02
「いらっしゃい! ご注文は何になさいますか? ん? ロル。二日酔い大丈夫? 昨日だいぶ飲んでたけど。ちゃんと帰れた?」
端のテーブルには向かわず、カウンターの真ん中に腰を下ろすと、早速ウチカが注文を取りに来た。
変わらない元気な声に笑い返す。
「ああ……二日酔いも問題ないよ。とりあえずドリンクかな」
アイツを必死で探し回ったお陰か、二日酔いの頭痛も若干の気持ち悪さも感じない。
今は汗で水分が流れ出たのか、喉の渇きが気になる。
「早いけど、誰かと待ち合わせ?」
どこか話せる席に移動か、テーブルを確保するかという意味を持つ問いだった。
「ありがと。でも誰とも予定は無いんだ」
「そうか……」
アルコールでない注文を受け、一旦ウチカが明るくした声で離れる。
「じゃあ、ちょっとお待ちを。すぐ注文持ってくるからっ!」
するとカウンターの向こうの厨房から、彼女を呼ぶ声が飛ぶ。
「ウチカ! さっきの注文出来たからお願い!」
「はーい! 今行きます!」
スカートの裾を揺らし、小走りに厨房へ姿を一旦消した。
そんなウチカの姿を見て、少し元気を取り戻す。
気持ち、酒場のざわめきが心地よくなる。
「ーー思わぬ遭遇だったけど、倒せて自信ついたかも」
「話には狡猾だとか、なめてかかるとやられるとか言われているからね」
クエストや冒険から帰って来たのだろうパーティの会話が幽かに聞こえた。
「そんな話を聞いていたからだろう。傷を負ったり、武器が壊れたけど生きているのは」
「私たちの連携はもっと改良の予知があると思うの?」
「えー」
「えー、言わない。改善点があるってことは、まだまだ私たちは強くなれるってことなんだから」
「まあまあ、早く報酬受け取って食事にしましょ」
そうして笑い声が聞こえた。
モンスターに勝利して街に戻って来れば、どんなに痛くて苦しくても、達成感と振り返る楽しさに笑い合えるものだった。
次もクエストを受けるぞ、と。
もうしばらくすると、より多くの冒険者が食事に訪れ、騒々しいと思えるほどになる。
「ロル、お待たせ」
飲み物がカウンターに置かれ、運んで来た彼女を見上げる。
「ありがと」
するとウチカはお盆をカウンターに置き、隣に座ってきた。
組んだ腕に胸を乗せ、小首を傾げるようにして覗き込んでくる。
「何かあったんでしょ? いつもより元気ないぞ」
真っ直ぐな眼差しと揺れる耳飾り。
「分かるよな?」
思い返すと今日の自分はおかしかった。
完全にオルゴールに見せられた夢に動揺していたし、今も動揺していなくても、不安や危機感は拭えていない。
「もちろん。もちろん、ベッドの中まで知ってる私にはお見通し。朝飯前だっての」
秘密を打ち明けるような囁き声に、最近ウチカを抱いた時のことが頭を過る。
ちなみにどちらかと言うと、すでに朝食より晩ご飯よりだった。
好きな子相手に全てを話すのはカッコ悪い。
しかも夢で見たことに怯えているなんて、そんな子供みたいなこと口に出来るはずがなかった。
男としても冒険者としてもプライドがあり、アイツが他のパーティや近衛兵の方に行かないか不安でと夢は伏せて聞かせる。
「それでパーティは辞めないって言ってくれたが、どうにも不安でな」
「確かにね。走り回って疲れたところに、少しでも兵士が出てくると冒険者辞めて兵士になるんじゃないかって思うかもね。それは疑心暗鬼にもなるんじゃないかな。それでも信じてみたら?」
「だが、アイツの最後の態度が悪かったし」
注文した飲み物も、容器を掴んだまま、まだ一口もしていない。喉が渇いているにも関わらず。
「そんな時はさ。やっぱり腹割って本音で話すのが一番だよ」
その言葉に顔を上げると、彼女が口元から歯を見せて笑う。
「大抵ここに来る人たちは、お酒飲んで本音で語り合って仲直りして帰ってくじゃんか」
「殴り合って終わるのを見たことあるが?」
「あー、たまにね。でも、結局冒険者がこんなに騒がしくしても追い出されないのって、ギルドの酒場くらいじゃない? 本音で話すのにうってつけじゃないかな」
確かに良い意味で活気があるなと、一度見回す。
徐々に人も増えてきて、ざわざわとしてくる。
「迷ってても解決しないなら、当たって砕けろで全部聞いちゃえ。お互い本音で話しちゃいなって。ロルならきっと大丈夫だよ。誤魔化しはしても、嘘を吐くようなタイプに見えないから」
「そうか? 別れた時は機嫌悪そうだったが?」
「大丈夫。飲みに誘っちゃえば、よっぽどの事情じゃなくちゃヨークなら断らないでしょ」
アイツの性格からすれば、そうなのだろうが、最後に見た顔を思い出すと素直に賛同出来ない。
「そうかもしれないな。だが、今日は走り回ってやっと見つけたんだ」
しかも向こうから、俺を見つけたのだ。
再び飲みに誘うのさえ折れかけたところ、飲み物に添えた手に彼女の手が触れ、蜂蜜色の瞳に見つめられた。
「……弱気はいけないな、ウチカが背中を押してくれたんだ。明日、ガンバーー」
今日はもう見つからないだろうから、明日ここに呼び出す予定でいたら、パッとウチカが高く上げた手を振り出した。
「ヨークさん! ここ! 席空いてますよ!」
喧騒に負けないくらいハッキリとした発声で、彼女は今自身が座っていたカウンター席に手招く。
「んっ、ウチカ!?」
それはもちろん俺の隣の椅子で、不意打ちのアイツの登場に身体を震わす。
ヤツが来る方に顔を向けられず、助けを求めるように立ち上がっているウチカを見つめる。
「噂をすれば影がさす、だよ。ファイト!」
そう言って彼女はウインクをくれる。
心の準備も出来ないまま、ウチカに呼ばれて怪訝気味のヨークが隣に腰を下ろした。
「ロル?」
改めて隣が誰か理解したらしく、ヤツの声は硬くて機嫌が良いものでなかった。
目を眇めてくる相手に、無理やり笑顔を作る。
「や、やあ……奇遇だな」
「ストーカーでもしてるのか」
更に嫌みを重ねた相手は、そのまま立ち上がろうとカウンターに両手をつく。
「移動するよ」
そう呟いて身体を浮かす肩に、ウチカの手が置かれ、彼女はスマイルを貼り付けて言う。
「ごめんなさい。他の席は皆埋まってるの」
「は? だが」
ヨークの左と俺の右隣は空席で、その他のカウンター席にも空きが窺える。
もちろん、テーブル席もだ。
段々と話をする場を用意される様を横目に、緊張を覚えてトイレに立ち上がろうと俺は腰を浮かす。
「ロル、あなたも座って」
滑らかに移動し、後に立たれたウチカに肩を押さえつけられる。
「いや、俺はトイレ……」
「ダーメ。ここに来てから一口も飲んでないんだからトイレじゃないでしょ? それに空いてるテーブルは予約席だから、もし移動したら罰金をもらうから」
ウチカは嘘を吐いてまで、俺が逃げ出さないように、ヤツと話す機会を整えてくれる。
何気に付き合っている女子は皆、何かしら凄みを持っていた。
「はい……」
まだ膀胱には余裕があるので、早くわだかまりを解消してトイレに行こうと決意する。
ウチカの目のあるところで弱音を吐いて励まされた上、漏らすというのはダサ過ぎてあり得ない。
「ウチカ、料理を持ち帰りで頼めるか?」
「んー」
ヤツのテイクアウトの言葉に、俺の両肩を押さえる彼女が珍しく即答を避ける。
「ヨークさん、ロルが本音で話したいらしいんだ。少しで良いからお喋りに付き合ってくれない?」
ウチカは胸の前で手を合わせ、かわいらしくヤツにウインクする。
しばらくの沈黙が三人の間に下りる。
ここまで女の子に助けられて逃げる訳にはいかず、隣に座るヤツの顔を睨みじっと待つ。
「ロルも本音で喋りたいからって、お酒奢ってくれるみたいだし」
その言葉に彼女を振り仰ぐと、パチパチとウインクでサインを送ってくる。
「飲みたいだけ飲んで良いぞ」
「お願い!」
二人で頼み込むと短いため息を漏らす。
「少しだけだ。パーティの一人として、ウチカを巻き込んだ責任は取るよ」
「ありがとう!」
彼女は自分のことのように喜び、お礼を口にして厨房へ向かう。
その背中にヤツは呼びかけた。
「ろくな結果にならないだろうし、持ち帰りの用意はしてくれ! 冒険者に酒が入って良いことは無いだろうからな」
後半ボソッと確定事項のように言うヤツに、横から否定の言葉を入れる。
「そんなこと言うな。酔いでもしないとお前は本音で話さないじゃないか」
「ロルの方が酒は弱いだろ。俺を酔わせようとするなら、二桁はお代わりしないと無理だぞ」
言ってヤツは俺の手元を指さす。
「先にそれを飲まないとな。ロルは」
「バカにするな! お前に負けた記憶なんて無いぞ」
「それは記憶が無くなるまで飲んでるからだろ。少ない量で記憶を飛ばせるって羨ましいな」
心なしか、と言うよりも明らかに普段より、言葉の端々に棘があるし、言い方もキツい。
さっきの今で仕方ないとしても、こっちも精神が不安なので、つい取るに足らない挑発に乗ってしまう。
「このっ! バカにして!」
肘をカウンターに突き、身を乗り出したタイミングで、ウチカがトレーに酒を乗せてきた。
「何でこんなちょっとの間で、一触即発みたいな仲になってるの?」
彼女の呆れ声に、コイツは平気で答えた。
「本音で話したいと言われたから、そうしてるまでだ」
「本音で喋るのと、悪口を言うのは違いますよ。皆、お互いを口汚く言うケンカするんで、二人はちゃんと本音の会話でお願いします」
ヤツに釘を刺し、それぞれの前に樽ジョッキが置かれる。
ウチカに居てもらった方が冷静で居られると思いつつ、ジョッキの取っ手を握る。
「カンパーイ……は、しないか。うん」
樽ジョッキを上げた瞬間、ヤツがいち早く口をつけたのを目にし、遅れて口をつけた。
全く打開出来そうな雰囲気は感じられず、グビグビと樽ジョッキの半分まで飲み干す。
液体が喉を通り、アルコール臭が鼻に抜けた。
「ハァ……」
音を立てて樽ジョッキをカウンターに置き、隣のヤツを横目で見やる。
一口だけ飲んだのか、先ほどと中身の量がほとんど変わっていない。
もちろん表情も変わらず、単に水分補給しただけみたいな雰囲気を出してくる。
「せっかく酒を飲んでるんだ。楽しそうにしろよ」
「楽しそうに……フリか?」
「お前! ……っ」
楽しそうーーだから、つまらなくてもそのフリだとか、揚げ足を取るようなことを言われたが、ウチカの言葉を思い出して踏み止まる。
思わずケンカ腰になってしまうところだった。
反射で飛び出しそうだった言葉を飲み込み、冷静さを補うため、視線を外して樽ジョッキを呷る。
「……」
「……」
隣のコイツは全然気にした様子も無く、また一口だけ飲んでは黙る。
話しかけるなオーラが揺らめいており、つい酒場に留まらずに帰れば良いと胸の内で思ってしまう。
実際はまた見つけるのに街を走り回らなければならないので、カウンターに着いていてもらわなければ困るのだけど。
「……」
「……」
しばらくお互いに無言で、樽ジョッキのお代わりをしていた。
切り出し方が分からず、こんな言い淀む経験は今まで無かったので、余計に喋りだすタイミングを伺いながら、更に樽ジョッキを呷った。
普段から思った考えを口にすることに躊躇を覚えた記憶は無いし、そういう性格で生きてきた。
オルゴールが見せた夢の影響で自分らしくなくいると、突き放すみたいな言い方でコイツが口火を切った。
「どうせ昼の続きだろ?」
「ああ……そうなるな」
言い当てられ、ぎこちなく頷く。
全く自分らしくない返事に違和感を覚え、誤魔化すために残りを飲み干す。
「ぷふぁっ! ……俺は本当にお前にはパーティを辞めて欲しくないんだ」
「辞めるなんて俺から口にした覚えは無い。それに昼間も辞めないと答えたはずだが?」
ヤツは樽ジョッキに視線を落としたまま言った。
その横顔を俺は見つめる。
「そうだが……お前がパーティを抜けたいんじゃないかって不安なんだ。辞めないと答えられても信じられない……くどいのは承知で聞くぞ。本当にパーティの脱退は無いんだな?」
すると大きなため息と共に、コイツは顔を上げて振り向く。
「本当、ロルは真っ直ぐだな。戦い方と一緒だ」
そう口にしたヤツの顔には苦々しさが浮かぶ。
「普通メンバーが抜けるんじゃないかって不安になると、まずは相手の話を聞いて困っていることや悩み、抜ける理由やパーティ内でのことか報酬に関して不満があるのか。そういうことを材料に交渉するのが基本じゃないのか?」
少しイラ立ちが垣間見え、こちらを視界に納めたままヤツは言葉を継ぐ。
「本音で話したいと言うからには、パーティ内の問題の改善や報酬の分配の見直しをするとか、それなりの交渉材料を用意して挑むはずだろ。本当、こういうところも戦闘スタイルと一緒で、ロルは自分のことばかりに真っ直ぐで、子供みたいだな」
明らかに友好的でない流れだけれど、自分も酔いが回り始めてやっと普段の調子が戻ってくる。
もう言葉に悩むのも止めた。
「俺がお前を探していたことを何で兵士から聞いたんだ? 何をしていた?」
ウチカに釘を刺されたけれど、最初から直球でしか生きれない性格だった。
思い込んだらそれしか見えなくなるくらいなので、回りくどいのも性に合わない。
「それは……」
「それは?」
眉間にシワを寄せて言い淀むアイツを見つめ、同じ言葉を口にして促す。
「……戦闘の訓練で相手をしてもらってたんだ」
ヤツは口惜しげにそう言葉にした。
「訓練の相手?」
本当かどうか、見極めようと目を細める。
戦闘の訓練くらいパーティメンバーに頼めば済むはずで、疑いは晴れずに胸には不信感ばかりが募る。
現に俺とテイワズは二人で戦闘の練習をしていた。
「嘘だ。パーティを抜けて兵士にでも入る気なんだろ?」
そう考えない限り、兵士と会話する機会なんてヤツにあるはず無い。
いち冒険者の目撃情報をヤツに伝えるなんてあり得ない。
「いきなり突拍子も無いな。妄想でどうしてそうなる。おかしいぞ」
真面目に疑問をていする。
その姿がおかしく思え、皮肉に口元が歪む。
「あはははは」
「何だよ……笑い出して気持ち悪い」
まだ真面目にも訝しむヤツに、あることを突きつける。
「気づいていなかっただろうが、答えた時の表情がおかしかったぞ。明らかに何か隠してる風にしか見えなかったし、言い淀んでいるようにしか思えなかったんだけど、どうなんだ?」
「……そんなことない。見間違いだろ」
ヤツはそう答えて樽ジョッキに視線を落とす。
「ほら、今だって目をぉ逸らしたろ!」
両肘を伸ばしてカウンターに頬を乗せ、その横顔を見上げる。
「それがぁ、パーティを抜けて兵団に行こうとしてる証! じゃないのか?」
ところどころ声の音量がおかしく、感情のコントロールが利かなくなり始め、酔いが酷くなっていることを自覚する。
「違う。何度も言わせるな、パーティを脱退する気は無い」
「絶対うそだ! そんなに否定するなんて逆に怪しぃ」
「じゃあどう答えろと?」
「本音が聞きたいんだよ。俺たちより、兵士がいぃからぁ一緒に居たんだろ?」
「……戦闘の訓練だと言ったろ。そんなに俺を辞めさせたいのか」
イラ立ちを見せて相手は振り向き、敵を前にしたかのような表情で見下ろしてくる。
睨め付けてくる瞳を睨み返し、ガバッと身体を起こす。
「んな訳なぃだろ。俺はお前を必要としている。パーティに残って欲しいと思っていりゅ! お前が居ないと困んだよ!」
「こっちこそ信じられるか。交渉材料すら用意してないのに、一方的にパーティから抜けないか聞いてきて約束させるとか、急に意味不明でロルの方が怪しいだろ。そんなんじゃ、こっちの言い分を疑うようなヤツのパーティになんて居たくなくなって当然だろ!」
コイツの興奮が窺える反論に、こちらも酔った勢いで言い返す。
「くっ……こんなに正直に言っても信じないお前なんて要らない!!」
「……」
ふと相手からの敵意が消え、口にしてしまった言葉にハッとする。
「すまない……! 今のは無しだ! 取り消させてくれ!」
軽い酩酊感はあるが、やってしまったミスに冷や汗が滲み、焦って前言を否定する。
「酔ってたんだ! 言い過ぎた……ごめん」
必死にヤツの瞳を見つめるが、酷く冷めた眼差しが返された。
「それが本音だろ? 俺はパーティを外れるよ。皆には次集まった時にこのパーティを抜けると話を俺からする」
抑揚が無く、突き放した声音に二の句が継げない。
話を見限ったヤツはカウンターに代金を置き、いつ用意されたのか気づかなかった持ち帰りの食事を手に、席から立ち上がった。
犯した失敗に胸の動悸が大きくなる。
かける言葉がとっさに出てこない。
「……」
クエストの冒険でも、失敗はすぐに取り戻してきた。
しかし、今回はどうやって取り戻せば良いのか、完全に思考停止してしまい、相手の動きを目で追うしか出来なかった。
そして一拍立ち止まっていたアイツは、別れの挨拶すらなく歩き出す。
冷や汗と耳鳴りが酷く、カウンターに手をついたまま、反射で振り返り呼び止める。
「待てよーー」
その声は自分自身でも驚くほど小さく力が感じられなかった。
だからヤツの足を止めることも出来ず、小さくなり見えなくなる姿を黙って見送るほか無かった。
体感だけれど、オルゴールに見せられた夢より早く、アイツから脱退の言葉を引き出してしまった気がする。
どれくらいギルドの出入口を見つめていたのか、すごく申し訳なさそうな声が耳に届く。
「ロル。ホントごめん。ちょっと口論になっても、お互いの気持ちを打ち明け合って、結果的に仲直り出来ると思ったんだけど……」
ウチカが顔の前で手を合わせて、心の底から謝ってくれる。
胸の引っかかりの代わりに喪失感に囚われていた心だけれど、ちゃんと心配して協力してくれた彼女の顔を見て、喪失感は残るものの頭は澄んでいた。
結果はどうであれ、抱えていた悩みは無くなった。
「いや、良いんだ。ウチカは俺のためにしてくれたんだ。気にしないで」
「でも……」
「結果はーーまぁ、不思議と受け入れられてるんだ。ただ俺がバカだっただけで」
力無く微笑もうとするのを見て、ウチカが首に腕を回して抱き付いてきた。
「ロルがそんなこと言うなんて……ロルは悪くないよ。お詫びに癒してあげるから許して」
「許すも許さないも、ウチカのせいとか思ってないよ。だから気持だけ受け取っておく」
「うんん、あたしが償いたいの。お願い。今のままのロルを放っておけないから」
彼女の言葉に甘えて頷き返す。
その夜はウチカを抱いて眠りに落ちた。
「おはよう。ロル」
柔らかな声と人肌の温かさの中で目覚める。
「おはよう」
温かなウチカに包まれて眠りについた翌日、一緒に朝食を済ました後、俺は装備の整備のため鍛冶屋へ向かう。
ウチカは心配したけれど、何もしない方が重く悩んでしまうと言って、彼女の部屋から出てきた。
そして当たり前だけれど、アイツにパーティを抜けると言われても、街はいつも通りの活気で包まれていた。
やはり一夜経っても言い過ぎたことに後悔が残る。
けれどウチカのおかげで、ヤツの脱退宣言を取り消させようという気にはなっていた。
まだ具体的な案は無いが、考えは前向きではあった。
とりあえず向かった先の鍛冶屋の建物はそこまで大きくは無い。
扉を開けて中に入ると武器や一部防具が並び、室内は静かでひんやりとしていた。
奥のカウンターに目的の人物がおり、ゆっくりと歩み寄って声をかける。
「おはよう。チリ」
「ロル、いらっしゃい。整備の予定だったけど、今日は早いのね。いつもは一緒に過ごすから、夕方に来るのに」
「予約してたから、早めにチリに会おうかなと」
いつもの返答が出来たようで、その言葉に彼女ははにかんだ。
「一昨日会ったばかりじゃない。でも、嬉しい」
チリはこの鍛冶屋の娘で、修復や気が向けば製造もするため、身体は全体的に筋肉質で引き締まっていて魅力的だ。
ショートカットの前髪から覗く、つり目がちの目元やすっと通った鼻筋が目を引く。
性格は大人で落ち着いている。
「あ、でも、もう他の子の匂いさせてる。昨日寝たでしょ? 一度くらい、私の匂いさせて来てくれても良いんじゃないの」
整備が終えたら再びマーキングさせてーーと、他の子に対して嫉妬する一面も見せる。
一日経ったり、冒険に出てしまえば他の子の匂いなんて消えて汗臭くなるので、望み通りチリの匂いをさせて現れるのは難しい。
ちなみにふわふわのウチカとは真逆で、身体が引き締まっているチリのナカは、みっちり吸い付くように刺激してくる。
そんなチリの前に、カウンターの上に装備を出してお願いした。
ちなみに製錬所は店の奥にあり、耳を澄ますと奥の扉の向こうから幽かに音がすることがある。
チリがメンテナンスカ所を洗い出したり、この場で取りかかれる修復をしている横で、話を聞いてもらった。
アイツをパーティに引き留めたいのに思いとは逆に上手くいかず、昨日言い合いになった末に、脱退する意思と言葉を引き出してしまった失敗を喋った。
雰囲気が落ち着いているからか、ウチカよりも素直に失敗を打ち明けられた。
「だから昨日ウチに来た彼、様子がおかしかったのか」
「来たのか?」
「うん。三日後だか四日後までに調整して欲しいって装備を置いてった」
チリは手を動かしながら、今聞いた話から意見を口にする。
「ヨークはさ、本当のことを言ってたかもしれないよ」
コンコンカンカン音の感覚を頼りに小さなハンマーでアーマーを叩く。
「パーティ内で一人だけランク下だから、兵士と訓練してたんだと思うよ。だけど努力してるの知られたく無かったんじゃないかな?」
「何で?」
「それは、男の子ってカッコつけたがりでしょ?」
メンテナンスをする彼女の予想に首を傾げる。
「俺はテイワズと訓練するけど」
「それは仲間として信頼しているからだろ?」
「ヤツはパーティのことを仲間だと思ってないとか? だから、メンバーを抜けるって言いだしたのか」
俺の呟きに小さく笑う声が聞こえた。
元を辿ると、優しい微笑を浮かべたチリと目が合う。
「抜けるって口にしたのはロルがしつこかったからだよ。たぶん。ヨークは少なくともパーティは仲間だと思ってるよ」
「じゃあ何で?」
ついつい声が大きくなり、前のめりで彼女を見つめた。
「だから、カッコつけだよ。特訓しているのを知られたくなかったんだ。ロルにね」
「俺?」
一定のリズムでハンマーの音が響き、相手の言葉が分からず問い返していた。
「どういう意味?」
「ヨークはロルを意識ーーライバル視しているんだ。だから、隠していた特訓を知られたくなかった。だから、表情も良くなかった」
「でも、アイツはライバルじゃないぞ? ライバルだなんて言ったことも無いし」
「だからさ。ランクはパーティ内で一番低くいし、ロルにはライバル意識を持ってもらえない。その上、ライバルになるための努力を知られるのはカッコ悪い……だからしかたくなく言い淀んだーー」
「……」
にわかに信じられない予想に黙るしかない。
「信じられない? あたしはそう思うけどな」
しばらく、メンテナンスの作業する音と彼女の雑談で時間が流れていく。
「今さ、研ぎ石に凝ってて、適した素材を色々と試してるんだ」
俯き加減の顔とショートカットから覗く首筋、ノースリーブから伸びる腕を眺めていた。
「ゴーレムの一部も試してみたいんだよね。もしゴーレム討伐して、素材手に入りそうだったらお願い出来る?」
布を押し上げる胸も魅力だけれど、女性らしさを残す引き締まった部位が魅力的で視線を引きつける。
「ところでさ」
「うん」
「ロルはどうしてそんなにヨークを辞めさせたくないのかな?」
不意に話題が戻り、虚を突かれて即答が出来ない。
正直、オルゴールに見せられた夢が理由だ。
夢が現実になるのかの確証は無いし、今のところはヤツがパーティを抜けるっていうのが現実になりつつある。
それだってオルゴールに見せられたせいで、必要以上にしつこく確認したのが原因でもあり、実は将来起こる予知夢でも何でも無い物なのかもしれない。
「……それは、俺たちのパーティには必要だから」
オルゴールに見せられたものに対して、絶対の自信が無くて、それでも言葉を絞り出した。
「ホントに?」
「……だって急に抜けられたら困るだろ? 今の戦闘スタイルを変えないといけなくなる」
「そうなの?」
「……でないと全滅とは言わなくても、命を落とすかもしれない」
「それはヨークが居ても、クエスト中の冒険は命の危険はあるはずだよ」
チリの言っていることは正しい。
冒険者でいる以上、街から出ればモンスターとの戦闘がついて回る。
場所が危険だったり、野営になればモンスターを倒すだけでは足らず、野営の知識や技術が必要だ。
そう考えれば、全部アイツがカバーして安全という理屈は存在しない。
けれどヤツが抜ければパーティとしての戦力は少なからず下がるし、居れば戦闘での生存率が幾らか上がるのは否定できない事実だ。
「そんなに気に病んで執着するより、切ってフォーメーションを再構成する方が、建設的だと思うけどな。それこそ早めに切れば、無駄な時間を割かずに効率的じゃない?」
チリはそう口にして一旦手を止め、じっと俺の顔を見つめて反応を待つ。
アイツに執着する理由。オルゴールが見せた夢ではスタンピードにアイツは登場していなかった。
そこはハッキリ覚えている。
それにアイツが居れば打開出来るという示唆があったわけでもない。
ただヤツがパーティから抜けて、連携がガタガタだっただけだ。
なので悩みはそこを今からカバー出来るようにフォーメーションを組めば済む話ではある。
確かにチリの言うとおりだ。
「……」
まだ彼女は俺の答えを、黙って待っていた。
「理由は言葉に出来ないが、俺はヤツにはパーティに残って欲しいと思っている」
じっと目をそらさなかったチリが、再び手元に視線を戻して作業に戻った。
「じゃあ、ガンバらなくちゃね」
「ああ」
小気味よい音が戻り、彼女が背中を押すように言う。
「ロルはきっとリーダーだから、一人で先走っちゃうんじゃない? 他の子には相談しないで悩んで、自分だけで解決するべきだとか思って。違う?」
チラッと一瞬だけ視線を上げたチリ。
「皆にも協力を頼んでみたらどうかな? パーティに必要なんでしょ? 理由は分からなくても、気持ちがそう言ってるなら、何も問題ないんじゃない」
そう喋って口元に笑みを貼り付ける。
「夕方までには出来てるから、行って来なよ。何なら、明日取りに来てくれても構わないからさ」
彼女の言葉に背中を押され、俺は善は急げと立ち上がる。
「ありがと! チリ!」
なぜかアイツでないとすぐに見つかり、ギルドに召集出来た。
「急に呼び出しといてなに?」
不機嫌なアレナが、テーブル席に着くなり聞いてきた。
他のメンバーも椅子に腰を下ろしてこちらを見る。
「ずいぶん急いでいたように見えたが?」
呼びに行ったテイワズは、腕を組み尋ねる視線を向けてくる。
彼とは部屋が隣で、その庭で二人鍛錬をするのだが、今日もその約束をしていたので呼びに戻った。
『昨日は帰ってなかったみたいだがどうした?』
不思議がるテイワズを無視して連れてきた。
散歩中を連れてきたフィは何も言わず、テーブルの下で今も使い魔を撫でている。
「……」
ヴィリも黙って、ヴェール越しに様子を窺っているのを感じた。
急に集まってもらった理由、ヤツの今の現状を話して伝えた。
「ごめん。俺のせいでアイツがパーティを抜けるかもしれないんだ」
正直に謝り、引き留めるために力を貸して欲しいと頼もうとすると。
先にアレナとテイワズが続けて言う。
「別に良くない? ロルだって酔った時に愚痴とか、追放まではいかないけど抜けろみたいなこと口にしてたろ?」
「まぁ、な」
そんな記憶が無い訳でもないので、彼女の言葉に頷くしかない。
「アタシは余りお世話んなってねーし。勝手にしたら? この前だって指示出しても遅いとか、アイツのこと役立たずとか言ってたんだし」
「良いじゃないか。オレたちはこれからも上を目指すんだ。遅かれ早かれ、弱いヤツはパーティから要らなくなる」
賛成の声が二つ上がり、不穏な流れを止めようとするも、フィも意見を口にする。
「……どっちでもいい」
「そんな適当な……」
フィならまだ説得も可能な気がしたが、三人に続き、いつもの落ち着いた口調でヴィリも自分の意見を述べた。
「真面に私の護衛しないヤツは要らないと思う。でも、私はロルに従うわ」
そうは言っても声の端々から、引き留めなくても良いと聞こえる。
「けど、そうは言ってもテイワズは戦闘の時にバフかけてもらってるだろ?」
義手で腕を組み、短髪の下で太めの眉を寄せる彼を見る。
「いや、少しやりにくはなるだろうが、手堅く手前から崩せば良いだけじゃないのか? コレまでのように無理矢理押し切れなくなるだけだ。そもそも押し切らなくちゃいけない場面なんて、これまであったか?」
「それは……ヤツがいたから分からないだろ」
テイワズの返事に答えて、アイツの必要性を伝える。
すると頭の後で手を組むアレナが口を挿んだ。
「それこそ、分からなくないか? ヤツが居なくても必要なかったもしれないじゃないかよ」
顔を彼女に移し、今度は彼女に語りかける。
「アレナ……そうかもしれないけど。アレナだって魔法使いなのに前線で暴れるのも、後衛でヤツが立ち回っているからじゃないのか?」
「そうか? 『まだバースト・ボルテックス撃つな』とか止められなければ、早々にモンスターを吹っ飛ばして終わると思うんだけど」
「撃ち漏らすかもしれないだろ」
「別に残りを三人で片付ければ良くないか? バースト・ボルテックスを撃つとだいたい倒してるんだし」
退屈らしく、アレナは椅子の背に体重をかけ、揺れている。
「フィだっているから、ヴィリはフィに任せて使い魔を前線に加えれば問題無くない?」
「……守っても良いけど、戦闘の時は少し離れたい」
そうフィは答えた。
アレナはそれを見て顔を向けてくる。
「な、問題ないだろ? むしろ話してみると、アイツが要らないくらいじゃないのか?」
相手に問い返され、隣の席を勢いよく振り向く。
「ヴィリだってーー!」
「ごめんなさい。私の意見としては、ヒーラーを守らない人は必要とは思えないわ」
ヴェールの向こうから淡々とした声が返ってきた。
「フィは? モンスターが多い時に使い魔を誰の助けに行ってって、ヤツに頼まれたりするよな?」
「……うん。でも、わたしは皆が選んだので良い」
いつも通り、自己主張の弱いフィ。
テーブル脇に控える使い魔、黒毛赤目のザクロの背を撫でる。
アイツの必要性を感じてないのが三人、敵でも無ければ味方でもないのが一人。
それでもオルゴールに見せられた未来を回避したい俺は、やはりヤツがパーティを抜けないために皆に協力して欲しかった。
「けど、やっぱりパーティとしての戦力を下げるべきじゃないと思うんだよ。それが微量だったとしても!」
気持ちを込めて、アイツ以外が集まる皆に訴えかける。
「クエストは危険だろ。油断からピンチになることだって否定出来ないわけだし、少しでも勝率を上げるためなら役立たずとか言っても、アイツは必要じゃないのか?」
手を広げて各々の顔を見回す。
発言に対し、片眉を下げて見つめてくるアレナ。
「一番ボロカス言ってたのはロルじゃね?」
「そうだぞ。今日はアイツの肩を持っておかしいぞ」
図星を言われ、アレナとテイワズ、二人の視線を受けてたじろぐ。
言動が奇妙なのは、自分が良く知ってる。
俺だってオルゴールで未来と思われる夢さえ見せられなければ、ヤツをフォローするようなことは口にしなかっただろう。
脱退だって止めはしなかったはずだ。
そう思わせるほど夢が心に引っかかり、根拠の無い不安に突き動かされていた。
「それはっ……」
ヴィリの視線もヴェール越しに感じ、オルゴールで見たものを明かすべきか、未来だという証拠も無いので躊躇してしまう。
「……それは?」
普段関心を出さないフィですら奇妙だと感じていたのか、膝の上に顎を乗せるザクロの頭を撫でながら、じっと見つめてくる。
しかもテイワズが組んだ腕を丸テーブルに乗せ、真剣な眼差しを送ってきた。
「らしくないな。なぜ、ヤツをパーティに引き留めときたいんだ? 教えてくれないか」
「そうね、理由聞きたいわ」
ヴェール越しに促され、逆にオルゴールの話をしてしまった方が楽かと思えた。
「分かった。話すよ」
そう口にして観念しつつも、胸の中では信じてもらえるか不安だった。
「実はーー」
若干緊張しながら切り出し、オルゴールで見た予知夢を説明した。
しかし、耳を貸すメンバーはいなく、テイワズに心配顔で尋ねられた。
「酔ってるのか? ヤツを擁護したり、急に皆を召集したり。様子が変だぞ」
他も同じように思っているらしく、テイワズと同様の視線を感じた。
「今日はまだ一滴も飲んでない。頼むから、ヤツをパーティに引き留めときたいんだ。力を貸してくれ」
「たかがら夢だろう。それが現実に起こるのか? 本当にスタンピードが起こると?」
「……いや、オルゴールに見せられた未来が、現実に起こっているかは確認出来てない。俺だって信じたくないさ。けれどヤツが脱退したら、連携がガタガタになって、このパーティから最悪死者がでるかもしれないんだ!」
テイワズの確認に思わず気持ちが入ってしまう。
これまで弱気な人間が感情のまま主張しても、冷静でない状態では話を信じてもらえない姿を何度も見てきた。
その時は樽ジョッキを片手に、他人事だと揉めてるパーティを笑いながら見ていた光景が脳裏に浮かぶ。
けれど、それでも訴えずにはいれなかった。
「本当に酷かったんだ……」
一瞬だけ、夢で感じた気持ちが鮮明に甦り、胸を押さえる。
「見てないから言えるんだ……」
「それはもう壊れたんだろ? じゃあ、仮にそれが事実だったとして、アイツがいるだけで助かる根拠はあるのかよ? 前兆とかさ」
アレナはスタンピードで生き残る鍵が、ヨークとは思っておらず、疑問に感じているようだった。
「……それは、無い。ヤツの居たスタンピードを見てないから……」
悔しげに返すと、彼女は鼻から息を吐く。
「スタンピードの予知夢を証明出来ないのと同じか」
「……悔しいが、その通りだ」
「未来を見せるオルゴールか、そんな魔道具は聞いたことも無いんだが。この世界ならありそうでもあるけど、どうだ?」
確証のやり取りを見守っていたテイワズが、テーブルに着くメンバーを見回す。
「さぁ、聞いたこともないですね」
「……わたしも無い」
俺ももちろん無く、首を横へ振る。
そして信じてもらえず、疑われてしまう。
「いつもバカにされてるアイツが、ロルの仕返しに手の込んだことをしたんじゃないの?」
「……それは無い。帰り道は一人だったし、昨日の反応を思い出しても不自然なところはなかった」
昨日のヤツとのやり取りを振り返っても、全然騙してるとか演技をしているようにはとても見えなかった。
すると隣から手が伸び、俺の手の甲に重ねられた。手の主を振り向くと、ヴェールの奥から見つめてくる。
「夢が本当だとしたら逃げれば良いんじゃない? 私は貴方となら構わない」
ヤツがパーティから居なくなったことが前提のヴィリの言葉。
「それも魅力的ではある。けれど俺たちのパーティが逃げるなんてあり得ない。この街には守らなくちゃいけない人たちもいるんだ」
高ランク冒険者のパーティだからと、街の全員を救いたいなんて博愛精神は持ち合わせていない。せめて今手のひらにある物だけでも守り、無くしたく無いだけだ。結果、街が救えるならそれで良い。
だから、そのためにもヤツをーーと言おうとする前に声が上がる。
「ヤツが抜けるの確定なら、次のクエストからフォーメーションを変えれば心配ないだろ?」
「アレナの言うとおりだ。ロル、そうしよう。準備期間があれば構わないよな?」
「待っーー」
アイツが抜けるのが確定の流れに、待ったをかけようとするがフィが続いてしまう。
「……皆が良いなら、わたしもそれで良い」
「ロル」
優しく名前を呼ばれ、僅かにヴィリの手に握られる。
「ごめん。まだ諦めたくは……急に集まってもらってすまなかった」
三人の表情を目にして言葉を切り、今日は一旦解散することにした。
昨日ヤツと話していた時の空気にも似た雰囲気に、これ以上感情で喋っても伝わらないと悟った。
「悩んでいたら相談に乗るし、困っていることがあれば呼び出してくれ。リーダーなんだ、遠慮は要らない」
召集をかけてしまったことを謝ると、テイワズがそう言って肩を叩き、ギルドを出て行った。
フィも一応犬笛を渡してくれて、吹けばザクロたちが反応するから駆けつけると言う。
「ああ」
差し出された小さな筒を力無く受け取る。
そしてアレナも言葉を残して去る。
「気にするなよ。夢なんかに左右されるなんて、ロルらしくないぞ」
「そう、だな……」
急に呼び出して、こんな話をしたことを気にしてない様子に安堵を覚える。
ヤツをパーティに引き留めときたいのに、アレナと拗れて抜けられては意味が無い。
最後まで残ったヴィリ。
「そんなに不安なら、ロルの見た予言の日まで何とか引き伸ばしたらどう? ああは言ったけど、私は最終的にロルが決めたことなら賛成するわ。もちろん、私と逃げる選択でも構わない」
どれにしろヴィリの言っていることは、ヤツがパーティから居なくなるのが前提の話だ。
「ロル? 一緒に帰る? もし寂しいなら泊まるけど」
周りを見渡すと、クエストから帰ってきた冒険者たちの姿で酒場は溢れていた。
もうそんな時間になっていたようだった。
このまま帰ってヴィリを抱くのも悪くないが、このままでは心が折れてしまう気がして、首を横へ振り返す。
「ありがと。でも、もうちょっとここで考えたいから。頼む」
白いその姿が去り、皆で引き留めるか、それとも誰かから良い解決案出ると思ったのだけど当てが外れた。
もうどうしたら良いのか分からず、酒を飲むでもなく喧騒を耳に、無駄に時間を過ごしてしまう。
こんなに悩むなんて子供の時以来だった。
冒険者になってからは、直感と勢いで上手くいっていた。
迷ったり悩んだりなんかとは無縁で、成功を重ねて自信しかなかった。
「お酒も飲まないでどうしたの?」
ギルドの閉まる時間まで酒場に居たら、業務を終えたアラサに声をかけられた。
「ちょっとな」
男のプライドもあり、思わず濁してしまう。
目を逸らした先には、男性のギルド職員が酒場で夜食を摂っていた。
隣に立ってこちらの様子を窺う制服姿の彼女。
業務を終えたからだろうか、前髪を留めていたピンが外され、赤髪が一束片目にかかっていた。
声は聞こえなくとも、受け付けカウンターから雰囲気は見えていただろう。
「何なに? 夜の予定もない日だから付き合おうか?」
顔に垂れるサラサラの髪と微笑を浮かべる唇、こちらを真っ直ぐ窺う瞳。
職員の制服シャツを押し上げる胸に、スカートから伸びる肉付きの良い脚、こんな時だというのに彼女の姿に欲情を覚える。
「家来る?」
首を傾げたことで赤髪が揺れ、アラサの双眸に吸い込まれそうになる。
断らずに誘われるまま、彼女の家にお邪魔し、流れでベッドに彼女を押し倒す。
見上げてくるアラサからは良い香りがして、メリハリのある体型と張りのある肌が晒される。
「ちょっと他の女の子の匂いがするなぁ。クエスト後の少し汗臭いロルも好きなんだけど」
俺の背中にアラサの細い腕が回され、胸板に顔を押し付けられた。
「今度はそうしようか」
お互いの同意があれば夜を共に出来る受付嬢なだけあり、経験豊富でテクニックが上手く、アラサに主導権を奪われると骨抜きになると冒険者の間では有名だった。
しかし、今日はヤツの問題でやさぐれていたこともあり、主導権を握らせないほど強くしてしまう。
「ガンガン攻められるなら、一般人より乱暴な冒険者に限、る! たまに激しいのが欲しくなるから、止められないっ!」
そう言ってアラサは軋むベッドのシーツを握った。
終わりの合図にキスをした事後、お互いシーツに包まれた状態で悩みを相談する。
「もう俺じゃどうして良いか分からない。だから、相談に乗ってもらえるか?」
そう切り出して、これまでの経緯をアラサに伝える。
彼女に表情を見られたくなくて、後から肩に腕を回し、優しく抱き締めた状態で打ち明けた。
「失敗続きで、もうどうしたらいいのか……」
運が悪いとは違うのだろうけれど、次の一手をどうしたらいいのか分からなかった。
するとアラサの指先が、抱き締める腕に触れる。
「話だけではダメ。冒険者を毎日見てると、いつも話し合いなんかじゃ解決してない。だから実際にやってみて、皆に分かってもらう必要があると思うわ」
ベッドに横たわったまま、彼女の意見に耳を傾ける。
「ロルの場合は、皆にヨークさんの重要さを実感してもらうことにあるの。なのでクエストにお試しの人を加えて、実際の戦闘をして比較させたらどうかしら? パーティにどれだけ必要か分かってもらうのが一番でしょ? 臨時の後衛依頼というていで、誰かを一度クエストに加えるの」
言われたことを頭の中で整理し、今は他に案も浮かばないので、アラサの提案を受け入れることに決めた。
「やってみるよ」
返事を聞いた彼女は身を捩り、胸板に頬を密着させて言う。
「じゃあ、明日、一緒にギルド行きましょう。ちょうど手の空いてる冒険者が居ないか、調べてあげる」
サラサラの赤髪に胸をくすぐられた。