【1-24】 嘘
訓練室に入ると、既に多くの生徒が集まっていた。
ロミエはボンヤリと見渡していると、その群衆の中心に紫がかった銀髪の人物を見つける。
(……あ、シュメリート監査長)
生徒会監査長にして、ロミエの先輩であるアールグレイ・シュメリートは身長が高い。
だから、離れていても頭一つ飛び出るように目立つうえ、特徴的な銀髪がキラキラと反射するのだ。
「あら、昨日の先輩もいらっしゃるのね?」
「シュメリート殿は魔術がとてもお上手なのだ! 既に、中級魔術師の資格も持っているそうだぞ!」
キルトエが言うには、これから行われる魔術実演は彼が行うらしい。
高等魔術学園の卒業と同時に授けられる中級魔術師資格を既に習得していることからも、その技量の高さがうかがえる。
「へぇ~すっご! あたしなんか入門の問題もわかんないもん」
「シア、それはもっと勉強したほうがいいのだ」
「き、キルトエが珍しくまともな事を……!?」
「流石にボクも傷つくぞ!?」
三人がやいのやいの言っている隣で、アールグレイを見ていたロミエは「あれ?」と頭を捻った。
(……なにか、あったのかな?)
彼は何かを必死そうに握って、ブツブツと自分に語り掛けるように何かを呟いている。
明らかに様子がおかしいアールグレイに、どうしたのか心配になるロミエ。
「どうしたの?」
「……あ、い、いえ。なんでも……」
「――あっ、いたいた! おーいハルベリィさーん!」
自分も挙動不審の時はあんな感じなのかな……なんて思っていると、監査部の先輩マイト・ランツが遠くから話しかけてきた。
小柄なロミエをこの群衆の中からよく見つけられたな――なんて驚きつつ、マイトの所に向かう。
「な、なんで、しょうかっ」
「よかった、見つかった……っと、そうだ急がなきゃ。なんか会長がハルベリィさんを呼んでてさ、なるはやで来てほしいんだって」
そう肩で息をしながら語るマイトの額には汗が滲んでいた。相当全力で探していたらしい。
ロミエは困惑しながらも首をかしげる。
「え……わ、わたし……をですか?」
「よくわかんないんだけど、とりあえず来てだってさ。人使い荒いよな~会長」
(え、わたしまた何かやらかした……?)
もしかして昨晩の記入ミスについて……⁉ いや、そうに違いない!
怒られるぅぅぅ……とロミエが頭を抱えていると、後からショルトメルニーャが追ってきた。
「なあに? ロミエも何かやらかしたの?」
「……うぅ……ひゃい……」
明らかに自分の過失だから、何も取り繕うなんてできない。
(ちゃんと正面から謝ろう……絶対に二度としませんって誓わなきゃ……)
そう密かに決意を固めたロミエは、「ついてきて!」と手招きするマイトについて行くのであった。
「ちゃっちゃと謝って、早く戻って来なさいよね!」
「う……うんっ」
(待ってくれる人が居るって、嬉しい……)
名残惜しく何度か扉を振り返りながら、ロミエはマイトについて歩いていく。
(……あれ? この人って、だれ……?)
途中、見たことのない人とすれ違ったけれど、いつものことかと納得し、さほど気にとめることは無かった。
***
マイトについて行くこと数分、明らかにロミエの知らない場所にやってきて、恐る恐る引き留めた。
「……あ、あのっ……ここは……?」
生徒会室がある棟の校舎でもなく、また寮や訓練場や図書館でもない。
学園敷地内の端っこにある、人気のないボロ納屋の前でマイトは足を止めた。
「……いやーね? なんか次の魔術戦で使う結界なんだけど、その状態を確認するために座学一位のハルベリィさんが必要――」
「嘘、です……。この辺りに、結界は無い……です」
ロミエは目を細めてそう結論づけると、マイトは驚いたように目をワッと見開いた。
「……へぇ、なんでそう言い切れんの?」
「魔力の密度が低い……それに、ランツ様は嘘をついています」
ここまで来てやっと違和感に気づいた。
魔術戦で使うような重要な結界を、入学したばかりのロミエに任せるだろうか?
それにマイトの仕草や声音はどこか芝居がかっているし、何より視覚を情報主体に変えたロミエには、人の言葉の意図も読み取れるのだ。
だからこそ疑問が浮かぶ。
「……人気のつかないところまで連れてきて、ランツ様はわたしを……守ろうとしているのは、なぜ……ですか?」
マイト・ランツの意図していることは、「ロミエ・ハルベリィを守ること」。この行動にはその意図しか込められていない。
殺意や妬みなんかの憂さ晴らしが目的なら分かる。実際に何度かやられたことはあるし、そうされる覚悟はできている。
だからこそ、わからない。理解できなかった。
「ランツ様は、貴方は何からわたしを守ろうとしている……ですか?」
「…………」
その問いに、マイトは答えない。
代わりに、「はあーー」っと大きくため息を付いたと思ったら、から笑いを浮かべた。
「……ごめんよ」
そう言ってマイトはロミエの頭を鷲掴みにする。
「……えっ」
ロミエは目を見開き、混乱する。
彼は、マイト・ランツからは一切の殺意や敵意を感じない。なのに、その手に握られた布には麻痺と睡眠剤が込められているではないか!
そしてそれを、容赦なくロミエの顔――鼻と口に当てがったのだ。
「――っ……っぅぁ……ぅ……」
少し吸っただけで意識が朦朧として、瞼に重しが掛かる。
眠い、眠い……ねむ、い…………。
(眠ったらダメ‼ 耐えて、抗わないと!)
そうロミエは自分に言い聞かせるも、薬物の効果は絶大だった。
すぐさまロミエ・ハルベリィの意識は遠のいて、昏睡状態に陥ってしまう。
「……ぁ……ぅ……」
「……ごめんな」
最後にロミエが見えたのは自分を抱き上げるマイトの姿。彼の瞳には何かに耐えるような──それでいて、明確な憎しみの光を宿していた。
――――――――――
「……っと、そろそろか」
出てきた訓練場を見ながら、マイトはいそいそと撤収の準備を進める。
彼自身の私物は既に撤収を済ませたのだが、問題は腕に抱いた少女ロミエ・ハルベリィだ。
元々計画にはなかったので、これは完全なる彼の独断。
だから連れていくことも出来ないし、かといってこの場に放置すればどっちみち死んでしまうだろう。
「にしても……軽いなぁこの子」
まともに飯食べれて無いんじゃないか……?
あまりの軽さに訝しみつつも、マイトは敷地を隔てる塀の壊れた箇所から脱出し、あらかじめ外に置いておいた台車にロミエを乗せた。
「……そんじゃ、離れるまで起きてくれるなよ」
これから起こるのは大厄災。
一人の人間を殺すためとはいえ、周辺にも多大な被害を与えることになるだろう。
……その罪を背負う覚悟はできている。妹の仇の為ならば、自分の命だって惜しくない。
「……ま、君は……君だけは助ける。……妹に似てるからってだけの理由だけど、さ」
彼女が生き残った理由がマイトの仕業だと知られら、この子はどんな扱いを受けるだろう。
もしかしたら、生き残らなければよかったとさえ思われるかもしれない。
だけれど……それでも、命が無いよりはマシなんだ。
マイトは台車の押し手にグッと力を入れる。
「……っし、さっさと離れねぇと、厄災が始まっちまう……」
「――厄災とは、世界の亀裂と悪魔の顕現、ってこと?」
「そうそう。あいつらは意図的に亀裂を生み出す手段を持ってて、それを使って第一王子の暗殺を――って、起きたの⁉⁉」
慌てて振り返ると、さっきまで眠っていたはずのロミエがスラリと立っていた。
しかし、いまの彼女はどこか様子がおかしい。
「……なんだ?」
その深い青色に緑が少し混ざったような瞳は、どこかボンヤリとしていて空虚な眼差しだった。
ミテック・シナモールや|ライラック・アシス・ツヴァイリム《理不尽令嬢》に苛められてビクビクとしている彼女からは想像できないほど、冷酷さとも言える冷たい雰囲気を漂わせている。
そもそも、あの薬物を吸ったのに意識を保てている事自体が不可解だった。
(大人でもひと嗅ぎで半日は寝込む劇薬だぞ⁉ なのに、どうやって……!?)
「ぐわ……っ⁉」
そのことを知っているからこそ、ロミエの纏っている不気味さからマイトは後ずさろうとして、台車の取っ手に引っかかって倒れてしまう。
しかし、彼女はそんなマイトすら眼中にないと言った様子で学園の校舎を見つめていた。
そして一言。
「――裂ける」
それだけ言い残して、ロミエは軽やかに台車から飛び降りたと思ったら、スタタっと学園に向かって駆けていった。
「お、おい待てっ! 戻っちゃダメだ! 戻っちゃ……」
そうマイトが引き留めようとしても、ロミエは聞く耳を持たない。
そのまんま出てきた外壁の穴から学園の中に戻ってしまう。
「…………あぁぁクッソ!」
裂けるってのは亀裂の事か? そんなら計画が看破されてる!
マイトはギリッと奥歯を噛み締める。そしてダンッ! と地面を殴り、意を決してロミエを追った。
「……いいさ、敵になるってんなら容赦しねぇよ」
そう、妹はもう死んだのだ。似てるからって、楯突くのなら容赦なんかしない。
「……共々みんな、死んじまうからな……!」
酷く歪んだ顔で毒付きながら、彼もまた学園に戻ったのだった。
本日はもう1話投稿します!
21:00あたりに出すと思います。




