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03

「候補としては、この三人が適性だと思います」

 翌朝、カウンター越しに対面するアラサが、冒険者のプロフィールが書かれた書類を置く。

「ヨークさんのような、後衛でサポートと戦闘もこなせるだろう人ですね」

 一緒に出勤してから、冒険者のランク別とジョブ別で分け、二人で登録用紙から候補者をピックアップしていた。

 そして受け付けカウンターから、もう一枚候補者の紙を取り出すアラサ。

「こっちはタンク役なのですが、ロルたちと同じ冒険者ランクの人です。有能さを伝えるためなら比較出来る三人なのですが、あえてヨークさんと違う職業の冒険者をいれて必要性を強調するのも手ではないかと思います」

 今はギルド職員の制服をきっちり着こなし、髪留めで額を出して赤髪を後頭部でまとめた彼女。

 たまに夜のベッドでの彼女と同一人物なのか驚くことがあった。

 ちなみに本当に気に入った人しか、アラサは家に人を上げない。そのため通常ギルドが用意する部屋で、夜の業務を行うのが一般的だ。

「アラサの指摘も一理あるな」

 確かにジョブが違えば援護も変わるので、ヤツの役割の違いとしては際立ちはする。

「一応、何で入るパーティを探しているのか、それも担当の受付嬢から聞いてきますね。ロルはその間に四人の誰にするか、今の時点で仮入団させたいか考えておいて下さい。それと適正の三候補の中で、一番若い冒険者は、少し前のクエストでパーティメンバーを失ってます。だから最近、メンバー募集している色々なパーティに参加してます」

 一人の冒険者の補足を言い残し、アラサは他候補の担当受付嬢に話を聞くため席を立つ。

「分かった。よろしく」

 彼女を送り出し、真っ先にずいぶん座ったままでガチゴチになった身体を伸ばす。

 しばらくして戻ってきたアラサが聞いてきた情報を元に、まず一人候補から外し、暫定で決めた冒険者にコンタクトを取ったところで半日を終えた。

「アラサ、ありがと。これで明日、皆とクエストに出てヤツの必要性を知ってもらえる」

「どういたしまして。これが仕事だから、お礼なんて要らないわ」

 例え仕事であっても、候補者を決めるまで手伝ってくれたのは彼女だ。お礼は言葉にして伝えなければならない。

 今は二人、遅い昼食を摂る。

「リンジーだっけ? どんな冒険者なんだ?」

 目の前にサラダと飲み物だけのアラサを見る。

 鉄扇と仲間へのバフをかけると冒険者登録の用紙には書いてあったが、性別が男という以外は出身地や年齢くらいしか分からない。

「そうね。担当じゃないからそこまで詳しくはないけど、性格は穏やかな雰囲気で物腰は柔らかいそうよ」

「余り冒険者っぽくないな」

「前のパーティでも主に後方が多かったみたいよ」

 なら前へ前へ出る前衛とは性格が違うのだろう。

 例外はフィみたいのもいるが、大抵の冒険者はモンスターを討伐するので、好戦的な冒険者の方が多い傾向にある。

 向けられている視線が無いのを確認し、肉二切れとじゃがバターを一口サイズにして、そっと彼女の器の端に乗せてやる。

「おすそ分け、足らないだろ」

「ありがとう」

 首をすくめ、囁くようなお礼が帰ってくる。

 その返事に僅かに首を横へ傾ける。

 彼女が昼食を併設の酒場で摂るときは、人目があるので注文は決まってサラダと飲み物だけだった。

「リンジーさんか。そうね。長い青髪で踊り子の衣装に身を包んだキレイな人、かしら」

 視線を斜め上に向けながら、記憶から引っ張り出すように喋る。

「身長もテイワズさんくらいあって、姿ばかりに目が向くから、会えばここで見かけたことがあるって思い出すと思うわ」

「そっか」

 この後、また皆のところを周り、明日は早めにクエストに出ることを伝えに行く予定だ。

 アイツを皆で引き留めるため、四人に必要な存在だと分かってもらうのは、早いに越したことはない。

「希望が見えたら、俄然やる気が出てきたよ」

「良かった。いつものロルに戻ってくれて」

 アラサはフォークを手に微笑む。

「ああ」

 さすがにアイツ抜きでクエストに出れば、嫌でも必要性を感じてもらえるはずだ。

「成功を願っていますね」

 そう受付嬢のスマイルを浮かべ、彼女はサラダをパリパリと食む。


 緊張は無いが、これで決めるという意思を込め、討伐クエストに出た。

 ギルドから出ていた依頼は草原の先にある古い遺跡あとに、生息域を外れたモンスターが最近住み着いたと思われるので、その討伐だった。

 放っておいて街や周辺の集落へ被害が出ないためのクエスト。

 生息域から他の群に追い出されたか、食料の問題から出てきたと思われるが、アラサの話だと前者の可能性が高いという。

 そして今は作戦通り、後衛依頼して声をかけた冒険者のリンジーと顔合わせ後、さっそくクエストに出ていた。

「よろしく」

「リンジーよ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」

 面長で、青い長髪の彼と言葉を交わす。

 確かにアラサから聞いていた通りの、穏やかな印象の物腰が柔らかい冒険者だった。

 踊り子の衣装のような装備に、腹部を出す腰には武器の鉄扇が下げられている。

 後衛だとしても肌が出過ぎだと感じたが、自分のパーティに同じような前衛が居るのを思い出し、人のことは言えないなと胸にしまった。

「おい、人を見て何で笑った?」

「気のせいだろ。俺にはアレナを笑う理由が無い」

 突っかかるアレナの言葉を受け流す。

 言葉使いや雰囲気だけ見れば、リンジーの方が女性に見えてくる。

 軽く皆と言葉を交わした後、フィの使い魔が興味津々で歩みを合わせてリンジーの隣を離れなかった。

 このクエストを受けたのは、向かう先にはゴーレムも出現することがあるので、チリに頼まれていた素材も、運が良ければ手に入ると思ったためだ。

「六人パーティって珍しいわよね。大抵二人、四人、それ以上だとクラン所属の冒険者が、難関ダンジョンの攻略で二桁規模の隊を組織する時くらいよね」

 召喚士のフィが呼び出す使い魔を頭数に入れると、擬似的だけれど二桁規模にはなる。

「まぁ、必要と思ったら、その都度募集していたら今みたいになったな」

「確かにロルの言う通りだな。三人だったのが、どんどんダンジョンとか、モンスターの群に挑むから火力とか増えてったな」

「へー、さすが街で名うてのパーティだね。」

 始めは俺とヴィリとテイワズ、次にアレナが加わり、最後にアイツが加わった。

 そうこうしている内に、クエスト依頼にあった遺跡あとに到着ーー戦闘が始まった。

 フィは使い魔を全員呼び出し、アレナはモーニングスター並の突起の杖を前に構え、ヴィリは俺の隣から少し下がる。

「テイワズ行くぞ! リンジーは打ち合わせ通りヴィリと後方支援を頼む」

「了解。任せてちょうだい」

 リンジーの返事を聞き、両手に取り出した鉄扇を軽く振り広げる姿を見届け、俺はロングソードを抜き遺跡あとを駆け出す。

 目の前に広がる一帯には、建物の土台らしき痕跡と崩壊した壁の一部、傾いた柱が点在していた。

 雨や風で削れているので角は丸く、足元も細かな瓦礫混じり、空気もどこか埃っぽさを含んでいる。

 モンスターの方も臨戦態勢に入り、腕を低く構えたり、鳴き声を上げて手も使って走り出したり、遺跡に点在する瓦礫の上を飛び移って向かってきた。

 対峙するモンスターは、普段身を隠しやすい森や崖などにいる猿ーーエイプだ。

 個体差はあるものの人間と同程度の躯は全身毛で覆われ、跳ね回る短い脚に短く鋭い爪を有した長い腕、尻尾は無くてギャーギャーと神経を逆なでする鳴き声が耳障りだった。

 目が合っただけで攻撃してくるほど短気で、大抵群で行動するため、一匹見かけたら周囲に十数匹いると思えと言われているモンスター。

 テイワズが三匹固まるエイプに、ウォーハンマーの一振りを浴びせる。

 続けてハンマーの鉤爪で二匹目を引っかけて投げ飛ばし、逆上して襲いかかる三匹目のエイプを義手で殴り返して、そのまま地面に叩きつけて拳で頭を割った。

 フィは使い魔にエイプを誘導させ、傾く柱の上から短弓で射抜く。

「目の前の敵よりも速く、この場の何よりも俊敏に、そして瞬く光に劣らぬ鋭さを! リジル!」

 スキルを発動し、加速を全身で感じながら、ロングソードを横へ振り抜く。

 目の前のエイプを片腕を残して胴を横一線に切断、瓦礫を足場に飛び、柱を蹴って軌道を変え、身を捩りながら飛び跳ねたエイプの首を跳ねる。

 着地地点に居たエイプを斜め下から切り上げ、左脇腹から右の首筋へかけて逆袈裟懸けで斬り捨て、再び駆けて正面のエイプを突き刺す。

 追って襲いかかってきたエイプに前足蹴りを繰り出し、その躯を押し返すように蹴り飛ばした。

 エイプを貫くロングソードを引き抜き、蹴り飛ばされ遺跡の残骸に躯を打ち付けながら転がる姿を追う。

 そして距離を一瞬で詰め、ロングソードを薙いで首を跳ねる。

 すると聞き慣れた怒声が耳に入った。

「ああっ、イライラするなぁ!」

 視線を転じると、攻撃魔法を使わず杖を振り回すアレナが居た。

 杖で殴りかかり、拳大の火球を魔法で放つも、ひょいひょいと躱されている。

 しかもエイプたちの動きには、からかっている雰囲気を感じ、より彼女をイラ立たせていた。

 それは近くで戦うテイワズに飛び火する。

「テイワズアンタ猿なんだから、アイツらにじっとしてなさいって言いなさいよ!」

 ギャーギャーギャーギャーとした鳴き声も、逆なでした。

 急に話を振られたテイワズは、ウォーハンマーでエイプを殴り潰して抗議の声を上げた。

「ハァ? バカ言え! オレは猿が動物ん中で一番大っ嫌いだ! ガキん頃、田舎のばーちゃん家行って猿に襲われてんだよ!」

「アタシが知るか! 攻撃は避けるし、大きいの叩き込もうとしても散らばるしでイライラすんのよ!」

 モンスターを相手にしてなければ、二人殴り合いでも始めそうな剣幕だ。

 片腕を切り落とされ、背を向けたエイプを倒し、俺は口ゲンカに介入する。

「二人ともその怒りはエイプにぶつけろ!」

「ぶつけたいけど、避けられるからイライラしてんでしょーが! 見て分からないわけ!」

「オレはイラついてないからな!」

 そう叫んで武器を振り回す二人。

 どれだけ倒してもエイプは減らず、明らかに群一つの数では無いことが知れた。

 しかもエイプたちが次第に三匹四匹でまとまり、一人で挑めば一匹を仕留めている間に残りが攻撃してくるーー攻めづらい連携の兆候が見て取れた。

「リンジー! 強化魔法は?」

 ヴィリの前で青髪をなびかせながら舞っている彼に問いかけた。

「もうかけてる!」

 唄の合間で返ってきた言葉に、確かに身体に視線を落とすとバフがかかっているのを確認できる。

 全く気付かなかった。

 顔を上げてメンバーの様子を把握ーー

「ーーッ!」

 気を取られていたせいで背後を取られ、背中に衝撃を受けて視界が揺れた。

 よろめいたが左足を前に大きく出して踏み止まり、即座に腰を落として振り向きざまにロングソードを振るう。

 しかしとっさの斬撃は躱され、しかも他に一匹いて短く鋭い爪で、振り切った腕を切り裂かれた。

「くそっ!」

 歯を食いしばって痛みを抑え、身体を起こして挟み撃ちで追撃を試みる正面のエイプを睨む。

 腰を捻転させて蹴りを放ち、蹴り飛ばした感触だけで確認はせず、投げるように右手のロングソードを左手に持ち替える。

 そして襲い来る二匹目を斬り払う。

 力任せの袈裟斬りに、耳障りな声を上げてエイプは倒れ、身体を回転させながらロングソードを逆手に持ち直す。

「うぁあああーーーーーーっ!」

 地面から軀を起こすエイプに向け、振りかぶったロングソードを声を上げながら投擲。

 ロングソードは頭を上げた顔面を貫通、軽く浮くように仰け反って対峙していた個体が倒れた。

「ふぅ……」

 一呼吸挿み、気持ちを切り替えて、回収に走る。

 エイプぐらいで傷を負うのも、他に気をつかって隙を突かれたのも、全部アイツが居ないからだと腹立たしくなってしまいそうになる。

 そもそもアイツがパーティを抜けるとか言わなければ、このクエストを受けていないし、受けたとしても気が散るなんてことは無かったはずだ。

 絶命しているエイプから、力任せに引き抜き、腕から血の流れが止まらないのでヴィリの元に戻る。

「ロルっ!」

 焦った声で駆けてきて、俺の右腕に手をかざす。

 ヴェールに隠されていても、ヴィリからは焦燥に似た緊張を感じ取れた。

「頼む。血が止まらない、毒になる物が爪に付いていたかも」

 見続けると気分が悪くなるので、自分の足元に視線を落とす。

「分かったわ。キュア! ヒール!」

 とにかく早く終わらせるためか、本当に毒なのか深い傷だったのか、確かめもせずに重ねがけされた。

 すると黒毛、赤目のザクロの背にしがみ付いたアレナがやって来る。

「ヴィリ、治癒魔法を頼む。ポーションも魔力回復しか持ってなくてさ」

 防御力皆無の剥き出しの脇腹に、痛々しい四本の爪痕が赤々と残されていた。

 俺の傷は治り、今度はアレナの番に。

「あのエイプども、ひょいひょい避けやがって。そのくせ、こっちの攻撃が捉えると逆上して嫌んなる」

 忌々しげに文句を垂れ、ヴィリの治癒魔法を受ける。

「ヴィリ、アレナはあとどれくらいで治りそうだ?」

「そう長くかからないと思う。そうねーー」

 仲間の傷口に手のひらをかざすヴィリから答えを聞き、俺はリンジーに声をかける。

「当てようとしなくて良いから、魔法攻撃を頼めるか?」

「オッケー」

 良い返事を受けて、作戦を三人に伝えた。

「あとはアレナの準備が出来たことを伝える術が無いことだな」

 タイミングが重要な作戦ではないが、うっかり巻き込まれないためにも必要だった。

 悩んでいると、ヴィリが言う。

「前に何度か合図にザクロたちの鳴き声を使ってたわ」

「言われてみるとそうだな」

「スクロール持ってく?」

「いいや、それはヴィリが」

 差し出してくれた巻物を手で制して断る。

 不安も解消し、行動を起こす。

 リンジーは舞を再開してバフを、詠唱を始めて攻撃魔法の準備を進めた。

 もう二度と作戦の立案はしたくないと思いながら走り、柱の上、高い位置にいる仲間を目指す。

 スキルが切れてインターバルに入っているため、駆ける脚がずいぶん鈍く感じた。

 それに本当に何をしているのか、戦略を考えながらモンスター討伐するのは性に合っていなく、許されるなら投げ出したくなる。

「フィ! 使い魔たちにエイプを集めるように追い込めと命令出来るか?」

 柱の上で弓を構えたフィを仰ぐ。

「……やってみる」

 普段通りの返事に、やってくれることを確信した。

 彼女にも作戦を伝え、最後にずっとエイプと戦い続けるテイワズの元に向かう。

 途中、エイプを倒しながら駆けた。

 スキルは再使用可能だけれど、他に使い時がある気がして出し渋ってしまって、いつものように全力で戦闘に集中出来ていない。

 作戦は立てたけれど、成功するのか不安で気が散り、気のせいに違いないのに動きが鈍く思えた。

「うぉおおおーーーーーーーーッ!」

 雄叫びを伴ってウォーハンマーが振り下ろされ、テイワズが大柄のエイプを殴り倒す。

 子分的なものだろうか、他に居たエイプから怯みが窺え、そこにロングソードを持って斬り込む。

「テイワズ! 作戦がある」

 二人で目の前のエイプだけを片付け、移動しながら説明する。

「数が多すぎるから、攻め込むのはここまでにする。ここからは倒しても良いけど、この先の開けた場所に誘導するぞ」

「アレナに吹き飛ばしてもらうのか」

 意図を汲み取ったテイワズの問いに頷き返す。

「そうだ」

「どう見ても群一つではないもんな」

「もう一パーティ居ても良いくらいだ」

 そうして打ち合わせをし、テイワズと分かれてエイプを追い込みに着手する。

 スキルのリジルを発動し、片腕を切り落としたり、相手の勢いを生かして投げて誘導する。

 倒すのも手だが、それに拘ると時間がかかってしまう。

 それなら恐怖を煽り一カ所にまとめ、一気に吹っ飛ばしたほうが効率的だ。

 作戦は順調に進み、予想以上に多くのエイプが遺跡に住み着いていたようで、集められた結果に呟きが漏れた。

「嘘だろ」

 言葉を失うと、遺跡一帯に幾つもの遠吠えが響いた。

 それがアレナが魔法を放つ合図になる。

 するとエイプの頭上に土埃を巻き上げる魔力の渦が生まれ、数え切れないほどに渦が増えたかと思うと、一気に魔力が荒れ狂いバースト・ボルテクスが視界を蹂躙した。

 エイプの肉片と血しぶきと砂埃が混然とし、自分がモンスターでもなければ敵でもなくて良かったと思わせる光景が広がる。

 気を抜くと吸い込まれそうな勢いに、巻き込まれないように腰を軽く落として踏ん張った。

 しばらくすると地獄絵図が遺跡一面に広がり、端に居てアレナのバースト・ボルテクスを運良く逃れたエイプを狩る。

 周辺にいた最後の一体を、天頂から股にかけてロングソードで斬り裂く。

「フッ……!」

 倒れた亡骸の前で、付着した血を振り払う。

「?」

 軽い足音に首を回すと、フィの使い魔……ガルムかハティかスコルの内の一匹がやって来た。

 気配を探ってもエイプは居なそうだったので、使い魔と共にヴィリとリンジーの元に戻った。

 フィは先に合流しており、テイワズが最後らしい。

「あー、スッキリした!」

 晴れ晴れとした顔のアレナが、地面に仰向けに倒れていた。

 どうもバースト・ボルテクスに全魔力を注ぎ込んだように見える。

「……お帰り、ザクロ」

 使い魔の一匹と居たフィが、膝をついて使い魔の中でリーダー格の黒毛、赤目のザクロを抱き締めた。

 次いで俺を迎えに来た一匹も加わる。

「……スコルもお疲れさま」

「皆、無事か? アレナのやつに巻き込まれなかったか?」

 戻って来たテイワズは疲れは窺えるものの、冗談を口にする元気はあるみたいだった。ウォーハンマーの柄を肩に乗せて担ぐ。

 その隣の足元にはフィの使い魔の姿。

「バカ言わないで。巻き込まれたとしたら、巻き込まれたヤツが鈍臭いだけだって」

 彼女は首だけ動かし、冗談を口にしたテイワズを睨む。

 見るとヴィリがリンジーに治癒魔法を施していた。

「逸れたエイプが襲って来て、動けなくなったアレナを助けてくれたの」

 治癒を受けている本人に視線をずらすと、苦笑いと共に首を縦に振った。

「ありがと」

「いいえ、自分じゃ倒しきれず、戻って来たフィに助けられましたから」

 傷が治り、具合を見るリンジー。

「何か今日はいやに疲れたな」

「モンスターが同族だからじゃないの? 共感したから?」

「担がずに置いてくぞ」

「それしたら、マジで呪うから」

 攻撃魔法以外は苦手と豪語するアレナも、さすがにモンスターの出る場所に放置は聞き捨てならなかったようで、呪いを口にした。

 普段、アレナが魔力消耗で動けない時は、アイツが背負って帰っていた。

 状況によりテイワズが担ぐ場合もあるが、やはりその運搬の仕事は主にヤツの仕事だった。

「凄いですね。てっきり退散して、ギルドに報告するんだと思っていたわ」

「まぁ、討伐出来そうだったからな」

 リンジーにそう言葉を返すも、やはりアイツがいる前提の判断でもあったのは否定出来ない。

 結果的にエイプを一掃出来たが、一つボタンを掛け違えただけで、どうなってたかは余り考えたくなかった。

 全滅とは言わないまでも、誰かしら深手を負っていただろう。

「何て言うか、普通挑発を使ったタンクに群がるモンスターを他のメンバーが叩くのに、ロルのパーティでは違うのね」

 リンジーは驚きとも感心ともつかない表情を浮かべてそう話す。

「一人一人戦うのは、高ランク冒険者だから可能なのかしら?」

「今回はそうかも、な。まぁ、連携を取ることもあるし」

 今言われて気付いたけれど、確かにリンジーの言う通りだ。

 通常挑発は後衛に敵を通さない意味と、タンク役に攻撃が向くので、他がその隙に攻撃を加えるのが一般的だ。けれど自分たちは全然連携なんて考えず、各々が今回はエイプを討伐していた。

「けど……俺は慣れないことして疲れたよ」

 慣れない作戦を立てたり、それの連絡や段取りをしたり、皆にヤツの必要性を実感してもらうためのクエストだったが、自分が一番身に染みた気しかしない。

 それにリンジーにかけてもらった強化魔法は、アイツの物に比べて効果が低めのようだった。

「お疲れさま、ロル」

 ヴィリがやって来て、増えた掠り傷を治してくれた。

「ありがと」

 お礼を述べて遺跡を振り返る。

 静けさだけが広がり、エイプが飛び出してくることも無く、この辺りのモンスターは前部倒したようだった。

 この辺りに出るモンスターよりも、エイプの方が強いので、一時的に逃げて寄り付かなくなってしまったのだと思う。

 であってもエイプの死骸に群がるモンスターが現れないとも限らないので、長居は避けたいところだった。

 殆どの死骸はバラバラか首を失っているため、他のモンスターのエサにもなるので、放置してもアンデッド化の心配は低い。

 けれどヴィリは瓶の聖水を風に乗せて蒔く。

 少しでも屍がアンデッドになり、動き出してしまわないように。

 街への帰り道、運良くゴーレムを見かけた。

 ゴーレムは群れないので、さっきまでの周囲を警戒する作業は要らなくなる。

 俺はロングソードを抜く。

「手伝います」

「オレも。アレナを担いで肩凝ったし、軽くほぐすにはちょうど良い」

 リンジーにテイワズが続き、オレと三人で挑んだ。

「ちょっと! アタシを重いみたいに言わないでくれる?」

 アレナが苦情を口にするが、テイワズは肩を回しながら一言返す。

「軽くは無いだろ」

 正直、討伐は厳しかったけれど、それでも片腕を砕いて十分なサイズの破片を持ち帰ることは出来た。

 クエストをこなし、ゴーレムの素材まで手に入り、成功を確信する。


 ギルドにクエストの報告を終えると、本当の意味で肩から力が抜けた。

 アラサは早速報告書にまとめ、上に報告のため奥へ引っ込んだ。

 そのまま酒場の方へ移動。

 すると進行方向を塞ぐように、目の前で人影が立ち止まった。

「やっと帰って来たか」

「何だ、ヨークか」

 相手の顔を認識し、ふぅと警戒を解く。

「今日は集まる日だろ?」

「あ、ああ、皆でクエストに出ていて。ごめん」

 コイツを引き留めるために、必要性を知ってもらうのを急いだため、すっかりクエストに出ることを伝え忘れていた。

 忘れてしまったことにひやりとし、早く謝ろうとするが遅かった。

「今日集まるはずなのに誰も現れないから、アラサさんから聞いた」

 固い声でそう言われた。

 喋り方が何か冷たいというか、突き放すようというか、そんな感じだったのでついこちらも口にしてしまう。

「なら、追って来れば良かったのに」

「たどり着くまでにモンスターが出るだろ。あそこら辺に出るモンスターはソロでは厳しい」

 ヤツの反論は正しく、まさにゴーレムが証明していた。

 やり過ごしても良いが、モンスターによっては気付かれるし、もし合流に失敗すればソロには厳しい。

「だが、お前なら問題ないだろ?」

 ヨークはそれだけの実力があるという意味で言葉にしたのだが、伝わらなかったのか目の前で相手は言葉を失う。

「ロル……」

 アイツの反応から失敗したと察し、内心慌てて当初の予定、彼をどれだけ俺らが必要としているか、それを伝えることにした。

 ヴィリは俺の意見に従うし、フィは多数の意見に従う。だから、テイワズとアレナから同意を得る必要があったが、それも今回のクエストでヤツの有用性を実感したはず。

 俺が実感したんだから間違いない。

「そうだ。お前が居ない状態でクエストに出てみて分かったんだが」

 お前が居ないとダメだーーと続けようとしたけれど、その本人に言葉を遮られてしまう。

「もう新しいメンバーを見つけたんだな」

 ヤツの視線がリンジーに向き、相手の勘違いに心臓が掴まれた気になり、慌てて否定する。

「違っーー」

「良かったよ、これで俺は晴れてパーティを脱退しても構わないわけだ」

 前に本人が口にしたように、ヤツは皆の前でそう言い放った。

「だから勘違ーー」

 鼻で笑うような口調に、違うと伝えようとするも、ヤツの言葉を止められない。

「もう付きまとわれないで済むと考えると、ほっとしたよ。じゃあな、俺はこれでパーティを抜けるよ」

 そう言ってアイツは背を向ける。

 それにリンジーも誤解を解くために口を挟める雰囲気でも無かった。

 ギルドを出て行こうとする背中に叫ぶ。

「話を聞けよ!」

 相手の肩を掴み、ヤツを振り向かせる。

「リンジーは後衛の募集依頼で、今日だけパーティに加わってもらっただけだ」

「は? 行くなら俺が居るだろ。やっぱり俺の代わりか」

「違う! お前の代わりじゃ無い。それに今日クエストに出て、お前の必要性を知ったんだ! 今日はそのためで、テイワズだってーー」

 このままではダメだと感じ、言いたいことを早口にまくし立てる。

 それに後ろに立つテイワズを振り返るが、またしてもヤツが重ねるように叫ぶ。

「もうたくさんだ! そんなに必死に誤魔化してまで何がしたいんだ!」

「なぁっ……何も誤魔化してなんかない!」

「そうか? 俺の代わりになるか見極めてたんだろ? 嘘つくなよ。一緒にクエストに行って、パーティに入れても問題ないか確かめてさ。クエストも成功したみたいだし、見事、お眼鏡にかなったのかな?」

 人の言い分も聞かず、こちらの苦労も汲み取らず、つい頭にきて売り言葉に買い言葉で、アイツの挑発に応じてしまう。

「はぁ? 嘘を吐く必要が無いのくらい、少し考えれば分かるだろ!」

 冷静に説明して納得してもらわなければならない場面なのに、既視感甚だしいのに止まらない。

 頭の中ではダメだと叫んでも、感情が全てに対して優先させてしまう。

「お前はそんなにバカだったみたいだな!」

「ああ、バカだとも! 知ってただろ。酔うと散々、俺のことバカにしてたんだからな!」

 気づかず、お互い顔が触れるくらいの距離まで近づいていた。

「もう新しいメンバーがいるんだ。これでバカはパーティを脱退させてもらう」

「ああ、好きにしろ。話を聞こうとしないお前みたのは、うちのパーティには要らない。追放だ」

 脱退を口にしたヤツはそれを聞き、睨み合う視線をずらして俺の後ろに控えるメンバーを見やった。

 脱退宣言に誰からも異議は上がらず、一言残し、今度こそギルドを出て行ってしまう。

「世話になった」

 オルゴールに見せられた夢よりも早い脱退だった。


 もうボロボロで意識無く街を歩いて帰る。

 何でこんなにも失敗するのか、もう何も分からなかった。

 こんなに色々として成功しないのは、ちゃんと人の話を聞かず、タイミングの悪いアイツが悪いとしか思えない。

 そしてフラフラと花屋の前を通りかかった際、心配したイロハに保護された。

 定かでは無いけれど、何日かお世話になっていた。

 夕食に手を引かれ、椅子に座らされる。

「もう嫌だ……」

 そう弱音を吐いて、テーブルに伏せて頭を抱える。

 日がな一日、変わりもしない過去を繰り返し思い出していたが、心が耐えられなくなり、抱えていた物を全部吐き出した。

 ヨークを引き留めるためにしたこと、そして失敗したことを彼女は静かに頷いて聞いてくれた。

「そんなこと言わないで」

 優しい声をかけられ、そっと隣にやって来て、抱えていた頭が彼女の胸に包まれた。

 甘い香りの中に花の香りがして、後頭部を優しく撫でられる。

「ロルは失敗しても諦めずに何度もガンバったじゃない」

 ぐちゃぐちゃな心にイロハの声が染み入り、量は無いけれど柔らかな胸に顔を押し当てる。

「でも、ダメだった」

 今にも泣き出してしまそうで、ぐっと喉まで上がって来そうな嗚咽を呑み込む。

 すると彼女の手が俺の顔を両側から挟み、上を向かされる。

 そして葉に付いた朝露のような瞳が見つめてきた。

「ロル、ガンバったから弱音を吐くんだよ。またガンバれるように」

 くせっ毛のボブに包まれた、かわいげのある笑顔が俺を迎えてくれた。

 見る間に顔が近づき、小さく柔らかな唇が触れた。

「良いよ」

 恥ずかしげに囁かれた吐息。

 テーブルに身を乗り出すよう突いた腕の間には、服の前をはだけたイロハが見上げてくる。

 瞳に誘われるように、彼女の身体に覆い被さる。

 構わないでくれていたので、久しぶりの人肌に安心感を覚えた。

 そしてイロハの中を押し広げる感覚が、男性としての自信と征服欲を満たす。

 体温が伝わり、首に腕が回され、くせっ毛の髪からも花の香りが僅かにした。

 そして抱き付かれた耳元で、イロハが吐息混じりに囁く。

「密着感がヤバい」

 体温が上昇して汗ばんだ、彼女の柔らかい肌が震える。

 事後。

 ベッドで寝る時分になっても、離れようとしないイロハに聞く。

「イロハちゃんなら友達と仲直りしたい時はどうする?」

 ヤツとはケンカではあったけれど、元は行き違いだった。

 これまでも自分では打開策が思いつかず、皆に助けを求めてきたのと同様、彼女にも助けを借りることにした。

 何しろボロボロだったメンタルは、イロハのおかげで持ち直し、こうして再びヤツのことで足掻こうと思えたから。

 俺の質問に対し、彼女は滑らかな肌を擦り寄せて微笑んだ。

「お花をあげるかな。お花って一輪でも部屋に生けてあると全然違うの」

 花の話をする時のイロハが出てきて、目を輝かせながら理由を語る。

「切り花はどうしても枯れる運命なのに、花びらを広げている姿は周囲を明るく照らして、それぞれの香りで気持ちをリラックスさせてくれるの」

 嬉しげに喋りながら、指を絡めて握ってくる。

「そしてどんな時でも、欠かせないくらい人の側にはお花があって、静かに背中を押してくれるんだよ」

 口元が綻び、本当に花が好きなんだと分かる表情を浮かべる。

「お祝いの時も、別れの時も、ケンカしちゃった時も。想いを届けたり、気持ちを現したり、話すきっかけをくれたり」

 そう言った彼女の指が、キュッと強く握ってきた。

「だから、ロルならきっと上手くいくよ。まだ途中なんだよ」

 これが根拠の無い励ましでも、イロハに癒されて救われたことは嘘では無い。

「そうだね」

 俺はそっと彼女の髪に指を入れ、撫でるように優しくくせっ毛を梳いた。


 思い立ったら即実行する性格なので、イロハから花言葉の話などを聞きながら、花を選んで小さな花束を用意してもらう。

「相手の好きな色を知らないならロルが見てピンときたり、自分の伝えたい気持ちに近い色でも良いと思うよ」

 そうして決めた花を手にアイツに会いに行く。

 前に渡された犬笛があるが、当てがあるのでとりあえず兵士の詰め所へ足を向ける。

 すると途中で、それぞれテイワズとアレナに遭遇した。

「おい、ロル大丈夫かよ」

 この前のことを言っているのだろうことは容易に汲み取れ、歯を見せて笑って返す。

「ああ、心配かけて悪かったな。この通り、問題ない」

 腕を左右に広げて戯けて見せる。

「おぉう」

 空元気だと思われたらしく、あの日の状態がよほど酷かったことが推し測れた。

「ロル? 出歩いて大丈夫なのか」

 次に会ったアレナも、眉をひそめてこちらを窺う。

「ああ、問題ない。どれだけ重症だと思ってたんだよ。これからアイツに謝って仲直り……でも無いのかな。とにかく話を聞いてもらうつもりだ。花も用意した」

 作戦というほどでもない作戦を聞いた彼女は、微妙な表情を浮かべて腕を組む。

「何か不安なんだよな。その自信満々な感じ」

「何だよ、アレナ。俺が自信ある時のクエストで失敗したことあったか?」

「無いけどさ。今は全部フリにしか聞こえないんだよな」

 ますます訝しむ相手に言い返す。

「何でも自信持って挑まなくちゃ成功しないだろ」

 二人ともついてくると言うので、成功するところを見せてやろうと、仲間でもあるので同行を許す。

 そして読み通りかは微妙なところでヤツを見つける。

 見慣れた装備に茶髪の後ろ姿が角を折れ、大通りから一回り細い路地に入っていく。

「ヨーク!」

 名前を呼んで追いかけ、ヤツが足を止めて振り向くと同時に、手に持つ花を差し出す。

 こちらを視認した瞬間に逃亡する恐れがあるため、先手を打って真っ赤なスイレンを向ける。

 ヤツは一瞬息を呑んで目を見開き、小さな花束に視線を向けて囁いた。

「そういうことか」

 ヤツは表情を険しくし、バスタードソードを腰から抜き放った。

 赤いスイレンは切られて地面に散り、イロハに見られたら怒られると想像してしまう。

「なっ、何で剣を構えるんだ!?」

 何か怒りに触れたのか、訳も分からなくて問い返していた。

「花言葉を知らないのか?」

 ヤツの問い返しにイロハから聞いた知識で答える。

「知ってるぞ。清純な心とか信頼、優しさだろ?」

 相手の反応を固唾を飲んで待つと、一緒についてきたテイワズが呑気に頷いた。

「へー、こっちでも花言葉とかあるのか」

 彼と同様に、ヤツとのやり取りを見ていたアレナが、焦った様子で声を上げる。

「バカッ、何でよりによって赤なんだよ! ホントうちのパーティにはバカな男子しかいないの?」

「はぁ? ピンクや紫もあったけど赤はかっこいいだろ」

 それに情熱と言えば赤なイメージで、炎だって赤くて強そうだし、やはり赤は他の色に比べて特別だと思う。

 しかし、アレナの呆れを含んだ怒号が飛んできた。

「色味的に花束の差し色で入れる分には問題ないが、一色だったり花言葉を気にするヤツには気をつけろよバカ野郎!」

「だから何だよ。さっきからバカバカッて。何が問題なんだ!」

 二人の謎な反応に訳が分からず、怒鳴り返すとアレナの説明が始まった。

「花言葉には色によっても意味があってだな。言い伝えでピンクのスイレンは信頼、好いていた相手に女神が送っていたことからついた花言葉だ。しかし、その好いていた相手に裏切られ、恨んだ時にピンクのスイレンが色濃く変わった逸話があって、そこから赤いスイレンの花言葉はーー、それが転じて赤いスイレンは一昔前決闘の申し込みを意味したんだよ」

「それを早く言えッ!」

「言う暇無かったし、基本若い人は知らないんだ。知っていても古い意味だから、ひい爺ちゃんくらいの年じゃない限り知らないんだよ!」

 赤いスイレンの逸話を聞き、たぶんイロハは知らなかったに違いない。

 かわりにヨークは兵士からか、酒場ででも耳にしたことがあるのだろう。

 冗談でなく斬られると察し、俺も腰から引き抜いたロングソードを構える。

「ヨーク聞いてくれ、花言葉なんて知らなかったんだ。ただ俺が赤いスイレンの方がかっこいいと思ってだなっ!?」

 弁解をしていると、ヤツが一足飛びに距離を詰めできて、腰から振り上げるような斬撃を放ってきた。

 迫る攻撃はロングソードで受け止め、ヤツに訴える。

「別に決闘なんてする気ないんだ。頼むから剣を下ろしてくれ!」

「俺の好きな色はシアンだ。自分の好きな色を選んでる時点で、相手のことなんて適当で良いって言ってるようなものだろ。聞く耳なんて無い!」

 そうヤツは言い柄から片手を離し、握り込んだ右手が顔目がけて飛んでくる。

 拳が軽く頬に入り、不意打ちに身体が揺らぐ。

 更にバスタードソードが一振り繰り出される様を視界に捉えた。

「だから話を聞けって!」

 叫びながら即座に応じ、ロングソードで斬撃を受け止める。

 こちらの訴えは無視しされ、一旦押し込んだヤツは瞬時に身を引き、身体を捻って回し蹴りを繰り出してきた。

 斬撃と体術の合わせパターンに、反射で上半身だけ後に傾けて避けると、蹴りは勢いよく空降りする。

 ヤツの攻めの勢いは止まらず、すぐに踏み込んで距離を詰めて来て、二振り三降りと立て続けにバスタードソードが繰り出された。

「花は悪かったって。俺は単にヨークに戻ってもらいたい一心で、悪い点は改めるから頼む」

 切れ間の無い攻撃を処理しながら、またパーティに戻って欲しいと訴える。

「仲間の好きな色も当てられないで!」

 余りにも聞いてくれないので、こちらも思ったことを返す。

「本性をヨークが中々見せてくれないせいだろ」

「……っ、人のせいにするな! リーダーなら自分から聞きに行け!」

 反論を口にして振り下ろされた一手を、ロングソードを斜めに構えて受け止め、ヤツの勢いの方向を流すように逸らす。

 そして切っ先が地面を向いたバスタードソードを遡るように、剣撃を返して振り上げる。

「くっ!」

 ヤツは顔を歪め、魔法の盾を発生させて攻撃を防ぐ。

 今の返しで受け止めただけ凄いというのに、悔しげに睨んでくる。

「もう遅い。戻る気なんてもうない!」

 盾にロングソードが押し返され、入れ替わりにバスタードソードが振り下ろされた。

 怒りで大雑把になっているのか、左手を伸ばすと容易く手首を掴み止めることが出来てしまう。

「街にスタンピードが来るんだ。お前に居てほしい!」

 まだ予兆も確証も提示できないが、オルゴールに見せられた夢で感じたものを信じることにした。

 別に現実だろうと本当に予知夢でも何でもない夢だろうと、今はコイツが居ないとパーティはダメだと思っていることに違いない。

 真剣な眼差しで言ったのだが、腹立たしげに叫び返されてしまう。

「何を今さらっ!」

 すると怒鳴り声とは別に、別方向から声が響く。

「こっちです! こっち! 兵隊さん、街中で戦っている人が居ます!」

 それを耳にした途端、お互いに動きを止めて肩を振るわせた。

 国の重要拠点ではなくても、都市的に大きい方なので、治安維持のための兵士。

「捕まるのは厄介だな」

 二人の動向を見物していたアレナが、ため息混じりにそう漏らした。

「はぁ、アタシらも居たらマズいんだろうな」

 彼女は隣のテイワズと顔を見合わす。

 対峙するヤツが、気をそちらに取られていたので、即座にスキルを発動した。

「ここから離れるぞ。一陣の風となる! リジルッ!」

 いつもより口上を短縮、ヤツを押し上げてそのまま加速する。

 あっという間に二人とも上空へ。

 浮遊感を全身で感じ、足元の茶色やオレンジ色の散らばる屋根を見下ろす。

 リジルは加速であって飛翔ではないので落下が始まり、お互い向き合った状態で瓦の屋根に着地する。

 コイツは足元を若干滑らしたが踏ん張り、まだ決闘中なのを思い出たのか顔を上げた。

「逃げたみたいだし、アイツらなら大丈夫だろ」

 建物の間から見え隠れする二人を見やり、ヤツに語りかける。

 つられて相手はテイワズとアレナの、駆ける後ろ姿を目で追っていた。

 距離があってもヘソを出す露出度の装備と、体格のいい身体をプレートアーマーに包んで尚、普通に走れる後ろ姿は見えているはずだ。

 仕切り直して目の前のヤツに語りかける。

「改めて思い返して、お前への態度を反省してる。改善するし、報酬の分配の見直しも考えないとと思ってる」

 するとヤツの全身から敵意が消失する。

「もういい。ロル、俺は戻らないし戻れない」

 何度も聞いたけれど、どうしても諦めきれず、頼み込む。

「俺たちについてこれるのはお前だけなんだ! パーティに戻ってくれ」

 さっきの路地に兵士が到着するも、周囲を見回しても該当者は見当たらず、困ったように頭をかく。

 ヤツは魔法の盾を解き、身体を起こして右腕を引き、バスタードソードを納めた。

 やっと聞く気になってくれたかのかと、肩から力を抜いてロングソードを収める。

 しかし、ヤツは決定的なことを口にした。

「新しいパーティに入ったんだ。だから戻る気は無い」

 そう一方的に伝えたアイツは、背を向けて俺の前から去って行った。

 あれだけ励まされ、自信満々で挑んだので、ただただ放心し、頭の中でヨークの言葉が反芻していた。

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