ヴィリシラ《パラレル》
「強化魔法が遅すぎる。俺だったから薙ぎ払えたから良いものの」
クエスト後、ギルドに併設された酒場でロルがそう言った。
「そうだぞ。戦闘中のんびり周りを把握出来るのはお前だけなんだ。手際よくかけてくれていたら、あんな魔物は一刀両断して、ヴィリたちの護衛に回れたんだ。そんな顔するな。要領が悪かったから、お前の仕事が増えたんだ」
樽ジョッキを手に大柄なテイワズが、彼の言葉に乗る。
「役割を果たせ」
そして私もヴェールの下から苦情を入れさせてもらう。
「そうよ! 何で皆の回復や状態異常を治すのを任せられて無防備な私を守らないのよ」
「報酬の分配に不満があるなら、それ相応の働きをしてからにしろ。後方からちまちまと戦闘は前衛の俺たち、回復はヴィリと魔法攻撃も兼ねたアレナ、使い魔と一緒にフィだって撹乱しながら戦っているんだぞ」
受付で受け取った報酬、それを分配した硬貨を入れた袋がそれぞれの前に置かれていた。
「文句があるならやることやってからだろ」
ロルは鼻で笑って、ヨークを見やる。
「もう止めろ。飯が不味くなるだろうが」
アレナが食べ物が刺さったままのフォークをくるくる回し、やはり横目でヨークに冷ややかな眼差しを向ける。
「アタシたち高ランク冒険者のパーティに囲まれてるってだけで満足しとけよ。そのお陰で無事に冒険から帰ってこられてるんだからさ」
言い終えると彼女はフォークの先を一口にする。
「……」
召喚士のフィはテーブルでの会話に興味ないみたいに、肉料理を中心に食べ物を黙々と口へ運ぶ。
「アレナの言うとおりだ。そんなに不満ならパーティを抜ければ良い。うん、このパーティから出て行けよ」
「は?」
彼の発言にヨークは怪訝な表情を見せ、テイワズが大きく頷く。
「オレたちはこれからも上を目指すんだ。それなら弱いヤツを捨てて、強いヤツを入れるのが当然だろ」
「アタシは余りお世話んなってねーし。勝手にして、足手まといなら要らないからさ」
テーブルに杖を立てかけたアレナが続いた。
そして私も一息入れて言う。
「ヒーラーの守りを疎かにする仲間なんてあり得ないでしょ」
ヨーク本人以外の意見が出て、伏し目がちに肉料理を口に運んでいたフィは、さすがに周囲の雰囲気を察して食べる手を止めた。
「……どっちでもいい」
パーティ一人の進退など無関心といった静かな声だった。
そうして満場一致でヨークをパーティから追放が決まった。
「情けで、俺らが切ったんじゃなく、お前からパーティを見限って抜けたと言い触らして他のパーティに行ってもいいぞ。ま、そんなことを信じるヤツがいるか分からないけどな」
言って笑い、お酒を煽った。
この街の高ランク冒険者のパーティを見限ったなんて、そんな話を信じる者なんているはずが無い。
ヨークを追い出してから数回クエストへ出かけ、以前よりも損耗率が高くなっていると感じた私たちは、空いた穴を埋めるため新たに一人パーティに加える日々が始まった。
もちろん、最初は仮で加入させて様子を見る。
結果、パーティメンバーにかなう冒険者を見つけられずにいた。
街では高ランク冒険者のパーティなので知名度はあり、ギルドの掲示板で募集すれば希望者は現れるが、相性の問題があって抜けた穴を埋めるのに難航してしまう。
しかし、満場一致で追い出したこともあり、ヨークを連れ戻そうという発想はメンバーの誰も持たなかった。
そんな感じで月日が経ち、アンデッドの集団が街に迫る。
街を囲む防壁を背に、ギルドから招集を受けた冒険者が集まり、一部のジョブは防壁の上に待機していた。
事前にアンデッドの大量発生の知らせと同時に、防壁のない村が襲われて滅んでいるという情報も入っている。
「オレたちはいつも通りだな」
肘から先、左腕の義手の可動を確認するテイワズ。
「あぁ、前衛だからな」
剣士のロルは腰からロングソードを抜き、隣に立つテイワズのプレートアーマーを小突く。
アレナが杖で素振りをしていた。
「中には冒険者のアンデッドも居るそうだが、アンデッドなんだし思いっきりぶっ飛ばしても構わないよな。あー、気に入らないヤツもアンデッドになってくれてたら良かったのに。今年一の残念だ」
物騒なことを口走っているけれど、彼女の言いたいことは分かる。
以前が人間なのであり、今はアンデッドなので、躊躇っていたらミイラ取りがミイラになってしまうと、元人間を相手する気の進まなさを和らげようとしているのだろう。
アレナが魔法職とは思えない勢いで杖を振りかざす。
「仲間を吹っ飛ばすなよ。ヴィリ、ついてくるなら余り離れるなよ」
「もちろん。ロルを、皆を回復させるのが私の役目だもの」
本当は出来るだけ彼の近くに居たいだけだ。
「……わたしも? いつも通りでいい?」
召喚した黒毛、赤目の大型の犬ーーザクロにターゲットシールドを装備した左手を置く。
「いいぞ。どうせ俺たちが最前線だ。ちょっと後から来る奴らに攻撃しないようにするだけで構わないだろ」
ロルから疑問の返事を聞き、フィは小さく頷いた。
「分かった」
そしてザクロよりも身体の小さい同型の使い魔、三匹にも歩み寄る。
「ガルム、ハティ、スコルもよろしくね」
抱き締めるように屈み、身体を起こした時にショートボウを手に取る。
防壁の周りはほとんどが平原で、他の街へと続く街道は森へと伸びている。
街道を歩くアンデッドの群が、その物量の多さに耐えきれず、左右の樹木をなぎ倒しながら進行して来る様子が窺えた。
そして防壁の上から開戦の声が上がる。
先頭のアンデッドを魔法使いたちが遠距離攻撃で吹き飛ばすも、アンデッドの数は多く、衝突後に平原の戦場は乱戦状態になった。
「ヴィリ! こっちに! アタシは癒すとか治すとか得意じゃないんだ。ここにエリアサンクチュアリを張る。フィ! ヴィリがやられないようにサンクチュアリの中で守って!」
じわじわと迫るアンデッドを杖で殴り倒しながら、スコルと共にダガーで立ち回る彼女に頼んだ。
けれど、フィは一瞬顔を顰め、首を横へ振る。
「……その外からこの子たちと守るから」
足元が光るサンクチュアリの境界まで下がり、スコルが噛みついたアンデッドの頭をショートボウの矢で吹き飛ばす。
「じゃあ、ロルとテイワズが傷を負ったら連れてきて」
ヒーラーとして私は、目の前の自分より一回り小さな背中にお願いする。
「……分かった。ザクロ! ロルたちをお願いね」
離れた場所でハティとガルムと共に戦っていた使い魔は、赤い瞳で振り向き、返事代わりに口から炎を吐き、密集するアンデッドの中にすり抜けられるほどの道を作った。
その間には負傷した他の冒険者の回復、下がれるだけの治癒をしてあげて帰す。
やはり上位のアンデッドになると、サンクチュアリでも身体を崩しながら襲ってくる。
アンデッドの群の中に大きな影が見えたかと思うと、地響きと炎が散るのが揺れる群の頭越しに見えた。
気づくとフィの姿が無く、スコルがアンデッドの喉元を噛み砕く姿しかない。
「……ヴィリ!」
腐ってなお動くモンスターの波間から、飛び出したザクロの後に続いたフィの叫び声。
サンクチュアリの手前で足を止めた使い魔の背中から、彼女はボロボロになった人影を担ぎ上げた。
「……ロルが!」
言われて全身の装備に目を走らせ、間違い無く彼だと足が前に出る。
「……んっ! ロルをお願い。気絶してる」
エリアサンクチュアリに踏み込んだ彼女の顔が下から照らされ、顔を顰めて担ぐフィから彼を受け取る。
「ありがとう。フィ、貴方も回復を受けてから行きなさい」
ロルが抱きとめられたのを一瞥し、すぐに背を向けた彼女を呼び止める。
「……あ、大丈夫。ザクロたちが待ってるから」
そう苦しげに呟くと、さっさとアレナのスキルから離れ、ザクロを中心として戦う使い魔の元に駆けて戻る。
顔を落とし、胸の中のロルに回復魔法をかける。
「アタシの各ポーションも切れそうだ。一度下がるか」
聖域内から群に魔法攻撃を浴びせるアレナが提案した。
気を失った身体を抱き締め、他のパーティが敵の波に向かって行く様子を視界の端に捉え、メンバーの一時撤退の提案に頷く。
「そうね。私も一息入れたいわ」
私も何だかんだパーティ以外の冒険者の回復もしていたので、異論は無い。
同意を得たアレナがフィの周りのアンデッドに魔法を当てて叫ぶ。
「フィ! 一旦後に下がって立て直すよ! ロルも治癒が必要そうだから、ザクロたちに、あのバカを連れて来させて!」
彼女が出した判断に、フィが小さく頭を縦に振った。
本来攻撃しか頭になくて前進する以外考えないようなアレナが撤退を口にしたくらいなので、余り状況は良くないのだろう。
最近のパーティの損耗状況を心配もあり、余力がある内にという考えに違いない。
瞬間、アンデッド数体がバラバラに弾け、見慣れたウォーハンマーの一振りが姿を見せた。
大きすぎて洞窟や遺跡では二振りのバトルアックスを持っていく、使い分けているウォーハンマー。
「……テイワズ。一旦……!?」
ザクロを従えて駆け寄ったフィ、その彼女が水平に薙がれたウォーハンマーの一撃により、言葉を途切らせて宙を舞った。
「バッ! それはフィだぞ! お前はどこまでバカなんだ!」
同じ光景を見ていたアレナが怒鳴り、吹き飛ばされた身体がアンデッドの中へ消えた。
信じられない状況に杖を振り抜き、アンデッドに魔法攻撃を放ったアレナが異変に気づく。
重戦士の彼の腹から下が赤く染まり、ウォーハンマーを構え直す足元に尚も血が広がっていた。
「アンデッド化してやがるのか!」
確かに顔色悪く、首が座っていない。
しかもアンデッドの一団を引き連れるように、背後に引き連れてテイワズが近づいてくる。
アレナは私たちの前に立った。
「止まれよ! バカがッ!!」
まだ仲間意識からか、アレナはテイワズを一撃で倒すほど強い魔法を使わず、足や肩など動きを封じるカ所に魔法を当てる。
しかし、アンデッドになっているからか、痛みや戸惑いを見せることなく、一歩ずつ確実にじわじわとよってくる。
そして勢いをつけてアンデッド化したテイワズが、エリアサンクチュアリの中に飛び込んで来た。
彼はすぐに浄化されてしまうこと無く、防御力がゼロに等しい彼女の身体に、フィを殴り飛ばしたウォーハンマーを叩き込んだ。
フィ同様、魔法使いのアレナも、易々と吹き飛ばされ、地面を跳ねるみたいに転がって行く。
エリアサンクチュアリが消失し、これまで躊躇いの無いテイワズの顔がこちらを向いた。
アンデッド化しているとは言え、パーティメンバーから向けられる不気味な視線に身震いを起こす。
攻撃魔法は余り得意ではないが、よくある定説通りならアンデッドに治癒系もダメージとして通るはずだ。
手を前にかざし、魔力のイメージをする。
「くぅっ……!」
思った以上に仲間に襲われる恐怖を感じていたらしく、上手く発動出来ずに魔力が霧散してしまう。
これが刺激となったのか、アンデッド化したテイワズが吼えた。
「ぐグぁウワァアアアッ!」
すでにモンスターと化した咆哮に、ロルを抱いた身体が竦む。
もう相手の動きを瞳に映すしか出来ず、他の冒険者に助けを求めることも出来ずにいると、胸の中からイラ立った声が聞こえた。
「せっかく柔らかな胸に抱かれて気持ち良かったのに……よくも起こしてくれたな」
軽口を叩きながら身体を起こしたロルは、そのまま立ち上がってロングソードを構えた。
「ゾンビになっちまいやがって情けない」
酷い有様のテイワズを睨み、足を踏み出して私との間に入る。
すると呼応するようにウォーハンマーが両腕で振り上げられた。
「そうか。英雄になるには、友との殺し合いも必要ってことかよ!」
そう言い放つと素早く身体を沈めて地面を蹴り上げ、ロルが振りかぶるテイワズの懐に飛び込む。
さすが高ランクなだけあり、瞬く間に血の溢れる胴体に一閃を浴びせた。
「ロルッ!」
私が叫ぶより早く、彼は直感で横へ身を投げた。
直後、一瞬前までロルが居た地面を振り下ろされたウォーハンマーが穿った。
攻撃は確実に入ったけれど、痛みが無いのかテイワズの攻撃の手が止まらなかったように見える。
そこから力任せにウォーハンマーが横へ、片膝を立てて身体を起こす彼の頭部に向けて振り回される。
ゆっくりだが重さを伴って襲い来る鉄塊を、ロルはソードで受け止めるも、重量と速度の乗った衝撃に押し巻けて身体が浮く。
彼は押し飛ばされて金髪を振り乱しながら、何とか転ばずに立て直してソードを構えた。
「これだから筋肉ばっかで強さを求めるヤツはっ!」
相手のし辛さに悪態を吐く。
アンデッドになってまで衰えない力が恨めしい。
「絶対俺が倒してやるからな!」
一時他のアンデッドは無視し、仲間だったテイワズに斬りかかる。
金属がぶつかる音を響かせ、ウォーハンマーがロングソードを受け止め、正面からは無理と判断したロルは身体を離す。
そして再び構え、フェイントを交えながらウォーハンマーの隙を縫って、腕を引いて切っ先を突き出した。
すっかり一時撤退の方針を伝え忘れ、ロルとテイワズの一騎討ちに目を奪われる。
アンデッド化したテイワズは手強く、何度斬りつけても怯まず、疲労の様子も見せない動きをする。
なので徐々に勢いのあったロルが押され出す。
「俺は勇者に……! 英雄にだってなれる冒険者なんだ! パーティメンバーのアンデッドくらい! 乗り越えてみせるさ!」
強がりとも聞こえるこえだけれど、それでも諦めずにチャンスを窺っていると、ロルが攻めて気を引いていたテイワズの背後へ、ザクロが現れて飛び上がった。
そして項に牙を突き立てる。
しかもそのまま噛みついたザクロの口から炎が漏れ、次の瞬間テイワズを呑み込む炎となって爆発を起こした。
「ロルッ!」
再び直感で身を引いた彼は、爆風に乗り距離を取って、私の前に立ち風除けになってくれた。
顔にかかるヴェールがはためくほどのザクロの爆発は、他のアンデッドをも巻き込んでいく。
そして私は乱戦の騒音に負けないように呼びかける。
「皆居なくなって……一度下がりましょ」
「ヴィリ……そうだな」
パーティメンバーの姿が私しか確認出来ないことから、彼は表情を曇らせて同意してくれた。
高ランク冒険者の集まりだったはずなのに、残ったのは二人という状況に心が追いつかなかった。
それでも好きな人は絶対に失いたくない。
次の瞬間、アンデッドの群が弾け飛び、獣型の巨大なアンデッドが現れた。
爆発音に引きつけられたのかもしれず、しかも巨体の割に速い四本足でロルに急接近する。
そしてアンデッドは勢いのまま太い前足を振り上げて襲いかかる。
とっさに身体の前にロングソードを構えた彼は、短い爪を備えた分厚い手を一瞬受け止めた。
しかし、獣型アンデッドの勢いは止まらず、毛に覆われた前足が振り抜かれた。
「ッーうっ!?」
短いけれど鋭い爪がロルの左肩から右脇腹へ走り、前足を振り下ろして下がった頭を勢いをつけて上げ、アンデッドは鼻先で目の前の彼を突き飛ばす。
かなりの強さでロルは地面に叩きつけられ、私から離れた場所まで頃がっていった。
「ロルーッ!」
この戦場で何度彼の名前を叫んだか、無我夢中で立ち上がり駆け出していた。
いつもなら何てこと無い距離が遠く、横向きに倒れたまま動かない姿に焦りが際限なく募る。
走った勢いを殺さず、倒れるようにロルの隣に膝をつく。
痛みなんて知らない。
治癒の魔法をかけながら名を呼び、何度となく触れた彼に手をかける。
膝の上に乗せるように仰向けに直したロルの身体に、深い傷跡が刻まれていた。
「うっ……!?」
目にした瞬間、治癒魔法では手に負えない状態に言葉を失う。
もう助からない……そう頭では答えが出ているのに、治癒魔法をかけるのを止められず、血や土で汚れたロルの顔を見下ろす。
戦場にありながら、もう何も考えられず、瞼から溢れた涙がヴェールの隙間から彼の頬に落ちた。
周囲のざわめきと振動を感じ、生まれたばかりの生々しい絶望の中で顔を上げると、好きな人を殺した獣型のアンデッドが立ちはだかっていた。
私に一矢報いるほどの治癒魔法や攻撃の手段も無く、膝にロルの重みを感じながら潤む視界で見上げるしか出来なかった。
アンデッドの虚ろな瞳が見下ろして、彼の命を奪った太い前足が振り上げられる。
「悔しい……よくもロルをっ!!」
理屈では目の前のアンデッドを撥ねつけることすら無理と分かっていても、一度噴き出した怒りは理性を振り切り、何を発動させるのかさえ定まらない手をアンデッドに掲げた。
前衛の彼ですら一撃でこの有様だ。
ヒーラーの私に生き延びる術があるはずない。
けれども殺される瞬間まで、好きな人を殺した敵から、絶対に目を逸らさず睨みつける。
そして短くも鋭い爪を備えた太い前足が振り下ろされる瞬間、そびえ立っていた黒い体が縦に割れ、左右に傾いで地響きを伴って倒れた。
拍子に吹いた風に乗って、涙に濡れた鼻にもアンデッド特有の腐敗臭が鼻腔を刺激した。
今倒れた腐った獣の側に、光り輝く刀剣を携えた人影があり、その人は高らかに叫ぶ。
「遅くなって済まない! 今助ける!」
そう声を張り上げて背を向け、腰だめに刀剣を構えた。
他の方向からも今までしなかった音や閃光が瞬き、獣型アンデッドを屠ったその人は、迫り来るアンデッドに向けて横薙ぎに一閃。
刀剣が奔った軌跡に沿って斬撃が放たれ、アンデッドの体が消失し、現れた冒険者は輝く刀剣を振るい見る間に戦線を押し返していく。
「王都からの高ランク冒険者の応援だ!」
どこからか誰かが、そんなことを叫ぶ声が聞こえた。
そして街に押し寄せていたアンデッドのスタンピードは、応援の冒険者が群の後方からも追撃を行うことで一掃される。
もちろん冒険者の死亡者は多く出たが、街は一部防壁が傷つけられただけで守られた。
「もっと早く駆けつけられずすまない」
数日後に行われた追悼式には、あの光り輝く刀剣の人が代表して出席していたらしい。
街は救われても私はロルを失ったことに絶望していた。
そして実家に籠もり、日がな一日ベッドの上で無気力に横たわる。
することとしては彼を思い出して泣き、これまでの記憶を振り返っては涙を零して眠るだけだ。
そんな時に祖先が研究中に開発した二つのオルゴールを見つけた。
けれどこの魔道具は途中で断念された研究で、ホコリを被っていた実物は二個のみ。
あとはバラバラのゴミ同然のパーツが転がっているだけだった。
たぶん悪意ある改変を直したり、失敗も織り込み済みで二個だけ用意して保存されてたんだと思う。
隠されていた手記には過去を変えられる魔道具は危険で、この魔道具により一度は好ましくない世界になってしまったと書かれてあった。
その書き込まれていた内容から、少なくとも二度使われた形跡を読み取れた。
だからオルゴールを使い過去に危険を知らせ、他に明かさず作らないように伝え、万が一の為に保管されていたと予想がつく。
祖先がオルゴールの危うさを訴えていても、手に取った私はロルを取り戻せると、過去を変えられる魔道具を歓喜として使用した。
このオルゴール型の魔道具は、使用者の記憶を同じ個体の過去に送れるという代物で、過去改変の危険性から研究が進んでいなかったこともあり、記憶を過去に送れるのはひと月ほどが限度だった。
「ロル、待ってて」
ある日、久しぶりに顔を出した家の中で、聞き慣れない音が聞こえた。
鳴っている音を辿り、実家で隠し部屋を見つける。
これまで知らなかった部屋に、おそるおそる踏み入れ、目をすがめて音の出所を探った。
子供の頃にかくれんぼなどして遊んだが、全然隠し部があるなど知りもしなかった。
そこはかつて魔道具を作っていた家系だからだろう。
「オルゴール?」
古ぼけた棚にオルゴールがあり、小さなそれを手に取ると音が止み、箱の表面に『ヴィリシラへ』と文字が浮かび上がった。
不気味に思い戸惑うと、他にオルゴールが置かれていた側に手記があるのを見つける。
そこには魔道具としての説明文が書かれていた。
始めは人の記憶を記録しておく媒体として作製がスタートし、その過程で偶然にも過去に送れるということが判明したと、記録を兼ねた手記にはそう記されてもいた。
「母親が子供にメッセージを残したいという依頼から始まったのね」
だからオルゴールの表面に宛名が浮かび上がる仕様は、そのためだったようだ。
使い方は書かれていたので、ベッドに寝ころび未来から来たらしい記憶を見る。
オルゴールの音色がリラックス効果を生み、睡眠中の夢を見るみたいに未来の記憶が脳内に流れた。
内容が辛すぎて目から伝う涙の冷たさに目を覚ます。
「嘘……ロルが?」
信じられないけれど、胸を締め付ける痛みが何よりも事実だと物語っていた。
モンスターの死骸がアンデッド化するまでは、ある程度の時間が必要なので、すでにどこかの地でアンデッド化、もしくは兆候があるはず。
日付もまだヨークに追放を言い渡す前だ。
ここからメンバーを募集したりする時間もあるから、今から彼を連れて街を出るのも一案ではある。
起こる出来事を知っていても、統制された騎士の動きでないモンスターが絡んだ戦闘は、予想外が発生するリスクがあることをクエストで学んでいる。
なのでスタンピードの攻略ではなく、確実に彼を失わずに生き残るために、逃亡して回避する選択も必要だった。
そしてクエスト後、ギルドに併設された酒場でロルがヨークに不満を漏らす。
「強化魔法が遅すぎる。俺だったから薙ぎ払えたから良いものの」
「そうだぞ。戦闘中のんびり周りを把握出来るのはお前だけなんだ。手際よくかけてくれていたら、あんな魔物は一刀両断して、ヴィリたちの護衛に回れたんだ。そんな顔するな。要領が悪かったから、お前の仕事が増えたんだ」
彼の言葉に乗っかるテイワズ。
この後、ヨークを追い出す話になる。
生存率を上げるため装備や回復系のポーションも準備したけれど、それにも限度はある。
そして悔しいけれど、ヨークの存在はパーティにとって大きかったことを知った。
好き勝手に攻撃する三人の動きを読み、フィに支援の支持を出したり、バフをかけてカバーしたり、アレナに高威力の魔法をどこに打つか頼んだり、絶えず動きながら全体を見ている時もあった。
彼の言った強化魔法も優先順位をつけていたし、ロルが自分勝手に要望をあげていただけで、優先順位をつけて強化魔法をかけ、あのタイミングで間に合わしたことは驚きとも言える。
下に見ていた者へのイラ立ちもあるが、ここはロルの生存が私にとっては最優先だった。
「ーーアレナの言うとおりだ。そんなに不満ならパーティを抜ければ良い。うん、このパーティから出て行けよ」
「は?」
ロルの言葉にヨークは耳を疑い、テイワズが大きく頷く。
「オレたちはこれからも上を目指すんだ。それなら弱いヤツを捨てて、強いヤツを入れるのが当然だろ」
「アタシは余りお世話んなってねーし。勝手にして、足手まといなら要らないからさ」
伏し目がちに肉料理を口に運んでいたフィが、話の流れを察して食べる手を止めた。
「どっちでもいい……」
このままではパーティにとってマイナスでしかないと知っている私は、彼の怒りを宥めるようにヨークの追放に待ったをかける。
「ロル、今回は見逃してあげない?」
「ヴィリ?」
私の言葉に疑問を持った声が返ってきた。
「どうした? ヨークを庇って」
「だってどんな犬も失敗してから、それはやっちゃいけないって躾けるでしょ? 一回くらい許してあげたら?」
あくまでロルに決定権がある言い回しで、ヨークの追放を先延ばしの形へ話を持っていく。
「もちろん、次は無いけど」
他のメンバーの視線も集まる中、彼の答えを待つ。
「ヴィリ……」
椅子から立ち上がったロル。
追って視線を上げると、こちらにやって来て突然腕を掴まれ、乱暴に引かれて無理矢理立たされた。
「何でコイツを庇う!」
ヴェールに彼の顔が近づけられ、掴まれた二の腕に痛みが走る。
「違うわ……ただ、どんな人間にも反省するチャンスをっ?!」
更に指が二の腕に沈み、反射的に言葉が途切れてしまう。
そして目と鼻の先から、怒気の籠もった声が吐き出された。
「コイツに脅されているのか? だから仕方なく庇っているのか」
「違う」
「じゃあ何だ? まさか寝たのか。それで愛着が湧いて、追い出されそうになってるコイツを守ろうと」
いきなり人前で胸を掴まれ、ビクンと震えたけれど、ヴェールの越しの彼を真っ直ぐ見つめ返す。
「バカ言わないで。私が抱かれるのはロル、貴方にだけなんだから」
アルコールが入っているせいか、ゲスな邪推をさせてしまった。
「だったら黙ってろよ。指示も聞けない役立たずのコイツを追い出すんだ。俺らにコイツは必要ない」
誰も異議は唱えず、沈黙がメンバー内に落ちた。
するとヨークがため息を漏らす。
「分かったよ。俺はこれでこのパーティを抜ける」
そう言ってテーブルを離れ、前の時と同じでヨークがパーティから居なくなってしまう。
ヨークの件は失敗した。
けれど抜けた穴を埋めるために、メンバー募集をしていた時間が残っている。
だから、まだヨークを連れ戻すように説得を試みてみた。
「ロル! 話があるの」
人の往来のある道端ではあるけれど、彼に逃げられないように抱き付く。
「ヴィリか。これから花屋のイロハちゃんと会うから、余り他の女の匂いをさせてデートには行きたくないんだけど」
冒険でロングソードを振るう手に肩を掴まれ、優しく引き離された。
そして眉をひそめたロルに、薄いヴェール越しに瞳を覗き込まれる。
「一昨日抱いたし、今日はイロハちゃんと過ごす予定だから相手は出来ないけど」
ヴェールを透けて表情を見ようと目を細める彼。
「それは前にも言ったけど、女の子と遊ぼうと別に良いの。だから、今は話を聞いて欲しいの」
ヴェール越しに相手の息がかかる距離まで顔を近づける。
「何だ?」
「突然で混乱するかもしれないけど、近いうちにアンデッドのスタンピードがこの街に押し寄せるわ。私と一緒に逃げて欲しい」
頭の中では未来の記憶を思い出しながら、静かに訴えた。
無意味に叫べば信憑性に欠け、理性的でない態度は正気を疑われ、信じてもらえない原因になる。
彼を失わずに済む可能性を手放したくなかった。
「それは予知か?」
疑いながらも聞く耳を持った返事に、ヴェールを小さく揺らす。
「そのようなものよ。多くの冒険者が死ぬわ」
「本当か?」
「ロル、貴方も例外じゃない。命を落とすの。だから、私とこの街から逃げましょ」
両手で彼の右手を包み、胸に押し当てて祈るように視線を送る。
「そうか……」
「今日はデートでも良い。早めに離れたいから、明日は私と街を出まーー」
「武勲をあげるには、またとないチャンスだな。王都まで小さいけれど名前は届いてるんだ。ここで街の防衛で活躍し、王都の冒険者への道をまた一歩進める絶好の機会じゃないか!」
ロルは話を聞いて街を出るどころか、逆に冒険者として更に名をあげる好機と捉えてしまう。
「えっ、ロル! 本当に危ないの! 死んじゃうのよ!」
失った時の気持ちが甦り、全然声を抑えられず叫んでしまう。
「一生のお願いだから、私と一緒に街を出ましょ!」
声に感情が滲む懇願を前に、彼は真面目な顔をし、真剣な眼差しを向けてくる。
「俺たちは高ランク冒険者のパーティだ。街の人たちを見捨てることは出来ないし、受付嬢のアラサさんや飲み屋のウチカちゃん。これからデートする花屋のイロハちゃん、防具屋のチリを見捨てて逃げるなんて、男として出来るわけがない」
ほぼ後半が本音のロルの返事から、彼に何を言っても逃亡してくれないと悟った。
名前を挙げた子たちとも関係を持つので、その意思を覆すのは無理と言えた。
「だったらせめて、スタンピードの時だけヨークをパーティに戻しましょ」
「何でアイツの名前が? やっぱりアイツと何かあったんだろ?」
「無いけど役に立つじゃない」
「そうかもしれないが、強化魔法が遅れてペースを乱されては元も子もないだろ。心配するなって。募集はかけてあるんだ。代わりなんてすぐに見つかるよ。万全の状態で挑めば問題ない」
「ロル……」
自分の言動に絶対の自信を持つ相手には、泣き落としも効かないだろう。
私が黙ったのを話が終わったと彼は捉えた。
「とりあえず、待たしちゃ悪いしデート行ってくるよ」
欲に素直な背中を見送りながら、もうスタンピードは避けられず、ヨークを一時的に戻す可能性も断たれたのを知る。
それなら考えを切り替え、ロルは絶対守ると決意する。
目の前で好きな人の首が飛ぶ。
「……ロル? 何でっ!」
未来の記憶よりも上手く立ち回れていたはず……
元から異常な数のアンデッドが相手なのを知っていたので、装備や回復系のアイテムも十分用意したはずだった。
実際テイワズはアンデッド化していないし、その影響でフィのザクロは自爆せず、ロルを殺した獣型アンデッドはアレナが魔法で吹き飛ばした。
それでも戦況は好転はしないけれど、それでも押し留めていれば、王都の冒険者が救援にやってくる。
それを頼って戦っていた最中だった。
固有スキルのリジルを発動させ、何体ものアンデッドを高速で斬り伏せた直後、スキルの効果が切れたところを襲われた。
再スキル発動よりも早く、不意を突いた一撃。
「おいっ! ヴィリ、エリアサンクチュアリから出るな!」
背中にアレナの静止する声がかけられたが、二度目の消失に堪えられず、思わず彼の頭部へ駆けだしていた。
彼を失うことを知ってしまった不安から、目の前のもっとも恐れた事態に足が止まらない。
否定したくてーー
頭上を影がよぎり、街の方へ流れて行ったけれど、上空を仰ぐ余裕も無く走った。
そして崩れるように地面に膝をつき、ロルを拾い上げて胸に抱く。
「何でなの……ただロルを失いたくないだけなのに」
伝った涙で頬が濡れ、金髪を更に抱き込んだ。
未来の記憶があっても守れないなら、いっそ悲しまないように私も同時に殺されたかった。
「ヴィリ危ない!」
フィの声に顔を上げると、一体のアンデッドが迫っていた。
せめて彼の頭だけでも守るため、反射的に身じろぐと自分から何かが転がり出た。
筒状のそれが何か、目にした瞬間に理解した私は、とっさに手を伸ばす。
その端を指で摘み、腕を横へ振り抜く。
筒の芯の重さに引かれ、巻かれていた紙が引き出され、書き込まれていた魔術文字が赤く発光する。
そして開いたページから火球が生まれ、アンデッドに直撃、燃え尽きるまで腐乱した敵を焼いた。
回復系のアイテムばかり準備し、仲間を回復させていれば守ってもらえると思っていた私には、攻撃系のスクロールは思いつかないアイテムだった。
守るのでなく、攻めていたらと、もしもを考えてしまう。
すると二度目の聞き覚えがある声が、喧騒に包まれた平原に響き渡った。
「遅くなって済まない! 今助ける!」
何でもっと早く来てくれなかったのか、恨む気持ちもあったけれど、それよりも彼を助ける方へ意識を向けた。
「口で説明しても説得は出来ない。けど、この記憶を彼に見せられれば……」
けれど問題は未来からの記憶をみてしまうと、オルゴールが壊れてしまう点だった。
名前を入れられるので彼宛にするのは可能だけれど、それを私が見られないというより、絶対ロルに見せる前に自分で確認してしまう点にある。
「オルゴールはあと一つ。製作過程の手記は書かれているけれど、完全な作り方は残されてないのよね」
分解してコピーを作るには、私の頭では理解できないし、再び組み立てられるか不安だった。
「幻想を見せる魔法の応用であれば、出来そうなきはする。でも、本当の出来事ーー未来の記憶だって思い込ませられるか、問題があるわ」
ひとりごとを呟きながら、どうしてもロルを取り戻したいと頑張る。
この時点での自分は失う前なので、正確にはロルを失っていないが、オルゴールに見せられた物から伝わった絶望は本物だった。
先祖がオルゴールを破棄したことから、外部の人間に協力を求めるのもよした方が良いだろう。
時間の問題からも、どれだけの年月を必要とするか。複製する時間で、遡行出来る限界を超えてしまうのは目に見えていた。
「リアリティに欠けてしまうと信じてもらえないし、あれで結構疑り深いんだよね」
ゴミ同然にバラけたオルゴールの残骸を眺める。
彼の死を心から追いやり、救う方向に無理矢理向けているので、精神的にも辛く眠れていない。
「記憶を過去に送れなくても、自分の記憶を保存して見せることは可能かも」
けれど、それなら幻想魔法で見せるのと変わらない気がした。
「何にも無く見せられたら、ロルは誰かにいたずらで幻覚を見せられたって言いそうだし、占い師に扮しても他人の意見に耳を傾けるのは希なのよね」
自分の考えに自信があるタイプだから、人のアドバイスなんて頭の片隅に残っていれば良い方なのだ。
「だったら不思議な体験を経験させた方が、信じて自分から動いてくれるかもしれないか」
少しでも可能性がある方に賭けたいし、相手も高ランク冒険者なので難しいが、最悪眠らせて街を連れ出すことも考えている。
「そうね。酩酊した状態で演出としてオルゴールを持たせて、眠りに入ったところで記憶を見せれば、脳が現実の出来事だって誤認するかも」
もう私がスタンピードの存在を説明してもダメなら、やれることをやってみるしかない。
見つけた手記には遡って送れる過去にも限度があると書かれていたので、じっくり時間をかけて対策を練ることは難しい。
こうして日を押せば、スタンピードより前も難しくなってしまう。
何よりもタイムリミットがあると思うと、気が急いて仕方が無い。
今思いつく最善の案は過去の自分に未来の記憶を見せ、お酒に酔った彼にオルゴールを渡し、眠ったら魔法で記憶を見せるというもの。
あとはオルゴールがバラバラになるように仕掛けるので、聞かれてもそんな魔道具は知らないと嘘をつき、ロルが自分から行動を起こせば成功になる。
そうして私は計画を実行に移す。
いつも通りギルド併設の酒場で酔ったところで、先回りして夜道で頭から布を被り、通る彼に声をかけてオルゴールを買わす。
次に女の子たちを連れ込むために、ロルが借りている部屋へ先回りする。
彼はこの場所がパーティメンバーに知られていないと思っているようだけれど、少なくとも私とアレナは知っていた。
オルゴールを眺めてベッドで眠りに落ちたところ魔法で記憶を見せ、目が覚める前に部屋を出る。
記憶を見せる魔法は、オルゴールの手記の中にコンセプトの例として書かれていた。
そこまで複雑な魔法ではなかったので、何度か練習をして習得出来た。
忍び込んだので私の香が残ってしまうけれど、あれだけお酒を飲んでいるため、自身のアルコール臭い呼気で分からないと思う。
「ーーそんな魔道具は聞いたことも無いわ」
さっそく彼が予知夢の話をしたので、オルゴールは知らないと嘘をつく。
アレナも怪訝そうに彼を見やり、半笑いで意見を返す。
「いつもバカにされてるアイツが、仕返しに手の込んだことをしたんじゃないの?」
そうして彼自ら、自主的にヨークをパーティに引き留めるために動き出す。
あくまで私はロルの味方であり、ヨークを弁護したり擁護してはいけない。
後に知ることになるのだけれど、アンデッドのソーサラーも、アンデッドのスタンピードを押さえ込もうとした魔法使いがアンデッド化したものだった。
そのソーサラーの影響もあり、街に近づくまでアンデッドが察知されづらかった可能性もあげられている。
もっとも人の口に上がる時には、尾ひれがついた噂話になり、最終的に陰謀論になっていくのだけど。