【1-11】 魔道具の保管室
壊れた魔道具が保管されていた倉庫は、一・二年生棟の向かい側にある、三・四年生棟の二階にあった。
二階の渡り廊下を抜けると、その先は上級生がいる校舎とだけあって独特の空気感があり、それに圧倒されたロミエは思わず身を縮めてしまう。
しかし、ライラックとマイトは慣れているのか、今も道路の真ん中で軽口をたたき合いながら歩いていた。
もはや仲がいいのか悪いのか……そんな風に思いながら、ロミエできるだけ目立たないように、未だ右腕に絡みつくライラックを盾に身をかがめていた。
(……あ、お花の良い香り……)
なんのお花の香水なんだろう。鼻腔を優しくつついてくる香りが心地よくて、現実逃避気味に香りを楽しんでいた。
歩いていれば、目的の第一保管室に辿りつく。そんなこんなで
「鍵は……っと、これだ」
マイトが鍵を取り出して、鍵穴を捻る。
その瞬間、「ガチッ」という乾いた音と共に、ピカリと鍵穴が光った。
「……魔道具?」
その光景にロミエ思わず呟いてしまった。
ハッとして、右手で口を塞ごうとしたが、その手はライラックに拘束されている。
(関係ない質問して、邪魔だと思われたらどうしようぅぅぅ……)
しかし、そんなロミエの心配とは裏腹に、なぜかマイトは楽しそうに口を開いた。
「おうよ! これは登録された人の魔力に反応して開く鍵穴なんだ。使用者の魔力で発動するタイプだから、魔石とかの触媒を使わなくていいんだぜ」
「なる、ほど……」
ロミエはこくこくと頷く。しかし、視覚を情報主体の世界に転換していたロミエは、その魔力の行方を眺めながら首を傾げた。
(魔力を……集めている……?)
鍵を媒介に使用者の魔力がドアの左下の方へと流れていき、蓄積していく。
建物に防御結界を張るために、魔力供給機関を設けていることは珍しくはないのだが、このドアや部屋にはそういった術式が何も書かれていない。
ただ単純に、魔力を集めているようだ。
(けど、何のために……?)
魔力の量は人それぞれだし、その密度も個人差がある。
だけれど、それを見分けることはロミエくらいにしかできないし、わざわざ貯めておく理由も謎だ。
それも、容器いっぱいに積まっているようで、仄かに魔力が漏れ出ているではないか。
マイトやライラックなら何か知っているかもしれないが、質問しようにも「どうしてわかったのか?」と言われたら何も返答できない。
(とりあえず、事故調査を優先しよう)
今は生徒会監査として、生徒会長の期待に応えるのが優先だ。
マイトを先頭にロミエ達は第一保管室に入る。
保管室は中央に大きな机があり、壁際には木製の鍵付き棚が並べられていて、それぞれの棚には属性名が書かれていた。
魔道具は異属性同士を近くに置いていたら、相互作用して誤作動を起こしてしまうため、属性ごとに分かれて保管するのが決まりなのだ。
「あ、そうそうこれ――」
もしかしたら、それも暴発に関係してたりして──などと考えていると、マイトがドアに掛けてあったクリップボードを手に取る。
「入退室記録をつけるようになってるから、コレに名前と日付を書いてくれ」
「あら、どうしてそんな面倒なことしなくてはなりませんの?」
「しょーがねーだろ、決まりなんだから」
「決まりに縛られてばっかりだと、出来ることも出来ませんですわよ?」
「うーるーせーえーなー! 名前書くだけだっての、ちょちょいで良いんだちょちょいで!」
「はーーこれだから――」
「わ、わたしっ書きますっ!」
ロミエは珍しく自分から名乗りをあげた。
無限に続きそうな二人の掛け合いを止めることが目的である。
ロミエは左手でクリップボードを受け取り、そして――。
「……あ、あのっ、ライラ……様」
「ライラお姉様と呼んでくださいな」
「まだそれ続け――」
「ライラ、お、お姉しゃまっ‼」
噛んだ。よりにもよってこんな場面で……。
(ううぅぅぅ……消え去りたいよぉぉぉぉぅ……っ)
噛まないようになってたのにぃ……と、心が折れそうになったが、どうにかロミエは立ち直る。
そして大きく息を吸い、噛まないようにお腹に力を入れた。
「名前書くので、右手から、離れてくれませんか」
「嫌ですわぁ~」
「うぎゅぅ……」
ぐ……計画失敗……。
名前を書く口実で右手から離れてもらおうとしたのだが、どうやら離れてくれないらしい。
それどころか――
「そうだっ、妾がロミエ妹ちゃんの分も書きますわ! 持っててくださいまし。うふふ……共同作業ですわぁ~!」
「…………はぁ」
「……なんか、うん。ハルベリィさん、困ったことあれば言うんだぜ」
「はい……」
なんだか、マイトとの気が近くなったような気がしたロミエであった。
ともあれ、ライラックも名前を書いてくれて、やっと保管室内の捜索に取り掛かれる。
……ちなみに、ライラックはロミエの右腕から離れる様子はない。
互いの息が触れ合いそうな距離に顔があるため、声を張らなくていいのは有難いけれど……。
「どこを……探します、か?」
「うふふっ……ほっぺ、フニフニですわねぇ……」
「…………あの」
「あら、よく見たら貴女の瞳、深い青色に少しだけ鮮やかなエメラルドが宿ったような色彩なのですわぁ……きれい……」
「…………」
もういい、この人はダメだ。
もし仮に創世神の力を全力で使ったとしても、どうしようもないくらいに頭がやられている。
「あーっと……ハルベリィさん。そのヒト、引っ剥がしてやろうか?」
「あ、いえ。だいじょうぶ、ですっ……無視するので」
「……ああ、その方がいいな。そんじゃ、俺はこっちの棚を調べるから、ハルベリィさんは右側の棚を調べてくれ」
「わかりましたっ!」
ロミエはマイトと手分けして棚を探索していく。
最初に一番手前の棚、〈火属性〉と書かれた棚を開いてみると──。
「……え、あれ? これって……」
「あら? 魔道具の種類が出鱈目ですわね」
流石に調査を疎かにするほど頭がやられているわけじゃなかったらしい。さっきの溶けたような顔を引っ込めて、今はキリリと眉を立てている。
ライラックの言葉に、ロミエも頷いた。
「そう、ですよね……」
この棚は火属性の魔道具が保管されているはずの棚だ。もう一度確認してみても、ちゃんと〈火属性〉と書いてあるし、棚自体に施された保護術式も、耐熱に特化したものだ。
なのに――
「これは風……これも風……と、これは土属性……」
「見事にバラッバラ、ですわね」
「これって、大丈夫……じゃ、ないです……よね」
「ええ……コレ、見てみなさい」
そう言って指さしたのは、風や土属性の魔道具に埋もれた魔道具の一つ。
このそこそこ大きな宝石が載った指輪は、どうやら火属性の魔道具らしい。だが、棚の奥の方に押し込まれるように保管されていたのだ。。
どうにか周りの魔道具をよけ、取り出して魔術式を覗いてみると――その術式の一部が崩れ、触媒に蓄積されている魔力が漏れ出ていたのだ。
「あ、あのぉ……これはすごくすごくマズいん、じゃ……」
「一歩間違えれば、この棚の魔道具が全部暴走していましたわね。それも――」
――ほぼすべてが、火炎を強める風属性の魔道具。
その言葉を、ロミエにだけ聞こえるように囁く。
「あの……」
「ごめんごめん! そういや、この前、時間なくって適当に詰めておいたんだった……!」
「どうして、わたしだけに、そんな恐ろしい事実を?」という疑問をぶつける前に、向かい側の棚を確認していたマイトが焦った様子で叫んだ。
「いやぁ、魔道具クラブの奴らと話が弾んじゃって、監査の仕事に間に合いそうになかったから、手当たり次第に収めておいたんだった……」
「……マイト・ランツ。あなた本っ当にこの学園の生徒監査なんですの……?」
「こればっかりは何の言い訳もできない失態っす……」
「えっと……つまりランツ様が、この棚に適当に収めた……って、ことですか……?」
「うっ……はい。先輩なのに……不甲斐ない……」
ガクン……とマイトは肩を落とし、目に見えてしょんぼりする。
監査の先輩として、カッコいいところを見せたかったのだろうか「カッコわりぃ……」と呟いている。
だが、ライラックはそんなことはお構いなしだ。
まるで鋭い剣でとどめを刺しに行くが如く、ロミエの前に立ってその鋭い瞳で、しょんぼりしているマイトを見据えた。
「マイト・ランツ。貴方、何をしでかしたか理解をしていらして?」
「……学園の魔道具を、壊しかけました」
「違う」
マイトの言葉を、容赦なく切る。
そこには、つい先ほどまでロミエのほっぺを触り「やわらかぁい」と猫なで声で話していた人とは別人だ。
明確な怒り……いや、敵意ともとれるような、そんな視線でマイトを見据えている。
(この人は……いったい……?)
ロミエはあまりのギャップに、口を半開きにして唖然としていると、たっぷりと間を開けたライラックが口を開いた。
「ロンド王国第一王子リフィル・シャルル・ロンド殿下の傍で起こった、魔道具暴走事故。その暴発した魔道具があったのはこの、第一保管室ですわね。そうでしょう? 魔道具クラブ所属の二年生、マイト・ランツ。」




