第52話 町長と幼馴染
それはちょうど、王殺しがある一か月前のことだった。町長のデルアートが、いつものように記録庫にいると、そこに訪問者が来た。
「相変わらず、ここにいんのな。どうだ? 調子は」
デルアートはパタンと記録書を閉じる。
「なんだリフルか」
なんだという割にデルアートの声は嬉しそうだった。リフルは町長になった後もデルアートに態度を変えずに接する数少ない友人の一人だった。
いつもはここで言い返してくるリフルだったが今日は少しトーンが違った。
「お前、聞いたか? リラの事」
デルアートは首を振る。
「いや、聞いていない……何があったのか?」
リフルはいつになく重々しい表情だった。
「ア型のスディラらしい……まだ初期だが。」
デルアートは立ち上がった。
「まさか……」
スディラは、伝染病の一種で型によって重症化する率が変わる、中でもア型はかなり珍しい型でかつ重症化率が高かった。
「俺も今朝知り合いの医者に聞いたんだ……まだそこまで症状は重く無いそうだが……。なあ、なんとか助けてやれないか?」
リフルは明確にスディラに唯一対抗できるリンカの実からできる薬を指して話をしていた。
「よりによってア型か……」
デルアートは頭を抱えた。ア型はスディラの中でも最も重い型で、治すためには最低でも五つのリンカの実が必要になる。
「今、リンカの在庫を計算させているが、おそらく俺の見積りでは多くとも四つしか余剰分はない……。他の型なら、一つで済むのに……」
リフルは少しうなだれた。
「そうか……。時間がある時に行ってやれ。もうずっと会えてないんだろ? リラの旦那さんも二年前に亡くなっちまったし、もうお前が会いに行っちゃいけない理由はないはずだ」
デルアートは苦笑いした。この十五年必死で忙しくしてきたのは少し、リラのことを忘れるためもあった。そういう感情を唯一理解できるのが長年親友のリフルだった。
デルアートはリラの邪魔をしないように、決して合おうとはしなかった。
リラの夫のツェヘルは元々かなりリラより年上で、前妻との間には娘しかいなかったため、息子を望んでいた。そう言った経緯もあってか、リラは嫁いだその次の年に男の子を身籠った。
「リラの子供、もうそろそろ十五歳になるのか……俺たちも歳をとるわけだ。」
デルアートは悲しく微笑んだ。
「リフル。知らせてくれてありがとう。今日は時間が取れそうだから後で牧場に行ってみるよ」
リフルはうなずくと記録庫を後にした。
その後デルアートは早めに仕事を切り上げると、リラのいる牧場へと向かった。突然の訪問に驚かれはしたが、デルアートが事情を話すと、今牧場の取り仕切りを行なっているエリウがデルアートをリラの元まで案内した。
彼女はベッドで向こう向きになって横になっていた。
「すみません奥さん……起こしてしまいましたか?」
エリウが話しかけると。
「まだ起きてるわ。今日は具合がいいの」
とリラは振り返った。
「実は奥さんに尋ね人がいまして……」
そう言うと後ろからデルアートが現れたので、リラは思わず目を丸くして言葉を失った。
「デル……くん?」
デルアートはバツが悪そうに話し始めた。
「元気そうだね……十五年ぶりかな?」
エリウは後は二人に任せるようにその場を後にする。
「なんで急に……? 病気のこと聞いたから?」
デルアートはうなずく。
「リフルに聞いてね……。血色が良さそうでよかった。様子を見にきたんだ……。」
リラはほとんど泣きそうなのを堪えていた。
「病気になって初めていいことがあったかもしれない……。まさかデルくんがきてくれるなんてね……。リフルに感謝しなきゃ」
「いつわかったの?」
「ちょっと前にね……。牧場で倒れちゃって、一応見てもらおうって事でお医者さんに見てもらったら背中にアザがいくつかできてるのがわかっちゃって……」
スディラは特有のアザができる。怪我やどこかにぶつけたわけでもないのに複数の箇所にアザができるので、他の病気と見分けがつけやすいのだ。
「そうか……体調はどう?」
リラはうなずく。
「元気なんだけどね。突然倒れちゃうから、あんまり動けなくて……。最近はもうずっとここにいるの」
その後二人はお互い今までこの十五年の間にどんな事があったかを語り合った。
「リラの子供がもう十五って聞いて、リフルと二人で年取ったなって思ったんだ」
リラはふふと笑った。
「そうだね……。子供は可愛いけど、やっぱり心配になってしまうものね。あの子は大人になりたがるのだけど……まだ心が追いついてない時があって……当たり前なんだけどね。危なっかしくて、ついててあげたくなっちゃう」
リラの言葉からはそれがもうきっとできない寂しさが感じられた。
「リンカの実が後もう一つあれば……」
だがリラは首を振った。
「私のためだけに貴重な実を使えないわ。他の多くの人のために使ってちょうだい」
こういうところがリラらしいなと、デルアートは思った。たしかにスディラは他にもエ型という種類があり、そちらならリンカの実は一つで事足りる。すなわち、リラより何人もの人を救えるのだ。
「今年は幸いなことに、そこまで感染者が多くないんだ。今かかっていて治療できていない人は君だけだし、使うことになんの問題もない……。なんとか手を尽くすよ」
だがリラはどこか悲しそうに微笑むだけだった。去り際、リラがデルアートに問いかける。
「私のこと恨んでる?」
デルアートはドアを開けた手を一瞬止めて、振り返る。町民たちの間ではまだデルアートに妻も子供もいないことは有名で、そのたびにリラの話になるのだ。
リラ自身も当然それをずっと気にかけていた。デルアートは否定も肯定もせず、話し始めた。
「僕らはあの時お互い出来うる選択をして一生懸命生きた……。それが大切なんだと俺はおもうんだ。その選択の結果がなんであれ自分で受け入れて責任を取るさ」
リラは微笑んだ。それはデルアートが、リラから学んだ事だった。どんな人生を選ぶにしろ、その選択の責任を自分で取るようになった時に人は一人前の大人になるのだ。




