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そんなお約束嫌いだ。でもそれはそれ

「それでは、私は今日のところは先に失礼しますね」

「おう。元の場所に帰るのか」

「いえ。私の家に帰るのです」

「家があるんだ……」


 まあ、玄関を出し入れできるぐらいだから、自分の家の準備も容易なことだろう。


「じゃあ、お疲れー」


 本屋を覗いたところで発売したばかりの新作はチェックしたばかりだ。

 さっさと帰ってしまおう。


 玄関を開けて家に入る。

 さっきまで消されていたから不具合があったらと心配していたが大丈夫だ。


「ただいまー」

「はい。おかえりなさい」


 おい。

 家の中からアリスの声がした。

 キッチンを見ると奴がいた。

 きっちりとエプロンを着込んでいるところも憎たらしい。


「さっき自分の家に帰るっていってただろ!」

「はい。ここが私の家です。あなたの家は私の家です」

「なんというジャイアニズム!」

「それはそうと今日はとり天とそばですよ」

「やったー。楽しみにしとくわ。じゃないだろ!サポートAIなんだから、実体を消すとか、家を創造するとかあるだろ!」


 アリスは何もわかっていない無知の子どもを見る優しさを見せる。


「佐倉様、生活もしっかりしていないじゃないですか。食生活なども整えて24時間サポートするのが私の役割です」

「いらねーわ。今までだって自分でそれなりにしてきたし。第一男女が二人ひとつ屋根の下だなんて不健全だ。お父さん認めませんよ」

「おや?佐倉様、ロリコンでしたか。それは失礼。私みたいな神々しい美少女がいたら前かがみでまともに生活できませんよね。あとお父さんは認めていますよ。3、2、1――」


 ポケットに入れたままの携帯が鳴った。

 画面の表示を見ると、父さんからだった。

 ああ……結果が見えるようだ。


「もしもし……父さん?どうしたの」

「ああ、純。今日から親戚から女の子を預かることになっていてな。色々あって連絡が遅れたが迎え入れてやってくれ」

「父さん!思春期の男と女の子を一緒に暮らさせるのはどうかと思うよ!?」

「アリスちゃんは12歳だぞ?意識しすぎだ。もし手を出したら……わかってるよな?」

「でも――」

「デモもエモもない。決まったことだ。仲良くするんだぞ」


 切られた。

 こいつ。外堀を埋めやがった。


「というわけです。晩御飯を作って差し上げますから、朝読もうとしていたラノベでも読んで待っていてください」


 有無をいわせないとはこのことか。

 納得いかない気持ちを抱えつつ、俺はラノベの世界に逃避した。……いや、しようとした。


「生成:鶏肉、てんぷら粉、そば。合成:鶏肉、てんぷら粉」


 フォンフォン。キュインキュイン。

 聞いたことのない音が聞こえてくる。

 気になる。でも見たら食欲が失せそうだ。

 見るのは我慢だ。


 作品の世界に入り込んだ。


「晩御飯ができましたよ」

「うん?ああ」


 食卓にはきつね色のとり天に、そばが二人前並べられていた。

 正直、美味しそうだ。

 食器が並ぶように置かれている。


「なんで並べてるの?普通向き合うものなんじゃ?」

「?佐倉家ではこうやってお父様と食べているじゃないですか」


 なんでそんなことまで知ってんだ。

 まあいい。理解が及ばないことは十分に分かっているじゃないか。


「それでは、食べましょう。いただきます」

「いただきます」


 そばの風味やのどごし。そしてとり天の歯ごたえ、ジューシーさが完璧だ。

 美味い。美味すぎる。


「すごく美味しいよ。アリス」

「ふふん。当然です。私はこの世界の頂点といっていい存在。できないことなどありません」


 箸が止まらないまま、完食した。


「さて、片づけますのでお風呂でもいってらっしゃいませ」


 それは、流石に気が咎める。


「アリス。洗い物は俺がやるから、ゆっくりしてていいぞ」

「そうですか?じゃあ先にお風呂でも入りますね」

「……もう俺はつっこまないからな」

「そうですか?舌の根も乾かないうちにつっこむ佐倉様が見えますがね」

「うるさい」


 食器をキッチンに運んで、洗剤をつけたスポンジで綺麗にしていく。

 そういえば、外食以外で人の手で作ったもの食べたのは久しぶりだな。

 美味しかった。


 そこだけはあの傍若無人なサポートAI様に感謝しよう。


 洗い物を終えた後、ソファでラノベの続きを読んでいると、パジャマを着たアリスがやってきた。


「お風呂いただきました。覗きに来ないとは、お約束が分かってないですね」

「俺はそういうお約束は嫌いだ。自分が将来女の子と出会えたとして、その子を誰か覗きしてたら、ぶちのめしたくなる」

「おや、ラノベには複数の女の子の裸を見る主人公もいるじゃありませんか」

「それはそれ。これはこれだ」


 いってお風呂に向かう。

 野郎のお風呂シーンなんて描写してもしかたないので省略。


 夜。俺の部屋。

 蛍光灯に照らされたアリスが俺のベッドを占領していた。


「いや、なんで俺の部屋にいんの?」

「私は佐倉様の恋愛をサポートするためのAIです。おはようからおやすみまで監視対象です」


 当然のようにベッドに寝転がり、枕を抱きしめて満足そうにしていた。

 譲る気はなさそうだ。


 俺は頭を抱える。父の部屋を使うか?いや、抵抗があるなあ。

 画だけ見るとラノベみたいだ。

 わあ、夢見たシチュエーションだ。全然うれしくない。


「……じゃあ俺は、床で寝るからな」

「お好きなようにどうぞ。何でしたら添い寝でもかまいませんよ。恋愛偏差値が上がるかもしれません」

「おいおい俺は誇り高き童貞だぞ。寝られないだろ」

「そんな誇りは即刻捨ててください」

「嫌じゃ!」


 その夜。俺は毛布で身を包んで寝た。

 環境が変わっても図太く寝られる俺はぐっすりだった。


 朝。5月らしい陽気とさわやかな風が、カーテン越しに差し込んでいた。


 俺は昨晩のお礼も兼ねて、アリスにもトーストセットを用意した。


 トーストをかじりながら、アリスが表示する。


《現在地自宅:佐伯純》

《ヒロイン出現ポイント:マルカワ書店(晴天)》


「書店?漫画やラノベでも隠れて買っているのかな?」


 アリスが指を振っていう。


「どうも昨日購入したコスプレ生地で衣服を作ろうとしましたが、衣装の情報が足りてなかったらしいです。参考資料を探すために書店に現れるようです」

「えっ!既製品じゃなくて自作なのか。本気でやってるんだな、綾乃さん」

「ええ。本気なんでしょうね。佐倉様もそのくらい恋愛に本気になってほしいものです」

「うるさい。昨日も今日もちゃんと動こうとしているだろ」


 俺は自転車を走らせてマルカワ書店に向かう。

 荷台には当然のようにアリスが座っている。

 もう、慣れ始めている自分がいた。


 目的のフロア。

 設定資料集やアートブックなどが並べられたコーナーに、帽子とマスクで変装している少女がいた。


 雰囲気、歩き方、しぐさ。まちがいなく綾乃ほのかだ。


 そのとき、視界にウィンドウが開いた。

 選択肢か。



選択肢:➡A:昨夜はお楽しみでしたね

     B:そこのマドモアゼル、この後ティーでもいかが?

     C:自爆スイッチを押す



 なんだこの選択肢。まともな選択がない。


「こんなの、選べるかよ」

「どうも神様が遊んでいるみたいですね。無視していいですよ」

「お前、そういうのは事前にいってくれ」


 ため息をついて、歩み出た。

 当然のように選択肢は無視だ。


「綾乃さん?」


 彼女がびくりとして振り向いた。

 こちらを見ると驚いたような、けれどどこかホッとしたような顔をしていた。


「……佐倉君?また偶然、ですね……」

「うん。えっと、何を探しているの?」

「『正妻は秘密裏に夫を救う』の主人公の服が難しくって。……あっ」


 コスプレ衣装を作ろうとしているのを自分からばらしてしまうのか。

 でもまあ、それなら何とかできそうだ。


「それなら。俺、ブルーレイ持ってて、その初回特典に設定資料の小冊子がついてるんだ。……持ってこようか?」


 綾乃さんは目を丸くした。


「本当?すごい!……ありがとう」


 急いで帰宅し、資料をかき集める。

 ついでに最近読んでる面白い作品も数冊、一緒に詰め込んだ。

 再び書店へ戻り、彼女に手渡す。


「これ。設定資料と、あと最近ハマってるやつ」

「……すごい……こんなに細かく載ってる……ありがとうございます」


 彼女はページをめくりながら、ふと一冊の表紙を見て言った。


「……これ、タイトルだけ知ってて、まだ読んでなかったんです」

「じゃあ、貸すよ。語れる相手がいた方が面白いし」


 綾乃は、顔を少しだけ伏せ、そっと笑った。


「……また、会ってもいいですか?」


 その声は、昨日よりもずっと柔らかかった。

 なんでこんなにも嬉しいんだろう。俺は綾乃さんことが好きなのだろうか。


「もちろん」


〈安定して好感度アップです。想定よりも早く目的が達成できるかもしれませんね。それはそうとせっかくの神様の選択肢です。使ってもよかったんですよ〉


「知るかよ。自分で納得できる選択がしたいんだ」


 アリスが聞いているかは知らないが、そういって、ほんの少し、足取りを軽くして帰路についた。

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