【1-15】 朝起きたら目の前に──
第一章後半──生徒会へようこそ──
翌日。
ビクビクと縮こまりながら校舎を歩く、黒っぽい灰色の髪の女子生徒がいた。
彼女はなるだけ目立たないように廊下の隅っこに張り付き、オドオドしながら歩いている。
(うぅ……人がいっぱいいる……けど、外に行ったら磔にされたニヒリアの像が置いてあるしぃ……)
少女はこの世界の創世神ニヒリアの人格を宿した人間だ。ゆえに、かつての自分が磔されて良い気分はしない。
なので仕方なく校舎内を歩いているのだが……見渡す限り人、人、人である。
それも仕方がない。この国は──ニヒリアが殺した英雄ロンドが興したロンド王国は、国民全員に教育を施しているのだから。
国中から人を集めているわけで、人が居ないところを探す方が難しい。
「……ひっ」
かくして、いつ正体がバレて殺されるのか──という恐怖に震えながら、どこか隠れる場所をキョロキョロ捜索中なのである。
しかし、ひとたび視線を向けられれば、その肩をビクリと震わせてバタバタと物陰に隠れてうずくまるのだ。
端的に言って挙動不審。
そんな女子生徒を見つけ、声を荒らげる生徒がいる。
「あ! やっと見つけたわロミィ!」
「ひぃぃぃ……っ」
愛称に悲鳴を返す少女の名はロミエ・ハルベリィ。
先日、アリストリア高等魔術学園に入学し、あろうことか生徒会長に直接指名されて生徒会監査に選ばれた少女だ。
それも、既に事案一つを解決に導いている。さらに、筆記試験首席ときた。
紛うことなき優等生である。
「ごっ、ごごごっ、ごめっ、ごめんなさいぃぃぃぃ……」
突然知り合いに声をかけられて、すぐさまその場に倒れ込んで許しを乞う。
……彼女は、結果だけを見れば紛うことなき優等生である。
――遡ること今朝――
朝起きたら、ロミエの前に知らない顔があった。
「…………………ひゃえ?」
眠気も吹っ飛んで、見開いた目をパチクリする。
目の前にあったのはショートの黒髪を枕に沈ませた顔があり、耳をすませば「すぴー、すぴー」と幸せそうな寝息が聞こえてくる。
そう、同じベットに誰かが一緒に寝ているのだ。
「……へ? ……え?」
(ど、どどどどっどどどういう状況ぅぅぅ――⁉」
朝起きたら、誰かと一緒に寝てた。というか、昨晩の記憶があまりない。
そもそも、どうやってここに来たんだっけ……と記憶を掘り起こしていく。
(確か昨日は生徒会長達に報告に行ったあと、寮に行って……たしか、そのまま空いてるベットに潜り込んで――)
「ぁ……ぁ……あ……」
そうだ、ここは寮の部屋の中だ。
適当な安宿やトイレの個室、草むらの中や野外ではない。ちゃんとシーツの反発感や残っている温もりと肌触り、そして柔らかい枕があるのだ。
「……え、っと……このヒト……は?」
寝起きに加えてパニックな頭をどうにか動かして、冷静に現状を確認しよう。
まず、目の前に寝ている少女は目を閉じて、幸せそうな表情で寝息をかいている。多少ロミエが動いても起きることはなさそうではあるけれど、窓の外は晴れ晴れと日光が差していて、起きるのも時間の問題だ。
そして次は周囲を見渡した――ところで、対角のベットにいた人物と目が合った。
「あ、ロミィ。おはよう」
「しょ、ショル……ショル……しょしょ…………」
寝巻姿で髪留めを外し、なだらかな金髪を伸ばした少女ショルトメルニーャである――が、ロミエは色々ありすぎて名前が飛んでしまい、「ショルショル……」と唱えることしかできない。
そんなロミエの様子に、彼女は「あれ?」と首をかしげる。
「昨晩は流暢に喋れてたのに……ロミィは朝が弱いのね」
「……は、はいっ! そ、そそそっそう、ですっ! 朝っ、弱いっ……でふ!」
(昨晩は流暢に喋ってたのぉ!?!?)
想像できない……というか、絶対何かやらかしてるぅぅぅ──という動揺を振り払うべく、何度も何度も頷いた。
ロミエは夜が弱いのを自覚しているし、逆に朝は強い方だと自負している。だが、どうやら夜の方がコミュニケーション能力が高かったらしい。
「……んぁ」
その時、膝元でモゾモゾとシーツが動いた。
「あ、さぁ……?」
「……あっ」
てろーんと眠そうに垂れた黒い瞳と、ロミエの青緑色の瞳が合った。
「…………」
「…………」
お互い沈黙が流れる。
目を極限まで見開いて体を強張らせるロミエと違い、黒髪黒目の少女はその黒曜石のような瞳をパチクリさせ、もぞもぞと口を動かした。
「……くの……」
「……?」
「……ぼくの……べっとぉ……」
「……へ?」
まだ寝ぼけているらしく、途切れ途切れの言葉はよく分からない。
ただ、その拙い腕でロミエを押しのけようとしてくる。
「え、あ、あの……えっと……」
「で……てけぇ……うみゅぅ……」
ズイズイっと意外に力のある手で押され、どんどんと壁際に追いやられてしまった。
何がしたいのかさっぱり分からず、救いを求めるように対角のベットに座るショルトメルニーャに視線を向けた。
「……ぁ、あのっ……ショルっ……様……こ、この子……は……?」
「んん? ああ、その子ね……昨晩からずーーっと、そこのベットで寝たい寝たいって駄々こねてたのよ」
「……え」
初耳である。
いや、昨日は色々ありすぎて疲れていて、まったく周りが見えてなかったんだろう。
それにしても……。
(も、もしかして……わたしが、勝手にベット奪っちゃったの……?)
その可能性は大いにある。というか、そうなんだろう。
事実、黒髪の少女は寝ぼけながらも必死にロミエを端へ端へと追いやろうとしてきている。
「あ、あのっ……ショル……様……」
「……あのねぇ、友達なんだし様付けしないで欲しいんだけど?」
「ご、ごめんなさッ……」
「ねぇ、本当に大丈夫? 昨日と全然様子が違うじゃない」
「え、えっと……き、昨日はっ疲れてて……は、配慮に欠けてっ、まひた……っ」
「配慮ってあんたねぇ……」
ショルトメルニーャが呆れたようにため息をつく。
(あぁ……呆れられた……)
たぶん向こうは、ロミエを友達だと思って接してくれてるのに、それに応える資格が私にはない。
そうだ、私が居ない方がみんな幸せなのだから、これが正解なんだ。
正解……だ。一番正しくて合理的なんだ。
(正解、なのに……)
――どうしてこんなにも、心が重くなるんだろう……。
その答えが分からず、手を握り締めて背を丸めていると。
「ぼくのべっとからぁ、でていけぇ……」
膝元の少女はだんだん寝起きから呂律が回ってきたらしく、ハッキリとした口調でそう言った。
慌ててロミエはベットから飛び出す。
「ひぃぃっ、ごっ、ごめなさ――っ」
その声は最後まで続かない。
咄嗟に飛び出したせいで、ここが二段ベットの上だと分からなかったのだ。
小柄な体を、フワッとした浮遊感が身を包み込む――。




