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【1-20】 後輩の奇行

 時は少し遡る。


 生徒会事務室にて、新しく監査部に入る新入生を案内したのち、アールグレイはリーンハルトに頼まれていた物を探すべく、校内を捜索していた。


(黄金のカード……か。しかし、なぜそんなものを会長は探しているのだろうか……?)


 まあいい。会長直々に頼まれたのだから、しっかりとやり遂げなければなるまい。

 「黄金のカード」というのがよく分からないが、会長が言うには手の平に収まる程度の物らしい。


(窓際の物陰にある……らしいが)


「……む、これか?」


 階段の折り返しフロアの隅に、キラリと反射する黄金のカードが落ちていた。

 「黄金のカード」と言っても純金製ではないらしい。紙のように薄いが、折り曲げようと思っても見た目以上に頑丈らしくビクともしない。

 しかし、それをよく目を凝らして見ると、薄く文字のような……いや、文様のようなものが彫られている。


「……これは、魔術ザ――っザッ……」


(またこれか……!)


 自身の口から発されたノイズのような音に、アールグレイはギリリと奥歯を噛み締める。

 この現象はアールグレイが生まれつき持っている障害で、言葉の途中で変なノイズが入ってしまうのだ。

 それはいわゆる世界の欠陥の一つであり、アールグレイ・シュメリートはその欠陥を身に宿してしまった、いわゆる「欠陥持ち」の人間である。


(今日は調子が良いと、思っていたのだがな……)


 幸いにも、事情を聴かされていないあの新入生たちの前で発症しなくて良かった。

 言葉の途中にノイズ音が入るのは、聞く側も言う側もいい気分がしない。

 それどろか、欠陥持ちだと知れば変な気遣いをさせてしまうだろう。


(……それだけは、ダメだ)


 私は完璧にならなくてはいけない。そのために、この欠陥を言い訳にしてはダメなのだ――。

 

「……あ、あー……。はァ……戻ったな」

「アール、調子が悪いのかい?」

「か、会長!?」


 喉慣らしをしていると、後ろからリーンハルトの声が聞こえ慌てて振り返る。


「見苦しいところを見せてしまい――」

「気にしなくっていいよ。欠陥ばっかりは、我々にはどうしようもないのだからね」


 頭を下げようとするアールグレイを、リーンハルトは「だからアールが謝る必要は無いんだよ?」と優しく宥めてくれる。


(なんと、お優しい……)


 この人はアールグレイが心の中で願っている事を言ってくれる。逃げていいんだと。それは仕方がないんだと。君はよくやっているんだと。

 それが心の底から嬉しく思うし、自分もこんな風に他人を安心させられるような、喜ばせられるような人になりたいと思う。


(だが、その優しさに頼っていては、私は完璧な人間になれない……!)


 アールグレイは再び頭を(うやうや)しく下げ、精一杯の誠意を伝える。


「……私には勿体ないお言葉です」

「そうかい。フフッ、やはり君は真面目だね。そこで、もう1つアールに頼みがあるのだけど……もう見つけたのかい?」


 アールグレイの持つ「黄金のカード」を見て、リーンハルトは目を見開いた。


「は、はい。ちょうどここで発見した次第です」

「フフッ、やはり君はいつでも私の期待に答えてくれるね」


 素直に褒められてしまい、何だか口端がもぞもぞしそうになったので、アールグレイは慌てて話題を変える。


「あの、会長……このカードはいったい何なのです?」

「ん? ああこれはね、おそらく魔道具の一種……だと思われる」


 珍しく歯切れの悪い言葉に、アールグレイは少し首を傾げた。


「魔道具の一種……ですか?」

「うん、〈叡智の家系〉のアールでも異質に見えるのかい?」

「は、はい。……魔術にしては穴が多いうえに、不規則な文様が描かれております」


「黄金のカード」には魔術式が刻まれているが、どれも不規則な文様が間に挟まっており、魔力を流しても発動しない。

 魔道具としての回路が途切れているのだ。

 そのことを説明すると、リーンハルトは「やっぱりか」としみじみ頷いた。


「どうやら我々も知らない技術で作られた物らしい。だから、これからインヴィクタ研究所に持っていくことになったんだ」

「ここでは、アリストリア魔術師団ではダメなのですか?」

「うん。どうやら裏の事情があるらしくってね」


 裏の事情……となると、他国が関係しているのか?

 であれば、早急に調査しなければ――とアールグレイが進言しようとしていると、リーンハルトはめんどくさそうに肩を上下させる。


「そういうわけだから、私は少し学園を離れる。生徒会業務のことはアール、君に任せてもいいかな?」

「わ、私がですか⁉ ふ、副会長でもなければただの監査長である私に……?」


 監査長という肩書を持っていたとしても、行える権限自体は生徒会の中の一部分でしかない。

 まして、リーンハルトと同じ第四学年の副会長がいるというのに、なぜわざわざ三年生であるアールグレイに任せるのだろうか……?

 アールグレイが驚きつつも(いぶか)しんでいると、ポンとその肩にリーンハルトが手を置いた。


「まあまあ。……この際伝えておこうか、私は来年の生徒会長にアール、君を推薦しようと思っている」

「……えっ⁉」


 会長はそこまで私を評価して下っているのか⁉

 アールグレイが目を見開き口をパクパクとさせていると、リーンハルトはなんとも微妙な笑みを浮かべる。


「それに、ほら……今の副会長は性格が……ね? ちょっと……あれだから」


 これまた濁したような言葉に、アールグレイも何度か瞬きして冷静になる。


「…………我が姉が迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「まあまあ、君が謝ることじゃないって。……そういう事だからさ、私の留守中はアールに任せてもよいだろうか?」

「……ハッ! このアールグレイ・シュメリート。この身の全身全霊を尽くして務めます!」

「気負い過ぎなくて良いからね。――生徒会監査長、そして〈叡智の家系〉アールグレイ・シュメリート。期待しているよ」

「ハッ、その期待に応えて御覧に入れましょう!」

「よろしく頼むよ」


 そう言って、去っていくリーンハルトを見送っていると。


「あ、そうだった。忘れるところだった」


 何か思い出したように踵を返して戻ってきた。


「何か、忘れ物ですか?」

「ああ、君にこれを渡しておこうと思ってね」


 そう言ってリーンハルトは、手の平ほどの大きさの小包みのような物をアールグレイに渡した。

 なにやら文様が刺繍されていて……これはおそらくリーンハルトの家、シュテルンリッター公爵家の家紋が描かれている。


「こ、これは御守り……と言われる物でしょうか?」

「さすがは〈叡智の家系〉だね。そう、これは東の海の果てにある島国、竜と住まう民達のおまじないみたいなものだね」

「は、はい。しかし、なぜこれを私に……?」

「私は君に期待している。だけれど、その期待に伸し掛かる重責は途轍もなく重く、苦しいものだ。この御守りは、それを背負わせる君に向けた少しばかりの応援だと思ってくれ」

「……‼」


 正直に言って、リーンハルトの代わりになるなんて、今のアールグレイには荷が重すぎると感じていた。

 生徒会は多忙な上に、このアリストリア高等魔術学園の全てを取り仕切る責任が課せられている。

 だが、リーンハルトはそれが分かった上で未熟なアールグレイに任せ、その上で〈御守り〉という拠り所を授けてくださったのだ。


「有難く頂戴いたします!」

「うん。任せたよ」


 胸に込み上げてくる喜びを噛み締めながら、渡された御守りを肌身離さず持っておこうと、大事にしようとアールグレイは決心した。



―――――――――



 夕刻、生徒会室での業務引継ぎや、教職員への連絡と魔道具事故の情報共有を終えた頃には、すっかり日が落ちてしまっていた。

 誰もいない真っ暗な校舎を、アールグレイはランタンを片手に各教室の戸締りをする。

 基本的に最後に使った人物が閉めるようになっているのだが、徹底され切っていないのもまた事実で、この戸締り確認は監査長であるアールグレイにとっての日課である。

 

(そういえば、あの二人はちゃんと出来ていただろうか)


 今日新しく監査部に入った新入生の二人。インサイト男爵家のキルトエ・クルハンス嬢と、ハルベリィ家のロミエ・ハルベリィ嬢。

 二人とも成績が抜群によく、特に実技に秀でたのがキルトエ・クルハンスで、座学に秀でたのがロミエ・ハルベリィだ。

 ハルベリィ嬢はともかくとして、あのキルトエ・クルハンスという人間はどうも心配だ……。

 そんな風に想いながら、最後に生徒会事務室へ戻ってきたアールグレイは、薄暗い部屋に灯る一つの光源を見つけて、顔をしかめた。


「そこにだれかいるのか?」


 もう閉めるぞ――と言うも、何の反応も返ってこない。


(消し忘れか?)


 まったく、火事にでもなったらどうするのだ……。

 アールグレイは溜息をつくのを堪えて、その光源の元に向かい――


「……貴様は」


 手元を照らせるほどのささやかなロウソクの灯火の元、黙々と事務作業を行う女子生徒、ロミエ・ハルベリィを見つけたのだ。

 少し驚きながら、アールグレイは冷静に声をかける。


「ハルベリィ嬢、もう戸締りの時間だ。続きはまた明日やればいい」

「———―」


 だが、ロミエは反応する様子が無い。ただ淡々と丸付けをしては得点を記入し続けている。

 

「……ロミエ・ハルベリィ、聞こえんのか!」

「———―」


 少し語彙を強くしても気づいた様子はない。

 こうなれば肩をゆするか? ……いやいや、事態が事態とは言え、女性に勝手に触れるのは紳士としてどうなんだ――?

 そう密かにアールグレイが思案してると――おもむろに、ロミエが動いた。


「……んんっ」


 寝ぼけたような声を出し、とろーんと垂れた瞳をパチクリとさせ、顔を持ちあがらせた。

 そして、すぐ近くに立っていたアールグレイの元に顔を持っていき。


「――スンスン……えへ、いいかおりぃ……」


 その顔をあろうことか彼の股下……いや、太もも辺りに鼻をひくつかせながら押し付けたのだ。


(…………は?)


 アールグレイは理想とする完璧な人間になるため、常に冷静であろうと心掛けている。

 ゆえに、並大抵のハプニングでなければ動揺することは無いのだが……突然の理解不能な予想だにしていなかった行動に、彼の頭は真っ白になる。


「………………何を、している?」

「……はぇ?」


 見上げたロミエは、未だトロけた瞳をパチパチさせ、ぼんやりとアールグレイを見上げたと思ったら――薄暗い闇夜でもハッキリ分かるくらいサアっと青ざめた。


「……あ……あ、あっああっ……しっ、しゅしゅっしゅ、シュメリートきゃんさちょぉ⁉」


 どこから何を言えば良いんだろう……。

 胸の内をグルグルと渦巻く感情に歯を食いしばりながら、その濁流を堪える様にアールグレイは大きく溜息をついたのであった。

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