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【1-18】 ワレ誘拐されそう!

 ロミエは肩を上げて縮こまりながら、チラチラと周囲の状況を俯瞰して体をびくつかせていた。


(な、なんか大変なことになってるぅぅ……)


 キルトエが逃げないように三人で掴んで抱えて、生徒会室まで歩いている状況。それはもう目立ってしまうわけで……。


 キルトエを連行する周囲には、まあまあな規模の人だかりができていた。

 その中を縫うように、アールグレイが先導する形で進んでいく。


「通行の妨げになってしまい申し訳ない。諸事情あって連行している」

「た、助けてー! 誰かー! 誘拐っ! (ワレ)誘拐されそう!」

「ちょっとキリィ! 嫌なのは分かったけど、それならちゃんと生徒会長に言いなさいよ」

「ショルたんは知らないのだ! ここの生徒会長は気に入って推薦したヤツを絶対逃がさないことで有名なのだ!」

「……貴様を推薦したのは私だ」

「推薦したならもっと自信持った顔で言ってほしい!?」


 苦虫を嚙み潰したような顔で「しまったな……」と呟くアールグレイに、キルトエが不満そうな声をあげる。

 そんな様子にロミエは苦笑いしながら、自分を推薦したのは誰だろう――と思案して、すぐに結論が出た。


(やっぱり、あの生徒会長なのかな……)


 生徒会長リーンハルトの笑顔で「期待しているよ」と送り出された情景を思い浮かべながら、密かに唇をかみしめる。

 期待されるのは嫌だし、責任も負いたくない。だけれど、一度期待されたら裏切るのは嫌だ。その責任から逃れたくなくない。


(……そうしていつか、破綻する)


 かつてのニヒリアも身の丈に合わない試練を背負ったことによって、結果全ての期待を裏切ってしまったのだ。

 いつか、《《ロミエ》》もそんな時が来るだろう。その時は……いや、その時までには覚悟を決めておかないといけない。


(……それに、私の正体が……魔法を使うことがバレたら、ニヒリアって勘付かれる……)


 その時こそ、本当に破滅の時だ――。


 そろそろロミエの口の中に血の味が滲み始めた頃、これまた周囲をキョロキョロしていたキルトエが、ぱあっと目を輝かせた。


「あ! シア! アナスタシアー! 助けて! (ワレ)が誘拐されそう!」

「はァ……まったく、少しは黙らんか……」

「シア、キリィの言葉は気にしないでね」

「え、ええっと……?」


 キルトエの声を聞いてやってきた彼女は、一人の少女を抱え込むようにする集団と遭遇して、何度か瞬きする。


(あ、この人は……朝に寮で会った人だ)


 朝は爆発したような髪形をしていたが、今はパツパツパサパサした赤髪をポニーテールに纏め、金色の大きな瞳などから、快活そうな雰囲気を感じさせる

 ……けれどキルトエとは違って、とても落ち着いているらしい。


「……あ~、なるほど……?」


 アナスタシアはショルトメルニーャの言葉を聞き、察したように腕を組んだ。


「キルトエちゃん、またやらかしたの? それと……そこの人は……?」

「私はアールグレイ・シュメリート。この娘の上司で、逃亡しようとしたから捕まえている。……失礼ですがお名前を伺っても?」

「あたしはアナスタシア・ノルケン。一応この子のルームメイトなんだけど……なにから逃げてるんですか?」

「……し、仕事……から?」


 ロミエの言葉に、アナスタシアと名乗った彼女は「なるほど」と手を叩く。


「仕事から逃亡……つまり、職前逃亡ってわけね……」

「へえ、なかなか上手い言葉選びね」


 「言い当て妙ね」とショルトメルニーャが素直に感心し、「でしょでしょ?」とアナスタシアは満足げだ。

 そんなアナスタシアに、キルトエは縋るように身を乗り出す。


「た、助けてくれっ! 我は何も悪くない! ただ、悠々自適な学園生活を送りたいだけなのだーー!」

「ちょっとまて、それでは我が生徒会にいたらそれが出来ないとでも言いたいのか!?」

「事実だ! (ワレ)は知っているぞ! ここの生徒会がとんでもなくブラックだって!」


 初耳だ。

 これには一同黙り込む。


「そ、そんなにっ、生徒会は……忙しいん、です、か……?」


 恐る恐る手を上げると、アールグレイは気まずそうに目を逸らした。


「……そうならんために、現生徒会は貴女方を招集したのだ」

「は、はあ……」


(そういえば、会長もそんなこと言ってた気がする……)


 なんでも生徒数が莫大で教員も師団の仕事が忙しいから、生徒会は何でも屋のように働いている――だったっけ。

 確かに仕事量は多そうだけど、雑用をするだけなら変な責任や期待もされないだろう。最低限、やれる仕事をこなせばいいだけだから。


(昨日は……うん、魔道具事故の犯人に疑われていたんだろうな)


 ともあれ解決したのだから、まだ新入生のロミエにはそう大きな仕事は任されないだろう。

 そう考えると幾分か気楽になったロミエとは対照的に、キルトエは「ひどいひどい!」と腕をぶんぶん振る。


「横暴だー! 強制労働反対! こんな新入生を働かせようだなんて酷いのだー!」

「ひど……いかもしれんが、貴様は入学前に取り決めていたはずだ。既に決定事項だから従ってもらおう」

「いーやーだー!」

「く、クルハンス様……」

「友達だろう? 名前で呼んでくれ!」

「は、はあ……」


(なんでこうも距離が近いんだろう……。)


 ロミエは曖昧に笑って続ける。


「えっと、その……キルトエ……さん。わ、わたしも監査、なので……頑張り、まひょうっ」

「……噛んだ?」

「……ひぃん」


 元気づけようと思ったのに肝心なところで噛むだなんて!

 恥ずかしい。涙が出てしまいそう……。

 「うぅぅ……」と両手で顔を覆ってしまうロミエ。

 そんな様子に、キルトエはぷっと噴き出して「あっははっ!」と笑う。


「……ふん、しょーがないなー。ロミエがそう言うなら、生徒会とやら、やってやらんでもない!」


 そう言ってふんぞり返るキルトエに、群衆の中から声をかける人物が現れた。


「随分と自信満々だね」


 その余裕のあり、芯のこもった声音。

 振り返ると、亜麻色の髪をした男子生徒がにこやかな笑みを浮かべて腕を組んでいる。


「「か、会長!?」」


 その人物を知る者、生徒会であるロミエとアールグレイは揃って声をあげた。

 そう、そこに居たのは生徒会長リーンハルト・マークハリスその人である。

 「あわあわ」と困惑するロミエや、「え、この人って……!」「あ、入学式の!」と驚く二人を置き去って、アールグレイは深々と頭を下げる。


「騒ぎ立ててしまい、申し訳ありません。こちらのキリトエ・クルハンス嬢がなかなか同行しないゆえ……」

「そんなに反省しなくてもいいよ。多少強引にでも連れてきてと言ったのは私だからね。それで――」


 スタスタと、自然な足取りでキルトエを囲う輪の中に入ってくる。

 そして、一度(ひとたび)直視されれば恋に落ちてしまうような、そんな魅惑的で誘惑的な笑みを浮かべて、キルトエの手を取り、優しく包み込む。


「今一度お願いしようか、キルトエ・クル――」

「謹んでお受けいたします」

「「「…………」」」


 キルトエの変わり身の早さにリーンハルトを含め、全員絶句するしかないのであった。

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