yo!yo!yo!恋のメインMC
世界は巻き戻る。また俺たちは先週の土曜日へと時間が巻き戻った。
「また、この時間に来てしまったか」
「格好つけていますけど、別に格好いいセリフでも何でもないです」
うるさいアリス。とっさにいいセリフが出なかったんだ。
「アリス。男にはな、格好つけなきゃいけないときがあるんだ」
「佐倉様、今じゃないです」
負けるイメージしかなかったので即刻撤退した。
「ところでアリス。前はコスプレ衣装を買いに行った綾乃さんと会ったけど、今回も同じかな」
「さあ?私としても世界の巻き戻しは2度目ですので、周回ごとに人の行動が変わるのかもわかりません。確認しましょう」
アリスが指を振ってウィンドウを表示する。
《現在地自宅:佐倉純》
《ヒロイン出現ポイント:銀天街(晴天)》
うん。綾乃ほのかは今日もコスプレのための生地を買いに行くらしい。
それにしても、アリスにとっても世界の再構成は初めて、か。
結構重大なヒントかもしれない。覚えておこう。
いちギャルゲーマーとして、そして一週間ともに時間を過ごした友達としても綾乃ほのかには、今度こそ自分がヒロインだって思ってほしい。
早速アリスを荷台に乗せて、自転車を走らせる。
銀天街にアリスを下ろして、駐輪場に自転車を置く。
人通りの多い中、彼女がいた。
相も変わらず不審者然とした格好をしているが、楚々とした品を感じさせる子。
綾乃ほのかだ。
手にはまだ、『COSPRIA』の袋を持っていない。
「どうするつもりですか?佐倉様」
いつの間にか傍に来ていたアリスがそう尋ねてきた。
「うん。『COSPRIA』店内で会うっていうのもいいと思うけど、今回は選択肢を徹底的に潰す、意味があるのか確認するために来たから、ここは見に回ろう」
「……ヘタレたわけではないですよね?」
「多少そういった面もあるかもしれない」
だって『COSPRIA』に入ったことないし、美少女(不審者スタイル)と一緒に生地を選ぶのも俺には難易度が高い。
俺たちはスマホのソシャゲのフレンド対戦機能を使って暇をつぶした。
三戦三敗。アリスは圧倒的なプレイングを見せて俺を蹂躙した。
さすがはサポートAI。やるじゃないか(震え声)
20分ほどしただろうか。綾乃さんが買い物袋を隠すように持ってでてきた。
さあ、いこうか。
目の前にウィンドウが表示される。
選択肢: A:声をかける「綾瀬さん?」
B:そっとしておく
➡C:綾乃ほのかに絡むチンピラを撃退する
チンピラを撃退して、カッコいい所見せてみようか。
Cを選択する。
前方から真っ赤なパーカーを決め込んだおっさんがやってくる。
「YO YO YO!聞こえてっかい?
今日の運命はお前次第!
HEY 美少女!その瞳、マジマジエンジェル!
視線が交差した瞬間、俺の心、トルネード旋風!
「趣味はなんですか?」って聞くのは野暮な話、
だって俺の趣味、今この瞬間——君なんだし!
ねえそこの姫さん、ちょっと立ち止まって、
俺と一緒に物語の続きをラップしてかない?
目的地は——ラブ&ピース、
スキップで進む恋のミッション開始!
どうよ?このナンパ、Badじゃないだろ?
答えはYesかYES、それ以外は入力不可でどう?
マイクは預けたぜ、姫さん。さあターン、君の番だ」
これは、ナンパなのか?異文化すぎて何とも言えない。
少なくとも、綾乃さんは困惑している。
選択肢よ!我に力と行動を!
俺の身体が勝手動き出す。
「Yo yo yo、場違いフローに乗ってきた?
だがその口上、俺の想いにゃ届かないさ。
その瞳に映る夢、俺と共有中、
お前のバーより俺の沈黙の方が効く銃。
趣味で近づくな、彼女はガチ、
刺さる言葉は 軽くない価値。
ミシンの針と 涙のリズム、
俺はそれ見て 本気で気づく。
お前のライン、テンプレみたいでスカスカ、
こっちは魂ごと繋いでるカスカラ。
YESかYES?って押し付けんな、
彼女の心は選ぶ権利あんだ。
俺はそばで、笑わせて、泣かせて、
それでも隣で「ただ、見てた」ヤツで。
一発芸じゃ落ちねぇ、これは積み重ねのレース、
最終回まで守りたい、この場所、このフェイス。
だから悪ぃがこの恋のメインMCは俺、
ビートの中じゃなく、現実で証明すんだよ。
一瞬のノリじゃ勝てねぇんだよ、兄弟。
俺はずっとを選ぶ主義なんでな。
マイク、ここでぶった斬りだ」
何してんだ俺ぇ!なんでラップで返歌してんだ。
告白が詩で、返答も詩なんて平安貴族じゃねえんだぞ!
後ろの綾乃さん「さ、佐倉くん?」と困惑している。
良かった。かなりグレーな内容も含んでいたが、この様子ならわかっていない。
綾乃さんが小さく息をのんだ。けれど、それが拒絶なのか驚きなのか、俺にはまだ分からなった。
チンピラ?というかラップおじさんはパーカーの帽子を脱ぐと、俺に手を差し出してきた。
恥ずかしい気持ちはあったが、お互いが全力でラップへ挑んだ。
熱い握手を交わす。
「いいビートだったぜ兄弟。あんたの恋が成就することを祈っているぜ」
そんなことをこっそりいってきた。
「うん。ありがとう」
ありがとう。名も知らぬラップおじさん。
「綾乃さん?なんか絡まれていたから、割って入ったけど、大丈夫だった?」
「え、ええ、大丈夫です?」
何故に疑問形。
それから思い出したかのように持っていた紙袋を身体で隠した。
ここでコスプレをしようとしていることを知らないと、後で支障がでそうだな。
「買い物?」
「あ……えっと……その、少しだけ。趣味の……というか……知り合いへの、贈り物を、探していて……」
動揺が収まっていない。目が泳いでいる。
「そうなんだ。俺も今日はラノベを買いに来たんだ」
綾乃さんは、かすかに微笑んだ。
「そういえば、以前も佐倉さん。ラノベを持ってらっしゃいましたね?」
「うん。好きなんだ。最近は『正妻は秘密裏に夫を救う』って作品が好きなんだ。戦争シーンで支給品を通じて、婚約者に危機を知らせたりと人に認められてない婚約者がひっそりと夫を助けるのがいいんだ!」
「あの!私もその作品、好きなんです。……あっでも!兄が置いていたものを、たまたま……」
やっぱり今回一回で心を開ききるのは難しいらしい。
それでも、攻めてみるか。
「その『COSPRIA』の袋から出ている生地。もしかして『正妻は秘密裏に夫を救う』の衣装でも作ろうとしているの?」
綾乃さんがぎゅっと袋を抱きしめた。不安を押し殺すように。
「……隠し事ができませんね。そう、なんです」
「へえー。いいんじゃない。あの作品の服、上品で好きだなあ」
「ありがとうございます……あの、……こういう趣味って、ちょっと……家の人には、いいづらいので。でも、佐倉くんなら……少し、安心できました」
「わかった。俺も似たようなもんだからさ」
「……ありがとうございます。佐倉くん」
綾乃さんは、小さくうなずいたあと、
「……佐倉くんって、ちょっと変だけど、変じゃないですね」
と、ぼそりとつぶやいた。
前回はこんな感じだったか?もうちょっとさらに攻めるか。
「あのっ!綾乃さんがよかったらだけど、俺、ブルーレイ持ってて、その初回特典に設定資料の小冊子がついてるんだ。役に立つと思うし……持ってこようか?」
「本当ですか?すごい!……あっでも今日は用事があって……」
「じゃあ、明日会おう。えーと、忙しかったら資料を渡すだけでもいいから」
綾乃さんがくすっと笑った。その表情は、昨日までの彼女より、ほんの少しだけ、やわらかい気がした。
「……はい。じゃあ、明日、お願いします。学校の家庭科室でもいいですか?」
「了解。じゃあ、明日また」
自然に手を振って別れる。
また明日。
それだけの言葉が、こんなにも嬉しいと思えるなんて。
アリスがすぐ傍にやってきて、耳打ちするように囁いた。
「恋愛偏差値、微増です。……とはいえ、今回はいいアプローチでしたね、佐倉様」
「だろ?」
「ただし、最後のくすっが好感度ポイント高めなので、録画しておきました。あとで10倍スローでお見せします」
「やめろ。人の青春を教材にすな」
俺は肩をすくめながら歩き出す。
それを追うように、アリスの足音が軽く響く。
銀天街を抜ける風が、今日は少しだけ、心地よく感じた。
家に戻る途中、コンビニで紙袋を買った。
中には設定資料集と、もう一冊、最近綾乃さんに読んでほしいなと思っていたラノベも入れた。
正妻みたいに、戦うヒロインじゃなくて、自分を信じようとするヒロインが出てくるやつ。
「アリス、どう思う? 次の一手」
「今のところ順調です。けれど、綾瀬ほのかさんはヒロインとして認識されることにまだ自信がないようです」
「そうだな……衣装が完成しても、彼女がそれを着る自分を認められなければ、また――」
「世界は、終わります」
その言葉に、思わず足が止まる。
……また、世界が再構成されるのか。
だとしたら、次こそは。
絶対に、彼女にいいたい。
「綾乃さんは、もうヒロインになってるよ」って。
俺が、そう思ってるって、伝えたい。
「アリス。次の分岐、もう見えてるか?」
「ええ。次は日曜日、午後。家庭科室です。彼女は、自分だけで衣装を作ろうとするみたいですよ」
「なるほど。じゃあ、俺もそばで見てたヤツだけじゃ、ダメかもな」
「進化ですね、佐倉様。このまま、彼女を救えればいいのですが」
アリスが、ほんの少しだけ、嬉しそうに笑った。
こうして、二度目の土曜日は終わった。
明日が来るのが、ちょっとだけ楽しみだ。
選択肢はまだ、いくつもある。
でも、きっと、どの道でも彼女の笑顔を守れるような、最終回にたどりついてみせる。
この度は拙作を最新話までお読みくださってありがとうございます。
これからも作品を更新してまいりますのでよろしくお願いいたします。
読者の皆様。よろしければページ↓にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして応援をお願いします。
評価をいただけると作品を書くモチベーションになります。
感想もいただけるととても嬉しいです。