第10話 手記4日目② 街の政治
街にまた帰ると、今日は役場には寄らずに宿で今日の事を記録しておく。
その夜も、情報収集と食事を兼ねて酒場に行くと、今日は町長が来ていた。
町長は皆んなに慕われているらしく、周りで多くの人たちが楽しそうに飲んでいた。
町長自身も普段見せる厳かな表情とは違い、リラックスした顔で皆と談笑している。
私は町長の周りに少し人がいなくなったタイミングを見計らって町長に聞いてみたかった事を聞いてみる。
「今まで、害獣が王になったことは一度もないのですか?」
すると町長は少し難しい表情を浮かべた。
「実は何度かあります。害獣と呼ばれる獣は他より強いことが多いですから…。ですが不思議なことにその害獣ですら、王になった後に我々が貢物をしっかり捧げている間は人間を襲わなかったのです。なので私たちは、いくら害獣であってもそれが王として私達との関係を保ってくれるのであれば、帝国に討伐を無理に依頼しないことにしたのです」
私はその話に少し違和感を覚えた。
「ではなぜ今回は?」
「そうですね…。今回は特例でした。強いて言うなら森の意向です」
「森の意向?」
町長はそれ以上はあまりこの件については教えてくれなかった。
その代わり、もう一つ気になっていた帝国との関係や今回の件について帝国がどの程度関与する予定なのかを教えてくれた。
「帝国は研究に協力させるかわりに我々と森との関係には基本的に一切口をださない約束になっています。必要な時は協力要請を出すようにと言われていますけどね…。そもそも帝国による害獣の討伐は、その地区が帝国に依頼しない限りは行われません。帝国も不必要に討伐隊を仕向けたくはないのでしょう」
聞きながらわたしは、町長はかなりギリギリのところで色々な均衡を保っている事を察した。
この街は森の動物との共存なしでは生きていけないのだ。
完全な敵対をするには、あまりに動物達が優位に立つ環境が整いすぎている。
険しい自然に、それに伴って強くなった獣、そして王という圧倒的な統率者の存在。
そう言った複合的な要素を前に人間は無力だった。
それでも、なんとか折り合いをつけてこの街は発展してきたのだろう。
だがその舵取りを一町長に負わせるのはかなり負担を強いている気もした。
町長が帰った後、一人の町民が街の秘密を教えてくれる。
彼はカメルさんといい、近くの牧場主の一人だった。
「町長はすごい人だろう…うちの町は特殊でな。獣の王とはまた違うが、能力主義で次の町長を決めるんだ…」
飲んでいるのか赤い顔で誇らしげに町長の事を語ってくれた。
私はこの街の制度も少し気になっていたので掘り下げて聞いてみる。
「どうやって次の人間の能力を見極めるんですか?」
「今の町長が次の町長を指名するのさ。若い者たちの中でこの街を仕切っていける実力があると判断した者をな」
私はそのやり方に少し疑問を持ったのを覚えている。
「それは…本当に適切な人間を選べるのですか?町長が自分に都合のいい人間を選んでしまうような気がするのですが…。例えば報酬を裏で与える代わりに次の町長はうちの息子にしてほしいとか…」
カメルさんはうなずく。
「確かにそれはできるかもしれない…。だが今の見てわかる通り、幸運なことに歴代町長たちはそういった選択をしなかった…。賢い人間は結局賢い人間が好きってことなのかもしれないな」
私はそれについては何となく納得した。
カメルさんはそれ以外の制度についても色々教えてくれる。
「町長は私益を挟ませないために世襲は許されないんだ。それにかなり薄給だと聞いている…。町長の仕事がいかに大変かは皆んな見ていればわかるから、あまり権力や金だけを得るためだけに町長になりたがる輩はいないってのもこの仕組みを支えてる」
私はこれだけのことを一人でやっている町長が薄給なのは少し不公平な気がしたが、利益を求めるものを町長にするのを防ごうという意志を強く感じた。
世襲については確かに良くも悪くも、世襲でその役職に選ばれた人間は前任者の能力を超える確率は少ない。これはどの分野にも言えることだが、こと政治という場においては顕著だった。
しかし、世襲以外の政治の仕組みを作るのはかなり難しい。
権力者はみな自分の子供が繫栄するように権力を譲渡したがるし、何より前の権力者が築いた関係を引き継ぐには世襲というやり方は効率的なのだ。
おそらくこの街の政治が特殊な仕組みを実現出来ているのは、獣の王という圧倒的な存在や帝国との複雑な関係のかじ取りをしていくには、世襲よりも能力がある人間が選ばれる仕組みでなければ、町がたちいかなくなるという複合的な要素が関係している気がした。




