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プロローグ {前日譚}悪魔退治<空腹

 ミリア初等学園の廊下を、ある黒強めの灰色の髪をした少女は虚ろに眺めて歩いていた。

 すれ違う人すれ違う人、どんな目で見ているのだろうか。


(……怖い)


「あらぁ? ロミエじゃない、ごきげんよう?」


 名前を呼ばれ、恐る恐る振り返る。


(この人……か)


 目の前に立つ女子生徒は広げた扇子の裏でニヤニヤ笑いながら、少女を見ている。

その手には課題のプリントが握られていた。


「ちょうどよかった。あなた、紙と向き合うのはお好きでしょう? だ、か、ら――」


 俯き後ずさる少女に、彼女はより大きな一歩で詰めてくる。


課題(これ)、やっておいて頂戴ね」

「…………(コクリ)」


 頷いたのを確認し、課題を押し付けてその場を去っていく。


「……相変わらず、頼りになるわねぇ」


 その言葉の裏にある悪意に気づけないほど、少女は馬鹿じゃなかった。

けれど、何も言い返すことはしない。否、できない。


「……っ」


 グッと唇を噛み締めて、寮の方へ歩き出す。

 渡された課題をしなければならないからだ――。


 寮についた少女は、チラリと部屋を確認する。


(……誰か、いる)


 その誰かは誰なのかを知らない。話してすらいないから。話されてすらいないからだ。


(まあ、いっか。今日はパンが買えたし、いつものところで食べよっと)


 少女は寮を離れ、再び校舎に向かう。

今日の空は暗雲が立ち込めていて、昼なのに薄暗い。


「……あ」


 少女は妙な気配を感じ、空を見上げる。

ちょうど、空間に亀裂が入ったところだ。

 そして――


――亀裂の先の異空間から、悪魔が這い出てくるのだ。



――――――――――



 この世界は不完全だ。

時に、なんの前触れもなく開かれる空間の亀裂は闇の世界と繋がり、周囲の空間を歪ませ吸って、悪魔が顕現する。

ロンド王国王都にある、ミリア初等学園は悪魔の手によって蹂躙されていた。


「──燃え尽きなさい!」


 1人の若い魔術師が放った炎の矢尻は、飛来する悪魔に直撃してよろけさせるものの、撃退には至らない。


「……ならっ」


 魔術師は詠唱を変え、雷の槍を作り出していく。

 その魔術師、ライラック・アシス・ツヴァイリムは天才少女だ。

若干13歳にして中級魔術師となり、無理をすれば光属性魔術も扱えないこともない。


「──穿てっ!」


 雷の矢尻は見事に悪魔へ命中し、そのまま推力を失った。


「まずは……一匹ッ」


 しかし、現実は非情だった。

 視線を変え、振り返った先にはライラックを取り囲むように悪魔達がこちらに飛来してきていた。


「そんなっ……」

「お嬢様ッ……!!」


 迫り来る悪魔たちを前に立ち尽くしていたライラックに、侍従のメイドが飛びかかってすんでのところで庇う。

 しかし、その侍従は肩に大きな怪我を負い、その場にうずくまってしまった。


「は、ハルヤ!」

「だっ、大丈夫です。それより、ここは一旦退避して──」


 その2人を、一際大きな影が覆った。

 悪魔は階級によって特徴が現れる。

弱いものほど獣に似た姿をとり、上位になれば人の身体を乗っ取ることがある。

 しかし、そのさらに上澄み、伝説級の悪魔は人の身体を借りずとも、己の肉体を持っている。


 ソレの魔力量は、人間を圧倒していた。


「ひっ……」


 ライラックは天才だ。

 本来、高等科の卒業と同時に取得する中級魔術師資格を齢13歳で取得し、上級魔術師へも片足を突っ込んでいる。

 それでも、わかってしまった。


(……勝てない)


 コレは、この悪魔は一人の天才程度では御せない。

 世界の理をも操れる〈魔法〉の使い手でもないと、こんな化け物に対抗できるわけが無い。


(こんなの……理不尽じゃない……)


 恨んだ。

 そもそも、空間の亀裂が入るのはこの世界を創り出した創世神が出来損ないの神だったからだ。

その神はロンド王国の英雄を殺し、世界に数多の欠陥を残して、今やその広がりは多くの人間を苦しめている。


(信じて、たのに……)


 振り下ろされる魔剣から目を逸らし、受け入れようとした──



 ──その時、世界に亀裂が走る。



 いや、それは不規則でガタガタの亀裂ではない。

それは四角形の窓。意図的に生み出された扉だ。


「……!」


 悪魔は振り下ろす魔剣を止め、ギョッとした様子で振り返る。

そして回避をしようとして──飛来した光の剣に串刺しにされ、消滅した。


(いや、これは〈光の剣〉じゃない……もっと上位の……っ!)


 ライラックは息を飲む。彼女はその剣の正体を知っていた。

 今や信仰が禁止されたロンド王国では知りえない、途中編入の大公領の出身であるライラックにしか知りえない情報。


 それは、その鈍く光り輝く剣は、人の操れる光属性魔術では作りえない。

なぜならそれは、神が扱う聖属性。

その剣の名を、伝承ではこう記した。


「……聖剣」


 また新たに扉が開く。

顔一つ分程の大きさの扉の中から、聖剣が飛び出した。

それは、まるで意志を持ったように空を舞う。


 その剣が獣の悪魔を刺せば、たちまちその肉体を崩壊させる。

 その剣が取り憑かれた人を刺せば、人の身には傷つけず憑依した悪魔だけを斬り裂いた。


(あぁ……なんて、綺麗な……)


 安堵からか感動からか、ライラックの目には涙が浮かぶ。

そして、ひとつの確信が頭をよぎった。


「……そうだわ。きっとこれは、神様の御業に違いない……っ! この世界の、創世神ニヒリア……わたしの、救世主……!」



***



 一方その頃。


 ミリア初等学園のある個室の中で、黒強めの灰色の髪をした一人の少女が物書きをしていた。

寮に人が居たため、今もこうして便所飯をしようとトイレの個室に逃げていたのだ。


「ちょうどよかった……の、かな……?」


 苦笑いを浮かべる彼女の手には仄かに青く輝く本があり、そこにスラスラとコマンドを書き綴っていく。

外では、顕現させた聖剣が空を舞い、悪魔たちを相当して行っていた。


 とはいえ、ずっと悪魔を狩り続けていてもキリが無い。

 少女は亀裂が発生した空間を確認するとその綻びを縫うように修復し、固定化させるコマンドを書き込んでいく。

全てを修復した少女は今一度息を吸って、最後に詠唱を挟む。



「――我が世界よ、管理者たるニヒリアが命ずる。正しき世界よことわりよ、正しき法則に導かれて動き出せ。」



 それと同時に、ミリア初等学園に生まれた亀裂は修復され、閉じていく。

 それを確認した少女は、ホッと息をついて硬くなったパンをチマチマと齧り出す。


「うぅん……モグっ……いっそ空腹無くならないかなぁモグモグ……食べられる食べ物がもったいないし……モグモグ……あでも、パンおいしい……」


 世界のコマントを弄るより、人と関わることが恐ろしく、自分の価値を否定する少女。


(だってわたしは出来損ないだし……)


 彼女が生まれたロンド王国の英雄ロンドは、その世界の神によって死に絶えた。

 そして、この世界は欠陥だらけ。

 空間に亀裂が生じて異世界から悪魔が往来する。人々の身体自体の機能にも、目の以上や声帯の異常などのバグが生じてしまう。


 故に、王国で神を信仰するのはご法度だ。

 かつての遺構は破壊され、学園で「神は無能」だと説明される。

そんな所に神が降り立ってみろ。その膨らんだヘイトは、容易に人を狂気にさせ、残酷にする。


「あ、パン食べきっちゃった……うぅん……空腹が憎いよぉぅ……」


 彼女の名はロミエ・ハルベリィ。

出来損ないの創世神、ニヒリアの生まれ変わりである。

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