第十二章 降雪現象の美しさと、除雪作業の非効率性に関する考察
ある冬の朝、私が目を覚まし、いつものように窓のカーテンを開けると、そこに広がっていたのは、見慣れた庭園の姿ではなかった。世界は、音もなく、その輪郭をことごとく純白の衣装の下に隠していたのである。夜の間に降り積もった雪が、あらゆる音を吸い込み、静寂だけが支配する銀世界を創り出していた。
「なんと……!」
引きこもりの私にとって、これほどまでに完璧な雪景色は、記憶のなかに存在しない。私はしばし、その美しさに息をのんで見惚れていた。
雪。それは、天から舞い降りる、静かなる侵略者。あらゆる音を吸い込み、世界の輪郭を曖昧にする、白き沈黙の使者である。この美しさは、果たして神の気まぐれか、それとも冷徹なる物理法則の必然か。
私の思考は、詩的な感動から、たちまちのうちに、いつもの理屈っぽい考察へとシフトしていた。「雪の結晶が六角形であるその構造的必然性とは?」「白という色彩が、人間の心理に与える静謐効果のメカニズムは、一体……?」
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私が、窓辺でそのような高尚な考察に耽っている一方、屋敷の住人たちは、極めて現実的な問題と戦っていた。
窓の外では、騎士コンラートと庭師のレオが、屋敷の玄関や通路を確保するために、懸命に雪かきをしている。コンラートは、その有り余る腕力に物を言わせ、力任せに雪をかき分けていく。対照的に、レオはシャベルの角度や体の使い方に無駄がなく、実に要領よく作業を進めている。彼らの吐く息は白く、額にはうっすらと汗が光っていた。
その光景を目の当たりにした私は、美しさへの感動とは全く別の感情に襲われた。憤慨、である。
「なんと非効率的な! 人力で、かくも広大な面積の雪を取り除くなど、エネルギー効率の観点から見て、愚の骨頂ですわ!」
私は書斎から水力学や熱力学の書物を持ち出し、「融雪のための最適プロトコル」の立案に、すぐさま着手した。厨房の釜の熱を利用した巨大な融雪板、屋敷の備蓄塩を撒く化学的アプローチなど、我ながら画期的なアイデアが次々と生まれる。
私の計画を聞いたアンナは、実に静かな声で、こう言った。
「お嬢様、雪かきは、地道にやるのが一番なのでございます……」
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理屈だけでは我慢できない。私は、自らが考案した理論の正しさを証明すべく、マントに長靴という完全防寒のいでたちで、初めて冬の庭へと足を踏み出した。
「皆様、ご苦労様です! 今からわたくしが、最も効率的な除雪作業のフォームをご指導しますわ!」
現場監督のように声を張り上げ、てこの原理を応用したシャベルの使い方を、二人に向かって熱弁する。「コンラート! 腰の回転が足りません! レオ、その角度では、雪の抵抗係数が!」。
もちろん、私の指導に、二人は困惑の表情を浮かべるばかりであった。業を煮やした私が、自らシャベルを手に取り、見本を見せようとした、その時である。慣れない雪に足を取られ、私の身体は、実に無様に、ふかふかの雪の中に顔から突っ込んだ。
「お嬢様!」
コンラートが慌てて私を助け起こし、レオが「だから言ったじゃないですか、お嬢様」と、笑いながら私のマントについた雪を払ってくれる。
びしょ濡れで凍える私の姿を見て、屋敷の中からアンナが、湯気の立つマグカップを三つ、お盆に載せて持ってきた。甘い香りのする、温かいココアであった。
三人に囲まれ、ふうふうと息を吹きかけながら、温かいココアを飲む。冷え切った指先にじんわりと熱が広がり、甘い液体が喉を通って、体の芯から温めてくれる。
私は、その時、気づいたのだ。雪かきという過酷な労働の後で、この一杯の温かい飲み物が、どれほど心と体に染み渡るか、ということを。
私が考えていた「効率化」や「プロトコル」などよりも、こうして仲間と息を切らし、共に凍え、温かいものを分かち合う、その時間そのものが、何よりも大切なのではないか、と。「非効率」に見えた地道な作業の中にこそ、人と人とが協力し、互いを思いやる温かさが存在することを、私は学んだのである。
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屋敷に戻り、暖かい暖炉の前で濡れた服を乾かしながら、私は窓の外を眺めていた。雪は、まだ静かに降り続いている。
私は、雪の息をのむような美しさと、それがもたらす現実の厳しさの両面を、今日初めて知った。そして、その厳しさがあるからこそ、人の温かさが、より一層際立つことも。
マダム・キュピドンの新作に、新たな情景が加わった。
厳しい冬の吹雪の中、凍えるヒロインを、ヒーローが自らの分厚いマントで包み込み、水筒に入れていた温かいスープを分け与える。そんな、厳しい環境だからこそ生まれる、切実で温かい愛情の場面を、私は書き記した。
「天から舞い降りる白き沈黙は、世界の非効率性を暴き出す、冷徹な試練であった。しかし、その非効率な時間の中にこそ、一杯のココアがもたらす、驚くほど効率的な幸福が存在することを、私は知ったのである」
私は、暖炉の炎に照らされながら、窓の外で雪かきを続ける仲間たちの姿を、愛おしそうに見つめていた。
「どうやら、この銀世界は、私が思うよりもずっと、温かいらしい」