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メルローズの逡巡  作者: 牧場のばら


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言葉の重み

久しぶりの投稿です。よろしくお願いします。

 静かな庭園に少女の愛らしい声が響いていた。

「それでね、わたくし言って差し上げたの、伯爵子息様、貴方エスコートのお相手を間違っているわと」


 得意げに胸を逸らした少女を、目の前の青年は微笑ましく眺めながら相槌を打った。

「確かにそれは良くないね、婚約者とは違う相手と観劇に行くのは。メルローズの考えは正しいと思うよ」


 青年の言葉にメルローズ・シュナイダは頬を染めた。自分は正しい行いをして婚約者に褒められたのだ。


「だけど他人が口を挟むことでもないからね。何らかの事情があるのかもしれないし。ましてや貴族には他者に触れられたくない矜持があるから、万が一でもその伯爵子息が君に逆恨みでもしたらと心配になるよ」

 

 途端にメルローズはハッとしたように目を大きく開き悲しげに俯いた。


「ごめんなさい。わたくしったら淑女のマナーを忘れて……クリス様にもご迷惑をかけてしまうかもしれないわ」


「そうじゃない、メルローズは悪くないんだよ。君に非難されるような行動を取った方が悪いさ。ただ口に出すまでにひと呼吸おけば良かったね。一度口にした言葉は取り消せないから。

 いくら君の考えは正しくとも、受け取る相手にしたら恥をかかされたと感じて逆恨みされないとも限らない。慎重になるに越したことはないよ。僕は君のことが心配なんだよ」


 メルローズは先ほどの勢いはどこへ行ったとばかりにシュンとした。そんな婚約者の様子に若者は気付かれない程度の小さなため息を漏らしたが、すぐに笑顔に切り替える。


「そんな事より今日はこれからどうしたいかい?」

「そうね、お買い物に付き合ってくださる?お友達(がくゆう)が教えてくれたお店の可愛い髪飾りが欲しいの。そのあとはカフェにも寄りたいわ。

 わたくし本当に幸せだわ。こうやっていつもクリス様が支えてくださって、間違っていたら指摘してくれるわ。だから安心していられるのよ」


 可愛らしくはにかんだ顔に、若者は優しく微笑み返した。

「仰せの通りに。僕の小さなお姫様」


 クリスフォード・ライデン伯爵子息は20歳、メルローズより4歳年上の金髪碧眼の美しい青年だ。シュナイダ公爵家のひとり娘であるメルローズと傍流の伯爵家の次男のクリスフォードが婚約したのは6年前のことである。

 美しくて優しいクリスフォードを一目で気に入ったメルローズの望みで、ふたりは婚約者となった。当時まだ10歳のメルローズは、見た目が王子様なクリスフォードに夢中になってしまった。


 次男の婿入り先を探していた伯爵家にとって、この縁談はとんでもない幸運だった。相手は一門のトップであるシュナイダ公爵が溺愛するひとり娘で、婿入りすればクリスフォードは次期公爵となるのである。メルローズへの婿入りを願う数多のライバルを蹴落として彼女の婚約者の座を得たクリスフォードに、くれぐれもお嬢様のご機嫌を損なわないようにと口を酸っぱくして言いくるめたのだった。


 2年前に貴族学院を卒業したクリスフォードは、シュナイダ公爵と本人の希望で学院外の人間関係の構築のため、公爵がトップの外務部に勤務している。メルローズとの婚姻後は公爵家へ入るため、まあいわば顔つなぎでもあり、彼自身の資質の見極めといったところだろうか。

 メルローズ達は週に一度は会って交流を深めている。年齢より幼く見えるメルローズだが、その愛らしさはさすが公爵家の秘蔵の姫といったところ、クリスフォードとて彼女に不満などあるはずもない。

 多少、正義感が強くて、それゆえ義憤にかられての行動をとる事もある。それは公爵令嬢として何不自由なく育てられた結果だとも言えるだろう。彼女は、間違った事を間違っていると言えるだけの地位にあるのだから。

 

 メルローズは、美しく聡明で優しくてその上文武両道の婚約者に夢中であり、クリスフォードもまた庇護せねばならない愛らしい存在を大切にしているのは周囲の知るところ。今年はメルローズも16歳になりデビュタントを迎えたので、年末の大舞踏会には初めて2人で参加する。その際着用する2人のお揃いの衣装の仕立ては着々と進んでいる。メルローズには何の憂いもなく、ただ幸せを感じているのだった。


 だから、貴族学院淑女科の同級生が溢した涙に、そんな理不尽があって良いのかと、幼い正義感を発揮してしまった。



 メルローズはベッドの中で思い返していた。

 先日、淑女科の令嬢達のお茶会で学友が泣き出してしまい、みんなで慰めた。泣いている令嬢から聞き出した話によると、最近婚約者と親しくしている女生徒がいるらしい。それは貴族学院内で噂になるほどだったが、メルローズ達は貴族学院本館とは別にある淑女科棟に通っており学院の噂が入ってくるには時差がある。それゆえ彼女達は全く知らない話だった。


 知り合いから親切心からだと断りを入れて、自分の婚約者とある女生徒の親密さを教えられたのだと言う。その二人の態度は単なる学友には見えないらしい。気を落とさないでねと慰められたのと、令嬢は涙ながらに語った。

 

 それは浮気ではないのかとみんなでその令嬢を慰めたが、『どんなに悲しくても理不尽でも家同士の契約だから、耐えるしかないの。それに彼をお慕いしているの』と肩を震わせる姿に、メルローズ達は掛ける言葉が見つからなかった。


 だからたまたま家族と訪れた劇場で、その令嬢の婚約者と彼に寄り添う見知らぬ若い娘に遭遇した時に、友人の気持ちを慮ってつい声を掛けてしまった。


『まあ、今日は婚約者のエリナ様とご一緒ではありませんの?

 ところでこちらの方はどなたかしら?随分と親しそうですけれど。伯爵子息様、貴方エスコートのお相手を間違っているのではなくて?』


 途端に青ざめて子息の腕に絡めていた手を抜いた少女は、ごめんなさいそんなつもりではないのと言い訳をした。精一杯のおしゃれをしているがどうにも垢抜けない感じのする娘だ。

 伯爵子息は『ご令嬢には関係の無いことだろう』と言ってメルローズを睨みつけたが、彼女の背後から近づいてくる公爵夫妻を認めて黙り込み、会釈をすると少女を連れて立ち去ったのだ。

 

 わたくしは正しい行いをしたのだと自分を納得させるように呟いてみたが、クリスフォードにもやんわりと注意を受けてしまった。クリス様に心配をかけてはいけないし、迷惑をかけてしまうから発言には気をつけなくちゃと思いながら、メルローズは眠りについたのだった。



 それからしばらくして、メルローズは件の令嬢エリナから声を掛けられた。婚約者との仲はどうなったのかしらと気になっていたので、こちらから尋ねてみるつもりでいたが、先日の様子とは違いエリナは攻撃的な口調だった。


「メルローズ様、貴女、彼に何を仰ったの?」

「え?」

「先日彼から婚約解消の申し出があったわ。噂の真偽を確かめもせず、高位貴族の友人の口から非難させるような女性とは将来を共に過ごす自信がないのですって」


 メルローズは驚きで声が出ない。確かに注意はしたが、それは2人の関係改善を願ってのことだ。


「それはどういう事かしら?婚約解消って?」


「噂になっているのは没落した親戚の娘で、行儀見習いとして預かっているそうよ。その娘の家は経済的に余裕がなくて観劇も行った事がないからと、彼がエスコートして連れていってあげたのよ。そうしたら貴女に暴言を吐かれたと言われたわ」


「暴言ではないわ。貴女の婚約者様にべったりと張り付いている女性がいたの。だからわたくし貴女の為を思って注意したの」


 エリナは目を釣り上げた。


「わたくしの為ですって?誰がそんな事を貴女に頼んだって言うの。わたくし達は家同士が決めた婚約者なのよ、少々羽虫が騒いでもそんな事くらいで婚約が揺らぐ事なんてないの!それを貴女が余計な事をしたのよ」


「ごめんなさい。そんなつもりではなかったわ。お茶会でエリナ様が悲しんで泣いてらしたから、エスコートのお相手を間違えているわとお伝えしただけよ」


「それが余計なお世話だと言ってるの。ともかく、メルローズ様のせいでわたくしは婚約解消になったの。

 貴女とは絶交させていただきます、今後は話しかけないでくださるかしら。

 そうそう今回の件はメルローズ様の無礼で考えなしの発言のせいだから、父はシュナイダ公爵家に抗議すると言っているわ。いくら貴女のお父様が偉くても他人の婚約を潰すなんて非道な行いが許されて良いはずがないわ!」


 捨て台詞を残してエリナは自席へと戻った。周囲がざわついているが、メルローズの耳には届かない。

 衝撃だった。あれほど弱々しく泣いていた令嬢が、目を釣り上げて怒りを露わにし、婚約解消の原因はメルローズだと責めたてたのだ。


 メルローズはその日を一体どう過ごしたのか覚えていない。自分の余計な発言のせいでエリナ嬢の婚約が無くなった事にショックを受けていた。良かれと思って正義感から発した言葉が、エリナ嬢の婚約を壊してしまった。その事実がメルローズの心に重くのし掛かった。



 そんな事があってクリスフォードに話を聞いて貰いたかったのに、彼は多忙らしくしばらく会えていない。年末の大舞踏会まであと3ヶ月、ふたりでダンスの練習もしたかったし、何よりも彼の顔を見て安心したかった。かれこれもう2週間ほど会えない婚約者の身に何かあったのだろうかと心配もしたが、相変わらず花束とメッセージカードは頻繁に届けられているので、きっと何かお父様から与えられた仕事で身動きが取れないのだろうと考えた。

 それよりも、メルローズは自分の現状の方が悩みだった。


 あれ以来エリナは何も言ってこない。貴族の令嬢らしく表面上は何事もなかったかのように振る舞っているが、あからさまにメルローズを無視する態度に、淑女科のクラス内はなんとなくピリピリした空気が漂っていた。

 真面目なメルローズは、それは自分のせいだと思い込んで、あの時迂闊な発言をしなければエリナの婚約が無くなる事はなかったし、教室内の緊張だって無かっただろう。


 由緒正しい公爵家の令嬢という高貴な立場のメルローズに対して表立って文句を言う人間はいない。メルローズは小柄で華奢で幼く見られがちだが、決して傲慢な性質ではない。正義感に溢れていて真面目な性格なのだ。高い地位に守られてある意味怖いもの知らずだが、素直で優しい少女は人を傷つけるのを良しとしなかった。

 がしかし、そんなメルローズを嫌う人間も確かに存在する。たとえば婚約を解消されたエリナもそのひとりである。


 元々エリナの婚約は政略によるもので恋愛的な感情はなかったのだが、エリナは自分が悲劇のヒロインのように振る舞って周囲から心配される事が心地よくて、慕う婚約者に冷たくされるヒロインを演じていた。

 淑女科の級友達の慰めは心地よかったし、メルローズ・シュナイダ公爵令嬢が本気で心配して憤ってくれる事で、まるで自分の価値そのものがあがったかのように感じていた。あんな男にはわたくしは勿体無いわと勘違いする程度には。


 中堅伯爵家の娘であるエリナは、どう頑張ってもメルローズには勝てない。高貴な血筋に生まれ大切に育てられ全てを持っているメルローズ、そして彼女の婚約者はその美貌で有名なクリスフォード・ライデン伯爵子息。何もかもが自分とは違っていた。羨ましいとは思っても普通なら妬んでも仕方ないと諦めるのだがエリナという少女は少し違っていた。

 

 そもそもクリスフォードのライデン家とは()()()()()()()なのだから、エリナが彼の婚約者になる可能性だってあったのだ。もう少し早く動いていたら、メルローズよりスタイルも美貌も優れている自分が彼の隣に立っていたかもしれないなどと、エリナは妄想していた。


 現実は身の丈の釣り合いの取れた家との間に政略的な婚約が結ばれた。そして婚約者からはずっと好きな女性がいるのだと聞かされた。それでも結婚は君とするから安心してほしいと言われた時に、エリナの中で何が壊れてしまったのかもしれない。


 それならば相手の思惑を最大限に利用して、無碍に扱われても健気に婚約者を一途に慕う令嬢の虚像を作り上げて、周囲からの同情や厚情を得てやろうとエリナは目論んだ。そこで令嬢達の集まりで悲劇のヒロインよろしく泣いてみたら、周囲から同情されてそれはとても心地よいものだった。どのみち結婚は避けられないのだとしたら、少しでも自分に有利でありたいという思惑もあった。


 ところが正義感溢れるメルローズの発言でエリナの婚約が無くなってしまったのだ。実際はメルローズのせいなどではなく、公爵家の令嬢にまで婚約への不満を垂れ流し同情を買おうとするエリナの本性に呆れて、そんな娘と結婚する必要はないと婚約者側が判断したのである。

 実際、あの観劇も初めはエリナを誘ったものの断られたので、それならばと親戚の娘を連れて行っただけのことなのだ。

 そんな経緯があるにもかかわらず、公爵家と言う権威を使ってまで非難するエリナのやり方に見切りをつけたのだった。つまりエリナはやりすぎてしまったのだ。


 相手側は当方にも落ち度があったと、慰謝料を払ってくれたが、婚約解消とかう傷渦がついてしまった。これから新たに婚約者を見つけなければならない。だから朝の登校の後で、周囲の令嬢に聞かせるようにしてメルローズを糾弾した。いわゆる八つ当たりである。

 公爵家に生まれたというだけでチヤホヤされ、素敵な婚約者を与えられたメルローズ。彼女が苦しめば良いと思った。あの子の婚約も壊れてしまえばいいのよ、あんな幼稚な子にクリスフォード様は勿体無いわ、と。




 そんな事があって、エリナには近付かないよう注意していたのだが、相手から突然声を掛けられた時、メルローズは油断していた。敵意を滲ませている相手と対峙してはならないのである。


「シュナイダ様のお耳には入ってらっしゃらないいなので、お伝えしようかしら」

「あの……絶交したのではなかったのかしら」

「ええ、だからこれは独り言よ。聞く聞かないはシュナイダ様のご自由よ。

 ご婚約者様と最近お会いしてらっしゃるのかしら?わたくし見たのよ、シュナイダ様の婚約者がお美しい方と一緒にいたの。本当にお二人とも美しくてお似合いだったわ、ねぇカレン様?」


 急に振られた令嬢は慌てて同意する。


「あの、メルローズ様。お気を悪くされないでね。わたくし達カフェでお見かけしたんです。クリスフォード・ライデン様と見知らぬ令嬢がご一緒のところを」


「そうですか。わざわざお知らせくださってありがとう」


 メルローズは感情が溢れ落ちないように、眉ひとつ動かさずに微笑みすら携えて返事をした。周りから年齢の割に見た目も中身も幼いとみられていても、そこは公爵令嬢なのである。いざと言う時の感情の整え方は知っている。


「とても親密なご様子でしたわ。ええ、見つめあってらしたの。それはそれは美しく素敵なお二人だったわ。

 ライデン様はシュナイダ公爵家へ婿入りされる予定だから、どんなに惹かれあう方がいらしても次期公爵というお立ち位置をお捨てにはならないでしょうけどね。それでも心は自由ですもの。婚約者がいるから自制せねばならない叶わぬ恋といったところかしらね」


 エリナの棘を含んだ言葉に、メルローズは必死で立ち向かっていた。ただ無言で微笑んで教室を出て行ったのだった。




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