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【1-7.5】 ポーン、最初の一手。

 ロミエが生徒会室を出ていく。

 生徒会長リーンハルト・マークハリスは、そのそそくさとした動作に目を細めながら、控室に目線を向けた。


「……ありがとう。もう出てきていいよ」

「はいはい……それで、まあ生徒会に入れんのは分かるッスけど、なんでわざわざ捜索させる真似を? アールの奴に任せとけば良いじゃないっスか」


 腕を組みながら入ってきた黒強めの茶髪をした男子生徒は、生徒会庶務長シュベルト・ハイツ。

 複数人いるとロミエが委縮してしまうと判断し、別室に待機してもらっていたのだ。

 シュベルトの言葉に、リーンハルトは「フフ……」と鼻を鳴らした。


「……なるほど、つまり彼ならこの事故を解決できるって認めているわけだね。中々いいライバル関係じゃないか」

「チッ……うっせ! ……だが、今回の魔道具暴走事故、王族がその場に居合わせたんだから立派な暗殺未遂ッスよ。もっと生徒会の総力をあげて捜索するべきじゃないッスか? それこそ、あの女子生徒が犯人だったりしないんスか?」


 シュベルトはバツが悪そうに視線を逸らし、さりげなく話題を逸らす。彼は、同じく生徒会で監査長を務めるアールグレイ・シュメリートをライバル視しているのだ。

 だが、ライバルだからといって邪険にせず、正当に評価しているというのは、かつて狂犬のようだったシュベルトを知っているリーンハルトにとって、微笑ましいものだ。


「まあ、私も今回の事故が何の陰謀も無い不慮の事故なんて思ってないよ。それに、ロミエ・ハルベリィ嬢は何か隠している。けれど、だからこそ彼女に解決してもらいたいんだ。」

「ほぉーん……あのロミエ・ハルベリィって奴、あんま社交的なタイプじゃないッスよ。聞き込みとか捜査とかマトモに出来んスかね?」


 シュベルトの指摘は正しい。

 実際、ロミエ・ハルベリィという少女は、リーンハルトが見つめても絶対に視線を合わせようとせず、言葉も途切れ途切れでよくどもる。おまけに、何かの拍子に奇声をあげるのだ。

 リーンハルトは「うぅぅ」「はひゃいっ」「ももっもももっ」と奇声を挙げるロミエを思い出しながら、苦笑する。


「まあ、十中八九、出来ないだろうね」

「わかってんなら何でワザワザ……」

「フフ、シュベルトは優しいね。ただ、彼女の筆記成績は完璧そのものだ。魔術も算術も文学も……」


 そこで言葉を途切れさせ、机の前で手を組み顎をのせる。


「……なのに、実技成績はどれもことごとく悪い」


 面白そうに笑うリーンハルトに、シュベルトも呆れたようにボリボリと頭を掻く。


「……あー。なんつーか会長の言いたいこと、分かった気がするっス。けんど、それならちょっとず〜つ仕事振ってやるべきじゃないんすか? いきなり一人で大役任されるわけッスから、プレッシャー半端ないっスよ」


 しきりに心配するシュベルトに、「相変わらず丸くなったね」とリーンハルトは密かに苦笑しつつ、チラリと片目でシュベルトを見る。


「そうだね。けど、彼女は必ず手がかりを見つけて帰ってくると、私は確信しているよ」

「そりゃまた、どうしてッスか?」

「この事故、あの魔女が動くだろうからね」

「あの魔女……って言いますとアレっすか。半年前に〈大賢伯〉に選ばれたっつー生徒ッスか」


 シュベルトは腕を組みながら、「なるほどなぁ~」と大きく頷いた。


 〈大賢伯〉。またの名を〈円卓の十一賢者〉。


 ロンド王国にて最も優れた魔術師と剣士が与えられる称号で、現在では7人の魔術師と4人の剣士が就任している。

 彼らはそれぞれの分野に精通した賢者であり、この国の守護者である。戦や悪魔の侵攻の際は貴族院と同等の権力を行使できる集団だ。

 そのうちの一人に、この学院の生徒が含まれている。


「ああ、彼女は今やこの国の魔術師の中で頂点に立つ存在だし、円卓の一員だ。国王から王子の護衛を任されていても何もおかしくない。というか、先程も講義室の外で待機していたようだしね」

「あー……つまり、そいつとハルベリィ嬢を引き合わせて、この事故の真相を調べさせようってわけっスか」

「そう、その通り」

「なるほどぉ……? ……あれ、それじゃああの子いらんくないっスか? あの魔女さん自身もハチャメチャに頭良いんスよね?」


 シュベルトの言う通りだ。リーンハルトも深く頷く。

 なにせ、〈大賢伯〉になるほどの頭脳と才能を持った彼女ならば、これくらいの事件は容易に解決するであろう。


「まあそうだね。彼女一人でも解決できるだろう。ただ……」

「……あ、会長、また企んでるって顔っスね」

「おっと」


 そう言われ、リーンハルトはすぐに口に手をかざす。


「……そんなに、ニヤついてしまってたかな?」

「楽しそ~ぉな顔してたッスよ」


 そう言うシュベルトは、どこか諦めたような苦笑を浮かべ、やれやれと腰に手をあてる。

 そんなシュベルトの言葉に、リーンハルトは楽しそうに肩をすくませた。


「フ……まあ、そういうわけだ」

「その、会長の趣味を否定はしないッスけど、押し付けられる方は割と苦労してるんスよ?」

「ははは。まあ、大目に見てくれると嬉しいな」

「ヘイヘイ。……っとそうだ、オレは業務に戻るッス。」


 そう言って、シュベルトは出ていった。

 庶務長である彼は式典の片付けなどで忙しい。たまたま生徒会室に居たから控えてもらったが、少し時間を取らせてしまったか。

 だが、そこはシュベルトのことだ。上手くやってくれるだろう。


(それにしても……)


「……《《趣味》》、か」


 チラリと窓の外を眺める。生徒会室がある1号館の外では、学園内を探索する新入生徒が大勢歩いていた。


(趣味……フフ……ああそうだ。だって、強くなろうと足掻く人ほど、見ていて美しく、楽しいものはないんだ)


 あのロミエ・ハルベリィという生徒は、どれくらい成長するだろうか。

 数多の苦難を乗り越えて、芯となる強さを得た時、どのような出で立ちで歩くのだろう。


「……」


 リーンハルトはポケットの中から、おもむろにチェスで使うポーンを取り出した。

 それをまるで、空中に盤面を思い描くようにして、ニマス先へと指す。


(……次、《《あのポーン》》はどう動くだろう。)


 すぐに取られるか、はたまた重要な布石になるのか――はたまた、プロモーションをして最強の駒(クイーン)となり得るのか……。


「……さあ、私の期待に応えておくれ」


 新しい学期の始まりを告げる、正午の鐘が鳴った。

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