第67話 王殺しの記憶
酒場は既にかなり盛況だったが、一区画だけ聖獣隊のために開けてある。マリウス達はそこに陣取ると、食事や飲み物を注文し始めた。
少し離れたところに、小さく人だかりができており、その中心には顔に入れ墨の入った男が一人座っていて、周りの客と話していた。マリウスは少し気になって、レルベットに尋ねてみる。
「獣狩りの人、ファンネルを倒したのかな」
するとレルベットは頷いた。
「さっき知らせがあって、ファンネルの狩りは成功したそうだ。これで森に気兼ねなく入れるな」
レルベットは満足気だったが、獣狩りの男の表情がどこか浮かない感じなのをマリウスは不思議に思った。そうこうしている間に、反獣王派の人間がクラムを筆頭に酒場に入ってくる。そして繰り返しと同じように、どこからともなく、言い争いが始まり、最後にクラムが捨て台詞を残してその場を後にする。とそのすぐ後に、一人の男が酒場に駆け込んできた。男はレルベットに耳打ちをした。すると、レルベットはすぐさまマリウスを呼び寄せた。
男から知らせを聞くと、マリウスは一目散に酒場を飛び出した。知らせの内容は母の急変だった。マリウスが家の二階の部屋に着くと、リラはベットで苦しそうにしていて、周りに医者とビルム達がいた。
「すまないなマリウス、呼び戻してしまって」
「そんなことはいいんだ。それより容体は?」
ビルムは首を振る。
「少し落ち着いたが、今日が山だそうだ」
医者もなすすべなしといった様子だった。
「せめてリンカさえあればもう少し戦えるのですが……」
マリウスは唇を噛み締めていた。母は苦しそうな表情を浮かべていたが、マリウスが帰ってきたことに気づくと、彼に微笑みかける。
必死に辛い表情を見せまいとする母をマリウスは直視できなかった。たまらず、外に出ると、ビルムが追いかけてくる。二人は外で座りながら話した。
「俺もお前も、覚悟を決めなきゃいけなさそうだ。」
ビルムの言葉にマリウスは首を振った。
「俺はまだ受け入れられない……。ようやく、母さんを手伝えるようになったのに……」
ビルムはうなずく。
「でも、リラさんが決めたことだ……。俺らにはどうしてやることもできないよ」
だが、マリウスはまだ手を尽くしたとは思えなかった。今日の王との会話とそして母の急変が越えられなかった最後の一線を越えろと言ってきているような気がした。
マリウスはビルムに一度その場を任せると、森へと向かった。森はもう真っ暗で、明かりがないと地面が見づらいほどだったが、マリウスは土地勘のおかげで迷わずに小屋の方面に向かうことができた。
マリウスの予想では、もう王は自分の縄張りに帰っているはずだったので、小屋の周りには誰もいないと踏んでいた。しかし、小屋の近くの草むらから一歩足を踏み出した瞬間、マリウスはそれが間違いであることに気づいた。
「ここで何をしている」
いるはずのない王がその場に立っていた。
「なぜ、こんなところに……」
王は頷いた。
「それはどちらかというと私が聞きたい。なぜお前はこんな時間にここにいる」
マリウスは迷っていた。こうなってしまったらもう後には引けない。
「相談があるのですが……」
王はマリウスをじっと見つめる。
「話せ」
マリウスは意を決して話し始めた。
「私の母は今病で伏せっています。もう今週が佳境だと医者は言っていました。でも、ここにあるリンカの実を使えば母を救えるかもしれないんです」
王は黙って話を聞いていた。
「私にできることならなんでもします。なので代わりに、ここにあるリンカの実を頂くことはできないでしょうか。今月もらった分は来月貢物に足す形でお返しするので」
マリウスにとって最後の話は正直確約できるものではなかったが、とりあえずは今この瞬間を乗り切る必要があった。この交渉が仮にうまくいけば後でリンカの実の帳尻は合わせられるからだ。王は少し間を置いて喋り出した。
「お前の話はわかった。午後の仕事の時にしていた話はやはりお前自身のことか」
マリウスは恐る恐る頷いた。王は少し歩きながら話す。
「あの時も言ったようにそれは出来ない……。私の一存でどうなる話ではない」
マリウスは王の話方が少し意外だった。午後の話ぶりからして真っ向から否定されて咎められる事をある程度想定していたからである。王は続ける。
「だが、手段がないこともない」
マリウスは顔を上げた。
「その前に一つ確認したい。お前はリンカの実をもらえるなら全て言うことを聞くと言った。その言葉に二言はないか?」
マリウスは頷いた。彼の1番の願いは母の命を助けることで、そのためならなんでもできると思っていた。王はマリウスが頷いたのを確認して話す。
「ならば、リンカの実を渡す代わりに私を殺してもらおう」




