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超獣戯画Ⅱ  作者: 纏笛


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第66話 掟

 その日の朝、マリウスは少し憂鬱な気分で目が覚めた。聖獣隊の卒業をようやく迎えられる日なのに、彼の気分はずっしりと重いままだった。

 だがその理由を彼自身は知っていた。

 ベットを出ると、朝食を食べるためにキッチンへと向かう。そこには、牧場の手伝いに来ているビルムがいた。

「マリウス! おはよう。昨日は眠れたかい?」

 マリウスは頷く。

「今日はようやく卒業だな……。ほんとによく頑張ったよ……」

 ビルムとマリウスは長い付き合いになる。元々は彼の父が牧場を手伝っている関係で、二人は古くから知り合いだったが、ビルムの方が年上だったため、マリウスは兄のように彼を慕い、何かあると助けてもらっていた。

「実感湧かないよ。もう王と会えなくなるなんて……」

「長かったもんな……」

 ビルムはマリウスの肩をポンポンと叩く。だが二人の表情は明るくなかった。

「調子はどう?」

 ビルムは首を振る。

「今週が山だそうだ……」

 マリウスは歯を食いしばった。そして朝食を終えると隣の寝室へと向かう。そこにはマリウスの母、リラが寝ていた。マリウスが優しい目で母を見つめているとリラが起きた。

「マリウス、おはよう」

「ごめん起こしたね」

 マリウスは母に起き上がらないように手で制する。母は優しく微笑んでいた。

「ごめんね。最近はどうしてもね……」

 マリウスはなぜ、母が治療を拒んでいるのか、正直なところ理解できないでいた。母と町長の事は友達の母親が教えてくれたが、だったら尚更頼んででも、薬をもらえばいいのにと思ってしまう。

 しかし、リラは頑なに、治療を拒んだ。そして、それを機に町長はよくリラを訪ねて来るようになっていた。

 マリウスは始め彼をよく思ってはいなかった。今まで尋ねてなんて来なかった男が、病だと聞いて急に来られても、受け入れる方が難しかった。

 しかし、町長は、なんとかして助かる方法がないかを探し続けていた。実際に王にも何度も掛け合ったところをマリウスは見ていた。

 毎年、スディラでなくなる人を助けるために町長は王と実の個数の交渉をするが、今年はその熱意が今までとは違っていたのだ。

 マリウスはその頑張りを見ている分、町長には頭が上がらなっていた。

 しかも彼は忙しい傍ら、様子を見に何度が牧場を訪れて、みんなの様子を心配していた。

 しかし、日増しにリラの容体は悪くなり、もうベッドから立ち上がれないところまで来ていた。

 マリウスは頭でわかっていても、どうしても母が死ぬ事が受け入れられず、必死で助ける方法を考えていた。

 だが、王を出し抜いて、実を獣達から盗むのはかなり至難の業だという事は、彼もわかっていた。

 王はとにかく頭がいい。何か怪しい行動をしたらすぐバレてしまう。そして何より、聖獣隊である自分は王の命令には逆らえない。

 王は用心深く、毎日接する聖獣隊には、自分に危害を加えないことや、貢ぎ物に手をつけないことを約束させる。それがある限り、マリウスは貢物には手を出せない。

 しかしこれには唯一抜け道があった。

――卒業すれば、俺はもうこの縛りには左右されない……。日付が変われば貢物を盗むことができる……。

 それは、考えとしては浮かぶものの、実施に至ろうとはマリウスは思えなかった。

 しかし、母親の死が間近に近づいた今日、卒業も相まって、マリウスの心は揺れていた。何か後、一つでも要素が重なれば、この計画を実施してしまう所まで彼は追い詰められていた。

 その日マリウスは一旦色々な感情を押しとどめて、働きに出た。今日は最後の務めということもあり、聖獣隊のみんなから仕事の引き継ぎや労いなどで、忙しく過ごしていた。

 だが忙しさにしていても気を抜くとふと、母親のことが頭をよぎった。

 母は自分がそんなことをしてまで助かることを望みはしない事は母親の言動から察していた。

 しかし、マリウス自身は母が生きることを強く望んでいて、その一線を超えられず、どこか悶々とした気持ちを抱えながら、仕事をしていると、ちょうど王と二人になる瞬間があった。

 基本的に聖獣隊は王と二人きりになる事は少ないが、マリウスは王と比較的近い立場で、かつ貢物の内容などを伝える役目があったため、しばしばそう言うことがあった。

 王は荘厳な雰囲気でいつもと変わらずそこにいた。流石に狼ということもあり、いつも接する、マリウスでさえ緊張感が走る瞬間だった。

「……今年はリンカの実の収穫は少ないですが、貢物に足る量は取れたので、前年と同じ量を納めさせてもらっています」

 マリウスは貢物の管理を行なっており、その内容を王に伝えねばならなかった。一通り報告が終わると、王はゆっくりと頷いた。

 普段はそこで続けて話しかける事はしないのだが、マリウスはなんとなく、王に質問を投げかけてみた。

「もし仮に森の民にいつもより多いリンカの実が必要という状況にあったら……王はどうされますか?」

 珍しい質問に王は振り向いた。

「妙なことを聞くな……。私は何もしないだろうな……」

 マリウスは食い下がった。

「なぜです? それで救われる命があるのに……」

「それが掟だからだ……。掟は意志で変えられてはいけない」

 マリウスはどこか根幹になる部分を聞いている気がした。

「なぜそこまで掟にこだわるのです?」

 王はマリウスの目をしっかりと見る。

「意味を知っているからだ。なぜ掟が出来て、なぜ守る必要があるか、そして守って来たもの達の戦いもな」

「掟がかならずしも正しいとは限らないはずです……」

 王はうなずく。

「そうだろうな……。しかし、今の話程度では掟を破る理由にはなりえない」

「それがあなたにとって大切な者でもですか?」

 王は答えに少し迷った様子だったがすぐ答えた。

「当たり前だ。しかし、そもそもリンカの実で我らの命が救われるということはない」

 これにマリウスは驚いた。

「リンカの実は森の民がスディラから身を守るために貢がせているのではないのですか?」

 王は頷いた。

「私たちは、そもそもスディラにかからない。なぜかはわからんがな。元々、リンカの実を食べて育ってきた動物が多いからかもしれん」

「ではなぜ、貢物にリンカの実を?」

「それは、人間にとって大切な実だからだ。我ら森の獣に対しての尊敬を人間にとって大切な実を差し出すことで示す。というものに他ならない。」

 マリウスは少し愕然としていた。動物にとっても実の大切さは人間と同じだと思っていた。

 しかし、実際のところは身はただの、尊敬を示す道具に他ならなかった。

「それだけのために……」

 王は頷いた。

「無論、リンカの実を我らを媒介にして増やす。という目論みもあるようだがな」

 それはマリウスも聞いたことがあった。しかし、人間にとってのリンカの実の価値と動物達にとっての価値が圧倒的に違うことがわかった今、マリウスの中で何か大事なものが壊れたような気がしていた。

 その後滞りなく業務を終えると、マリウスの聖獣隊としての最後の仕事は完了となった。そして、その夜聖獣隊のみんなはマリウスの卒業を祝うために、酒場へと向かった。


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