世主を、信奉する神を誑かしているだなんて!
ライラックは口角を上げる。しかしその目は笑っていない。
「いい感じ……とは、何が、で、ございましょう?」
「〈大賢伯〉様っ? 目がぜんぜん笑ってないわよぅ!?」
「おほほ、失礼しましたわ」
「アールちゃんの恋路は邪魔しないであげて! 鈍感ノンデリバカ真面目野郎なんだからっ、このチャンス逃したらノレッジ侯爵家はおしまいなのよぅ!!」
「潰えてしまえ」
「……えっ??」
「おほほ、冗談ですわ〜」
「……やっぱり円卓はろくな奴居ないのね……」
「そういえば、この子が供物を欲しがってましたわね〜。あら、ちょうどいいところに美男子が」
「待って! 実力行使に出るのはやめたげてよぅ!? えっ詠唱始めちゃった……え、あ、まって本当にやるの、え、ほんとに?? 待って、待って待って待ってっ、ほんとにノレッジ侯爵家潰えちゃうから! 〈叡智の家系〉潰えちゃうからっ!」
ライラックは足元で喚くキャンディを無視し、組み上げた魔術を行使する。
それは魔力吸収の魔術だ。ベンチに座る二人の魔力を吸収していった。
すると、しきりに過呼吸を繰り返していた二人は、みるみるうちにその顔に血色を取り戻していく。
「……あ、魔力中毒を緩和してくれてたの?」
「ちょっとここで待ってなさい」
「優しぃ~! さすが大賢伯さま~!」と、笑顔で褒め称えてくるのを無視し、短く詠唱して彼女の手足を凍らせる。
「……へ? なんでぇ?」
「二人を医務室に届けて参ります。……こんな死にそうな顔をしているのに、よくもあんなとぼけたことが言えますわね」
ギロリとキャンディを睨みつける。
(まったく、吞気すぎて羨ましいですわ)
だが今は構っている時間すら惜しい。すぐさまライラックはベンチへ駆けつけ、意識を失う二人を抱えて飛行魔術で飛び立つ。
向かう先は医務室。
色々知りたいことはあるけれど、とりあえずは死にそうな顔をしているニヒリア様を運び込むのが先決だ。
(ニヒリア様……貴女様は本当に――――?)
ライラックはよぎった考えを振り払うようにかぶりを振る。
神を疑うのは不敬だ。信徒ならば神の行動を信じ、神の為にその命を捧げるべきである。
なのに、ライラックは素直にそう信じ切ることが出来ない。
(……ロミエ、ハルベリィ)
腕に抱えたその少女は、栄養不足なのか手足は細いし驚くほど軽かった。
そこに、ツヴァイリム家に代々伝わっていた〈神〉のような威厳は無い。
(でも、この御方は妾を二度も救ってくれましたわ)
一度目は初等学園。二度目は先日の事件。そのどちらとも、この地味で栄養失調気味な少女に救われている。
この方がライラックの救世主であることには変りないのだ。
「……あまり、ご無理はなさらないでください」
そう呟くも返答はない。少女はなおもその瞳を閉じたままだった。
だけれど……いや、だからこそライラックは心に決める。
この御方は、この子は絶対に自分が守るのだ――と。
そのために〈大賢伯〉になったのだから。
この間にキャンディは逃げました。




