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【1-17】 怠惰志望のルームメイト

「探したぞ。キルトエ・クルハンス嬢」


 いい香りがする……と思って見たら、そこには長身の男子生徒が立っていた。

 そして何故か、黒髪の少女はロミエを盾にしながら悲鳴をあげる。


「いやあああああ!!」

「みっともない声を出すんじゃない……! はァ、全く……さっさと行くぞ。会長が待っていらっしゃる」

「嫌だ! 嫌だっ! ぜぇったい入らないのだあ!」

「入学前から決めていただろう……!」


(な、何のはなしぃ……⁉)


 ロミエを挟んで、黒髪の少女キルトエ・インサイト・クルハンスと、紫がかった銀髪の男子生徒がやいのやいの言い争いをしている。

 ……言い争いというか、キルトエが駄々を捏ねているだけのようにも見えるけど。

 見かねたショルトメルニーャが間に割って入る。


「ね、ねぇ。いったいどういう状況なのかしら? 色々事情はあるんでしょうけれど……キリィがこんなに嫌そうにするのは、何か理由があるのではなくって?」

「ショルたん……!」

「……(わたくし)達のルームメイトが迷惑をかけたのならば、代わって謝罪いたしますわ」

「ショルたん⁉」


 信じてたのに! と、キルトエは信じられない物を見るような顔でショルトメルニーャを向くが、向けられた本人は気にしてない様子で正面の男子生徒に向き直っている。

 男子生徒は何度か瞬きし、頭を下げた。


「ああ、すまない。私の名はアールグレイ・シュメリート。こちらが巻き込んでしまったのだ、誤るのは私の方であろう」


 胸に手を当てて頭を下げるその所作は、まさに研ぎ澄まされていた。手足をばたつかせて駄々を()ねるキルトエとは大違いだ。

 きっと、このアールグレイ・シュメリートという人物は有力貴族の跡取りなんだろう。そうロミエに思わせるくらい、紳士的な雰囲気を感じ取らせてくれる人物だ。

 その彼から謝辞を受けられた側のショルトメルニーャも、貴族階級を思わせる淑女的なお辞儀で返した。


「いいえ、お気になさらず。(わたくし)はショルトメルニーャ・ハーマ。キルトエともう一人、このロミィと同室ですの」

「ロミィ……?」

「…………へ?」


 (ショルトメルニーャさんも貴族なのかな……?)と考察していたところに、サッと、アールグレイ・シュメリートと名乗った男子生徒の視線が向けられる。

 全く予期していなかったので、ピッと体が強張ってしまった。


「失礼、お名前をお聞かせ願えないだろうか」

「ぇ……あ……そのっ、ろっ、ロミエ・ハルベリィ……でしゅ」


(噛んだ!)


 あ、あれっどうして? 昨日はちょっとずつ噛まないようになっていたのに!

 頭を抱えたくなる気持ちを抑え、どうにか顔を下げる程度に抑えられた。そんなロミエに、アールグレイは軽く右目を見開く。


「ロミエ・ハルベリィ……そうだ、確か生徒会監査に選ばれているのではなかったか?」


(え、え……なんで知ってるの……?)


 昨日の今日だし、まだ周知もされていないはずなのに……。

 ロミエは「なんでだろう……」と目をパチパチさせつつも、コクンとかぶりを振る。


「……は、はい……昨日、生徒会長に……任命、されました」

「えぇ⁉ ロミエも生徒会監査になったのか⁉」


 これに反応したのはキルトエである。

 肩から顔を出して、驚いた様子でまじまじとロミエを覗き込んできた。


(……あれ?)


 ロミエはぎこちなく頷きつつ疑問を口にした。


「は、はいっ……あのぅ「ロミエも」っていうのは……」

「あ、いや違う。ロミエは生徒会監査になったのだな! 頑張れ!」

「頑張れじゃない、貴様も頑張るのだキルトエ・クルハンス!」


 低く響く声を向けられ、ロミエは思わずビクリと肩を震わせる。


「いやだー‼」


 しかし、向けられた当事者であるキルトエは再びロミエを盾にして、ブンブンブンブンッとしきりに首を振るった。


「絶対、ぜぇぇったい生徒会には入らないのだー!!」

「……はァ……まったく。……まあいい」


 アールグレイは呆れたような溜息をついたのち、今度はロミエをしっかりと見据えた。


「改めて、私は三年のアールグレイ・シュメリート。本学園の生徒会監査長を拝命している。」

「……へ」


(えっ……この人が会長の言ってた、生徒会監査長……!?)


 たしか生徒会長が「厳しいやつだけど、それなりに親切で誠実なやつだから。《《ちゃんとしていれば》》、何も言われないよ」と言っていた人物だ。


(た、たしかに目つき怖いし厳しそう……)


 だが同時に、今のやり取りでとても紳士的な人物であるというのはわかった。《《ちゃんとしていれば》》何か言われることも無いだろう。


(……ちゃんと出来るかな……。(スンスン)……あ、いい香り……)


 ロミエは出来損ないな自分自身に不安になりつつも、気が付けば(ただよ)ってくる香水の香りに心酔してしまった。

 そうして密かにふけっていると。


「挨拶が遅れて申し訳ない……。ただ、とりあえずこの娘を生徒会室に運ぶのを手伝ってもらえないだろうか」

「け、けどキリィ……キルトエは嫌そうにしてますのよ? 強引に連れて行くのが紳士の行動でして?」

「……(コクコク)」


 ショルトメルニーャの言葉にロミエも「うんうん」と頷く。

 キルトエが人目も(はばか)らず、まるで子供のように駄々を()ねてまで嫌がっているのだ。

 そんな彼女を強引に連れていくのは、流石に気が引けるし可哀そう。


(けど、こんなに嫌がる理由はなんなんだろう……?)


 そんな疑問を抱くロミエをよそに、アールグレイは少し顔を険しくする。


「……それには反論できん。だが、既に取り決められた事なのだ。そうだろう、キルトエ・クルハンス嬢」

「嫌だー! 仕事なんてしたくなーい! 適当に毎日ぶらぶらしてお昼寝して食っちゃ眠ってらくーに自堕落な生活がしたいのだー! 労働反対! 食っちゃ寝バンザイ! 仕事なんかやりたくなのだー!!」

「「「……」」」


 その一言で、三人に沈黙が走り互いに見合わせた。

 紳士的なアールグレイ。淑女さと気品を備えたショルトメルニーャ。性根が真面目なロミエ。

 この場にいる三人の思ったことは、どうやら同じらしい。


「……頼めるか」

「怠惰なルームメイトを更生させるためならば、喜んで手を貸しますわ」

「じ、自堕落なのは……ちょっと……」

「ちょ、ちょっとォ!? ショルたん? ロミエ? 裏切るのか!?」

「はいはい行くわよ」

「助かる」

「そんなーーっ!?」


 キルトエの悲痛な叫びが廊下に響く。

 しかしそれも仕方ない――と、ロミエは苦笑いを浮かべた。


(任された責任から逃げて、自堕落にするのは……うん……ダメだと思う)


 ニヒリアだって責任や期待を裏切ってしまったし、極力責任や期待を背負わないように生きてきたわけだが、それでも一度背負った役目から自ら逃げたことはない。

 ……まあ、結果は散々だったけれど。


(可哀そう……だけど、うん。人間は失敗しても成長できるから、この人もきっと大丈夫……だよね)


 ロミエはキルトエの腕を掴み、離れないように縋った。


「なっ!? 離せ離すのだロミエ!」

「ご、ごめんなさいぃ……!」

「いいわよロミィ! そのまま押さえてて!」

「協力感謝する。生徒会室まで行くぞ!」

「たーすーけーてー!」


 ともあれ、意思を統一した三人は暴れるキルトエを押さえ抱えて、生徒会室に向かったのであった。

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