【1-12】 魔道具の綻び
「ロンド王国第一王子リフィル・シャルル・ロンド殿下の傍で起こった、魔道具暴走事故。その暴発した魔道具があったのはこの、第一保管室ですわね。そうでしょう? 魔道具クラブ所属の二年生、マイト・ランツ。」
(……えっ。と、いうことは……)
「あの、魔道具暴走事故、は……ランツ様の、ミスで……?」
ロミエは目を見開いてマイトを見る。
もし、あの暴発した魔道具がこの第一保管室にあった魔道具なら、マイトが属性関係なく片付けたせいで、術式が崩れていて誤作動を起こしてしまった――と考えられるのだ。
当の本人、マイト・ランツもその結論にたどり着いたらしく、額に手を置いて天を仰ぐ。
「…………………………ヤッッッベぇぇぇぇ……」
「な、に、が、「ヤッベぇぇぇ」ですのよ……。貴方は、「ヤッベぇぇぇ」の一言で済まされないことをしでかしたのですわよ?」
「事の重大さを理解していらして?」と、扇子を掲げて首をかしげるライラック。
彼女の言う通り、マイトが片づけを疎かにして、そのせいで属性の違う魔道具が近くで保管され、術式の相互作用によって崩れてしまったのだとすると、講義室での一件も辻褄があう。
しかし、それでもロミエには一つ――いや、二つ疑問が残っていた。
「あ、あのっ。保管場所のミスで術式が破綻していた、としたら……どうして、先生は気が付かなかったんでしょう、か……?」
アリストリア高等魔術学園の教員は全員、隣接している魔術師団の現役団員であり、魔術のエキスパートである。
それも、講義は魔道具を専門で扱う教員が執り行っているわけで、たかが学生であるロミエとライラックが見ただけで気づけるような魔術式の綻びを、見逃したとは考えられないのだ。
「た、確かに……危険だったら使わないよな」
「容疑者は黙ってなさい」
「容疑者……」
「事実を言ってるだけですわよ?」
「……ハイ」
マイトを黙らせたライラックは、先ほど取り出した術式の崩れてしまった指輪型の魔道具を掲げる。
キラキラと、指輪に乗る赤い宝石がピカリと瞬いた。
「例えば、この魔道具に記された魔術式は小指ほどの小さな炎を出す術式が刻まれていますわ。けれど、術式が他属性魔道具の術式干渉によって崩れてしまっています……が」
そう言って、ライラックは魔道具に魔力を流した。
術式が壊れているから正常に反応しない――と、咄嗟に手をかざしたが、その魔道具はロミエの予想とは裏腹にちゃんと発動した。
指輪の先に揺らめく、小指ほどの炎はとても安定していて、大きくなったり小さくなったりせず、一定の大きさで燃え続ける。
「え……? ちゃんと発動してるじゃん」
「うふふっ……この程度の魔術式の綻び、妾のように腕の立つ魔術師ならば、魔力量を微調整して上手く発動させられますのよ!」
ふふん、とライラックは自慢げに語り、「もちろん、そこの容疑者坊やには不可能ですけれど」と付け足す。
その様子を見ていたロミエも、素直に感心した。
(あ、ほんとだ……術式の不足部分を、完全に補完してる)
どうやら、綻んで途切れかけている術式の隙間を、繊細な魔力操作によって埋めているらしい。
ライラックは簡単にやっているが、指輪サイズの魔道具でそれを行うのは至難の業だ。
(もしかしてライラック様は、結構上位の魔術師……なのかな……?)
魔道具クラブに入っても無いのに、部員であるマイトよりも魔道具について詳しく使いこなしている様子から、そんな風に思っていると、フッと小さな炎が消える。
「……とまあ、多少なり刻印術式に不備があっても使用者が手練れなら補えますのよ」
「そ、そのっ、それなら……どうしてあの魔道具は――」
「暴発したんでしょうか?」というロミエの言葉は続かなかった。
なにせ――
「ライラ様……っ!」
「その魔道具を放せ!」
「なにっ……⁉」
ライラックが持っていた魔道具が赤く発光しはじめたのだ。
そして、触媒となる宝石に込められた魔力を全て放出するように、先ほどとは違った大きな炎と共に弾け飛ぶ――
――直前に、ロミエ《ニヒリア》は動いた。
(あのままじゃライラ様の手が吹き飛んじゃう。どうにか止める必要があるけど魔術は使えないし、そもそも詠唱していたら間に合わないっ――だったら、魔法でできるだけ威力を殺すしか……っ)
ロミエはライラックの指先、赤く光輝いて暴走し始めた魔道具に意識を集中させる。
そして自分の魔力で魔素を動かし、その魔素を介して空間の幾何学記号を書き換え、《《綻びを生じさせた》》。
――極小の亀裂を生み出すために。
(宝石の真ん中に、できるだけ小さく、最小の亀裂を……っ)
次元の亀裂が生まれると、こちらの世界にある周囲の物体を吸い込んでしまう。
ゆえに、ロミエは魔道具の根幹とも言える宝石の中心に、一瞬で閉じれるほどの亀裂を発生させたのだ。
――ピキっ
魔道具の宝石にヒビが入る。
そしてすぐさま、大きな爆発と共にライラックの手を消し飛ばす爆炎が広がる――ことはなかった。
――パキィンッ……。
そんな金属音と共に、小さな指輪が砕け散った。
大きな爆炎も、ライラックの手を吹き飛ばすような爆発も無い。
ただ、元々小さい指輪の宝石は、バラバラの粉々になってしまっただけだ。
もっと派手に爆発するものだと思っていたマイトは胸を撫で下ろして、ホッと息を吐く。
「び、ビックリしたぁ…………」
「……これ、はっ!?」
しかし安堵するマイトとは対象的に、ライラックはなおも目を見開いて──ロミエを見た。
(……へ? あれ、なんかライラ様がわたしを見てる……⁉)
ライラックはロミエを凝視し、驚きと安堵の混ざったような表情を浮かべている。
(も、ももっもしかして……わ、わたしが魔法を使ったって……バレた……?)
魔法。
それは魔術が普及したロンド王国内でも、非常に使い手が少ない技術だ。
数式で編む魔術と違い、簡単に言えば法則自体を編むのが魔法と呼ばれる。
故に、その自由度と威力は絶大だし、なにより詠唱の必要がなくなるため、即応性にも優れているのだ。
しかし、その修得の困難さから使い手は驚くほど少ない。
上級魔術師はおろか、魔術師の最高峰である〈大賢伯〉の称号を持つ魔術師ですら使える者は限られるのだ。
まして、一般学生に扱えるわけもない。
そう、ただの人間ならば使えるわけが無い芸当だ。
(ど、どどど、どうしよう……。魔法なんて使ってたら、絶対只者じゃないし……も、もし気づかれたら……? ど、どうしようぅぅ……さ、才能があるって誤魔化す……? い、いやそれなら隠したりなんかしないだろうしぃぃ……た、ただの人間じゃないってばれるぅぅぅ……⁉)
「あばばばば……」と奇声を挙げて狼狽えるロミエ。
しかし、ライラックはパチリパチリと何度か瞬きした後、すぐにロミエから目をそらした。
「……すぐに、この部屋の魔道具の総点検を行いますわ!」
ライラックはそう言うと、棚に収められている魔道具を手当たり次第に取り出し始めたではないか。
しかし、威力は殺したとはいえ、ライラックは魔道具の暴走に身を晒したばかりである。
ゆえにマイトが心配するように声をかけた。
「そ、それよりどっか怪我がないか医務室へ──」
「まだ状況が分かっていませんの!? これはただ術式が綻んだだけではありませんわ。何かしらの、《《大きな魔力》》を受けて術式が潰れていますの!」
「術式が……潰れる……?」
マイトは首を傾げたが、ロミエには心当たりがあった。
「……あ、刻印触媒の圧縮……!」
魔道具に直接刻み込まれる刻印術式は、滅多なことがない限り壊れる事は無い。
しかし、その刻み込まれた触媒自体に不備が生じると、その発動は阻害されてしまうのだ。
例えば、近くで上級魔術を行使した時といった、大量の魔力や魔素が動いた場合など――だ。
その原因を、ロミエは心当たりがある。
「……魔力の、異常発生現象……?」
それはこの世界の欠陥の一つで、一時的に一定の空間にある魔力濃度が異常に濃くなってしまう現象だ。
魔道具の触媒は魔素を多く含んでおり、それが巨大な魔力に晒されることによって内部の魔素構造が変化してしまう。
そんなロミエの呟きに対し、ライラックが肯首する。
「その可能性も大いにありますわね」
「じゃ、じゃあそれが暴発した直接の原因って事か!」
「俺のせいじゃなかった!」と舞い上がろうとするマイトに対し、ロミエ達は冷静に首を横に振った。
「……本来なら、保護術式が刻み込まれていましてよ?」
「その……術式が綻んでいたら、外部の魔力による影響が、おっきくなる……です」
「つ、つま、り………………俺のせいじゃん……」
しょんぼりと肩を落とすマイトに、ライラックは邪魔だと言わんばかりに「シッシッ」と手を振るう。
「そういう事でしてよ。はあ……どうせ、そこのマイト・ランツには魔道具の刻印なんて出来ないでしょうし、人を呼んできなさいな」
「うっ……お、俺だって魔道具クラブの人間だし、この学園の生徒だ! 多少なりなら出来るっての!」
「任せてくれよ!」と胸を叩いて意気込むマイトに、ライラックは「ふむ……」と顎に手を当て少し考える。
そして、ごくごく真面目な顔でマイトに向き、口を開いた。
「では魔道具の核となる触媒内に存在する魔力と魔素の保護術式を刻み込むさいに気を付けねばならない箇所として保護術式第三節と第五節にある各術式定着率における上限と限界および動作に支障がない程度に出力を制御しつつ魔素がバラバラにならないように保護する術式が他の術式と干渉しやすいことが挙げられますが、これは他術式の合間に縫い込むように書き込みつつ刻み込む深さと形状を微妙に変えることで流れる魔力波を差別化することで解決するのですけれど――」
「あ、無理ですそんな繊細な魔力操作と刻印なんて……」
マイトが全力で首を横に振るのも無理はない。
と言うのも、いまライラックが言った方法は専門の魔道具職人や付与術師がタッグを組んでようやくできる技術だ。
正直に言ってロミエも魔法を使わなければできない。
……というか、人類の魔道具加工技術の進歩に素直に驚愕していた。
(す、すごい……! 確かに、魔力や魔素は流れる波長によって交じり合わないようにできるけれど、それを刻み込む刻印術式の入れ方だけで差別化させることができたなんて……!)
目を見開いてキラキラと尊敬の眼差しをライラックに向けるロミエ――もとい創世神。
その輝く視線に鼻を高くしつつ、ライラックはピシャリと命令した。
「マイト・ランツ。貴方の説教は後にするとして、まずは教員を連れてきなさい。それと、一応生徒会にも協力を仰ぐのです」
「……りょうかいっす」
あそこまで知識量の違いを見せつけられたら、食い下がるなんて出来ないだろう。肩を落としながらマイトは保管室を後にして、教員を探しに向かった。
部屋に残ったのは、ライラックとロミエの二人っきりである。
(な、何を言われるんだろう……)
先程ライラックは、ロミエが魔法を使ったとは知らないはずなのに目を向けてきた。
ゴクリ、と生唾を飲み込もうとして失敗する。緊張で喉がカラカラなのだ。
しかし、そんなロミエの警戒をよそに、ライラックは優しい笑顔を浮かべて言った。
「さて……ここからは新入生の妹ちゃんには荷が重いですわ。先に寮へお戻りなさい」




