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第二十四章 守護騎士の誕生日、あるいはサプライズ計画の完全性について

 秋も深まり、屋敷の庭の木々が、燃えるような赤や、目に鮮やかな黄色にその身を染め上げる季節となった。私が、窓辺でそんな感傷的な風景を眺めていると、アンナとレオが何やら楽しげに話しているのが聞こえてきた。

「もうすぐ、コンラート様の誕生日ですね」

「おうよ。あの旦那も、いよいよ22か。俺より一つ上なだけなのに、随分と老け込んでるよなァ」

「まあ、レオったら」


 誕生日。コンラートに、誕生日。

「まあ! コンラートに、そのような個人的な記念日が存在したとは!」

 私は、失礼ながらも、純粋に驚いてしまった。私にとって、彼はあまりにも「騎士」という役割に徹しきっていたため、そのような人間的なイベントとは無縁の存在のように思えていたのである。


 誕生日。それは、一個人がこの世に生を受けたという、実に個人的で、ささやかな記念日である。しかし、それを祝うという行為は、その個人の存在を全肯定するという、極めて重大な意味を持つ。ならば、我が守護騎士の存在を、我々は全力で祝福せねばなるまい!


 私は、アンナとレオを共犯者として巻き込み、完璧なる「サプライズパーティー計画」を立案することを、高らかに宣言したのである。


 ***


 作戦会議室と化した屋敷の一室で、我々は極秘の計画を練った。

「コンラート様は甘いものもお好きですから、わたくしが腕によりをかけて、特大のケーキを焼きましょう」とアンナが言えば、「ただ祝うんじゃ面白くない。騎士様を、俺たちで派手にびっくりさせてやりましょうぜ!」とレオが囃し立てる。


 計画を成功させるため、私は改めて、主役たるコンラートを観察することにした。

「彼は、もうすぐ22歳になるのですね……」

 改めて見ると、その長身は、我が屋敷のどの鴨居よりも高いのではないかと思えるほどだ。日に焼けた肌に、短く刈り揃えられた、実直そうな黒髪。彫像のように整ってはいるが、どこか朴訥とした顔立ちをしている。そして、いつも私を見つめる、嘘のつけそうにない、真っ直ぐな黒い瞳。華やかさはないが、岩のように揺るぎない安心感を覚える。


 しかし、我々の計画は、当初から綻びを見せ始めていた。

 計画を秘密に進めようとすればするほど、私の挙動は不審になり、コンラートと顔を合わせるたびに、「こ、コンラート! きょ、今日の天気は、その、実に秋晴れですわね!」などと、目が泳いでしまう。

 レオも、コンラートをパーティー会場から遠ざけようと、「騎士様、大変だ! 東の森に、幻の光るキノコが出たらしいぜ!」などと、実に胡散臭い嘘をつく。

 そして、アンナが試作するケーキの、甘く香ばしい匂いが、屋敷中に漂ってしまうのであった。


 ***


 サプライズパーティー当日。我々のあまりに分かりやすい挙動不審に、ついにコンラートが、実に真剣な顔で切り出してきた。

「……皆様、近頃、何か俺に隠し事をされていないか?」

 彼の声は、低く、そして憂いを帯びていた。どうやら彼は、自分が何か重大なミスを犯し、皆がそれを言い出せずにいるのではないか、と勘違いしているようであった。


 私は、レオと顔を見合わせ、最後の作戦を実行することにした。

「コンラート、離れに不審な物音が! 至急、確認をお願いします!」

 私の、我ながら大根役者な叫びに、コンラートは「承知した」と頷いた。

「だが、お嬢様方も、どうかご一緒に。万が一、危険が及んでは……」

 彼が、警戒心から我々を一緒に連れて行こうとした、その時。レオが叫んだ。

「わ、わかった! 騎士様にはもう隠し通せない! 実は、この離れには、お嬢様が内緒で飼い始めた、きょ、凶暴な……リスが!」


「リス……?」

 コンラートが、人生で最も間抜けな顔をして困惑している、その一瞬の隙を突き、我々は彼を談話室へと押し込んだ。

 そして、一斉にクラッカーを鳴らす。

「「「お誕生日、おめでとうございます!」」」


 部屋の中は、華やかに飾り付けられ、テーブルの中央には、アンナ特製の、山のように果物が載った豪華なケーキが鎮座していた。

 突然の祝福に、コンラートは、ただ、呆然と固まっている。彼は、皆の挙動不審の理由がこれだったと知り、安堵と、それ以上の喜びと、そして猛烈な照れくささで、耳まで真っ赤に染め上げていた。


 ***


 パーティーが始まっても、コンラートはどう反応していいかわからないようであった。しかし、アンナのケーキを一口頬張った瞬間、その強張った顔が、ふわりと和らいだ。

 私は、完璧な計画通りにはいかなかったが、結果として、彼が心から喜んでくれていることを知り、深い満足感を覚えていた。サプライズの価値とは、計画の完全性にあるのではなく、相手を喜ばせようとする「気持ち」そのものなのだ。


 マダム・キュピドンの新作に、新たなエピソードが描かれた。

 ヒロインが、朴訥なヒーローの誕生日を祝うために、仲間たちと不器用なサプライズを計画する。計画は失敗だらけだが、ヒーローは心の底から喜び、二人の絆はより一層深まる、という物語だ。


「『サプライズ計画の完全性について』と題した我が論文は、実行段階において、ほぼ全ての項目が破綻した。しかし、目の前で、朴訥な騎士が見せる、見たこともないほど幸せそうな笑顔は、この計画が、間違いなく大成功であったことを物語っていた」


 私は、ケーキを頬張るコンラートの、少し子供っぽい横顔を、温かい気持ちで見つめていた。


「どうやら、人の心を動かすのに、完璧な計画など不要らしい」


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