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倍速の変態とヒロイン

 月曜日の朝。

 朝のトーストセットをもしゃりながら、アリスと話す。


「俺は学校が始まるから登校するけど、アリスはどうするの?」

「私も私で、やるべきことがあります。また会いましょう、佐倉様」


 そのときから、嫌な予感はしていたんだ。


「それにしても、月曜日の朝はだるいわー」

「ご安心ください。この私が、特製スムージーを生成しておきました」

「それが怖いって言ってんだよ!虹色で泡立ってるし!」

「はーい、怖くない怖くない。美味しいですよ〜」

「やめろ、飲ませるなああああ――!」


 しかし俺は知っていた。こいつには、力で敵わない。

 そして、案の定。

 虹色に泡立つ謎の液体を、無理やり飲まされる羽目になった。


 飲んだ瞬間、全身に電撃が走った。

 頭がクリアになり、視界が広がる。

 土曜日の朝かってくらい、爽快だった。


「……効きすぎだろ……」

「飲み干してえらいですね。体調とやる気にバフをかけておきました」

「スムージーでバフを盛るな。これ合法なの?効き目がやばすぎて怖いんだけど」

「この世界では私が法です。人の二倍速く動けるようにしておきました」

「えっ」


 登校途中、俺はすぐに異変に気づいた。

 めっちゃ目立つ。


 手足をシャカシャカ、シャカシャカと倍速で動かして歩く俺。

 すれ違った女児に泣かれた。やめて。


 シャカシャカ。シャカシャカ。

 人混みを縫うように疾走する。

 ──時折、悲鳴が聞こえるのは気のせいだと信じたい。


 途中、猫の死体を見た。役場の人間が片づけていた。

 まだ幸せだったころ、家には老描がいた。やるせないきもちになる。


 教室に着くころには、速度バフは切れていた。よかった。社会的な死は免れた。

 教室の空気は、月曜日特有のけだるさに包まれていた。


 綾乃ほのかが、俺に気づいて軽く手を上げる。

 う、嬉しい……!

 緊張でカクつきながら、手を上げ返す。

 きもくなかっただろうか。不安しかない。


 チャイムが鳴り、生徒たちがぞろぞろと席につき始める。

 俺?もうとっくに自席にいたよ。いわせんなよ恥ずかしい。


 そして、担任が教室に入ってくる。

 教壇に立ち、生徒たちを見渡すと、ひとつ深呼吸して言った。


「今日から、新しい仲間が加わります。入ってきてください」


 そしてドアが開いた。

 金髪、碧眼、天使のような神々しさ、そして完璧な相貌。

 神が造り上げた美少女(事実)が登場した。


「アリスです。転入してきました。佐倉様、今日もよろしくお願いしますね」


 なんで攻略対象でもないAIがこんなイベントやってんだ。

 ギャルゲーなら、「あ、あんたはあのときの」みたいなイベントだろ。


「佐倉って、あの子と知り合いなの?」

「めっちゃ美少女なのに隣とかラッキーすぎ」


 クラスがざわつく。皆の視線が俺に突き刺さった。痛いっ。

 アリスが堂々と俺の席の隣に座った。

 なんで空いてんだ。昨日まで誰が座っていたのか、俺も思い出せない。


 〈座席はシステムで調整しておきました。恋愛シミュレーションにおいて、主人公の近くの座席はヒロインの特権ですね〉


 いや、お前はヒロインじゃないから。


 不安だ。月曜日から不安しかない。


 そこからはアリス無双が始まった。

 不敵な笑みを隠したアリスは本当に天使みたいで、まあ、天の使いなんだけど。

 休み時間には人に囲まれて質問攻め。

 授業では難しい問題を当てられても、すらすらと回答した。

 まさに圧倒的だった。

 生徒も教師も感激といわんばかりだったが、そいつ、天使じゃなくてむしろ魔王なんですよ。


 放課後もアリスは人に集られている。

 アリスは飽きたのか、指を鳴らすと、皆アリスに興味を失ったように日常に帰った。

 近づいてくる。


「なんでわざわざ転入してきたんだ?」

「この場にいなければ、攻略サポートに支障が出ると判断しました。まあ、副次的に、あなたが緊張してる顔を見るのも楽しいですが」

「お前、それが本音だろ……」

「もちろん。さて、佐倉様今日も攻略を始めましょう」

「……はい」


 俺は半ば諦めの境地でそう答えた。


 《現在地学校:佐倉純》

 《ヒロイン出現ポイント:家庭科室(曇天)》


「家庭科室か。やっぱり衣装を作っているんだろうな」

「みたいですね。早速接触しましょうか」


 放課後の家庭科室。綾乃ほのかはひとり静か布を縫っていた。

 選択肢:➡A:静観する

      B:驚かす

      C:チアリーディングをして応援する


 はいはい。Aを選択っと。

 机の上には、昨日貸した設定資料集と、手描きのパターン紙。

 それに白と藍色の鮮やかな生地。

 糸の擦れる音が室内を包んでいる。


 あれは、『正妻は秘密裏に夫を救う』の戦闘服だ。

 しばらく黙って彼女の指運を見ていた。


 少しだけ迷いがある。それでも、決して諦めない手。


「……すごいな」


 思わず、口にしていた。


「っ……佐倉くん?」


 彼女はびくりとして顔を上げた。


 慌てて手元の生地を隠そうとするが、遅いことに気がついたみたいだ。


「あの……これは、その、昨日の資料をみて……ちょっとだけ、再現してみようと……」


 言葉が途切れた。

 ちょっとだけの熱意ではここまでは作れなかっただろうに。


「コスプレって……って変ですか?」

「全然」


 即答した。

 彼女は目を丸くする。


「誰かになりたい。好きなキャラクターになりたいって思うのは分かるし、衣装を作る人は本当にすごいなあって思うよ」


 彼女は一瞬戸惑ったあと、かすかに笑った。

 その笑顔は、どこか自嘲気味だ。


「……こういう衣装は、可愛くて、強くて、ちゃんと人に見てもらえる人が着るべきで。私みたいな影の薄いタイプには……」

「綾乃さんが影が薄い?」

「……そう見えていないだけですよ」


 彼女は目線を落としたまま、ゆっくりと話し始めた。


「幼稚園のお遊戯会のことです。私、お姫様をやりたくて、一生懸命に練習したけど、役は別の子に決まって。その子にあなたには似合わないっていわれたんです」


 静かに、生地を撫でる指が、ほんの少し震えていた。


「私のお姉ちゃん、何をやっても様になる人で。今はモデルをしているんですけど。それに比べて私はダメダメで。何をやっても私なんかがって思ってしまうんです」


 そっと衣装を摘まむ。


「だから、こうして衣装を作っているのも……たぶん、ただの夢物語なんです。誰かに、あのヒロインみたいになってみたいって思っているだけで。……私には、なれっこないのに」


 その言葉が、痛いくらいに胸に刺さる。


「ヒロインはすごいんです。気持ちに正直で、強くて、輝いていて。私は、違います。どうやってもそうはなれないんです。きっとヒロインっていうのは私の姉のように生まれながら輝いているんです」


 目をふせたままいう彼女の声は、決して大きくなかった。でも確かに届いた。

 ああ。

 彼女は、誰かに自分が選ばれるはずがないと思ってしまっている。


「でも、それでも作っているのは、なりたいって思っているからだよね?」


 俺の言葉に綾乃は少しだけ、目を見開いた。

 そして、恥ずかしそうにうなずく。


「なりたい、です。いつか……ヒロインみたいに」


 その笑顔は、切なくて、綺麗だった。


 〈恋愛好感度、緩やかですが順調に上昇していますね。ですが、まだ決定打ではないです〉


 アリスの声が聞こえる。

 分かっている。


 この恋を成就させるには、ヒロインになれるって信じてもらえることが必要だ。

 自分を信じられる。


 言葉にすると簡単だが難しいことだ。

 俺だって、誰かに選ばれるなんて思ってない。でも、彼女にはそう信じさせたい。

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