06
闘志は無くなっていないが、勝算の無い状況に、やはりオルゴールで見た夢が違う形になって実現するのかと、固唾を呑んだ。
見上げる視線の先のワイバーンの口からは、赤々と燃える炎がチラつく。
「ロル……っ」
絶望の滲むか細い声と共に、ヴィリが手を握って来た。
ヤツが普段の数倍大きな魔法盾を出し、無言で誰よりも前に出る。
アレナも動けないながら、スキルのエリアサンクチュアリを発動ーー
二体による猛攻をしのげるか定かではないが、誰も諦めていなさそうだった。
「おいバカ、女の命を踏んでるぞ」
「あ、あぁ、済まない。出来るだけ踏まないように気をつける」
「踏むの前提は止めろ」
「そうだな」
珍しく二人の会話が口喧嘩にならず、テイワズがアレナを担ぐ始末だった。
ついにワイバーンが襲いかかってくる気配に、緊張して全員が覚悟を決めた瞬間。
氷の矢、風の刃、そして人の影が二体の間を飛び移り、ワイバーンの体が空中で分解、竜騎士の首が二つ地面に落下した。
追って地面を揺らし落下したワイバーンの死骸。
その上に遅れて着地した人影が立つ。
一瞬、分かってはいても竜騎士の件があったので身構える。
すると朗々とした張りのある声が響いた。
「遅くなって済まない! 俺たちはスタンピードに対応するため、王都から派遣された応援の討伐パーティだ!」
他の地元冒険者にも聞こえる声量で説明を済ますと、別方向からも今までしなかった音や閃光が瞬き、ワイバーンを屠ったその人は、迫り来るアンデッドに向けて横薙ぎに一閃。
斬撃が飛んでいく。
刀剣が奔った軌跡に沿ってアンデッドの体が消失し、現れた冒険者は輝く刀剣を振るい見る間に戦線を押し返していった。
「高ランク冒険者の応援だ! オレらも負けずに押し返すぞ!」
どこからか誰かが、そう叫ぶ声が耳に入る。
王都から駆けつけた冒険者から、他にも高ランク冒険者のパーティがおり、スタンピードの背後からも討伐しているという説明がされた。
「……ただいま。ワイバーンがいて、遅くなった」
聞き終えた頃、フィが使い魔と共に戻ってきて、応援で現れた冒険者を見て眉をひそめた。
「……聖騎士?」
たぶんそうなのだろう。
装飾のされた鞘に光を反射して輝く刀剣。
装備している防具の装飾も、この街では見ないようなデザインで、おとぎ話の勇者のパーティにいそうな出で立ちだった。
戻ってきたフィに王都から応援が来ていることを伝え、パーティリーダーとして声を上げ、自分たちもスタンピードの討伐を再開する。
「もうひと頑張り行くぞ!」
そうして夕方になる前には、アンデッドは全て討伐され、この街をスタンピードから救うことが出来た。
何でもワイバーンは自分たちが遭遇した以外にも現れていたらしい。
あれだけの数がいれば、ワイバーンが数匹居たとしても不思議じゃ無い。
アンデッドは森に出る動物系から、虫や全滅させられた村人、ここに来るまでに討伐に失敗した冒険者や兵士も混ざっていた。
「……ソーサラーは三体居た。それでもアンデッドが普通に生まれるより、早くアンデッドを増やせて、通常よりも亡骸が新鮮な分強い個体になりやすい」
アンデッドの殲滅が確認され、皆力を使い切りその場にへたり込む中、ヤツがフィに話を聞いていた。
「あー、もう今日は街に戻ったら、大浴場行ってアンデッドの腐臭を落として、ギルドの酒場で食べてベッドで寝るぞ」
アレナが再び、地面に大の字に倒れる。
「疲れたでしょ? ロルも休む?」
地べたに足を崩して居るヴィリが、自身の太ももを軽く叩いて首を傾げた。
フィと話していたヨークが、こっちを見ていたのもあって小さく首を振る。
「いや、夜に取っておこうかな」
オルゴールに見せられた夢を、完全に回避出来た実感もあり、紆余曲折あったが、来生き残れた今に終わり良ければいいかと感慨に更けた。
するとワイバーンを倒した時に見た、王都からの冒険者が声をかけてきた。
「片腕が義手の冒険者のパーティだろ? 彼を止めてくれないか?」
相手は急いだようすで、困ったように眉を寄せる。
そういえば姿が見えないと周囲を覗い、王都から冒険者に答える。
「そうだが、テイワズがどうかしたのか?」
返事を返すと、ヨークもやって来て隣で話を聞く。
「実はーー」
王都からの冒険者は頭をかき、テイワズがワイバーンに乗っていた竜騎士のハルバートを手にし、向こうで暴れ回っていると聞かされた。
「バカだバカだと思ってたけど、本当にバカだったのかよ!」
アレナが悪態を吐きながら魔法を連射し、地面を滑るように走るテイワズを追う。
「はぁ? 仕方ないだろ! こんなデザインの武器見たら、男は誰だって手に取って見たくなるだろ!」
弁解を叫ぶテイワズは、半分意識があるらしく、もう半分は勝手に身体が動くらしかった。
「アンデッドの武器なんて怪しい物、普通は魔法での浄化や鑑定無しじゃ取らないんだけど!」
アレナから逃れる動きを先回りし、バスタードソードを振りかざしたヤツが答えた。
つまりハルバートは呪われた武器だった。
ヨークの攻撃を一切止まらずにハルバートで弾き、更にアレナの魔法を躱して平原を駆けるテイワズ。
俺もリジルで逃亡を図るテイワズを逃がさぬよう、先回りしてロングソードを振るう。
「いつもより速いなっ!」
横薙ぎにした一撃は柄で受けて防がれ、今度はハルバートの斧部分が振り下ろされた。
「くっ!」
斬撃を片足を引いて躱し、身体を捻った勢いをそのままに、回し蹴りを相手の肩を狙って放つ。
しかし、義手の左手で蹴りを掴まれ、右手で短く持ち直した槍部分の刺突が繰り出された。
「させるか!」
後に回っていたヨークが魔法の盾を投げ、テイワズの背中にそれが命中した。
「あがっ?!」
僅かに体勢が崩れ、ヤツの不意打ちに手が緩む。
その隙を見逃さず足を引き、アレナに遠距離戦を任せようと、距離を取るためバックステップを踏む。
けれど今度は逆にテイワズ側から肉迫して来て、魔法を撃てないアレナが焦れる。
「小賢しくてバカってのが一番イライラする!」
確かに稽古する時には見せない動きが混ぜられ、普段と違うパターンが加わりやりづらい。
振り下ろされたハルバートだが、踏み込むと同時に正面から突き出され、ロングソードを縦に構えて穂先を受け止める。
「ロル! もう腕を切り落とすしか無い! ハルバートを左手に持ち直させる!」
ヨークが横合いからバスタードソードで割り込み、自身に向けられたテイワズの一撃を魔法盾で受け止める。
「分かった! テイワズ、右腕はヴィリシラに、左腕は修理屋に出して直してもらえよ!」
ヤツが下がったタイミングと入れ替わりに、ハルバートを両腕で握る右腕をロングソードで斬りつける。
骨の切断まではいかないが、かなり深く斬ったことで読み通り右腕は使えないと判断され、左手一本に持ち直された。
そして呪具に囚われたテイワズは、連続で突きを繰り出す。
後に下がりながら攻撃を見極め、素早く放たれる一撃一撃を躱し、右足を引き半身になって避ける。
そして踏み込み左手を伸ばしてハルバートの刃に近い部分をつかんで押さえ、ロングソードから手を離して右手も柄を握って捕まえた。
例え筋肉量で相手が勝っていても、両腕で押さえられてしまえば、対処されてしまうまでの数秒間くらいは抑えておける。
「ヨーク!」
呼ぶとすぐ側にヤツは現れ、バスタードソードが左腕と義手との境目に向けて振り下ろされた。
渾身の一振りは目論見通り、可動部がひしゃげるように破壊され、左腕から義手が外れる。
するとテイワズの身体は後に傾き、俺の腕に柄を握り込んだままの義手の重みが加わった。
そしてヨークが素早く小瓶を取り出し、動きを押さえるために柄を掴む手に、上から聖水をかけた。
若干、聖水のかかった部分から白い靄が出て、手を離してハルバートを地面に落とす。
続けてアレナがハルバートに駆け寄り、スキルを発動させた。
「エリアサンクチュアリ!」
足元から光が溢れ、ハルバートを浄化する。
次にフィと一緒にヴィリがやって来て、テイワズに治癒魔法をかけた。
彼を操ったハルバートは浄化を受け、ボロボロに朽ちて使い物にならなくなる。
僅かに残念そうな表情を浮かべたテイワズを、アレナは見逃さなかった。
「時たま常識が抜けてると想ってたけど、どこまでも救えないバカだったなんて。いい加減にしなさいよね! バカは疲れてることすら自覚ないかもしれないけど、こっちはスタンピードで疲れてるの!」
「何だと! 仕方ないだろ。ミノタウロスのバカデカ剣は人には使えないサイズだし、そんなところに男心をくすぐるデザインのハルバートがあったんだから。ウォーハンマーとバトルアックスの次が欲しくなったって良いだろ」
「そんな男心なんて捨てちまえ! 半分呪いの装備に操られ、しかもパーティメンバーを殺そうとしたのに、何で反省じゃなくて言い訳できるのかな?! もうそんなのバカにしか出来ない思考じゃないか」
そう言いながら、ガンッと杖の先で地面の義手を小突く。
「おい、止めろ。返せ、オレの左手」
二人のそんな様子や周囲の雰囲気から、今度こそ本当に本当、スタンピードの終わりを迎えた実感を覚えた。
再三のイレギュラーに、どっと疲労感に襲われた。
あと街に戻る前に言っておきたくて、ヤツに歩み寄る。
「戻ってくれてありがと。改めてこれからも頼むな。ヨーク」
お礼を伝えて、軽く頭を下げた。
「報酬の分配を見直して、パーティの改善もしてくれるんだろ?」
「あー、分配は均等にしよう。けどその他は徐々に、時間をくれ。すぐに全員の認識は変えられないから」
あの時は引き留めるのに必死で、どう変えていくか現実的なプランは全く考えていなかった。
「おい、話がーー」
不満を露わにした相手の話を遮るように、改めてヨークの顔を見て、肩をすくめながら指摘する。
「それにしてもヨーク。あんな言葉じゃ、パーティに戻りたいなんて伝わらないぞ」
そう口に出して伝えると、ピクリと相手は眉を動かして言う。
「それ、ロルには言われたくないな」
数日後、スタンピード後の祝賀会が開催された。
髪をセットして化粧を施し、パーティードレスを着込むアレナ。
その姿を見て言う。
「好みじゃないが、似合ってるじゃないか」
「うるせ、好みじゃないなら黙ってろ。アタシの正装はクエストに出るときの格好なんだよ。お前は嫌みなくらい似合いやがって」
相手を一睨みして悪態をつくと、彼の隣で腕を組んで立つテイワズが彼女を見下ろして語る。
「うんうん、馬子にも衣装だな。たまに演出で、がさつなヤツが突然女っぽくなって出てくると、妙に可愛く見えて意識しちゃうやつだな」
「何言ってんだ? テメー」
気の進まないドレス姿になり、やさぐれてるのか、アレナは普段より割増で口が悪い。
「残念だが、オレの好みは年上だ」
「聞いてねーよ。アタシだってテメーみてーな礼服を着てても脳筋バカ丸出しのヤツはお断りだ。三人でドレス見に行った時に、ヴィリに選んでもらってなけりゃ着てねーっての」
そんな二人の平常運転のやり取りにヨークが口を出す。
「行儀の良いフィを見習って静かにしてくれ、似合ってしまってるのは事実なんだ。我慢しろ。二人が騒ぐから、周りから変な目で見られるだろ」
食事は立食式で、ちらほらと顔なじみの冒険者の姿。
「……」
アレナはパーティーの料理を食べるフィに目をやり、ヨークに顔を戻して睨み返す。
「静かなだけだろ。それに会場中のお肉を食べつくしちゃうんじゃないのか?」
使い魔の四匹と仲良く丸焼き肉にかぶりつく召喚士。もくもくと食べるものだから、目に見えて減っていくのが分かる。
そんな彼女も薄緑のシンプルなデザインのドレスを着ていた。
「冒険者なら普通だろ。それくらいの食欲。身体が資本なんだし……」
女の子が甘い物でなく、肉料理に夢中だから目を引くだけで、騒がしくはしていない。
やはり視線を集めるだけで。
「何でだまんだよ! そもそもロルの腕にくっつくヴィリが居る時点で、注目を集めないのは無理だろ」
彼女の指摘に会話に入っていた全員の目が、隣に集まる。
食事に夢中のフィ以外。
ヴィリは普段と余り印象の変わらない白いドレスを着ている。
違うとすれば背中に翼の装飾があり、一番重大なのがヴェールを外している点だった。
いつもは覆われている均整が取れた顔が露わになり、スタイルも良いのでまるで美術品のようで、立っているだけでパーティーに参加している男性たちの視線を集めていた。
「別に私は他の男の目を引きたい訳じゃ無いの。単にロルに変な虫が寄ってこないようにしているだけ」
そう語ると彼の腕に身を寄せ、自身の両腕を絡めるヴィリ。
確かに関係を持つ女性たちも、挨拶に来ただけでその後は遠目にヴィリが離れるタイミングを狙っている雰囲気が感じ取れる。
「これで女神よりも美しいとか言っちゃうヤツだったら、確実に女神の逆鱗に触れて死んでるだろうな」
ヴィリがベタベタする姿を目に、アレナが言葉を漏らした。
「完全にヴェールで覆っている訳ではないんだから、横顔とか目にしているだろうに」
そう言って参加者の中に、ギルドで見る顔を睨む。
ヨークもテイワズもパーティメンバーだからか、さほど目の前の素顔に惹かれたようすはない。
「まぁ、綺麗過ぎるが故にヴェールを外していると美術品みたいで興奮しないから困るんだけどな」
雑談を交わしていると、偉い人の話が聞こえてきて、本格的にパーティーの始まりを告げた。
「キャラバンの護衛か」
いつもクエストに出る時と同じ装備のヨークが、集合場所で馬車の集団を目に零す。
「そ、この前のスタンピードで商人たちは不安なのさ」
「本当は、もうスタンピードの恐れは無いんでしょ?」
俺の言葉に、白い服装に身を包むヴィリがヴェール越しに尋ねる。
「けど、今回のスタンピードがスタンピードだったから、予兆を見逃しているだけでまだ余波があるんじゃないかって、臆病風に吹かれてるヤツが多いんだと」
パーティリーダーの代わりに、モーニングスターと言っても通じそうな見た目の魔法杖を手にしたアレナが答えた。
今回の護衛依頼でも相変わらず、防御力の乏しいお腹を出した装備姿だ。
左腕の義手を直し、目的地でのことも考え、バトルアックスを装備しているテイワズが、彼女の説明に呑気な声を出す。
「へー」
「相変わらず、戦う以外は興味ないのね。脳筋バカは」
「……」
フィは何も言わず、短弓、ダガー、ターゲットシールドを腕に付けた姿はいつも通り。
「ま、スタンピードでなくともモンスターは出るしな」
話に一区切りつくと、ヴィリが訴えてきた。
「心配無いなら、ヨークを追い出したって構わないんじゃない?」
突然の発言に疑問を持ちはしたが、ヤツをパーティから追い出さないと決めたことは揺るぎないので、迷わずに首を横へ振る。
「いいや、もうヨークをパーティから追い出そうとしたりなんてしない」
「でもっ!」
「俺はヨークが居ればどんなクエストもどうにかなると思ってるし、このパーティには必要なんだ」
今回の護衛依頼が不安なら分かるが、なぜ今になってヴィリがヤツを追い出そうとするのか分からないでいると。
「そうだな。またあんなロル面倒だ」と、テイワズが言った。
「バカばっかだったしな。花はさすがに頭疑ったし、あんなバタバタは二度と勘弁だな」
ロルの行動を振り返り、テイワズの言葉にアレナは賛同する。
「……皆がそう言うなら」
フィは相変わらず、周囲の多数意見に合わせる姿勢を見せた。
「ヴィリ。話は街に戻ってきた時でも良いな? 護衛は受けてしまったんだ。ほら、キャラバンが出るぞ。俺たちも乗り込もう」
そう声をかけて、皆の先を歩く。
この護衛依頼と目的地での冒険で、ヨークの必要さを知って考え直してもらえるだろうと、ヴィリの言葉を後回しにした。
構わず彼女の手を引き、これからも、このパーティメンバーで冒険をするんだと胸の内で決意する。
ファンタジーや異世界転生は観たり、読んだりはするのですが、書くとなると全然自信がありません。
ゲームなんかも有名どころのファンタジーは遊んだこともないので読みにくさと、技名や魔法、モンスターなんかに自信の無さと苦手意識出ていると思います。
メンバーを追放する系のキャラはクズがほとんどなので、主人公はそれを参考にキャラ付けしたため、余り良くない部分のシーンもありました。