あなたが、この世界の主人公です
温かい目で見守っていただけると幸いですm(_ _ )m
また、隕石か。
空が真っ暗に染まる。空一面を覆う巨大な隕石が、音速を越えて一直線に俺の頭上に落ちてくる。
泣き叫ぶ生徒。逃げる生徒。訳の分からない指示を出している教員。
もうパニック状態だ。
だけど、俺だけは違った。そして彼女もきっとそうだろう。
俺は走った。この時間、きっと彼女ならあの場所にいる。
人の波をかき分けて、家庭科室へと飛び込んだ。
やっぱり、いた。
綾乃ほのか。
いまは一心にノートにペンを滑らしている。
学校のマドンナ。
透き通るような肌に、モデルのようなプロポーション。
でもどこか、孤独そうな笑顔をする女の子。
以前までの俺はよく笑う、人の中心にいる女の子だと思っていた。
けど、この一週間をそれなりに過ごすことで、彼女のいろんな面を知ることができた。
彼女は自分に自信がない。
どれだけ褒められても、優秀な姉と比べてしまって自分を認められないでいる。
彼女は意外なことにアニメが好きだ。
特に好きなアニメの話になると、あの大きな瞳が宝石のように輝く。
今でも思い出す。あの日、俺が落としたラノベを拾い上げて、笑顔で渡してくれたことを。
俺は彼女に好きだっていえなかった。怖かったからだ。
でも今ならいえる。いや、いわなくちゃいけない。
だって、もうすぐ世界が終わるんだから。
「世界が終わる前に!伝えたかったんだ!君のことが、好きだ!付き合ってください!」
彼女はペンを止めた。
一瞬の静寂。
周囲の音が、消えた。
世界の終わり、確かに世界に二人きりでいるようだった。
綾乃は、少しだけ目を見開いて、そして微笑んだ。
「……ごめんなさい、私は――」
彼女の手が、ほんの少しだけ震えていた。
その瞬間。
俺と綾乃は衝撃で消滅した。
世界が白く染まった。音も、色も、熱だって、なにもかもが、吹き飛んだ。
世界は終わった。この告白ごと。
きっと笑われるんだろうな。この最期。
そんなことを思った。
語りたくはない。
けれども記しておかなければならないだろう。
この世界で、俺だけが憶えていられることだから。
世界は二度目の崩壊を迎えた。
俺が原因で、恋愛というものに興味がなかったせいで世界が崩壊したらしい。
冗談だろ?って思うだろう。俺は今でも思っている。
信じたくないようなことだけど、信じざるを得ない事実。
死んだはずの俺の前に少女が立っている。
彼女の名前は、アリス。
この世界を管理している、自称『サポートAI』だ。
時は先週の土曜日に遡る。
◇◇◇
土曜日の自室で今日発売したばかりの電撃文庫大賞の本を読もうとジャケットの絵を染入るよう見ていたときのことだ。
ドアのインターホンが鳴った。
億劫だった。テンションはすでに物語の世界に入りつつあり、まさにこれから旅立とうとしていたのだ。
現実に引き戻されると、またモチベーションを上げるのがしんどかった。
しかし、この家にいるのは俺だけ。
父は単身赴任で海外へ。
母は突然いなくなった。いわゆる失踪だ。連絡も、理由もなかった。
だからまあ、チャイムが鳴っても、俺以外に出られる人がいない。
在宅であるのに再配達させるわけにはいかない。
重い腰を上げて、玄関ドアを開いた。
目の前に、美少女がいた。
神がこの少女を造った。そういわれても納得できる。
金髪、碧眼、白いワンピースに、ぱっちりとした大きな瞳。
ただ、一点だけ。不敵な笑みがそのイメージを損ねていた。
その笑みに我に返った俺は警戒した。
こんな子が、我が家に用事があるわけがない。
「こんにちは、佐倉純さん。あなたが、この世界の主人公です」
……は?なにいってんだこいつ。
「なにいってんだこいつ」
思わず声が漏れた。
だってそんなこといわれて信じられる奴がいたら、頭がバグっているとしか思えない。
「私はサポートAIのアリスです。世界存続の条件はあなたが綾乃ほのかさんと付き合えること。期間は1週間です」
扉を閉めて、鍵を掛けた。
ふう。ため息が出た。今日は読書をしようって決めているんだ。これ以上変人と関わり合いになりたくない。
目の前で扉が消えた。
まるでVRゲームのアニメで、アイテムをストレージに収納したみたいだった。
唖然としている俺の手を、アリスとやらが掴む。
玄関から、外に引っ張り出された。──こいつ、意外と力強い。
「まあ、こんなこと信じる方が難しいでしょう。だから試しに、世界を滅ぼしてみましょうか。空を見てください」
空が割れた。
青かった空が、一瞬で真っ暗になる。
巨大な燃える隕石が空を覆う。
俺は何もできないまま棒立ちしていた。
信じられなくて、そして怖くて。
そして、落下時の衝撃で、蒸発した。
享年16歳。死因、隕石に直撃。
目を覚ました。グリッド線が描かれた妙にサイバーな空間にいた。
全身が半透明になっており床に触れた感覚はなかった。
踏んでいるはずなのに、まるで空中に立っているような浮遊感。
まるでゲームのトレーニングモード、あるいはデバック画面だ。
これが天国や地獄だというのなら、あまりにも味気ない。
彼女が、いた。
完璧な造形美、その不敵な笑みはまさしく悪魔のようだった。
「俺死んだよな?」
「はい。隕石で死にました。主人公あなたがいない世界に価値はありませんので、世界を再構成している最中です」
その言葉に息を呑んだ。人を殺した罪悪感とか、世界を終わらせたこととか何も感じていない。
「あなたが主人公なのです。この世界は恋愛シミュレーションゲームの中だと思ってください。あなたが恋を成就させることが、全世界で最も優先されることなのです」
アリスは両手で何かを贈るように俺へと向けた。
「だからあなたのいない世界に価値はないのです」
「ふざけんな……なんでよりにもよって恋なんだ……」
狂っている。
それが素直な感想だ。
「それで、なんで綾乃ほのかさんなの?」
それも謎だ。
確かに綾乃ほのかという人は俺にとっては異世界に住む人で、縁遠い。
学園のマドンナ。社長令嬢。いつも笑顔で人の輪の中にいる人だ。
これが学園恋愛シミュレーションだというのなら、ヒロインだっていうのも分かる。
けれど、攻略ヒロインが一人だけの恋愛シミュレーションっていうのもどうなんだ?
「それはあなたがバグである証です。本来なら一昨日、ラノベを拾ってくれた綾乃ほのかにあなたは身分不相応にも恋をしてしまうはずなのです。だというのに、あなたは恋をしていない」
そういわれましても。
確かにあのことは俺にとって、宝物のような出来事だった。
オタク丸出しの俺があの時、自分が初めて存在を認識されたような気がした。
だが、恋に落ちるほどのことだろうか。
「それをこの世界の神はお怒りです。軌道修正して、綾乃ほのかに恋人になるべく努力をするようにと私を派遣したわけです」
神様狭量すぎませんか?
「恋に落ちなかったから、世界を滅ぼすの?」
アリスはニヤリと嗤う。
「恋に落ちなかったから滅ぼして見せたのです。そして、これからあなたが綾乃ほのかと一週間以内に恋人になれなかったら、また世界を滅ぼすのです。それこそ何度だって」
年齢=彼女いない歴、陰キャな俺に世界を託すのはハードルが高すぎませんか?
俺は息をついた。
「恋が成就しなかったら、世界を滅ぼすってバカなの?」
アリスは真面目な顔をした。
「恋が成就しなかったから世界が滅ぶなんて、バカ?そうかもしれません。でも恋愛ってそういうものなんでしょう。誰かにとっては、それだけが世界なんですから」
「俺に選択肢はありませんか?」
「選択肢は、ありません。恋愛に失敗したあなたに訪れるのは」
一瞬の沈黙。
「次の死です」
諦める選択肢しかないらしい。
こうして、アリスと俺の奇妙な一週間が始まった。