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第三十七章 悲劇の恋人たちに学ぶ、破局への最短経路

 アルビヌス先生の帰還により、私の書斎は、今や、この屋敷で最も知的な熱気を帯びた場所と化していた。外では、冬の嵐が白き魔物のように咆哮しているが、そんなことは、我々の学術的探求の前では、些末な問題にすぎなかった。

 私は最前列の席で、真新しいノートと数本の羽ペンを手に、期待に満ちた表情で先生を見つめている。アンナは、部屋の隅で、もはや諦観の境地に達したかのように、静かにお茶の準備をしていた。


「さて、お嬢様」

 アルビヌス先生は、黒板代わりの巨大な羊皮紙を前に、実に満足げな顔で咳払いをした。

「本日は、我々が『愛』という名の、古代遺跡の暗き回廊を探索するにあたり、まず最初に学ぶべきことについて講義いたしましょう。そは、すなわち、この迷宮に巣食う、恐るべき怪物……『破局』の生態でありますな!」

 先生は、破局を悲劇としてではなく、「研究対象として、実に興味深い、完成された論理構造を持つ現象である」と、高らかに位置づけた。

「本日のケーススタディは、我が国で最も有名な悲恋物語、『星降りの塔と嘆きの王女』といたします」


 ***


 先生の講義は、熱弁そのものであった。彼は、物語の展開を、羊皮紙の上に図解しながら、その「クリティカル・フェイラー・ポイント(致命的な失敗点)」を、まるで宝物でも見つけたかのように、嬉々として指摘していく。


「まず、この物語の王子たるや、実に嘆かわしい。彼は『感情の拙速なる開示』という、恋愛における初手の大悪手を打ちました。そは、あたかも、熟練の棋士が、初手で王を動かすが如き、愚の骨頂でありますな! 相手の出方も見ず、自らの手札を全て晒すなど、戦略の欠如も甚だしい!」

(感情の、拙速なる開示……)私は、必死でノートに書き留める。なるほど、コンラートへのこの気持ちを、悟られてはならぬ、ということか。


「そして王女は、『根拠なき楽観主義』という、実に詩的で、そして、実に非論理的なる精神状態に陥った。『愛さえあれば、身分違いの障害など乗り越えられる』と。おお、なんと甘美な響きでありましょうか! しかし、感傷は、論理の敵なのであります! それは、地図も羅針盤も持たずに、大嵐の海へ船を出すに等しい、蛮勇以外の何物でもない!」

(根拠なき、楽観主義……)これも書き留めておかねば。彼との未来を安易に想像するのは、愚者の行い、と。

 私の恋愛マニュアルに、新たな「禁忌」の項目が、着々と追加されていくのであった。


 ***


 講義のクライマックス。アルビヌス先生は、無数のバツ印がつけられた、複雑怪奇なフローチャートを、その細い指で、満足げに指し示した。

「つまるところ、お嬢様! この二人が辿った道筋こそが、すなわち『破局への最短経路』なのであります! 彼らは、破局に至るための、いかなる悪手も見逃さなかった。その非効率を排した、見事なまでの論理的整合性! ある意味で、これは、完璧な失敗のプロセスを描いた、一つの芸術作品と言っても過言ではありますまい!」


 私は、その悲劇の、あまりにも見事な「構造美」に、深く感銘を受けていた。これは、ただの悲しい物語ではない。学術的に非常に価値のある、反面教師という名の、珠玉の失敗データなのだ。

 私の恐怖心は、今や、知的好奇心と、誤った知識によって、完璧に理論武装されていた。


 ***


 講義が終わり、一人になった書斎で、私は、自分のノートにびっしりと書きつけられた「恋愛における禁忌リスト」を、恍惚としながら眺めていた。これで、自分は、悲劇の恋人たちが犯した過ちを、繰り返さずに済むのだ。

 しかし、それは同時に、私がコンラートに対して、いかなる行動も起こせなくなったことを意味していた。少し優しくすれば「感情の拙速なる開示」になり、彼のことを信じれば「根拠なき楽観主義」に陥る。私は、知識によって、自らを雁字搦めにしてしまったのである。


 だが、マダム・キュピドンの新作は、新たな輝きを得た。ヒロインは、恋愛におけるあらゆる失敗パターンを熟知しているがゆえに、愛する人の前で、一歩も動けず、一言も発することができなくなってしまう。そのジレンマこそが、物語の新たなテーマとなるのだ。


「老賢者の講義は、恋の海図ではなく、『座礁する暗礁の完全リスト』を、私に与えた。これで、わたくしは、安全な港から一歩も出ることなく、航海の危険性だけを、完璧に学ぶことができる」


 私は、自らが手に入れた、完璧な「行動不能理論」に、誇らしげなため息をつくのであった。


「なんと、なんと安全で、そして、知的な探求であろうか!」


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