第3話 手記2日目① 牧場主
~~2日目~~
私は起きた時に、少し手に違和感を覚えたが、その正体はよくわからなかった。
一度顔を洗うと、着替えて外に出た。この街には朝に霧がかかる。
標高が高いからか、周りは涼しかった。
今日は街の聞き込みと、余裕があれば少し山の麓の様子を見に行く予定だった。
宿屋に戻って朝ごはんを済ませると、まずは街に出向いてみた。
何人かに挨拶をすると、彼らは余所者の私にも愛想良く挨拶を返してくれる。
そんな風に街を散策していると、この街には家畜が多くいることがわかった。
牛や豚、馬などもほかの地域に比べても多い。
街の人の多くはそんな動物達を飼育し育てる仕事をしている人が多い様子だった。
私が町の人に山の麓の森の動物の事について尋ねているとある男の子が喋りかけてくる。少年はリクと名乗った。
彼は私に興味津々できている服の事や、今何をしているかについて詳しく訪ねてきた。
初めは私の顔の入れ墨など、余所者の物珍しさに子供が絡んできているだけかと思ったが、話しているうちに違うような気がしてきた。
理由は彼は街のどの人間とも面識がないようなのに加えて、たまたま触れてしまった時に感じた着ている服の材質が他の街の人間と完全に異なるのだ。
それを踏まえてどういうことか尋ねると、彼は神妙な面持ちになって答える。
「お姉さんさすが銀の爪だね、やっぱり鋭い…お姉さんの能力は『触る』ことなの?」
かなり踏み込んだ内容の返答だったので私はかなり動揺した。私が銀の爪であることを元から知っていて私に近づいてきたということだろうか…。
しかしなぜ銀の爪の能力である五感の強化まで知っているのか…。その理由がわからなかった。
私がどう反応するべきか迷っていると、彼はそこで一通の手紙を見せてくれた。
手紙には銀の爪の長の文字で、この子と一緒に行動するようにという旨の事が書かれていた。
理由は記録師だから狩りの役に立つだろうとのことだった。
私が『本当に記録師なの?』と尋ねると
彼はうんと頷いた。
同じ銀の爪であるレンドさんの元にもたしか、リクソスの任務の際に記録師の女の子が狩りに協力したという話は聞いていたので、そこについては別段驚きはなかった。
だが、リクソスの件の時は、獣の製作者との対峙や、レンドさん自身もかなり手傷を負ったという話でかなり大変な案件だった記憶があった。
ということは同様に記録師がついているこの任務が一筋縄ではいかないものになる兆候な気がして、一抹の不安がよぎった。
彼はとても人懐こく、私に色々尋ねできたので、私も一つ一つなるべく丁寧に返した。
彼と一緒に街の人と接する中で抱いた印象は皆、獣の王のことと、そしてこの街の町長を尊敬し、かなり信頼を置いているということだった。
特に街の中心部にある牧場を管理している、マルケタさんは顕著にその傾向があった。
私が牧場で働いている他の人に質問をしていると、彼はどこからともなく表れてしゃべりかけてきた。
「あなたが町長の紹介の獣狩りさんかい?」
私は少し驚いたが、挨拶を返す。
「ええそうです。サラといいます。すみません少し街の様子を知りたくていろいろ見させてもらっていて…」
マルケタさんは少し心配そうな顔をする。
「女の獣狩りなんて初めて見た。大丈夫なのかい?」
この仕事をしていると、嫌でも女性であることを心配される。
ただ私は、あまりそれを不快に思わない。人には向き不向きがある。
そして一定のレベルで性別によってもある程度の向き不向きの傾向が存在するのだ。
例えば力仕事は男性が向いていたり、細かい繊細な作業は女性が向いていることが多かったり。
そこにおいての偏見は私は特に不快に感じなかった。
もし私が彼と同じような、ただの街の民であるなら同じような心配をしただろうと思う。
「精一杯やらせていただきます。あの、獣の王について少し聞きたいのですが、皆さんはその獣の王と接する機会はあるのですか?」
と尋ねると、快くマルケタさんは答えてくれる。
「王はワシらと直接触れ合うことはほとんどないよ。ワシもしょっちゅう山には入らせてもらうが、見た事があるのは先代の王を2回と、今の王を1回程度だ。うちの街には王に対応するための役割を持った連中がいる。聖獣隊と呼ばれる連中だ。そいつらが町で集めた貢物なんかを王のところに持っていくからそいつらの方が王には詳しい」
私は個人的な興味で王についてさらに尋ねた。
「王のことはどう思ってらっしゃるのですか?すみません。私の街にはない文化なので、
少し気になって…」
マルケタさんは笑ってうなずく。
「無理もない、わしらの街は特殊だ。ワシは…まあ街の大半の連中がそうだが、王には感謝している。王があそこら辺の獣の統制をとっているから、ワシらは昔に比べるとかなり安全に山に入ることができる。知っての通り。ワシらの街の山、クバレノ山とそれに連なる森には色々な薬のもとになる薬草が生えてる。ワシらの仕事は家畜の管理が多いが、それ以外は薬草の取引で生計が立てている人間も多いからのう」
実際、ヒメルの街は薬草の産地として有名な場所だった。
「しかし、その分、王に貢物をしなくてはならないのですよね」
マルケタはうなずく。
「まあ貢物といっても、作っている家畜の肉が多いからなぁ、後は山でとれる実とか…それで安全に山に入れるなら安いもんだろう。ワシは王がいなくなってあそこの山の統制が効かなくなる方がよっぽど恐ろしいさ」
私は今度は依頼の部分である鹿について聞いてみた。
「害獣である白い鹿について、何か知っていますか?」
マルケタさんはうなずく。
「おそらく、そりゃファンネルのことだろう。最初に襲われたのはワシの甥っ子だからな。
よく覚えているよ」
私は鹿に名前がつけられているのを驚いた記憶がある。それを察したのか彼は理由を教えてくれた。
「鹿に名前がついてるんで驚いたかい。あの森の動物たちには実はみんな名前がある
だがそれにしても奴は特別でね、先代の獣の王の妻にあたるんだ。普通は名前なんて知らないんだが、王の嫁さんだから名前を聞く機会が多くて自然と覚えちまった」
私はもう少し鹿について知りたくなった。
「なぜ、その鹿は人間を襲うように?」
マルケタさんは考え込む顔をしていた。
「ううむ、それがわからんのだ。ファンネルは元々牝鹿でな、でも牝にしては活発で前の王と一緒になって森を活発に動き回っとった。前の王は人間に比較的優しくてな。それもあって街の連中には夫婦ともども慕われとった。こっそり餌をやりに行く子供がいるくらいでな。
それが今の有様だ。奴は今牝鹿なのにツノが生えておる。その角で森に入った街の人間を何人も襲っとるんだ」
私はそれに少し疑問をもった。普通瘴気を浴びて拡大型に覚醒した獣は覚醒前の特徴が残ったまま、体が大きくなったり特殊な能力が発現したりする。だが性差を超えた特徴を発現させている拡大型の獣はあまり聞いたことがなかった。
マルケタさんの話を聞く限り、その獣は王についても浅からぬ関係性はあるようだった。
「前の王が死んだあと、確か彼女自身も住んでいた場所を今の王に取られ、比較的ワシらの近くの地域に住まわざるを得なくなったんじゃ。もしかするとそれが気にいらんかったのかも知れんのう」
私は最後に覚醒の時期についてもきいてみた。
「ファンネルが白い鹿になったのはいつごろからですか?」
マルケタさんは少し考えながら答える。
「ちょうど8ヶ月ほど前のことだったか。山の麓に白い鹿が出るって話になって。
そのあと2ヶ月後にワシの甥っ子が襲われたんじゃ。そこから奴は奴の地域を通る人間を見つけては襲っておった」
私は一通り話を聞くとマルケタさんの元を後にした。




