第73話 鹿の王
その後も幾度と王の記憶を体感して次にロウが体験したのが、イルクだった。
イルクは王として、かなり人間よりの王だったと、一部の動物達から反発を買っていた。だが、その実イルクは森の民を気遣っていた。
彼はよく森を周り、揉め事を率先して解決していた。
そんな中で、起きたのが銀狼達が人間を襲う事件だった。銀狼達の人間嫌いは有名だったが、集団で人間を襲うところまで行く事件は未だかつてなかった。
イルクはガルムの母と対峙する事になり、森の中で彼女と会った。
「これは、人間に甘い王が私に何のようだね」
「わかってはいるのでしょう。人間を襲ったら我々はあなたを庇えない」
母は笑った。
「でも、彼らには弱点がある。私たちは森の奥を縄張りとしているからそこには入れないさ」
「であれば森から追い出す必要がある」
母はケラケラと笑う。
「お前に私たちを森から追い出せると? 笑わせるな」
銀狼は確かに群れとしてかなり戦いの経験があり、強かった。だが、それを知ってなおイルクは動じない。
「なぜ私が王と呼ばれているのか、忘れたか」
イルクの凄みに母は一瞬怯む。
「王の言う事は獣にとって絶対だ。お前たちはもう森の奥の縄張りには戻るな」
そう言い残すとイルクは母の元を去った。王の言葉には基本的に獣たちは逆らえない。その後ガルム達は彼らの縄張りを捨てて他の場所に移動することを余儀なくされた。
そして人間達が、銀狼達の一掃計画を立てていることをイルクはデルアートから教えられた。
「正直、かなりの数の人間がやられている。もう私でも庇いきれない」
デルアートの話は無理もなかった。
「すまない。私も今なぜ彼らがこうなってしまったのか、調べているところだ」
イルクの話に、デルアートは考えながら答える。
「ここ最近、こちらも反獣王派の動きが活発になって来ている。初めは銀狼達のせいかと思ったが、元を辿るともっと前から変わって来ていたようだ……。もしかすると私たちの知らない原因があるのかもしれない」
イルクは尋ねる。
「その原因とはなんだ?」
デルアートは言う。
「例えばだが、獣と人間を仲違いさせたい勢力がいる。とか」
イルクはデルアートの意図を察した。
「帝国か?」
「可能性の話だ。おそらく大事なのは我々がその可能性を認識しておくことだ」
イルクは頷いた。その後、イルクは銀狼達の中で唯一ガルムが人間を襲っていないことを、彼の草食の獣の友達であるロウ達に聞いた。
そこでイルクはデルアートと交渉し、その一匹だけは逃す事に決めた。イルクはガルムにはその事実は言わずに、草食獣達に彼を群れから離しておくように告げた。
そして、当日ガルム以外の全ての銀狼は人間によって狩られたのだった。




