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【1-19】 積み重なった書類は、まるで摩天楼のよう

「こ、これ……って……」

「ほう、監査の仕事は紙遊びか! にしても積み重ねるだけとは味気ない。(ワレ)ならばもっと楽しい遊び方の一つや二つ生み出せるぞ!」

「はァ……遊び道具ではない。これから貴様が処理する答案資料だ」

「……えっと、これ……ですか」

「ああ。あとこれとこれと……これもだな」


 そう言って、アールグレイは背丈ほどに積み重なった答案用紙のタワーを示していく。

 傍から見れば、その書類の積み重なった束はまさに摩天楼であった。


(こ、これ全部……⁉)


 ロミエは目を見開いて唖然とする。



 生徒会事務室に設置された全ての机に、摩天楼の如く答案用紙が積み重なっているのだ。



「なんなんだここは……今どきの貿易商でも見ないのだぞ……」


 冗談を言っていたキルトエも素に戻ったらしく、積み重なった書類を見上げて茫然としている。


 遡ること数刻前、生徒会室にて正式に監査に任命されたキルトエを引き連れ、隣の生徒会事務室にやってきた。

 ちなみに、ショルトメルニーャとアナスタシアは生徒会員ではないので、入り口からチラリと中を見ただけだが……積み重なった書類の束を見て、ぎこちない笑みを浮かべて帰っていった。

 ……賢明な判断だと思う。


 生徒会事務室には庶務、会計、監査の三つの部門に分かれて向かい合わせのデスクが置かれていた。

 窓際に〈部門長〉と書かれたデスクがあるようだけれど、積み重なった用紙のせいで隠れている。

 そんな職場を見せられたロミエは、恐る恐る右手をあげた。


「……あ、あのう……シュメリート様……」

「なんだ」

「この書類を全部やる……です、か?」

「……ああ」

「終わるわけないのだ!」

「……終わらせるんだ」


 アールグレイの絞り出したような声に、キルトエは「無理無理無理無理!!」と千切れるんじゃないかという勢いで首を振る。


(さ、さすがに今日中じゃ……ないよね……)


 救いを求めるようにアールグレイを見上げると、意図を組んだらしくコクリと頷いた。


「もちろん、今日中にではない。期限までに終われば問題ない」

「……えっと、いつまで……ですか?」

「二週間以内だ。その後は、試験が始まるまでは雑務がほとんどになる」


 聞けば、こんな摩天楼みたいに積み重なってしまうのは試験後だけらしい。

 それ以外の期間は庶務や会計で処理された事務資料の内容に間違いが無いかの検視作業がほとんどで、あとは校内の見回りや戸締りくらいなそうだ。

 アールグレイは諸々の事務手順を説明し、ロミエ達を席に座らせる。


「今日は初日だからあまり気負わなくていい。多少採点ミスがあっても気にするな」

「は、はいっ」

「帰ったらダメか?」

「ダメに決まっているだろう……! はァ……私は、別要があって席を離れる。何かあれば他の監査部員に聞け」


 そういって、アールグレイは生徒会事務室を去ってしまった。


「……ロミエロミエ」


 キルトエが「ちょいちょい」と肩を突いてくる。


「は、はい……?」

「帰ろう」


 何を言うかと思えば……。

 ロミエが「だ、ダメっ、です!」と首を横に振るうも、キルトエの表情は真剣そのものである。


「だって絶対終わるわけないのだ! 今、今ならまだ間に合う。一緒に逃げるのだー!」

「え、ええっとぉ……あ、あのっ……し、静かにしてくださいぃぃ……」


 ワアワアと喚くキルトエの声は、黙々と作業が行われる事務室によく響いた。

 目立つことこの上ない……もし書類の壁が無かったら、今頃冷ややかな視線が刺さっていたに違いない。

 いや、騒がしくしすぎて誰かが注意するんじゃないだろうか……。


(そ、それこそシュメリート様が戻ってきたりしたら……)


 怒鳴る――ことはないと思うけど、あのキリリとした目で睨まれるに違いない。

 キョロキョロと周りを伺っていると――こちらに近づいてくる人物と目が合った。


(……あ、あの人って……)


 薄緑色の髪をした男子生徒だ。制服の刺繍は二年生。この人物にロミエは見覚えがあった。


「お、ハルベリィさんじゃんか! 昨日ぶり!」

「……えっと、ランツ様……き、昨日はありがとう、ございました」


 マイト・ランツ。

 昨日会った監査の先輩で、ロミエが伯爵令嬢のミテック・シナモールに詰め寄られて階段から落下しかけたところを助けてくれた人物だ。

 その後も、魔道具暴走事故の調査に協力してくれたり、ライラックに絡まれるロミエに同情して、助け舟を出そうとしてくれたりと、何かと縁がある。

 ロミエが深々と頭を下げようとすると、マイトは焦ったように「待って待って」と制止する。


「俺の失敗で巻き込んじゃったんだからさ、顔上げてくれって!」

「ロミエ、こいつは知り合いなのか?」

「き、キルトエさん……こ、この人は監査の先輩で……」

「おう、二年生のマイト・ランツだ」

「我が名は――」

「え、えっと……! この子はキルトエ・クルハンス様……わたしと同室の人……でふっ!」


 キルトエがこれまた大きな声で名乗ろうとしたので、ロミエは咄嗟に間に割り込む。しかし、いきなり声を出したせいでまた噛んでしまった。

 ああ、そういえばお腹に力を入れないと噛みやすいんだ……。


(せっかく出来てたのに忘れるなんて……)


 密かに項垂れていると、マイトとキルトエは気が合ったのかワイワイと会話を始める。


「クルハンスさんな、よろしく! んで、事務仕事が嫌なんだって?」

「もちろんなのだ。こんな地味な作業、誰も好き好んでやるわけがない!」

「わかる、わかるぜその気持ち……だけどな……、もう入った時点で逃げられねぇんだ。腹くくってやるしかない……」

「そ、そんな……! いや、いざとなったら放棄してしまえばいいのか!」

「あーそれなぁ……寮に届けられるぞ」

「……なっ⁉」

「……この事務室は門限までしか使えないけど、寮の部屋の中でなら門限なんて存在しない。消灯時間なんて関係なく、終わるまでやらないといけなくなる……」

「なん……だと……」

「だから無理は言わない。ここで大人しく作業した方が賢明だぜ。勿論、先輩として手伝ってやっからよ!」

「ぐ……ぐぬぬ……やるしか、やるしかないのだ……」


 どうやら話はまとまったらしい。

 あれだけ嫌がっていたキルトエを丸め込めるなんて! と密かに感心しながら、ロミエはロミエで目の前の用紙と向き合う。 

 始めに手に取った紙の束は、魔術に関する試験問題らしい。そういえば、入学前の試験でやった記憶がある。


(あ、そうだ。どこかの問題が間違ってたやつだっけ)


 ロミエは魔術を使えない――いや、使わないようにしているだけで、その知識や法則は完璧に記憶している。

 というか、世界の理すら捻じ曲げられる〈魔法〉を構築するより、法則に則って単純に数式計算のみで組み上げられている〈魔術〉の方が簡単だ。


(うーん、魔術基礎かぁ……)


 新入生に向けた試験だから出題も基礎の基礎の内容だし、答えも単純だから採点作業は必然的に単調になる。


「――♪――♪」


 だけれど、ロミエは単純作業が好きだ。

 時間をかければかけるほど、頑張れば頑張るほど量は進んでいくし、単純だから失敗を恐れる必要もない。


 正解と答案を確認して、点数を割り出したら名簿に得点を記入したら処理済みの箱に入れて――また 正解と答案を確認して、点数を割り出したら名簿に得点を記入したら処理済みの箱に入れて――


「――――――。」


 次第にロミエは、その神経の全てを正面の書類に向け、周りを一切気にすることなく、黙々と事務処理にふけっていった。

 それこそ、声をかけたり揺さぶったりしても反応が無くなるくらいに――。



――――――――――



(答え合わせして点数割り出して名簿に記入して、答え合わせして点数割り出して名簿に記入して、答え合わせして点数割り出して名簿に記入して――)


 ロミエはただひたすらに、黙々と書類と向き合い続けた。

 他の席にはもう誰もいない。

 それどころか、陽が沈み薄暗くなったこの生徒会事務室を照らす光源は、ロミエの席に置いてある一本のロウソクのみである。

 ロウソク程度の光では手元の文字すら見ずらいのに、それも意識の外にやってロミエは作業に没頭し続けていた。


(答え合わせして点数割り出して名簿に記入して、答え合わせして点数割り出して名簿に記入――スンスン……して、答え合わせして点数割り出して……スンスン、いいにおぃ……名簿に、きにゅう……甘ぁい香り……スンスン……)


 没頭し続けていたロミエの鼻孔を、甘くくすぐる香りが突く。

 それに吸い寄せられるように、すーっと顔を寄せていくと――


「――?」


 コツン、と壁に当たった。なにやら布が掛けてあるらしく、そこから包み込むような甘い香りが漂ってくる。


「……んんっ――スンスン……えへ、いいかおりぃ……」


 この香りは金木犀だろうか? それにしても良い香りで、夢中になっていると――。


「………………何を、している?」


 困惑した様子の低い声が、ロミエの頭上から聞こえた。


「……はぇ?」


 なに、ごと? と壁から顔を離して、ぼんやりとその壁を見上げた。

 そして、暗がりに佇んでいる人物の深い紫色の瞳を捉えたん瞬間、ロミエは何をしでかしたのか理解したのだ。


「……あ……あ、あっああっ……」


 漂ってくる香水の香りにつられて、あろうことか彼の股関節か太もも辺りに頬擦りしてしまったのだ。

 その人物は紫がかった銀髪が左目を隠すように肩の辺りまで垂れていて、露わになっている深い紫色の右目は怪訝そうにひそめられている。


「しっ、しゅしゅっしゅ、シュメリートきゃんさちょぉ⁉!?!?」


 妙な奇声をあげるロミエに、生徒会監査長アールグレイ・シュメリートは眉間にシワを寄せ、今日一番の溜息をついたのだった。

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