第14話 手記5日目② 契約印と聖獣隊
酒場に着くと、街の人間の何人かが話しかけてきた。
「聞いたよ!獣狩りさん!倒したんだって?ファンネルを」
「はい…一応」
私は恐縮しながら返事をする。
皆はとても嬉しそうなほっとしたような表情をしている人が多かった。
「いやーお手柄だねぇ。これでまた安心して森に入ることができるよ」
皆が私に一通り声をかけ終わり、私の周りが少し落ち着いたころ、一人の老人の男性(名前はラフサルさんと言う)、が少し気になることを口にした。
「これで反獣王派も少しは町長の言うことを聞いてくれるといいんだが…」
私は気になったのでそこで聞き返す。
「反獣王派というのは…?」
ラフサルさんは私にその話をしたかったのか、待ってましたとばかりに話してくれた。
「反獣王派っちゅうのはな、獣の王を認めていない連中のことだ。奴らは山に入るのに獣の顔色を窺わなきゃいけない状態にずっといらだっている。歴代の町長はそれを抑えてきていたんだが…今回ファンネルの件があって奴らは町長に獣達に遠慮しすぎるからこんなことになると詰め寄ったんだ」
ラフサルさんの顔は言いながらだいぶ苦々しそうだった。
おそらく余程、反獣王派と呼ばれる団体に苛立ちが募っていたんだろう。
「私が街をまわって話を聞いたときはそのような話はあまり聞かなかったような気がしたのですが…」
ラフサルさんはこの問いに苦笑いしながら答えてくれた。
「知っての通りうちの街の連中は大半が町長の味方だ。うちの町長の制度は聞いたかもしれんが、少し特殊だろう?」
私はうなずく。
「世襲をさせないということですね」
ラフサルさんはうなずいて続ける。
「有名なところはそれだが、それだけじゃない。うちの町長は歴代の決まりで世襲だけではなく。街の皆んなを大きく超える報酬をもらえないんだ」
私は興味深くて思わず聞き返した。
「どういうことです?」
「先代の町長は政治の腐敗を恐れていてな。政治と金の力を結びつけることを嫌ったんだ。
だから頑なにみんな以上の報酬をもらわなかった。街の全員の稼ぎを調べて。それを平均したものを自分の報酬としたんだ」
私はとても驚いて、それについていくつか気になることを聞いた。
「ですがそれだと、かえって腐敗が起こるのでは?それこそ街の稼ぎが多い者が町長を買収する可能性だってあります」
ラフサルは頷いた。
「だから先代は町長になるものにはサルヌの契約印を義務付けたんだ。彼らは町長になる時に、民から報酬を受け取れない契約を交わすらしい…」
サルヌの契約印はレイスの契約印と並んで古くからある契約印だが、その特徴はレイスとは少し異なる。レイスが契約を破るとその代償を契約者が被る代わりに、サルヌの契約印は契約者はその契約を破れない体になってしまうのだ。
「サルヌですか…強い契約印ですね」
私はレイスの契約印ではないあたりに先代のより強い意志を感じた。
サルヌとレイスの決定的な違いは、レイスの契約印は契約で決めたこと以外に制約はないのに対してサルヌは契約を破ろうとする感情や意志を検知すると、その感情を奪ってしまうのだ。
そういう意味でサルヌはかなり優柔の利かない契約印であり、同じく呪われた三大契約印の一つでありながら制約の重いレイスより更に使用される頻度は少ない。
ラフサルさんは頷いた。
「詰まるところ、町長が儲けるためには俺たちの暮らしを裕福にするしかない。しかも獣の王と俺たちとの均衡やその他色んな調整を行いながら失敗せずにやり遂げねばいかん。だからこそ俺らは彼を尊敬し、絶対にその意思に従うんだ」
聞いていて私は恐ろしい話だと思った。たしかにその政治はある種の理想ではある。
だが実際に町長を務める人間からすれば、なんの得もないことは間違いがなかった。
「そんな町長にも反対派がいるのですね」
ラフサルさんは笑った。
「街のほぼ全員は町長を尊敬しているから、表立って町長を批判する奴などいない。だがどんな人間でも制度があっても完璧な政治なんてのはありはせん。彼を尊敬する物がいる分、当然反対派に回る人間も出てくる。君は余所者だから、おそらく皆気を使って反対派の話をせんかったんだろう」
私は頷いた。そのままラフサルさんと街のことについて話をしていると、珍しく聖隊のマリウスが酒場に来ていることに気がついた。
聖獣隊は確かお酒を飲まないと言う規律があったような気がしたので少し気になっていると、ラフサルさんがその視線に気がついて教えてくれた。
「マリウスは今年で18だからな、奴は聖獣隊には残らずに、街の仕事をするそうだ。大方今日はその卒業祝いって所だろう」
見るとマリウスの周りにはレルベット等、聖獣隊のなかでも、年配の人も集まっていた。
マリウスも私と会っていた時とは違い今日はどこか砕けた表情をしていた。
彼は私を見つけると話しかけてきてくれた。
「聞きましたよ。ファンネルを退治してくれたそうですね。ファンネルは王とは縁深い獣なので残念ではありますが…これで獣達や町長に人々の矛先がいかなくてすみます…。本当にありがとうございます」
彼もやはり町長の事はなんだかんだで尊敬しているようだった。
「今日は聖獣隊の卒業だそうですね。卒業された方はみんな街の仕事に着くのが慣例なのですか?」
マリウスは少し考えてから返事をしてくれた。
「そうですね…レルベット達のように残る人たちは少ないですね。歳を取りすぎてしまうと王と直接会うことは聖獣隊にいても叶わないですし、皆んな家族がいて家族の仕事の手伝いをしたい子達も多いですからね」
私は聖獣隊の選ばれ方が気になったので聞いてみた。
「聖獣隊は立候補みたいな形ではないのですか?」
マリウスは首を振る。
「いえ、毎年若者の中で数人かをレルベット達、聖獣隊の幹部が見繕うのです。そして選ばれた彼らを王の元に連れて行って、王が良しとすればその者は聖獣隊になる事が義務付けられます」
聞けば聞くほど特殊な運用をしているように聞こえた。私は一定の反対派がいるのも少しわかる気がした。
というのも町全体が過度に獣に気を使いすぎてるような感じがあったからだ。
マリウスは一通りお礼を言うとまた、レルベット達のいるところに戻って行った。
それを見計らってラフサルさんが話しかけて来る。
「あいつはずっと卒業したがっていたからなぁ。なんでも病気の母親の手伝いをしてやりたいんだと。それでも立派に勤め上げて…たいしたもんだよ」
マリウスたちは楽しそうに話をしていたが、しばらくすると少し柄の悪い集団が酒場に入ってきた。




