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【1-22】 楽しい朝食

 翌朝、ルームメイトに連れられて食堂に向かったロミエは、今更ながら昨日の朝から何も食べていない事に気がついた。

 朝は食べたと言っても、持ってきていた乾パンの最後の一つのみである。

 補充しようと思っていたのだけれど、色んなことに巻き込まれてそれどころじゃ無かったのだ。


「ひ、広い……!」


 アリストリア学園の学生食堂は幾つかあるが、その中でもこの第一食堂はいちばん広いらしい。

 長机がズラーっと並び、朝早くから多くの生徒が利用している。

 学園食堂は食券制で、受付でメニューの書かれた札を買い、それをそれぞれの厨房へ持っていく──という仕組みだ。

 あんまりお金持ってない……と、ロミエが料金表と睨めっこしていると、不意にその肩を叩かれる。


「大丈夫、ロミィの分は(わたくし)が奢るわ!」

「……えっ、で、でも……」

「気にしない気にしない。昨日は夜遅くまで頑張ってたんじゃない! それに……送り出した責任というか、そんな忙しいところだなんて知らなかったから……」


 ショルトメルニーャが気まずそうに目を逸らすと、キルトエが横から割り込んでくる。


「いやいや、だったら我が奢るのだ! 先に帰ってしまった詫びに、是非とも奢らせてくれ!」

「あら、そう?じゃあ(わたくし)の分もお願いするわ」

「やった、そんじゃあたしのも!」


 キルトエの奢る宣言にここぞとばかりに便乗するショルトメルニーャとアナスタシア。焦った彼女はその黒曜石のような瞳をクワッと見開いた。


「ちょ、ちょっと待てィ!? なんでショルたんとシアの分も奢る羽目になってるのだ!?」

「ロミィを置いて早く帰った罪?」

「仕事から逃げようとした職前逃亡未遂罪?」

「ぐ、ぐぬぬぬ……そ、そうだ! ロミエはどう思う! 酷くないか!?」

「えっえっ!? わ、たし……でしゅか……??」


 突然話を振られたせいで、おもっきり噛んでしまった。

 俯いていると、キルトエは顔を覗かせてくる。


「……噛んだ?」

「……ひぃん」

「あ! ロミィ泣かせた!」

「女の子泣かした罪も追加ね! これは重罪よ……」

「わ、分かった! 僕が奢るのだみんな奢ってやるのだー!」

「で、でもぉ……」


 奢ってもらうなんてそんな……と渋るロミエに、ショルトメルニーャは諭すように言う。


「ロミィ、こういう時は素直に甘えておくのが吉よ。……そもそも、貴女は置いてかれた側なんだから」

「送り出しちゃったあたしらにも責任あるけど、ロミエちゃんよく頑張った! えらいえらーい!」

「ボクのことも少しは褒めて欲しいのだ!!」


 「よしよーし」とアナスタシアが頭を撫でてくれる様子に、キルトエが羨ましいと駄々を捏ねるが、二人は特に気にした様子もなく食券を選ぶ。


「はいはい。さっさと行くわよ」

「お腹空いた〜」

「もぉぅ……仕方ない、今回だけなのだぞ」


 キルトエはふくれっ面を浮かべながらも、全員分の食券を買ってくれた。


「……わぁっ!」


 ロミエが買ってもらったのはサンドウィッチ。

 久しぶりのまともな食事に、席についたロミエはまじまじとサンドウィッチを観察する。

 シャキシャキのレタスやみずみずしいトマト、刻んだキュウリにチーズに加えてマヨネーズが溢れている。

 それに何より、その具材を挟んでいるパンの色はなんと純白!

 保存に適した乾パンや、売れ残りで安くなった黒パンじゃない。出来立てほやほやの、ふかふかとした白パンなのである。


(こんなに良いパンなんて、いつぶりだろう)


 ゴクリ、とよだれを飲み込んで今更ながらに空腹を思い出した。

 学園に通う生徒の多くは、実家が太くない限り学園近くの店でアルバイトをしてお小遣いを稼ぐ。

 ロミエもその例に漏れず、一度働いたことがあるのだが……接客慣れしなさすぎて一日でクビになってしまったのだ。

 それ以降は時折実家から送られてくる仕送りで命を繋いできたので、こんな食堂を使ったのも数年振りだ。


 久しぶりなまともな食事に、ロミエは密かに感動していると、ショルトメルニーャは全員席に着いたのを確認して「そろったわね。いただきましょう」と音頭を取った。

 遅れてやってきたキルトエとアナスタシアが揃って「「いっただっきまーす!」」と元気に言う。


「……いただき、ますっ」


 柔らかいパンをそっと両手でつかみ、はむっと噛めば口の中に芳醇なトマトのプチプチとした果肉が広がった。

 次にシャキシャキと新鮮な野菜の触感が広がって、それらとマヨネーズが丁度よく重なり合って広がる。そして白パンのフカフカとした柔らかい触感や、香ばしい香りが鼻にまで届いてくる。


「おいひぃ……」


 久しぶりの食事に頬を緩め切っていると、隣に座っていたショルトメルニーャが肩を寄せてくる。


「美味しそうにたべるわね。どう、こっちも食べてみない?」


 そう言って差し出したのは、固いライ麦のパンにハムやチーズが乗っかったものだ。


「え、いいん……ですか?」

「ええ! シェアした方が美味しいのよ」

「そ、それじゃあ……」


 お言葉に甘えて一口いただく。


「――っ……‼」


 柔らかい白パンもいいけれど、噛み応えがあってサクサクした食感もまた美味しい。

 何より、ライ麦パンとハムチーズがこれまた絶妙に調和の取れた味で、それはもう美味しかった。


「しょ、ショルさん」

「ん、なあに?」

「お、お返しに、どうぞっ」

「まあ、良いの? ありがと! ――ん~こっちも美味しいわね!」


 彼女にもサンドウィッチを一口あげて、互いにニッコリ見合わせる。

 そんな様子を向かい側の席で見ていたキルトエとアナスタシアは、パッと手を止めて間に割り込まんと話しかけてきた。


「ロミエロミエ! 我のも食べていいぞ!」

「んぁ? みんなでシェアする感じ? だったらアタシのも!」


 キルトエの朝食はトーストに目玉焼きとベーコン、さらポテトやソーセージなど結構ボリューミーな内容で、ちゃっかりジュースも買っている。

 ロミエはポテトを貰った。これまた塩の効いたジャガイモで美味しい。

 すると、キルトエの朝食をショルトメルニーャはジト目で見ながら、呟くように言った。


「……ふぅん。それだけ食べてるのに、身長はそんななのね」

「し、身長は関係ないのだ! こ、これから成長するし……」


 身長をディスられたキルトエだが、実はロミエとどっこいどっこいである。

 ちなみに、この四人の中で最も身長が高いのはショルトメルニーャで、次点がアナスタシア。ロミエとキルトエは底辺争いも良いところだ。


(……わたしだって、成長するもん…………ん?)


 なんで張り合ってるんだろう?

 たしかに、転生前のニヒリアの時はスラリとした長身で、その姿が恋しくないと言ったら嘘になる。

 それなのに、いつの間にかキルトエと張り合おうとしていた自分に疑問を抱いていると、手持ち無沙汰になったロミエに、アナスタシアが「はいこれ」と料理の盛り合わせを渡してくる。

 ギョッとしたロミエは、慌てて首を横に振った。


「え、あ、あのっ……こ、こんな多くは……」

「んむ? あれ、多かった? ごめんごめ~ん」

「……ねえシア。それ、本当に食べきれるつもりなの?」

「んぇ? どして~?」

「どしてじゃないだろう……どう考えても朝食の量じゃないのだ……」


 アナスタシアの朝食は……実は一番量が多い。

 クロワッサンやローストをはじめ、それとは別に複数のサンドウィッチや目玉焼きにベーコン、大盛サラダまである。

 頼んだ時も「こいつマジか」という目でキルトエが見ていたが、特に本人は気にした様子もなかった。

 再度問い詰められたアナスタシアは、口に詰めていた物をゴクッと飲み込み、笑顔で宣言する。


「食べられる時に食べるのが鉄則ってね!」

「それで太らないのはどうかしてるわよ……」

「体質の問題ってよく言われるわ」

「……つまり、もっとたくさん食べれば身長も伸びる……?」

「キリィ、貴女は横に伸びるだけだからやめといた方がいいわよ」


 その後もワイワイ会話を楽しみながら、賑やかな朝食は過ぎていく。


(……楽しい、な)


 ロミエはその様子を横目に、はむはむっとサンドウィッチを頬張りながら、胸の内で呟いた。

 きっと、こういうのが友達って言うんだ。

 一緒に話していて楽しいし、邪魔だって思うこともない。

 楽しく他愛のない話を繰り広げて、時に笑って、時に困って、時に起こって、最後に笑える関係。


(友達って、いいな。……眩しい)


 だけど私はニヒリアだ。

 数多の欠陥が残った世界を構築し、今もなおどこかで誰かが苦しんでいる。

 それらの現実から逃避して、ただの人間として生きていくにはもう遅いのだ。


(……それに、大切な友達も失った。他でもない自分の過ちと保身で)


 そんな自分に、どうして友達を得ることが許されようか?

 許されるわけが無いだろう。許したくもない。


「あれ、ロミィ? どうしたの、顔色悪いわよ?」

「……はい。ちょっと、食べすぎちゃった……みたいです」

「無理して食べなくっていいわ。……そこのキリィがどうせ食べるから」

「食べていいか!」

「は、はぃ……」

「やった!」


 「食べれば育つ……食べれば大きくなる……身長、身長……糧、糧……」とまるで呪詛のように呟くキルトエに、ロミエは苦笑いしつつ、その笑みの裏で思案する。


(……いつ、どうやったら離れられるのかな)


「———―」


 無意識に唇を噛んでしまいながら、どうしたものか……と思案するロミエ――ニヒリアであった。



──────────



「────ザッ、〜〜〜〜──だ、なぜっ、なぜ出来ん!!」


 訓練用森林に入ったアールグレイは、ダンッと近くにあった木を殴る。

 普段であればそんなことはしない彼だが、置かれた状況がゆえに気が立っているのだ。


「昨日は……昨日は調子良かっザーー、っザーーーーッザーー!!!!」


 湧き上がる憤りも、言葉も、嘆きも、独白も──そして魔術詠唱ですらも、何もかもがノイズに描き消えてしまう。

 アールグレイは日この後、新入生へ向けて魔術実演をしなくてはならないのだ。

 だからこうして、敷地内の魔術訓練用の森林の中で人知れず練習を行っていたわけだが、今やまともに会話することすら難しいくらいに、彼の口からノイズが生まれてしまう。

 そのノイズは世界の欠陥。生まれてくる人間の魂に刻まれた情報やシステムに、なんらかの破損が生じてしまっているのである。

 こればかりは、例え最強の魔法使いであっても直すことは出来ない。

 それこそ、神でもなければ不可能なのだ。


「ザ、ザーーッ!──しょう、詠唱しなければ使えぬのに……だというのに……!!」


 人は詠唱無くして魔術を行使できない。

 無詠唱で魔術を行使出来るなど、精霊でもなくば不可能なのだ。

 〈大賢伯〉が一人〈全能の魔女〉と呼ばれる魔術師ですら、魔術の行使には詠唱を省くことは出来ない。

 その詠唱が欠陥によるノイズで途切れさせてしまうアールグレイは、魔術師にとって命を絶たれるようなものなのだ。


(私は、私は完璧でなければ……魔術ぐらい出来なければならないというのに!)


 それに、今アールグレイは生徒会長代理も務めている。

 そんな中で魔術実演も出来ないなど、託してくれたリーンハルトの期待に裏切る形になってしまう。


「…………落ち着け、心を沈めろ。……私は出来る、やれるんだ」


 スーハーと深呼吸をし、心を整える。

 そして授かった御守りをクッと縋るように握って、彼は再び魔術の練習を再開するのであった。

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