【1-21.5】 それぞれの夜
「――ぐっ……⁉ な、なんだっ……この頭痛は……ッ」
ボンヤリと寮に向かっていたアールグレイは、突然頭を直接的殴られるような頭痛に襲われ、顔をしかめる。
「……疲れ、か」
(それとも、背負ったプレッシャーゆえか……)
先ほど、監査部の後輩からハラスメントともとれる奇行を受けたアールグレイだが、そんなことは記憶の外に追いやって、今は自分に課された責任の重さに耐えていた。
(生徒会長の代わりを私に……はたしてできるのか……?)
教職員や副会長にも事情は説明し、サポートしてくれるとは言われたものの、アールグレイ本人は完璧にやり切れる自信が無い。
ついさっき、後輩には「失敗しても取り返せばいい」と言ったが、アールグレイ自身に向けてはそんな甘えを許せなかった。
(完璧でなければ……。完璧に遂行しなくては……)
「……大丈夫だ、私にはできる。できなくとも、やってみせる」
そう自分に言い聞かせながら、ふと考える。
そういえば、最近は声の調子がいい。会話中にノイズが入ることも少なくなったし、自分の欠陥も良くなってきたのだろうか。
(……そうだと、良いな)
欠陥ばかりは人力でどうにかなるものではない。
だからこそ直る希望が、兆しが見えたのは素直に嬉しかった。
「……大丈夫だ。明日の魔術実演も、やり切れる」
病は気からとも言われるし、魔術も気の持ちようで変化することがある。
出来ると思えば出来るし、出来ないと思えば出来ない。
魔力の送り主が動揺してしまったら、術式や魔素もそれに応じて乱れてしまうのだ。
「……私なら、できるぞ。会長殿に御守りも頂いたのだ。完璧であれ、アールグレイ・シュメリート」
そう言い聞かせれば、すこしだけ頭痛が和らいだ気がする。
(明日のこともあるし、今日は早く寝るとしよう)
アールグレイは足早に寮へ向かう。
その手に、会長から渡された御守りを大事に握って。
――――――――――
「これは……魔道具でもないし、かと言って魔法具でもない代物ですわね……」
学生寮の一角、特別に用意された個室にて金ぴかに光を反射するカードを眺めながら、腕を組む少女がいた。
名はライラック・アシス・ツヴァイリム。
下したクリーム色の髪をクルクルと弄りながら、もう一度金色のカードを覗き込む。
「ここは魔術式……なのに、途中で変な文様が邪魔している……。それにこの文様、ステラ様の絵と似ていますわね……」
「つまり、魔法が刻まれているのですか?」
侍女であるハルヤの呟きに、ライラックは曖昧に頷く。
「……えぇ、魔法が刻まれている可能性はある……けれど、それならば魔術式も一緒に刻まれているのかが説明できない」
魔術と魔法は全く違う。
ゆえに、道具というカテゴリーが同じであっても、魔術による魔道具と、魔法による魔法具では刻まれる文字や形式がまるで異なっている。同じ道具に詰め込められるわけがないのだ。
まして、魔法文字を理解できる者は少ない。
魔術師では最上位に位置するライラックですら、読み取ることすら不可能なのだ。
「……なにか、嫌な予感がする」
「はい。一応見つかる限りは回収していますが、あまりに多くて回収しきれておりません」
「そうね……よし。ハルヤ、お願いがありますの」
「何なりと」
「王城へ行って〈大賢伯〉の皆様方への報告。それと、このカードの研究依頼をインヴィクタ研究所にいるステラ様に頼んできて欲しいのです」
「承りました。……しかし、それではライラ様の安全が……」
「大丈夫、何も問題ありませんわ。ハルヤ、妾はもう一人で戦える力がありますから」
「……ご無理はなさらぬよう、御身を第一にしてください」
「もちろんですわ。……ありがとう。それでは、頼みましたわよ」
「すぐに戻ってまいります」
そう言って、ハルヤは部屋を退出する。
「…………」
ハルヤが去った後も、ライラックは少しの間そのドアを眺めたのち、バムんとベットに倒れ込む。
(……わたしは今日も……ちゃんと演じ切れていた、かな……)
ぎゅむッと枕に顔を押し込み、枕元に置いてある本に触れ、その淵をなぞる。
「……わたしは、強い子……だよね」
そう呟いても、誰からも返事は無い。
(心細い。寂しい。――怖い)
……でも、だけれどライラックは成し遂げないといけない大義がある。
(そのための、布石は打った)
《《対象》》はその布石に気づいた様子はなかったけれど、その時が来たら分かってくれるはずだ。
「……おやすみなさい」
そう呟いても、誰からも返事は返ってこない。
(もう寝ちゃったのかな……?)
キツネの毛皮で作られたマフラーは、うんともすんとも言わずその四肢を広げたまま、ベットに広がっている。
ライラックは寂しさに目をつむりながら、毛皮ととシーツを手繰り寄せて包まった。
こういう時、決まって思い出すのは二年前の出来事だ。
曇り空に割き誇る次元の亀裂から何体もの悪魔が顕現し、母校であるミリア初等学園の生徒や教員にとり憑いていく様が。
ハルヤも重傷を負い、ライラック自身も絶体絶命に立たされそして――起こった奇跡の出来事を。
「……ニヒリア様……わたしの、救世主……」
彼女の事を……いや、あの人の事を考えているだけで、ライラックの心は安心できる。
あの方ならば、どんな苦難だって乗り越えて、明日への希望を繋いでくれるんだ。
苦しい事、寂しい事、辛い事があったって、あの御方は乗り越える勇気を、希望を与えてくださるのだ。
あの時、伝説級の魔力量を誇った悪魔を、一瞬で滅ぼしてして救ってくださったように……。
「……ニヒリア様……どうか、どうかわたしを認めてください……」
そしてわたしを救ってほしい。口下手なわたしを、魔術しか使えないわたしを、背負わされた大義という責任から救ってください。
貴女様なら出来るはず。
(だって貴女様は、この世界の創世神だから)
――――――――――
(……いよいよ明日……か)
寮の自室、ベットに寝そべり天井を見上げながら思案する男子生徒がいた。
(にしても、やっぱコッチが本命なんだな)
チラリと窓の外を見る。
消灯時間を過ぎたため、隣の寮棟に光は見えない。
もちろん、そんな時間帯に外をほっつき歩く人物は居ないだろう。
しかし、彼は視線を感じていた。いや、見られている、監視されているという自覚があった。
(ま、ちゃーんと、今度はやりますよーっと)
昨日の魔道具暴走事故。本来ならばもっと大事になるはずだったのだ。
連携に失敗してしまったからか、彼が用意した魔道具しか発動しなかった為、機を逃してしまったのである。
だからこそ、《《明日》》は失敗しない。失敗できない。
念の為、確実に《《殺すため》》に二重の計画にしておいて良かった。
下準備はほぼ完了。多少回収されたが計画に支障はない。あとは《《その時》》が来るのを待つだけでいいんだ。
そうすれば、その時が来れば、彼は妹の仇を取れるのだ。
(…………殺ってやる)
もう引き返せない。
その濃い緑色の瞳に殺意の光を宿して、彼は進むしかないのだ。
(……ただ、心残りがあるとしたら)
この日のため、この計画を実行するために色んな準備をしたし、心残りが無いように人との関係を最小限にしてきた。
《《触媒》》にしてしまう監査長に同情して、申し訳なさで頭を掻きむしりたくなるが、そんな情すら押し潰して、この計画に同意したのだ。
(情は抱かねぇようにしたのによ……)
思い浮かべたのは、今日監査部に入ってきた小柄な生徒。
気弱そうなその女子生徒は、昨日意地悪な令嬢に階段から落とされそうになっていて、咄嗟に助けてしまったのだ。
(……あの子は、生かしてやるか)
「……はっ」
情は押し潰したつもりなのにな……と自嘲の笑みを浮かべる。
だが既に計画は進んでいる。役者も揃ったし、触媒の仕込みも終えた。
(ゆるさねぇ)
許すものか、許してやるものか。絶対に殺す殺してやる。奴は俺の妹を、唯一の家族を殺したんだから。
その為なら、それを成し遂げることが出来るのであれば自分の命なんて要らない。その結果、この国が滅んでしまったって構わない。
────計画は、狼煙を上げたばかりである。




