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【1-28】 舞え、聖剣

――――――――――



 時は少し遡る。

 ロミエを追っていたマイトは、信じられない光景に目を見開いていた。

 空間に亀裂が――いや、正方形の窓が現れる。



「――我が世界よ、管理者たる《《ニヒリア》》が命ずる。正しき世界よ(ことわり)よ、正しき法則に導かれて動き出せ。」



 オドオドして人の目を見て話せなかったロミエには想像できないような凛とした声――いや詠唱を口にしたと思ったら、空間に窓が開いたのだ。

 そこから出現した淡く光る本に素早く何かを記入した――と思ったら、開きかけていた次元の亀裂がどんどん塞がっていく。


「……は、ハルベリィさんが……やった、のか……?」


 そのマイトの問いに対する答えは、感情が抜け落ちた無表情の瞳だ。


「持っている魔道具を、すべて出して」

「…………」


 どうやら彼女は、この亀裂を発生させた犯人を知っているらしい。

 その犯人――マイト・ランツは無理やり口角を上げて不敵な笑みを形作る。


「……嫌だと言ったら?」

「この魔道具、どこで作られたか知ってる?」

「…………知らねぇけど」

「原材料の魔鋼金はアナイア帝国産。刻まれた術式はイスベルク王国とシュヴァルツェン連合王朝の合作。周囲の魔素を周期的に振動させ、空間のシステムの不具合を助長する魔道具」


 アナイア帝国はロンド王国の西側に位置する国。

 イスベルク王国は北西部の山岳地帯に位置する国。

 そしてシュヴァルツェン連合王朝は北の山脈を超えた一帯を納める王朝だ。

 アナイアとイスベルクはロンド王国を敵視しているし、シュヴァルツェンとは同盟関係だが、いまも虎視眈々と領土拡張を狙っている。

 それを言い当てられたような気がして、マイトはギリりと奥歯を噛み込んだ。

 その動揺を押し殺すように、マイトはペラペラと舌を動かす。


「……んで、それが? 俺を捕まえて罪を償わせるんか? 生憎もう無理だぜ、魔道具はもう発動した。……監査長の欠陥も止まんねぇ。開いた亀裂ん中から、悪魔がわんさか出てくるんだ」

「それで? 私が許さない」

「許さないってなぁ……言っとくけど、世界の欠陥は〈大賢伯〉みたいな人らでも防げないんだぞ?」


 そうさ、それくらいこの国に住んでる人なら誰でも知ってる。

 現代の〈大賢伯〉の中でも亀裂に効果的に対処できるのは一人だけしかいない。

 〈大賢伯〉であっても、次元の亀裂を完全に塞ぐことはできないのだ。


「神様がこの世界を創るときにミスった欠陥は、俺らにはどうすることもできねぇんだよ……!」


 それこそ、アールグレイ・シュメリートの声の欠陥のように――。

 自分たちに次元の亀裂は塞げない。神の欠陥はどうしようもない、この世界の法則だからだ。

 マイトは無意識に拳を握る。短く切ったはずの爪が、肌に食い込むくらいに。


(……あれ、でも今さっきハルベリィさんは――)


 ハッとして、ロミエの持つ淡く光る本を凝視していると、彼女はクルリとマイトに振り返った。


「マイト・ランツ。君の妹の仇は、この国じゃない」

「……あ?」


 突然何を言ってんだ?

 そう言い終える前に、ロミエはサッと手をマイトに向けてかざした。


「――〈聖浄〉」

「――⁉」


 途端に身体が眩い光に包まれて―──―視野が少しだけ広くなった……気がした。

 意味の分からない現象にハテナハテナしていると、ロミエが背を向けて呟いた。


「マイト・ランツ。君の妹、マイカ・ランツの死因は何と聞かされている?」

「……? そ、それは……次元の亀裂に巻き込まれて……。王族は未来が見えるんだろ? なのに殿下はマイカを見捨てたんだ! 国王もあいつらが言う、には…………」


 そこまで言って、マイトは己の言葉を反芻させる。

 そしてある仮説に辿り着いた。だが、すぐにかぶりを振る。


(いや、そんなまさか……ありえねぇ)


 その仮説はあまりにも飛躍しすぎている。

 だけれど、マイトは王子暗殺の計画の為に色々な情報を聞いていた。

 この国の王族のことや貴族の情勢、さらには連合王国の動向なんかまで……。

 それら知り得る情報をかき集めたうえで、マイトはその仮説に辿り着いたのだ。


(そうなると――は――で、俺の妹は……マイカは――――に殺されたってことじゃ……?)


 マイトは拳をギュッと握り直し、顔を上げる。


「……なんで……なんてあんたは、俺の事情を知ってんの?」

「それを知ったら、君はその命を棒に振るうことになる」


 「それでも知りたい?」と、ロミエは肩越しにその無機質な目線だけ向けてくる。

 ……いや、もしかしたら彼女はもう、マイトの知るロミエ・ハルベリィじゃないのかもしれない。

 しかし、そもそもマイトにとって彼女のその問いは、さらさら愚問だった。


「……あぁ。マイカが居なくなった俺の人生なんて、元々これっぽっちも価値なんてねぇんだよ」

「そう」


 ロミエはそう呟くと、フワリとその体を浮かす。

 そして手を広げてクルリと一回転すれば、空間に窓が開き、これまた淡く輝く本が出現するのだ。

 ロミエはそのすべてに何かを書き込んでいく。


(直線と曲線の……模様……?)


 チラリと見えた記号の羅列からは、何の意味も理解できない。

 ただ、この学園中に発生した次元の亀裂を塞いでいることは分かった。

 なぜなら、マイトが学園中に設置したカード型の魔道具が次々に飛来してきて、ロミエの手元に収まっていくのだ。


「……ロミエ・ハルベリィ、さん……いやあんたは、何者(なにもん)だ……?」


 そう問いてしまったことを、マイトは後々後悔することになる。

 彼女は書き終えたらしい本を閉じ、フワリと制服のスカートを揺らした。


「――私はニヒリア。この世界の、創世神。……知ったからには、契約を結ぶ」


 そう言ってロミエ……いや、創世神ニヒリアは長い灰色の髪を後ろで束ね、無機質な瞳をマイトに向けた。


(神かよ…………そりゃぁ、全てお見通しなわけだ)


 出来損ないの神。最低最悪の神。英雄殺しの神。

 そう伝えられてきたニヒリアとの契約だが、不思議とマイトは怖く無かった。

 俺なんかの命――妹一人すら守れなかった俺なんかの命なんて惜しくない。

 それに、この出来損ないの神はマイトに気づかせてくれたのだ。真の仇が誰なのか、を。


「……神サマとの契約するなんてな……人生何が起こるかわかんねぇや」

「そう」


 そう笑うマイトをニヒリアは無表情に見据え、契約刻印を刻み込むのだった。



――――――――――



 そしてニヒリアは人と出会わないように次元の扉で空間を繋げ、訓練場に向かった。

 この世界――ことロンド王国に住まう人々にとって、創世神ニヒリアは軽蔑の対象だ。マイトのように受け入れられる方がおかしい。

 カツカツカツと踵を鳴らして扉に触れる。開いた先は訓練場だ。


「――私の世界に不法侵入する者、それを助けて歪ませる者に告ぐ。これ以上、私の世界を荒らすことは、このニヒリアが許さない」


 そんなこんなで、上位悪魔が顕現した訓練場に来たわけだが――


「貴女は……⁉」

「……ぇ? ロ、ミィ……?」

「ニヒリア様ぁ……‼」


 この身体、ロミエ・ハルベリィを知る人物が三人も意識を保っていたのだ。

 しかし、それよりも優先するべき《《敵》》がいる。


「だれ?」

「……何者、だ?」

「――――」


 黒い男と白い少女の問に対して、ニヒリアは答える代わりにカード型の魔道具をばら撒く。

 そのカードを知る人間が、揃ってギョッと目を見開いた。


「ッ……それは⁉」

「あ、それ自分たちのっ!」


 二階にいるライラックが顔を青ざめる。しかし、それは杞憂だ。

 カードを起点として、空間に《《窓》》が開かれる。

 バグって開いた亀裂じゃない。意図的に開かれた《《窓》》だ。


「……まさか、書き変えた、のか?」

「――舞え、〈聖剣〉」


 男の問の代わりにニヒリアがそう呟けば、窓から顕現した〈聖剣〉が飛翔する。

 鈍く黄金の輝きを放つその刃は、生徒に取り憑いた悪魔を刺し、斬り刻んでいった。


「…………すごい」


 悪魔の悲鳴が木霊する中、ポツリと護衛騎士アイリシカが呟いた。

 彼女はその剣の舞に見とれながらも、第一王子リフィルの元へ忍び向かう。


「……ロミエ・ハルベリィ殿と言いましたか、貴女はいったい何者で――」

「眠っていて」


 警戒と困惑……といった様子で眉を顰めるアイリシカに手をかざし、編み上げた魔法によってその意識を刈り取った。


「ロミィ……ッ⁉」

「…………」


 ぐったりと倒れるアイリシカを横たわらせていたニヒリアは、その背中にかけられた言葉に、胸の奥で何かが震えた。

 しかしニヒヒアは、その何かを無表情の裏で押しつぶす。

 そのままショルトメルニーャにも手を向けて――それを、「もうもうも~う‼‼」と駄々こねるような声が遮った。


「計画が台無しじゃん‼‼ 許さないっ、殺す殺す殺す~‼‼」

「……最善、だ」


 黒髪漆黒目の男と、白髪白銀目の少女が魔術を行使する。

 男はドロドロとした漆黒の矢を20数本、少女は極細のツララを10数本生み出して、その先をニヒリアに向ける。

 始まった攻撃は射出するタイミングを程よくズラしていて、上手く連携が取れていた。

 並の上級魔術師でも、防ぎきるのは至難の業だろう。

 しかし、その攻撃はことごとく〈聖剣〉によって阻まれていく。

 辛うじて剣幕を潜り抜けた物も無詠唱で編み出した魔法防壁を打ち破ることはできない。


「…………?」


 ふと、ニヒリアは男の放った矢の異質さに、眉をピクリと動かした。


(……なるほど。魔術と魔法を複雑に組み合わせた物か)


 このどっちつかずの術を、人々は〈呪術〉と呼ぶらしい。

 彼の二つ名〈運命の呪術師〉と言うのも、この〈呪術〉の特性とも言えようか。

 だが、直撃しなければ意味が無い。

 ニヒリアにとって気にする必要もない技だった。


(死なない程度に痛めつけよう。そしたら逃げるはず)


 ニヒリアが次の手を打とうとカードを取り出した――その時、ズキリとカードを持った手に痛み? が走る。

 そしてその痛みが全身に巡り、同時に体内の魔力がごっそり削られた。

 見ると、カードを持つ手が氷に包まれている。


「……?」

「ニヒリア様⁉ まさか、〈雹滅の魔女〉の攻撃が……」


 ニヒリアの異変にライラックが叫んだ。

 しかし、ニヒリアは気にしない。


(痛い……痛いのは、どうでもいい)


 どうせここは魔術戦結界の中だ。

 体内に氷が生成され、内側から針に刺されるような痛みが走るが、ようは我慢すればいい。

 バリバリと全身を滅多刺しにするような痛みが走るが、ニヒリアは気にせずカードを握りつぶす。

 だが、その痛みはロミエ・ハルベリィが我慢できる限界を遥かに超える。

 ニヒリアは無表情に歩みを進めながら、その左目から水滴を零していた。


「ロミィ……」


 ニヒリアは全身の痛みと倦怠感、さらには眠気や声を無視して魔法を行使する。

 生み出された複数の風の刃が黒と白の男女に殺到し、傷を与えていった。

 二人は防御結界で防ごうとするも、それすらすり抜けて着実に魔力を削って行くのだ。

 これは魔法と魔術を半分ずつ加えた半端な術式だ。けれど、魔術戦の中では都合がいい。

 なぜなら、魔力を削りながら肉体にも傷を負わせられるから。


「痛ぁっ⁉ も~無理~! てったいてったい! ばいば~い‼‼」

「……撤収だ」


 そう言って男と少女は素早く飛行魔術を詠唱し、開いた天井目掛けて飛翔する。


「逃がさない――」


 ライラックが追いかけようと詠唱するものの――しかしどうやら魔力不足らしい。

 パタリと倒れてしまって、契約精霊のキツネが心配そうに顔をペロペロと舐めている。


(あれは後でいいか)


 倒れるライラックを一瞥したニヒリアは、氷に閉ざされたアールグレイとリフィルに向き直る。

 リフィルは瀕死で死にかけているだけなので、魔法で傷口に干渉し、いい感じに繋ぎ合わせて治療する。

 氷も溶かして、〈聖浄〉をかけておけば良いだろう。


「な……んなんだ……お前ェ!?」


 耳障りな声が、ニヒリアの鼓膜を揺らす。

 問題はアールグレイだ。悪魔に乗っ取られていても、その視覚や記憶は共有されている。

 アールグレイ・シュメリート……いや、悪魔に向き直ったニヒリア。


「──〈聖浄〉」

「マテ────」


 悪魔との会話ほど無駄な時間はない。有無も言わさず〈聖浄〉で跡形もなく滅ぼしてやる。

 アールグレイはなおも意識を失ったままだが、ニヒリアの姿を晒してしまったので記憶が残っていると少々面倒だ。

 ニヒリアはアールグレイの額に手を置いて、記憶改竄を行う。


〈次元の亀裂が開いて、そこから顕現した悪魔を〈大賢伯〉ライラック・アシス・ツヴァイリムが討伐した〉――と。


 アールグレイの欠陥も、この際だし直しておいた。

 なんせ、欠陥を暴走させると他の欠陥を誘発してしまう。今回の一連の事件は、アールグレイの欠陥暴走を起点に起こされていたようだし。


(……それに、欠陥を直すことが私の存在意義だから)


 ニヒリアは一連の処置を終えると、アイリシカにも同様の記憶改竄を行った。

 黙々と作業のように動くニヒリア。そんな彼女に向け、手を伸ばす人物がいる。


「……ロ、ミィ? なに……してるの?」


 ロミエ・ハルベリィを知る人物、ショルトメルニーャ・ハーマが震える声で言った。

 未だに足が氷に包まれているが、どうにか意識を保っている。


「ニヒリア、って……どいういこと、なの……?」

「…………」


 ああやっぱり。どうしてこの人間を見ると、この胸はチクチクと痛むのだろう。

 ニヒリアはサッと目線をそらす。なぜだか直視出来なかったのだ。


「ロミィは……? ロミィはどこ……!? …………うそ……ついてた、の?」

「…………」


 ショルトメルニーャは震える手を伸ばした。

 しかし彼女の足元は未だ氷に包まれている。いまも全身に氷が張り巡らされ、刺すような痛みとともに魔力が失われているのだろうに。


「……青肌人種は、魔力吸収速度が速い」

「ねぇ、ロミィ……ロミィってば……!」

「……ロミエ・ハルベリィじゃない。私はニヒリア」


 答える必要なんてないのに答えてしまった。

 その言い聞かせるような言葉に、ショルトメルニーャはその目を大きく見開く。


「……ロミィ……は? ロミィは嘘だったの……⁉」

「ロミエはこの肉体のこと。私はニヒリア」

「…………じゃぁ……その涙も嘘だって言うの……⁉」

「?」


 涙? なんのことだろう。

 言われて頬に触れて、やっと気が付いた。


(……なんで《《わたし》》は泣いている?)


 ニヒリアは濡れた指先を凝視しながら、わっと目を見開いた。

 胸に湧き上がってくるモヤモヤとした何かが、今にも溢れてきそうだった。


(……早く、終わらせる)


 溢れ出る雫をそのままに、ニヒリアはショルトメルニーャの額に触れて、魔法を組み上げていく。


「ロミィ……ロミィ? ま、待って……やだ、そんな――」

「…………」


 ああ、そういえば眠らせるのを忘れていた。

 記憶改竄に支障はないが、その過程がそのまま伝わってしまう。

 頭の中を強引に書き換えられ、削除され、書き足されていく感覚は非常に気分が悪いだろう。


「ゃだ、やだ! そ、んな……ロミィ……ロミ、え……わす……ぃや……め……きら……りたくな……み、ぃ──」

「…………処理限界」


 事切れたように、ショルトメルニーャはその動きを止める。

 強引に書き変えていったせいだろう。魂が多大な負荷に耐えきれなかったらしい。一時的な処理落ちだ。

 ショルトメルニーャ・ハーマは、その目に大粒の雫を浮かべたまま意識を飛ばしてしまった。


「…………」


 瞳孔を限界まで見開き、口を半開きにしたまま動かなくなったショルトメルニーャを、ニヒリアは無表情で眺め続ける。

 その目から流れる涙だけが、彼女の両頬に脈々と流れ続けるのだった――。

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