第19話 町長の過去~王の交代~
デルアートの町長としての初日は、驚きの連続だった。前町長のイルムから言われてはいたものの、特に彼が驚いたのはその仕事の量だった。
彼は書類を整理しながらイルムに言われたことを思い出す。
「ヒメルの町の長はただの管理者ではいられない。実務が最もできる人間であり続けねばならないんだよ」
デルアートは最初彼が言っている意味がわからなかった。イルムは笑って説明する。
「他の町の長や、いわゆる領主と呼ばれるような人間達は、自分達で役所の仕事をしたりはしない。それはその町や地区にそれぞれに統治の形があり、それで正しいのだ。
しかし、我々は違う。実際に王と対峙し直接会話して関係を構築していくには実務の経験と知識が必要不可欠なんだ。でなければ王は私たちを会話に値する相手とみなさない」
デルアートは疑問を呈した。
「しかし、それも管理で対応できるのでは? 実務は実務に優れたものに任せ、そこでまとまった情報のみを管理するやり方でも王とは話せそうな気がしますが」
イルムはうなずく。
「この体制になる前の町長もそうしていたそうだ。しかし、結局細かい部分までは実際にその仕事に従事している人間しかわからない。
獣の王はただの管理者では満足してくれなかったのだ。そこで実務に優れ、内情を逐次把握しているものも一緒に王と会話するようになったが、徐々に王はなぜそちらが町長でないのかに疑問を呈して来た。そこで先代町長は今後は実務に優れた者を町長として扱い、そこに世襲を含めないように制度を変えたのだ」
デルアートは少し驚いた。
「先代町長は器が大きいですね。彼らは町長の職を辞したのでしょう?」
イルムは笑った。
「彼らは元々町長として管理していた土地や財産が必要だっただけだ。だからその財産は土地は自分のものとして残して、町長という仕事だけを任せることにしたんだよ」
デルアートは納得した。イルムは少し遠い目をする。
「そのおかげで、君や俺みたいになんの地位や家柄も財産もない人間が、町長という町の全てを管理する仕事ができるんだ。
まあ報酬は正直大変さに見合っていないが、職業というのはえてしてそういうものだ。本当に大変で重要な仕事についている人間ほど報酬は安かったりする。人間の不思議だな」
イルムはまた微笑んだ。
デルアートは仕事を教わるまでイルムの人となりについてはあまり知らなかったが、何故リフルがこの人についていったのかなんとなくわかる気がした。
イルムは王についてもデルアートに教える。
「王は獣だからなんだかんだ寿命はそこまで長くない、俺も合計三匹の王の交代を見てきた」
デルアートは疑問を口にする。
「では王が変わるたびに関係構築をするんですね。人間に好意的ではない王になった場合はどうしていたんですか? そこまでの王としていた約束等が反故にされたりは?」
イルムはうなずく。
「ここが面白いところだが、王になる以前に人間嫌いだった獣もなぜか王になると、俺たちとの関係をきちんと保とうとするんだ。
私の代でも一匹、人間嫌いの噂がある獣が王になったが、関係の持続を望んでいたし、前王との約束も尊重してくれた」
デルアートは考え込む。
「なぜそうなっているかを、一応把握しておく必要がありそうですね……。今までは良くても今後変わる可能性もある」
イルムはうなずいた。
「そうだな、だがそれはおそらく彼らの王という制度の根幹に関わる部分だ。しっかりとした信頼関係がないと教えてはもらえないだろうな……」
イルムからの引き継ぎが終わった次の日からデルアートは本格的な業務を開始した。実際のところ、町長の業務は基本的には町の食料の在庫管理だったり、他の町や動物達に与える貢物の調整、帝国との取引等本当に多岐に渡った。
無論、町の役所にも優秀な人が集められているので、分担しながら仕事はできたが、最終的には全ての情報を町長であるデルアートが把握している必要があった。デルアートは急激に忙しくなり、日々もあっというまに過ぎていった。
そして十年という歳月が過ぎた。
その間デルアートはリラに会うどころか、自分の時間を作る事すら叶わなくなっていた。
風の噂で、彼女は子供を作って、牧場で幸せに暮らしているという話を聞き、町長になった自分結婚するよりも結果こうなった方が彼女にとって良かったのではないかと彼は心の中で言い聞かせた。
十年の歳月の中で二匹の王の交代をデルアートは体験する。
そして今の王はバフルという猪だった。
バフルは冷静で賢い王だったが半年前から足を悪くして、森への王の支配力が弱まってきていた。
そんなある日、森の監視係が、デルアートの所に飛び込んできた。
「デルアートさん! バフルが……王が負けました」
デルアートは驚かずに答える。
「わかった。勝ったのはイルクだな?」
監視係はうなずく。
「バフルは殺されはしなかったそうですが、王の交代が行われます」
デルアートはうなずくと、手に持っていた記録をおいて役所を出て行った。
森に着くと辺りはもう夜になっている。二人は会合の貢物がある小屋まで一旦馬を走らせた。
デルアートはそこに着くと、監視係に離れるように指示した。そうして待っているとイルクが現れる。




