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【1-23】 最強の魔法使いの噂

 ロミエ達は朝食を食べた後、授業に出るために指定された講義室へと向かった。

 今日の講義の内容は魔術実践。

 日常で扱える魔術の訓練と、非常時の戦闘や魔術師団で扱うような戦闘魔術の実践授業の説明であった。

 教壇に経つ栗色の髪の先生が、黒板に書き記しながら説明していく。


「魔術の訓練には危険がつきものかしら。だから魔術の訓練を行うときは、魔術戦結界の中でのみ扱うこと。結界の中でなら、魔術による事象は影響が及ばないようになっているのよ」


 聞けば、(いにしえ)の〈大賢伯〉の一人にして〈最強の魔法使い〉という二つ名の通り、それはもう強くて博識な人物が居たらしい。

 彼女はその力を以てロンド王国に多大な貢献をしたという。

 訓練場に設置された魔術戦結界も彼女が開発したらしい。

 その結界内での魔術は人体に影響を与えず、直撃しても相応の魔力が削られるだけで、安全に実践訓練ができるというのだから、たまげたものだ。


「かの〈最強の魔法使い〉様は、我が師団や学園の建造物を、その魔法によって創られたかしら。……まったく、出鱈目すぎるのよ」


 「はー、なんて化け物かしら!」と、最後の方に教師の本音が混ざったが、ロミエも全くもって同意見だった。


(人が扱える魔法で、この建物や魔術封殺の結界を作ったの……? す、すごい……どんな人だったんだろう……)


 ロミエ――ニヒリアが魔法を扱えるのは、創世神としての管理者権限に頼っている部分が大きい。

 ただの人間として魔法を行使することもできなくはないが、幾何学記号(システムコマンド)に直接干渉できる〈世界の本〉が無ければ、高精度の魔法は扱えないのだ。

 だが、〈最強の魔法使い〉と呼ばれる人間は管理者権限に頼らずして様々な事象を操ったらしい。


(〈最強の魔法使い〉……王国を守る〈大賢伯〉……)


 たぶん、戦闘になったら勝てない……。

 密かにロミエが戦慄している中、教員の説明は続く。

 魔術を使用していい場所は、訓練場と敷地内にある訓練用森林のみ。中級以上の魔術師資格を持たない限りは、生徒会への申請と教員の監督下の元で訓練が許される。

 日常で使用することは許されず、魔術を使ったら校舎全体を囲った感知結界によってバレるらしい。


「――それと、連続で魔術を使い続けていたら魔力不足に陥るかしら。そうなった場合、庭園に向かうといいのよ。あそこは魔力濃度が高い……ただ、いすぎると中毒になるから気を付けるかしら」


 その庭園もまた、〈最強の魔法使い〉が作った品種の花が植えられているらしい。

 だから寒さが残るこの時期でも、植えられた花々は満開に咲き誇っていたのか。


(安直すぎる二つ名……って思ったけど、あながち間違ってないのかも……)


 だって明らかに人間離れした所業だ。〈最強の魔法使い〉なんて二つ名も納得できる。

 ふんふん、とロミエが納得していると、教員の眼光がより一層強くなった──気がした。


「最後に──」


 ギロリ、と威嚇するような鋭い目で生徒たちを一瞥する。


「もしも魔術で他人を傷つけるような自体になったら、永久的に魔術師資格の剥奪と、本学園からの退学が命じられる事になるかしら。……ま、訓練場で使う限りは何も気にする必要無いのよ」


 そう肩を上下させ、「以上で終わり、次は実際に魔術を見学してもらうから、さっさと訓練場へ向かうかしら」と言って教員は壇上から降り、手招きする。


「魔術ねえ、帝国のほうじゃあんまり見ないから楽しみだわ! 行きましょロミィ」

「は、はいっ」


 入学初日もこんな感じだったな、なんてロミエは思い出しながらショルトメルニーャについて行く。

 その後、隣の講義室で同様の説明を受けていたキルトエとアナスタシアの二人と合流し、校舎から少し離れた訓練場へと向かうのであった。



──────────



「まーったく、(わらわ)ほどの人物が今更魔術の授業なんて…………人に見せられたもんじゃありませんのよ」


 そんなふうにボヤきながら、クリーム色の髪の少女ライラックは訓練用の森林の奥地へと向かっていく。

 ライラック達二年生は魔術実技の授業でこの森に来ていた。けれど、ライラック自身は一人で森の奥へ奥へと入っていく。


「……この辺りまでくればいいでしょう」


 程よい空き地を見つけ、その中心に立つ。

 ライラックは周囲の木々の距離や風向きを確認、計算して短縮詠唱を唱えると同時に自身の魔力を練り上げ、組み上げていくと――彼女を中心に複数の炎が解き放たれた。

 炎は一瞬にして空き地を駆け、森の木々の合間を縫って進んでいく。

 だが、その火が木々に燃え移ることは無い。炎を生み出す詠唱の合間に挟んだ風の魔術により、炎の方向と広がりを制御しているのだ。


 この技術は〈圧縮詠唱〉という。


 さらにライラックは〈短縮詠唱〉も織り交ぜることによって、一つの短い詠唱で魔術を二つ同時に発動させているのだ。

 ただ、欠点として普通の人間は同時に二種類の魔術しか扱えないので、圧縮詠唱を行った時は他の魔術が使えない。

それに、二つの魔術を重ねて詠唱するためどうしても詠唱時間が長くなる

 それでも一つの詠唱で二種類発動できる事は、魔術師にとって圧倒的優位に立つことができるのだ。


 「ライラ、ライラ、すっごい早口。べろ、噛まない?」


 不意に、首に巻いたキツネの毛皮……否、擬態した精霊に話しかけられたライラックは、なおも魔術を維持しながら胸を張った。


「もちろんですわ! このくらいできないと、務まるものも務まらないのです」


 「心配してくれてありがとう」ライラックは首に巻いたキツネの毛皮を撫でてやる。

 すこしヒンヤリとしているが、モフモフふわふわした毛並みは触っていて実に気持ちがいい。

 このキツネの振りをした精霊の名はキャリア。雪霊キャリアスノーテン。

 とある雪山の精霊で、縁あってライラックと契約した上位精霊である。


「ライラの魔力、とってもとっても綺麗。どうしてどうしてライラは練習する?」


 精霊は人と違って魔力の流れを視覚的に観察可能らしい。

 キャリアは飛翔する炎の軌道を眺めながら、不思議そうに問いた。キョトンと、クリクリお目目をぱっちり開き、首を捻る仕草が何とも愛おしい。


「人間はキャリアみたいな精霊と違って、理解していても出来なくなる時がありますの」

「どうして? どうして?」

「たとえば、周囲の環境によって集中できない時や、単純にど忘れしたりとか――あとは、自分に自信が持てなくなった時……ですわ」


 自然と伏目がちになってしまいそうになったライラックは慌てて顔をあげ、展開した魔術を解除する。

 どうやら木々に燃え移った様子はないようで、ホッと安堵していると、キャリアが前足で器用に拍手してくれる。


「ふーん。それならそれなら、ライラはとってもとっても魔術が上手!」

「うふふっ……ありがとう、キャリア」

 

 だけどもう少し練習させてちょうだい?

 そう言おうとしたライラックを、全身の産毛が際立つような、そんな感覚に身震いし――。

 だと思ったら、ライラックの周囲に氷の壁が乱立、飛来してきた何かと衝突する。


「きゃっ…」

「危ない危ない」


 「こういう時人間さんはフーって息して、額の汗を取るんだっけ?」なんて呑気な事を言っているキャリアに、なんのつもりか問おうと口を開いたところで――今度は明確な殺意を感じ取る。

 すぐさま氷を魔術で蹴破り、殺意が向けられた方に意識を向けながら後ずさる。


「誰ですの! そこの木の陰にいるのは!」


 ライラックは短縮詠唱で生み出した風の刃で近くの木々を切り倒す。

 そうすると切り株の陰から、フードを被った男があらわれた。


「……精霊持ち、厄介、だ」


 フードの男はそれだけ言うと、すぐさま詠唱を始めた。攻撃魔術だ。

 それに応じてライラックも短縮・重複詠唱を始めながら、何者なのだろうかと思案する。


(魔術師! ……このような教員はこの学園にはいない。まして、ここは魔術戦用の結界の中で、二学年の実践訓練はまだ先ですのに――)


 そこまで思考を伸ばしていたライラックは今さらながら気が付いた。

 彼はライラックを精霊持ちと呼んだ。そうなると、芋づる式に自分の正体に気づいている可能性が高い。


(キャリアと話しているのが見られた……けれど、だったら何故逃げないんですの……?)


 キャリアは上位精霊ということもあり、その魔力は絶大だ。普通の人間では相手にならない。

 なのに、このフードの男は臆することもなく魔術の詠唱をして……いや、違う!


(こ、この術式は……魔法……っ⁉)


 動揺で詠唱が乱れてしまい、中断してしまった。

 今ライアックが唱えていたのは、重複詠唱と短縮詠唱の掛け合わせで時間がかかる上に繊細なのだ。

 とはいえ魔術戦の結界の中だから、当たっても魔力が減るだけ――と安堵していたライラックは、慌てて対魔法用結界の詠唱を開始する。

 謎の男が詠唱を終えるとドロッとした黒色の矢が10本生まれ、ライラックに向かって飛来してくる。


「――間に合いましたわ!」


 ギリギリ詠唱が間に合った。

 飛来してきた黒矢は、展開した対魔法用の結界と激突し――なんと、その一部分がライラックの結界をすり抜けてきた!


「うそっ……魔術!?」


 ライラックが展開したのは対魔法に特化した防御結界。魔術に対しては無力なのだ。

 けれど、彼の詠唱は魔術というより魔法に近かったのだ。事実、対魔法結界は攻撃の一部を防いでいる。

 だが、残った一部がライラックに飛来してきているのだ。


(しまった、魔力が……!)


 魔術戦において致命的なのは、魔術が使えなくなること。つまり魔力切れが負けを意味するのである。

 そんな中、得体のしれない術を使う敵を前に、先手を取られてしまったのだ。

 ドスドスドスッと、嫌な音が体に響く──と思ったら、目の前に氷壁が出現する。


「……キャリア! ありがとう、助けてくれたのね」

「うん。ライラ、ライラ、なんか変な魔力」

「えぇ……一筋縄ではいかない相手ですわね」

「……小賢しい」


 ここに来て、初めてフードの男は無機質な声音に感情をのせる。

 どうやら、あの魔術……魔法には相当な自信があったらしい。


(当たったらマズそうですわね……しあし、今の術はいったい何……? 魔法用の結界は間に合ったし一応防げていたはずなのに……一部がすり抜けてきた)


 魔法とも魔術とも言えない、未知の術……。

 ライラックは得体のしれない不気味さを噛みしめながら、悟られぬように不敵に笑う。


「どこのどなたかは存じ上げませんが……明確な敵対行動と受け取ってもよろしくて?」

「……お前には、もう、死んでもらう」

「なるほど……会話、通じないタイプなのですわね。……面倒くさい」


 ライラックの煽りにも男は気にした様子もなく詠唱を開始するので、対抗するように彼女も詠唱を始める。

 今度こそ、重複詠唱と短縮詠唱の掛け合わせだ。


「……死ね」


 先に詠唱を終えたのは男の方で、次は20本の黒槍が出現して飛翔してくる。


「キャリア! 防御!」

「——〈氷壁〉」


 ライラックの言葉に反応し、キャリアは正面を覆うように氷壁を再構築させる。

 そして襲い掛かってくる黒槍を、見事に全て防ぎ切った。


(流石は上位精霊……! 魔力密度が高すぎて魔法も魔術も(はば)み切っていますわ)


 そう感嘆しながら詠唱を終えたライラックも魔力を組み上げて――魔術を《《展開していく》》。


「……!?」


 その数なんと8種! 四大属性それぞれの攻撃魔術を二種類ずつ同時展開したのである。

 これにはフードの男も、その漆黒の瞳を見開いた。


「……何者だ?」

「あら、名乗る筋合いはありません事よ?」


 それに、逃げるのはもう遅くってよ? と、ライラックは広げた扇子の裏でほくそ笑む。



(わらわ)に喧嘩売ったこと、後悔させてやりますわ!」

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