08
キャラバンが目指す目的地の街へ到着し、護衛依頼はそこで一旦終了する。
たどり着くまで大きな戦闘はカーキスコーピオンくらいなもので、一度夜中に空を飛ぶ大きな影がと他の冒険者が騒いでいたが、ヨークが夜行性の動物が居たと見間違いを指摘したことで、特に何も問題ない旅だった。
パーティの目的は、この街に近い遺跡ダンジョンに挑むことだった。
数日間クエストや冒険をして帰る頃にも、逆にこの街から出発の依頼があれば受ける予定でいる。
たどり着いた街は自分たちが拠点にしている街よりも広く、人も沢山住んでいて、キャラバンの目的地だけあり賑わっていた。
「人スゴ、王都もこれくらいなのか?」
「はぁ? 王都はもっと人が密集してるに決まってるでしょ。ここは居住区の周りに農園とかがあるから、その分広いだけだ。出荷もしてるから、王都行きも一応あるぞ」
ぐるっと周りを眺めたテイワズの疑問に、この街に来ることに気乗りしていなかったアレナが答えた。
「ロル、とりあえず宿を取って休んでから、明日向かう形で良いんだよな?」
「そうだな。夕方も近いからな」
旅の疲れもあるので、ヨークの確認に頷く。
「じゃあ、俺は宿を取ったら情報集めにギルドに行ってくるから」
ヤツはそう口にし、皆で宿へ歩き出す。
すると隣にヴィリがやって来て、俺の腕に自身の腕を絡めてきた。
「なら、私たちは街を見て回らない?」
そう彼女にヴェールの奥から、上目遣いで誘われた。
ここは知り合いも居ない土地。
アラサたちが居ないため、独り占め出来るからか、彼女は機嫌が良さそうに見える。
「いいな。行こうか」
誘いに良い返事をすると、ぎゅっと腕を抱き締めて柔らかな胸が押し付けられた。
「なら、オレは武器や防具を見て回ろうかな」
「アタシは気が乗らないから、魔力の回復薬買い込んだら飯まで部屋に居るよ」
「……皆と探検行ってくる」
フィも街が珍しいのか、キョロキョロとして歩いていた。
「おい、明日遺跡ダンジョンに向かうなら情報集めが先だろ。旅行じゃないんだぞ」
旅行気分に思われたらしく、ヨークに小言を言われた。
あながち間違っていないのだけれど。
するとテイワズが意味不明なことを口に出した。
「木刀は買わないぞ」
「木刀? 何で今木刀の話になった?」
突然の木刀発言に眉をひそめるヨーク。
何の話なのか分からないが、真面目なことを口にするヤツに俺は言う。
「別にどこのダンジョンでもやることは一緒だろ? 情報集めも何もないだろ」
「だったら、わざわざキャラバンの護衛までして、遺跡ダンジョンに遠征しなくても良いだろ」
「いやいや、たまにはまだ入ったことのないダンジョンに潜って、気分転換したいだろ」
いつまでも口うるさい相手に、遺跡ダンジョンに挑むことにした、そもそもの理由を返した。
俺の言葉を聞いたヤツは、感情を抑えてるかのような低い声で問い返してくる。
「パーティを抜けて欲しくないって言った時の言葉、覚えているか?」
「覚えているさ、だが徐々にと言ったろ。言うは易く行うは難しだ」
以前テイワズが言っていた言葉を借りる。
「……はぁ」
諦めてくれたらしく、ヨークはため息一つで引き下がってくれた。
ヴィリと街を見て歩き、良さげなところで夕食を取り、一応この街のギルドへ足を運ぶ。
構造や規模は異なるものの、冒険者の集まる場所ということで、初めてなのに落ち着く雰囲気に包まれる。
すると併設の酒場で、四人が同じテーブルを囲んでいる姿が目に入った。
フィはいつも通り、使い魔と一緒に肉を食べている。
「皆固まってどうしたんだ?」
二人で歩み寄り声をかけると、まだ飲み物が減っていないヨークが顔を上げた。
「別にいつもの癖で集まっただけだ」
「アタシは他の野郎が声かけてきてナンパがメンドーだったから、男除けにこのテーブルに着いただけ」
そう言って料理を口に放り込むアレナ。
確かに街を散策している時にちょっと離れると、男がヴィリに話しかけていて追い払ってやった。
「オレはちょうど来た時に席がなかったから、コイツらが居たテーブルに相席しただけだな」
「……わたしも、似たような感じ」
そう話すテーブルに、彼女の分の椅子も引き寄せ、二人で加わりウェイトレスを呼ぶ。
とりあえず酒を二つと、名前も知らないツマミを二人分注文した。
すると今度はヨークが質問してきた。
「で、ロルたちはどうしてギルドに?」
「そうだぞ。てっきり、もっと雰囲気のあるレストランにでも行ってるのかと思ったが」
「ああ、その後どうせ二人でやることやるんだろうから、アタシは遅くに宿に戻ろうと思ってたんだけど?」
本当に調子が悪いのか、眉間にシワを刻みながらアレナが視線を向けてきた。
まあアレナが言ったようにしようとは思ってはいたけれど。
「正直そのつもりだったさ。けど、さっきのナンパの話もそうだが、やたらと教団への入信の声が目に入って、ちょっと慣れたギルドで休もうと思ってな」
目を転じれば、壁には女神を崇める教団の入信を勧める張り紙がしてある。
他にも街を歩いていると演説というか、布教活動らしき声も聞こえていた。
街並みや雰囲気は悪くないのに、気にしなければ良いのだろうが、いちいち宗教団体の情報が入ってきてムードも何もなくなってしまった。
やはりここもアレナが、不機嫌な顔で説明する。
「この街は主だった宗教が二つと、細々と一つの宗教があって。たぶん二人が目にしてきたのは、女神を祀るヤツだな」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、ほとんど減っていない料理のスプーンで、柱に貼られた入信募集の文句が書かれた紙を差した。
『女神様はいつでもあなたを見守っています』
『日々清く生き、女神様を信じていれば、奇跡も呼び寄せやすくなります』
『悩んでいる人は、女神様を崇めて祈り願えば、その強さにより助け、叶えてくれるでしょう』
等など。
見ると街の危機に勇者が現れたり、身近では受付嬢の願いを叶えた冒険者カードを生み出したのも、件の女神様だと書かれていた。
「教団が幅を効かせている街は他にもあるけど、ここは特段不快だわ。よりによってナンパに合わせて『どこかに入ってる?』とか、アタシを勧誘してくるなんて」
彼女は食べるわけでもなく、憎々しく料理にスプーンを突き刺した。
「そうね、ところで皆はどうなの?」
どうなのとは宗教の信者かどうかなのだろう。
聞き返さなくても、見ていればアレナが神なんて信じていないのは分かる。
むしろ倒してやろうとさえ思っているように感じた。
話を振られ、素直に答える。
「俺は一応。子供の頃に親に連れられて」
早くに冒険者になって家を出たので、余り宗教の知識やそこら辺は染みこんで居ない方だ。
両親もそこまで敬虔な信者でもなかったようだし、村にある唯一の教会だったから、周囲の流れでということもあるのだろう。
次にテイワズが続いた。
「しいて言うなら万物に神が宿る的な、八百万の環境だったから多神教か? 生活に溶け込んでるイメージだから、強く神様を意識する生活でもないし、だからといって無宗教というには……分からん」
「分からんのは聞かされてるアタシの方だ。お前は信心深くないから、むしろ無宗教で良いだろ」
食事の時、両手を合わせて祈りのような姿を目にするが、全然そんな風にも見えないので、アレナの言葉はあながち間違ってないのだろう。
するとフィとヨークが続いて答えた。
「……わたしは、今はもう入ってない」
「俺もだ」
ここで一旦街の教団についての話が終了する。
注文した飲み物が注がれた樽ジョッキとツマミが運ばれ、皿に乗った卵に目が留まった。
何をしたのか毒々しい青色の小さな四つの卵。
殻はすでに剥かれており、正直、食欲を減退させる見た目に一つ頷く。
「ヨーク、卵食べろよ。頼んだは良いけど、腹いっぱいで食べられないからさ」
「嘘つくな。完全に運ばれてきて決めたろ」
隠す気は無いけれど、瞬時に見抜かれてしまう。
「そんなことはないぞ。お前、青色好きだろ? 俺は酒だけで十分だからさ」
言って樽ジョッキを持ち上げる。
「誤魔化すな。注文したのはロルだろ、責任持って残さず食べろ」
「くっ……」
さすがに卵は卵なのだろうが、青い表面が躊躇させた。
更に腕を組んだヤツは、食べない理由を潰しにくる。
「最悪、ヴィリに治してもらえば問題ないだろ」
「それは食べ物が無い森で、毒草を食べながら治癒して空腹を凌げと言っているようなものだぞ」
「大袈裟な……仕方ない」
本当に仕方ないといった仕草で、ヨークは平皿から卵を一つ取った。
「一つ食べてやる」
嫌そうな顔をしながらも口を開け、卵を放り込んで咀嚼する。
俺はその表情をじっと見つめた。
「どうだ?」
「普通だな。ツマミ系だ」
毒味させたヤツは何でも無い風に言う。
確かに人が倒れる物を酒場で出すはずが無いのだが、恐る恐る手に取った。
「うん、塩気が強めでイケるな」
ゆで卵は少し固めで、味は塩気が効いた普通の味だった。
恐れていたことは何も無かった。
「気に入ったなら、私の一つあげる」
ヴィリはそう言って残っていた二つの内一つを摘まみ、皿に残った卵を差し出してきた。
「良いのか? ありがと」
すると信者の冒険者だろうか、話が漏れ聞こえてくる。
それを耳にしたアレナは、一旦区切りがついたはずの話題に反応を見せ、これまでいち悪い顔をした。
「英雄や勇者はもちろん、ちょっと悪い雰囲気の男にフラフラと惚れるあんなアホ女神が神聖な訳あるかよ。布教している内容だってデタラメ、信者が信じたいように信じて、そう思ってたいだけだろ。崇拝する価値も無いわ。俗物なアホ女神なんてさ」
いつにも増して淀みなく悪口を言うアレナに、テイワズがちょっと引いていた。
「信者になるのを拒否られでもしたのかよ」
「そんなの死んでもお断りだ!」
食事そっちのけで怒れる彼女に、ヨークが宥めにかかる。
「不満があるのは十分伝わった。そんな女神様の信者も周りに居るし、頼むから聞こえないように声を落としてくれ。野宿になったら奇襲まで警戒しなくちゃいけなくなるし、そうしたら遺跡ダンジョン攻略は冗談じゃなく保たない」
「は? そんなのロルとヴィリの苦情が来て、宿を追い出されるのと、さほど変わらないでしょ」
思わぬ飛び火にため息が出る。
「アレナ、私たちをなんだと思ってるのかな? 声を抑えるくらいするわ」
珍しくヴィリも気に障ったようで、ヴェールの奥から殺気を放っている。
アレナの機嫌の悪さも、やさぐれさも類を見なく、見境が無くなっているのか、危機感を覚えたのでヨークに視線を走らす。
「結界頼む」
気持ち遮音になるので指示を出すと、ヤツも危機感を覚えていたようで、無言でスクロールが取り出されて素早く結界が張られた。
微妙な空気になるのは男子のみで、ケンカの始まりそうな二人以外、フィは相変わらず使い魔のザクロたちと食事を続けていた。
遺跡ダンジョンの前に立つ。
手前及び周囲は経年により、街だった形跡も無く、ただの砂礫の広がる平野だった。
ダンジョンも岩山を掘って作った遺跡にしか見えない。
入り口の両脇には支柱を模した彫刻が並び、まるで岩山全体が神殿かのような装いだった。
「古くからあったけどモンスターが住み着き、ダンジョンになってしまったそうだ」
情報を集めたヨークが説明を口にし、今日はバトルアックスが武器のテイワズが見上げる。
岩山はほぼ垂直に切り立っており、街から見えた姿は川の流れる平野に突然山が生えたように見えた。
「これ、頂上に続いているって話だよな? 外から登っても攻略行けるんじゃないか?」
確かに切り立っていても、完全に登れない訳では無いし、ところどころ上の方には傾斜もあったはずだ。
「それが、この見た目だろ。外側は飛翔出来るモンスターの住処と、虫モンスターの縄張りがあるらしい。それでも登るか? 隠れる場所も無い岩肌を」
「聞くな」
テイワズはヨークの説明に諦めたように返事し、こちらを向いた。
「だが、ロル一人ならどうだ? バフをかけてリジルで加速したらワンチャンないか?」
その問いに肩をすくめて返す。
「てっぺんまで行って終わりだ。宝箱なんかあるか怪しいし、そんなの冒険でも何でもないだろ」
「違いない」
バカな質問をしたとばかりに、テイワズも肩をすくめて返した。
「一応女神様を祀っていた遺跡なんだよな?」
昨日から今日にかけ、信者の演説や張り紙などから得た知識で誰ともなしに問う。
「そこがダンジョン化ってどうなのかしら? しかも討伐のため遺跡の中で戦闘もするんでしょ? 教団の人は怒らないの?」
いつものヴェールに白い服装のヴィリも、疑問に思っていたのだろう。
ちなみに昨日アレナと別れた後、しっかり慰めておいたので彼女の機嫌は直っている。
「そんなん流行り廃りで放っておいてる間に、手か付けられないほど野良モンスターが住み着いちゃったんだろ」
イラ立たしげに答えたのはアレナで、ヨークの方を見るとあながち間違ってないのか、ヤツから訂正や補足が入らなかった。
改めて見ると変わらず胸当てとスカート、お腹の露出する装備で、手には魔法使いとは思えない突起が飛び出した杖を握っている。
「……」
フィもダンジョン内でも短弓にダガー、ターゲットシールドと、いつもの装備で準備バッチリだった。
洞窟などに向かうときに、周囲を照らす魔道具を用意するヤツの手元に何もないのを見て、疑問に感じて尋ねる。
「灯りは?」
「それが、中は昼間みたいに明るいそうだ。灯りが必要ないくらいに」
「必要ない? 光る魔石か魔力供給の松明でも付いてるのか?」
更に聞き返すと、イラ立たしげにアレナが答えた。
「仕組みは分からないが、またお優しい女神様が信者のために明るく保っているんだよ」
冒険者カードと同じ理屈らしく、存在するだけで彼女の機嫌が急降下する。
そして先頭に立って足を踏み出し、後に続くパーティメンバーに向けて言う。
「じゃあ、行こうか」
遺跡ダンジョン内は主に小型モンスターが現れ、時折壁の隙間からスライムが滲み出ては、アレナの魔法とヨークのスクロールで討伐していく。
そして進む毎に増えてきたのは、ダンジョン内で命を落とし、身に着けていた装備に魂が憑依したメイルモンスターだ。
生前ほどの機敏さも知能もないけれど、魂の宿る鎧の過半数を破壊しないと倒せないため、厄介なモンスターでもある。
今もテイワズが挑発で引き寄せたメイルモンスターの武器を砕き、左拳で兜を叩き割り、フィの使い魔の一匹が篭手を噛み砕き消滅させた。
俺とヨークは挑発でテイワズに群がる後からロングソードと、バスタードソードで地道に切り刻む。
アレナは遺跡内だからか火の魔法は使わず、魔力弾で撃ち抜いて討伐している。
「そこまで強くないのに地味に面倒いな。ワラワラ出てきて」
「そうだな。だが、それだけ冒険者が訪れているって話だよな」
装備品の鎧を前にして腕を肩から切り落とし、反撃に振り下ろされたソードを半身になって避け、その勢いで身体を捻り、ボロボロになって柔い胴をソードを振り下ろした腕もろとも横薙ぎにする。
テイワズも斧を横へ振り抜き、メイルモンスターの兜を飛ばし、もう一振りで続けて胴体を真っ二つに斬り裂く。
倒れた衝撃で砕けたり外れたりし、メイルモンスターは動きを止めた。
「この単調さで油断したか、数に体力が対応出来ず、襲われたんだろう」
ザクロたち使い魔は、一体ずつ皆で飛びかかり、押し倒して引き千切り討伐していた。
「俺たちより、スムーズに見えるな」
そこでヨークが難しい顔で言う。
「これだと、やり過ごせるのは相手にせず進んだ方が良さげだな」
キャラバンでは護衛対象が居るので出来たが、冒険やクエストで出来るのかと、特攻を我慢出来るのかとヨークは俺とテイワズにアレナを見やる。
それに気付かないフリをする。
「遺跡はダメだな。広めの洞窟くらい通路が大きければ、もっと大きく動いて気分が良いんだけど。いっそ、アレナにモンスターを吹っ飛ばしてもらったりな」
誤魔化すように半分冗談で口にした。
それが出来ないのも理解しているし、地道に通路を抜けて階層を上がるしかない。
いつもなら攻撃を流したり躱してからの、心臓を突くか首を撥ねることで体力を温存するのだけど、メイルモンスターだけは叩き斬るように半分以上を破壊しなければならないのが手間だった。
するといきなり慣れた気配を感じ、それと同時に全身に警告が走る。
ほぼ反射でその原因に勢いよく振り向き叫ぶ。
「まっ! アレナ! 何やってーー!?」
全て言い切る前に、目の前で信じたくない現象が起こる。
「ボルテックス・キャノン!」
魔力の渦が生まれ、前方に向けて撃ち出された。
けたたましい轟音と空気の流れが荒れ狂う。
腕を顔の前に掲げ、目の前の出来事に息を呑む。
狭い空間で強力な魔法を放つという暴挙に出た彼女の一撃は壁を破壊し、天井や床、両サイドの石壁を引き剥がしながら前へ飛んでいく。
いつものバースト・ボルテックスに比べれば、規模は小さいけれど、威力は十分にあり遺跡を破壊する。
合間にモンスターやスライムが呑み込まれていき、しばらくして魔法は消失したが、静かになった遺跡ダンジョンで破壊する幻聴が鼓膜に残った。
「お前何するんだよ! オレたちを生き埋めにする気か!」
声を上げたテイワズは、もっともな怒り露わにした。
そのアレナは消費した魔力を取り戻すように、魔力の回復薬を飲み干して答えた。
「だから真上に撃たなかったんだから、そんなわけないくらいわかりなさいよ。それにバースト・ボルテックスより威力を落として、杖の前方に撃ち出す新しい魔法なんだから」
「別に説明が聞きたいんじゃなくて、使う前に相談して欲しいんだけど」
魔法盾をかざし、ヴィリを守ったヨークが注意する。
すると彼女がこちらを杖の先で差す。
「ロルが言ったんじゃないか。アタシに吹っ飛ばして欲しいって」
確かに言ったけれど、矛先をこっちに向けないで欲しい。
それは冗談交じりであり、あの新魔法を見せられた後で杖を向けるなと言いたかった。
「とにかく、真っ直ぐ進めるようになった訳だし、行こう」
崩れた壁の先を顎で示し、一番前をアレナが歩き出した。
こういう時、普通に前衛で戦えると勝手に進んでしまうのが難点だ。
しかも今の破壊で残りのモンスターも、どこかへ引っ込んだのか出て来ない。
瓦礫の中を進むアレナは背中越しに分かるほど、鼻歌でも始めそうなくらい機嫌が良さそうだった。
「前から練習はしてたんだよね」
そうニヤリと笑ったアレナ。
破壊した終わりまで来ると、止める間もなく再び詠唱が始まってしまう。
「破壊し、進む道を示せーーボルテックス・キャノン!」
杖先への魔力の集束から、渦の塊となり砲弾のように撃ち出される。
もう制止を諦めたパーティメンバーは、身を低くして荒れ狂う魔力の流れと、飛んでくる瓦礫から身を守った。
そうして型破りにも、遺跡ダンジョンをボルテックス・キャノンで破壊して進む。
躊躇なく破壊するアレナは、遺跡ダンジョンを進みながら機嫌良く言った。
「正直、この街に来るのは気が進まなかったけど、いつか嫌がらせしてやろうと思ってたから気持ちいいな」
破顔して回復薬をどんどん飲み、ガンガン壁を壊して突き進む。
ダンジョン探索というよりは、段々掘削作業に見えてきた。
これだけ強力な魔法を撃っていると、驚いたモンスターが飛び出すこともなく、メイルモンスターも欠片で足元に転がる。
するとさすがに心配になったのか、ボルテックス・キャノンで作った進路を歩きながら、ヨークが惨状を踏みしめて呟いた。
「良いのか? 遺跡ダンジョンになったとはいえ、女神を祀る場所だったんだろ? 言わば聖地みたいな物を容赦なく破壊して、信者に怒られたり弁償を請求されたりしないだろうな」
そんなパーティメンバーの言葉に、彼女は鼻で笑う。
「弁償? 要求なんてさせるかよ。いつまでもぶっ壊さないせいでモンスターが住み着くし、遺跡ダンジョンで命を落とした冒険者の魂が装備に宿って、メイルモンスターになり動き出すような場所だぞ? モンスターが溢れないように討伐して調節してるみたいじゃん? なんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ」
回復薬で魔力を補充していると言っても、魔法を連発している限り疲れるはずなのだが、見るからにここいち機嫌が良く歌でも歌いそうだった。
そうこうしていると、広めの空間に出る。
何の部屋かは分からないが、本当の入り口が正面に見えた。
踏み入れた側面の壁には、一面勇者や英雄がモチーフと見られるレリーフが掘られていた。
「集会用か?」
モンスターの居ない空間、そこそこの広さと高さ、女神を祀る場所ということで考えついたものを言葉にした。
「アレナの暴挙のおかげで、しばらくダンジョンモンスターも出て来なさそうだし、ここで少し休憩しようか?」
同様に周囲を警戒して一回り確認したヤツが提案する。
「オレらは何もしてないけどな」
テイワズが漏らしたように、最初の戦闘から全くと言っていいほど討伐していない。
「?」
カツカツと聞こえて、音の出所を追う。
音はアレナがレリーフを杖で小突いていた物で、その行動に不安しか覚えない。
「おい、アレナ?」
同じように感じ取ったのか、ヨークが振り向きながら見上げる。
伸ばした杖の先、レリーフの胸板を見上げる。
彼女はじっと見つめ、魔法を使う兆候を見せた。
「テイワズ! アレナを止めるぞ!」
ヨークもスクロールを取り出すが、躊躇もない詠唱の方が遥かに早かった。
バースト・ボルテックスでもボルテックス・キャノンでもなく、普通の攻撃魔法を放った。
ただし多数の魔力弾が、ほぼレリーフ全体に撃ち込まれた。
表面が欠片を散らして抉れる中、英雄のレリーフの胸板が砕け、ガラガラと板状の破片が床に散らばる。
そしてまたしても破壊した場所に、ポッカリと空間が顔を見せた。
「何かあるのか?」
上方を見上げて疑問を口にすると、脇を黒い影が走り抜け、壁を蹴って真っ先にハティだかスコルだかガルムなのか、上って中を覗いた。
ひと鳴きし、お座りをしてフィを振り向く。
「……奥、続いてるみたい」
「隠し通路か」
呟いて入り口を見上げるが、空いた位置が位置で、高い天井までの中間よりにあるため、自身の目では確認出来ない。
「下がって」
見つけた隠し通路前に集まった俺たちに、ヨークが言った。
その手にはスクロールが握られ、ヤツ自身も数メートル下がる。
「ここら辺で良いか」
一人頷くとスクロールを開き、アースニードルを小規模に起こし、床を隆起させて入り口までのスロープを作った。
「何かあって引き返して来た時、踏み外して落ちないためだ」
ヨークは遺跡ダンジョン攻略後の帰りのことも考えていた。
「知ってたの?」
「いや、あるだろうなとは思ったけど、余りにも上裸のレリーフがキモかったから普通に壊したかったんだよね。だから」
撃ったーーと、ヴィリの質問にアレナは答えた。
答えて誰よりも早く、土魔法で作られたスロープに足をかけ、隠し通路の入り口に立ち振り返る。
「ほら、行くよ」
また先を行こうとするアレナ。
全員で顔を見合わせ、彼女の後に続く。
正直、隠し通路はテンションが上がる。
しかし、人ひとり通るのがやっとの、すれ違いは難しい広さだった。
最初は平行、その後は軽く傾斜の効いた上りになる。
「ねぇ、フィ。あの子帰って来ないけど大丈夫?」
ヴィリが先行して駆けて行った使い魔を心配する。
「……何かあれば吠えるか戻って来る」
使い魔とパスが繋がっているのか何なのか、心配要らないと答えた。
しかし、こんなに広い物なのか真っ直ぐ続く道に、ヴィリが心配するのも分かる。
「……それより」
「何? 疲れた?」
「……うんん、大丈夫。何でも無いから……ごめん」
ここに入る前のレリーフの間では、全然いつも通りだったけれど、急に体調が悪くなったように見える。
本人は大丈夫というが、話し声も聞こえてしまうくらい狭い通路のせいで、何となく気にかかってしまう。
「どうせ女神様の超常的な神業なんじゃないの?」
「無限ストレート的な?」
疑問に対してのアレナの皮肉にテイワズが被せる。
通路の先を、彼女の頭越しに目を眇めるが、現時点で終わりも使い魔も見えない。
長い長い隠し通路を抜けると、岩山の中とは思えない広い空間に出た。
太い柱が見上げるほど高く、周囲には何体もの武装した大理石の像が並び、さっきのレリーフの間とは比べ物にならない広さをしていた。
空気は聖堂そのものだけれど、どこを見渡しても祭壇は無く、立ち並ぶ白い石像が博物館を思わせる。
「よくもまあこんなに集めて」
そう呟いたアレナは、大理石の像の顔を見ながら歩く。
モンスターの気配も感じないので、徐々に皆離れて探索を始める。
ヴィリと並んで石像を眺めて進むと、見たことは無いのに、親しみというか既視にも似た感じを覚える大理石像を発見した。
そこで遺跡ダンジョンに到着してから、何かと解説役を務めている、離れた位置のアレナに尋ねる。
「もしかして子供の頃に聞かされた英雄譚の? かつてモンスターが国に溢れた時、一振りで迫り来る千のモンスターを倒し、二振り目で群を真っ二つにしてモンスターに恐怖を与え、三振り目で国を救ったっていう英雄ルメギダイン?」
「ル、ルメ……何だって? あぁ、英雄譚がどうか知らないけど、多分そう」
こちらの熱量とは逆に、全く興味ないといった反応で答えが返ってきた。
それでも石像が目に入ると、小さな頃に憧れた物語に心が踊ってしまう。
「じゃあ、あっちは弓でドラゴンの王を倒したリ・ヤーウェ? ドラゴンの王に矢を放って、矢が切れたら素手で戦いに応じ、やられそうになったところで、星を一周してきた矢がドラゴン王の心臓を貫いたっていう?」
「ドラゴンに素手で? バカなのかそいつ。まぁ、そうだと思うぞ」
弓に矢筒、左腕にアーマー状の篭手を着けており、左利きだったのが知れる。
横に並ぶヴィリが口元に笑みを浮かべた。
「ロル、子供みたいでかわいい」
けれどそんなことなど気にならないほど、次に目に入った禍々しいプレートアーマーに釘付けになる。
「だとしたら、あれは暗黒騎士と言われながら、世界の危機に脚の一本になるまで戦ったといわれるカオスオブカオス?」
「あー」
「数々の戦争で生き残ってしまって絶望しながらも、亡くなった人たちが守ろうとした世界を救おうと、大剣イータエンドを振るったあのカオスオブカオス?」
「そうそう、うん。多分。女神様が気に入ったんだろ」
聞こえていたのだろう、テイワズが石像を見て言った。
「ロル、かっこいいなそれ!」
「だろ! はぁ、俺も今より強くなって、なりたいなこんな風に」
また一つ別の大理石の像に移りながら、目標を口にすると、アレナが呆れたように言う。
「ロル、勇者であれ英雄であれ、なったらこれの仲間入りだぞ」
「ダメなのか? 石像は勇者や英雄と呼ばれるほど強くなった証だろ?」
何がいけないのか理解出来ないので問い返すと、案の定分かってないといったため息を吐かれた。
「確かにコイツらは歴代の勇者、英雄と呼ばれた者の大理石の像だ。中には世界的では無いものの、技術に長けたり女神に気に入られた者も石像になっている」
「俺は女神様に気に入られないと?」
「いや、逆にロルは有望だろうさ。けど、コイツらは女神の、そのコレクションの一部であり、遺跡の守護者だ。こんな物ーー!」
いきなりアレナは杖で石像を殴り、バランスを崩した石像は床に倒れ、大きな音と共に砕けた。
床にカラカラと小さな欠片が転がり、悲しそうに、でも苦しげに今破壊した大理石の像を見下ろす。
「魂が残り続けられるのは……どれくらいまでだと思う? 少なくともロルが好きな英雄たちの魂は、残っていない」
すると周りの空気が変わり、冒険者としての勘が警告する。
「ロル、像が」
ヴィリが囁き、視線を転じると、身に着けている装備が白から金色に変化していく。
危機感を覚えて何が起こっているのか、説明を求めて名を呼ぶ。
「アレナ!」
「言ったでしょ。コレクションの一部であり、遺跡の守護者だって」
なら、これから石像たちと戦闘になるのかとヴィリを庇いながら、ヤツに声をかけるため振り向く。
すると。
「フィ、大丈夫か?」
膝をつくヨークの隣に、床に座り込むフィの姿。
彼女を連れて駆け寄り、ヴィリに目配せする。
「フィ、多少気分が良くなるから今キュアをかけるね」
ヴィリは両膝をつき、俯くパーティメンバーに手をかざす。
しかし、体調が悪そうなフィは手で制してきた。
「……大丈夫。大丈夫だから」
「でも、そんな調子悪そうなのに」
「ヴィリシラ」
拒否していても治癒魔法を使用しようとした彼女をヨークが止めた。
「フィ、とりあえず水を飲んで」
ヤツは水の入った筒を差し出し、俺の方を向く。
「俺が二人を守るから頼めるか?」
「もちろんだ。三人でサクッと片付けてやるさ」
段々と守護者となっていく中で、大理石の像からは不思議な感覚が伝わってくる。
「……ザクロたちは無理、だけど。わたしは問題無い……」
立ち上がりダガーを抜くフィ。
覇気は元からないけれど、見るからに戦えそうに見えない。
ヴィリも彼女の身体を抱いて止める。
「ダメ、全然大丈夫じゃないわ」
その様子を見ていたヨークが提案する。
「ならフィは弓矢で援護、ヴィリの隣を離れない。そして早くここを出るため、俺は周辺の敵を倒すから、ロルたちで離れた位置の敵全部を相手にする」
どうかと眼差しで確認を求めてくるヨーク。
ヤツの件以来、パーティメンバーを思う考えが変わり、フィを優先に即決する。
「それで行こう」
ロングソード、バスタードソード、弓をそれぞれ抜き、今さらだが思いつくことがあり、アレナを頼る。
「アレナ! エリアサンクチュアリで浄化出来ないか?」
「無理よ」
考える素振りさえ見せず、一つでも多く破壊するため、まだ石像状態の像を叩き壊す。
「何でだ? 物に魂が宿った、言わばアンデッドと同じことだろ?」
なぜ無理と答えたのか、重ねて問い返した。
「さっき魂が残り続けられるのはどれくらいかって話したでしょ? ここにあるのは魂ではなく、その人物の技術や行動だけ定着させただけの代物。言わばゴーレム、アタシのスキルは無意味だ」
言葉の理由を聞き、臨戦態勢を取るテイワズに声をかけた。
「仕方ない。テイワズ! 聞こえてたな? 三人で全部叩き潰すぞ」
「おう!」
バトルアックスを先制攻撃とばかりに、正面の大理石の像を破壊する。
俺もヴィリたちから離れるついでに、台座から降りる前の石像を叩き斬り駆け出す。
アレナは広範囲、ランダムに魔力弾を打ち込み、砕いて数を減らしていた。
見るからに冒険者でない吟遊詩人や武器を持ってない類の石像は、攻撃を避けることも出来ずに散っていく。
なので自ずと英雄、勇者レベルが残り、時間が経つ毎に手強く、戦闘が激しくなる。
「まさか、憧れていた英雄と戦えるなんて!」
矢を同時に三本放ってくるリ・ヤーウェの石像。
リジルで矢を躱し、一気に接近しようとするも、後に跳ばれてロングソードが空振りに終わる。
しかし、その着地先へ向けて、アースニードルが他の像を弾き飛ばしながら迫り、リ・ヤーウェを捉えて白い石塊に返す。
「ヨーク助かった!」
「お礼良いから、二人ともアレナを!」
ヤツの指示に顔を向けると、アレナにカオスオブカオスが着実に迫っていた。
彼女が近づけまいと魔法を撃ち出すも、石像は大剣イータエンドで弾いたり、盾にして凌いだりして進行が止まらない。
目の前まで肉薄されたら、単純に杖を振り回すだけのアレナでは太刀打ち出来ない。
更にテイワズを見ると、遠距離の魔法攻撃に晒され、柱の裏に身を隠したところだった。
「俺が行く!」
加速で彼女までの間に居る石像は無視し、跳躍してロングソードを振り下ろし、カオスオブカオスに斬りかかる。
剣撃は容易く受け止められてしまったが、英雄の石像だと思えば想定内だった。
だから、一度防がれたくらいで諦める気は無く、すかさず横に薙いで攻撃する。
それでも容易く防がれてしまうが、アレナに向かって攻撃の手は止めずに叫ぶ。
「アレナ! テイワズを狙ってる魔法使いの像を吹き飛ばしてくれ!」
「分かった!」
大理石の像は敵意などは感じ取れないらしく、ただ目の前の俺にだけ攻撃を加えてくる。
反撃されないように打ち込んでいるはずなのに、力負けして弾かれたり、いなされた一瞬にイータエンドが振り抜かれ、紙一重で躱すことを繰り返す。
「英雄だろうが勇者だろうが、敵は全て渦によって砕け散れーー」
彼女の詠唱が聞こえる。
カオスオブカオスとの斬り結びは、集中が切れたり間合いを間違えば確実に死ぬことが伝わってくる。
「!?」
相手を回り込みながらロングソードを打ち込む瞬間、アレナの横合いに二刀流の石像が迫る姿が視界に入った。
俺はカオスオブカオスの相手、テイワズは柱から柱に移りながら魔法の攻撃を凌いでいる。
なので助けも出来ずに襲われてしまうと思った一瞬、矢が二刀流の石像を捉えた。
その矢は刺さり更に追って雷撃が直撃し、アレナを襲おうとした石像が砕けた。
「ボルテックス・キャノン!」
撃ち出された魔力は石像を巻き込みながら進み、やはり敵意を感知出来ないのか、回避行動をしない魔法使いの像に命中する。
先に取り込まれた像とぶつかり、渦の中で砕け合って、ボルテックス・キャノンはその先の柱を破壊した。
「ロル! 次はそいつを吹き飛ばしてあげる」
アレナの声がかかるが、気が抜けないカオスオブカオスと対峙しながら、何とか叫び返す。
「それは難しいな! 離れる隙が無い!」
離れようとしても大きく押せないし、常に相手は間合いに入ってきて、イータエンドを繰り出されるので、容易に離脱出来そうにない。
「じゃあ、オレの出番だな!」
そう叫んでカオスオブカオス石像の背後に姿を現すテイワズ。
彼のバトルアックスが、肩口からイータエンドを待つ腕を砕いた。
するとカオスオブカオスのバランスが崩れ、当然攻撃の手も止まる。
「テイワズ!」
けれどそれも一瞬で、崩れた勢いで上体が倒され、片脚を軸に円を描く蹴りが繰り出された。
大きく仰け反って回避すると、前髪の先に蹴りが足が擦る。
「がぁっ?!」
直後蹴りがテイワズの胴を捉え、一回転して身体を起こした石像の残った腕に、イータエンドが握られていた。
「くそっ!」
とにかくテイワズへの追撃はさせまいと、渾身の力でロングソードを振るう。
カオスオブカオスは半身になり、イータエンドで受け止め、無駄に力の入った斬撃の軌道を逸らす。
前方に体重を乗せていたため、ロングソードの勢いに引っ張られ、前のめりに地面に転がってしまう。
「っーー!」
反射でバランスを取り、片膝をついて身体をカオスオブカオスの方に捻って、身体の前にロングソードを構えた。
直後、予想通り振り下ろされたイータエンドの衝撃が、柄を伝って負荷が肩にかかる。
「ロル!」
ヴィリの叫びが耳に入り、続けて背中側から雄叫びが上がった。
睨んで振り仰ぐ目に、回転しながら飛んできたバトルアックスが、カオスオブカオスの首を撥ねる瞬間が映る。
今度は後に傾いだ石像に、遅れてもう一本のバトルアックスが縦回転しながら迫り、イータエンドを握る腕をもぎ取った。
カオスオブカオスは数歩後退ったが、伝え聞いている生前同様、まだ踏み止まり立っていた。
きっと行動と思考通りなら、禍々しいプレートアーマーを装備した敵は、まだ向かって来るはずだ。
なので、素早く身体を起こしてロングソードを両手で構え、力を込めて振り下ろす。
ロングソードは首と両腕のない石像を縦に真っ二つにした。
そこまでしてやっと倒れた石像は、起き上がってくることなく床に転がった。
「テイワズ」
振り向くと他の石像を殴り、左の義手で胴を殴って破壊ーー貫通させたところだった。
やけに大振りな剣撃をヨークの魔法盾で受け、反撃に一閃してその腕を斬り落とす。
続けて胴体を斬りつけ、ぐらついたところを踏み込み、速さを生かして残りの腕と首を撥ね飛ばす。
最後に身体を捻り蹴り倒した。
倒れた反動と衝撃で大理石の像はバラバラに砕け、その破片と手にしていた武器を見下ろす。
「ルメギダインなのか? リ・ヤーウェとカオスオブカオスに比べると弱すぎるんだが」
今撃破した敵を前に疑問を呟いた。
「一振りモンスターを倒し、二振り目で……三振り目で……何だっけ? まぁ、そんな力をここで振るったら大惨事だから抑えられてたんじゃない? それとも所詮ニセモノはホンモノに力が及ばないニセモノだったってことでしょ」
うろ覚えのアレナが、弱いと感じた仮説を口にした。
「あとはただの言い伝えで、本当はそんな強くなかったとか。話通りなら、本物は魔剣だったのかもしれないし」
魔剣の能力だったとしたら、身体さばきとか剣術が熟達してなくても、十分にモンスターを圧倒出来たとしても疑問は無い。
隣で杖を両手で握り、それを頭上に持って行き、アレナが身体を伸ばす。
「あー、疲れたけどスッキリしたー。全部ぶっ壊してやったぜ。ざまあみろ」
見回すと他に大理石の像の姿は無いため、ヴィリたちの元に二人で戻る。
「お疲れさま。英雄たちに勝てたのね」
ヴィリがそう労う言葉と共に迎えてくれる。
「まあな。アレが連携を取らないから倒せたが、一対一はさすがにやられていたと思うぞ」
「かもな。偽物は本物に劣ると言っても、かなりこっちも回復薬やスクロールを消費した」
ヨークがもう持ち物も無いと言う。
「フィは、良くならないか」
ヴィリに支えられて、ようやく立っているようにも見えた。
「宝とかの捜索は諦めて戻るか」
遺跡ダンジョンの傾向的に、これ以上奥があるようには思えないが、祭壇も何もない空間では探す手がかりがないのは困ってしまう。
アレナも当初の機嫌の悪さもなくなり、暴れて満足したみたいで同意する。
「十分暴れたしな。帰って風呂入りに行こう。フィも風呂に浸かれば、マシになるだろ」
良い夢見れそうーーと、こちらを笑顔で見る意地の悪さの余裕を見せる。
オルゴールの件は終わったことなので、あえて皆には話してないので偶然だろう。
それよりも今漠然と、何となく既視感に似た引っかかりを覚える。
軽く眉を寄せてヨークを見やると、ヤツも同じなのか難しい顔をしていた。
「ロル、悪いが嫌な予感がする」
「奇遇だな、俺もだ」
頷き返すと、耳をつんざく苦悶の叫びが、広い空間を震わせた。
「あがあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!」
パーティメンバー全員が叫び声に振り向く。
「テイワズ!?」
バラバラに砕けた大理石の像の中、金色に輝くプレートアーマーに篭手、身体を強ばらせて絶叫していた。
何が起こっているのか息を呑んでいると、苦しんでいるようにも聞こえた声がピタリと止む。
そしてもう一度、離れた場所に立つ彼に声をかける。
「テイワズ、大丈夫か?」
心配して恐る恐る問いかけるが、逆に浮かれた声が返ってきた。
「凄いぞ、ロル! 着けただけで、何か力が湧いてくるのが分かる!」
楽しそうな言葉と共に振り返ったテイワズは、弓を構えて三本の矢をつがえて引き絞る。
俺は素早くロングソードの柄に手を伸ばし、テイワズは途端に楽しげだった表情を変化させ、力を込めるような声を漏らす。
「んーっ、やめっ! ろ!」
何をしているのか察しはつくが、譫言を言ってる間に矢が放たれた。
「フッ」
軽く息を吐きながら、ロングソードを一閃、矢をまとめて二本斬り落とす。
残り一本はとっさに隣に並んだヨークが、魔法盾で防いだ。
「すまん! 体が勝手に!」
その言葉に、構えた盾を下ろしたヤツが、確信と呆れを含んで呟く。
「大人しいと思ったら、またこのパターンか」
テイワズが動き、大剣イータエンドを振るう。
応じて誰よりも前に踏み出し、ロングソードを振り下ろして受け止める。
いつもの訓練であれば、テイワズは力押しで来るのだが、禍々しい形状の鎧に操られているため、ふと力を抜き大剣を引き、蹴りを繰り出してきた。
「がはっ……!」
ヨークの強化魔法がかかった直後、蹴りが叩き込まれ、身体の中心に衝撃がかかる。
相手がテイワズだからか、油断して反応が遅れた。
蹴りの入った腹部に手を当て、軽く下がったところでヤツの魔法盾が、追撃をかけようとしたテイワズに飛んでいく。
普段であれば叩き落とすかするのだけれど、またしても回転して飛んでいくる盾を大剣で弾いた。
「くっ!?」
まるで元からそうであるかのように盾が誘導され、俺に向かって返される。
反射的に身体を引きつつ捻り、何とか盾の直撃を避けた。
するとアレナは心の底呆れて、怒りを露わにする。
「バカ!『勝手に』操られているんじゃなかったら、迷い無くぶっ殺してるわ! 何でまた鑑定もせずに装備するんだよ!」
「いや、デザインがかっこいい上に黄金の装備アイテムだったら、誰だって着たくなるだろ?」
テイワズは謝れば良いものを、素直に答えて彼女の怒りを煽る。
「またそれ!? 学習しない、救えない、そんなバカって本当にいるんだな! やっぱ、生まれ変わるためにいっぺん死ね!」
アレナは魔力弾をテイワズ目がけて複数撃ち出す。
今回ばかりは昔憧れていた英雄の装備なので、俺も気持ちが分かってしまい口を挟めない。
鎧に操られてるテイワズは、後方に飛んで魔力弾を避けながら、弓に持ち替えて一度に矢を三本つがえて放つ。
矢は的確に彼女の攻撃を捉え、対消滅を生んで消えていく。
「そもそも使えねーけど解呪の神聖魔法なんて効かないから、そのふざけた装備を剥がすかぶっ壊すぞ! 皆手加減は要らないからな! こんなところ消滅させる気で行くぞ」
杖を掲げたアレナは、早速バースト・ボルテックスを放つつもりらしく、魔力の集約を始めていた。
すると初めて耳にする涼やかな声がこの空間に響く。
「呪いのアイテムみたいに言わないでくれる。女神が授けし神聖な装備品なのよ」
光の中から成人女性が現れ、操られてるテイワズが動きを止める。
輝く長い髪にハッキリとした目鼻立ち、肩を出す白い服から覗く手脚は長く、背にした後輪が小さくなり消えていく。
誰が見ても美女と口にするだろう容姿。
「女神……様なの?」
後方に居るヴィリが呟いた。
確かに遺跡ダンジョンに突如現れることが出来るのも、本人から伝わってくる気配からも、そうとしか思えなかった。
けれど、アレナは相手が突然現れたにも関わらず、不満を隠そうともせず怒りをぶつける。
「装備者の身体を操る時点で呪いのアイテムだ。くそババア!」
バースト・ボルテックスを途中で止めた杖先を向け、これまで見た中で一番殺気立っていた。
「魂使ってなくても、これは死者への冒涜じゃないの? やってること悪魔だろ」
「そうかしら? 強く美しい物を取っておきたいと思うのは当然でしょ? まして好きな人なら尚更、形だけでも残したいと思うのは当たり前じゃないかしら?」
「さすが、長生きのババアは感覚が違う」
上位存在を前にして全くかしこまらず、むしろ愚弄している感さえあるアレナに、ヴィリが不安げに止める。
「さすがに女神様にその発言は良くないんじゃない?」
昔から神々の逆鱗に触れると、国一つ滅ぶとも言われており、ヴィリの杞憂はもっともだった。
「あ? 問題ないだろ。あれ、アタシの母親だから」
「「「「は……?」」」」
「……」
皆、言葉の意味を探り、言葉をなくす。
「別に隠すことでもないけど、あえて言うことでもないから言わなかった。改めて言うとアタシは女神と人間のハーフで、神職でもないのに少し神聖魔法が使えるのもそのせい」
彼女はそこで一旦言葉を切って続けた。
「アタシを父親ーー夫に任せて、コイツは次の男に乗り換えたアホ女神なの」
そう言い放った内容に、ヨークが何とも言えない顔で感想を口にする。
「その発言事態問題を生んでるんだが」
すると再び喋り始め、女神が頬に手を当てる。
「そんな風に思ってたの? 別に乗り換えた訳じゃないじゃない。何年かに一度は帰ったじゃないの」
「父親でない別の男に送らせて現れるとか、子供の成長に悪影響を与えるとか思わなかったわけ?」
「彼は貴方をちゃんと育てられると信じてたもの。現にちゃんと大丈夫だったじゃない」
そう子供に対して言う女神の呑気な態度に、目を瞑り何かをじっと耐えるアレナ。
「あぁ、もう辞め。コイツと喋ってると、脳の血管が千切れそうになる」
米神を押さえて震え、パーティメンバーに向けて言う。
「早いとこ呪物を引き剥がして出よう」
彼女の発言にヨークが問い返す。
「引き剥がするってどうやって? いつものモンスター相手のような討伐であれば作戦は立てられるけど」
「テイワズを見捨てない方向で頼む」
一応、パーティメンバーは失いたくないので釘を刺す。
「それも悪くないけど、アタシに良い方法がある」
「……」
俺の言葉を了解してくれたのか不明だった。
それを聞いて、装備に身体を乗っ取られたテイワズが声を上げる。
「不穏にしか思えないんだが、絶対にオレを救えよ!」
「そうしてやるからバカは黙ってて! ロル、コイツと作戦練りたいから、少しの間あのバカの遊び相手お願い」
怒鳴り返した彼女の目力の強い視線と合う。
「頼まれた」
短く返事をし、ヨークの強化魔法がかかったのを合図に、テイワズ目がけて床を踏み切る。
カオスオブカオスの技術が記憶されているなら、先の戦闘で剣術では敵わないのは証明されてしまっていた。
「だったら、速度で戦うまでだ!」
雰囲気にそぐわない優しい笑みを口元に浮かべ、ふわりと女神が後に下がり、テイワズが一歩前に出てイータエンドを縦に構える。
そのまま正面からぶつかる直前で、相手の左側に進路を変え、過ぎ去り際にロングソードを振るって斬り付ける。
そしてすぐに方向転換し、テイワズが振り返って正面を向ける前に、再び斬撃を放っては距離を取って走り続け、次の攻撃に繋げるため円を描いて駆ける。
斬撃は防具があるので、有効打にはほど遠いけれど、二人の話し合いが終わるまで時間を稼ぐのが今の目的だ。
今回ばかりはカオスオブカオスが相手みたいなもので、いつもの一人でも勝ちに行くことはしない。ちゃんと力量はわきまえているし、仲間を頼る戦い方しか勝ち目はないのは明らかだ。
アレナたちへ行かせない距離を保ちつつ、相手の気を引きつけながら攻撃を繰り出し、単調にならないよう合間に跳躍し、一足飛びに距離を詰めてロングソードを振り下ろす。
けれど義手の左腕が突き出され、攻撃で応じられて防がれた。
ガッとロングソードの刃と鋼鉄の握り込んだ拳がぶつかり、鈍い音を立てる。
「ああっ! スタンピードで直したばかりなのに!」
「あ、ごめん。でも、もう戦闘で傷ついてたろ?」
今日まで普通にモンスターを討伐しているので、美術品のように傷一つないということは無いはずなので、嘆くほどでもない気がする。
拳に押し返されて弾き飛ばされ、床に踵をついて減速、完全に着地したらまた一定の距離を維持しながら回り込む。
「そうだが、あの時斬り落とされたトラウマが!」
テイワズの答えに、構わず次の攻撃に出る。
これまでと同じ、振り抜いて相手の間合いから離脱ーーで行こうと、ロングソードを構えて死角から仕掛けた。
しかし。
『挑発!』
テイワズは発音していないけれど、スキルが発動されたのを身体で感じた。
「くっ?!」
浅く相手の身体を捉えるのではなく、本格的に攻撃を入れる軌道に身体が勝手に修正する。
例え死角から攻めても、カオスオブカオスには読まれていたようで、イータエンドが振り抜かれ、身を乗り出して突き出したロングソードを上方に弾かれてしまう。
「逃げろ! ロル!」
テイワズの叫びと同時に、首に義手の手がかかり、そのままうつ伏せに地面へ押し付けられた。
「がはっ?!」
衝撃と肺から空気が抜け、鈍い痛みが走り、視界がほぼ地面に埋め尽くされる。
「ロルー!」
ヴィリの叫びが聞こえ、限界まで首を捻る。
目に飛び込んで来たのは、自分に向けられた逆手に振り上げられたイータエンドの切っ先。
「ロル、すまない!」
テイワズが首だけ見下ろし、泣きそうな顔で謝罪を口にした。
「おい、勝手に殺すな!」
言い返しつつ空いた左手を動かすと、突然イータエンドの切っ先が外れ、頭上で二度振るわれた。
その剣撃で矢が斬り落とされ、意識が逸れたタイミングで、左手に掴んだスクロールを開く。
「フィ! ナイス!」
叫ぶと同時にスクロールから、至近距離で火球が撃ち出された。
タイムラグ無く着弾、爆発にも似た火の粉が散る。
首を押さえていた鋼鉄の義手が外れ、素早く身を起こしてテイワズから距離を取る。
とりあえずヴィリたちの近くまで下がった。
すると両側にアレナとヨークが並ぶ。
「お待たせ」
「遅い! 危うく串刺しにされて丸焼きになるかもしれなかったんだぞ!」
魔法盾を渡してくるヤツに文句を返す。
次にヴィリの回復魔法がかけられ、身体が僅かに軽くなった。
肩越しに目を合わせ、彼女に頷く。
「ありがと」
「ロル、もうちょっとだから頑張って」
ヴィリの応援する声を背に、ロングソードを構えて両脇を窺う。
「で、作戦は?」
「バッチリさ。テイワズにはお仕置きを受けてもらわないといけないからな」
「ロルは引き続きテイワズの相手を。俺も加わって、アレナの魔法を確実に撃ち込む」
装備しているのはカオスオブカオスの物、二度同じ戦法が通用するか定かでない。
俺の問いにヨークが説明し、作戦を聞いて問い返す。
「それっていつも通りだよな? 作戦会議は必要だったのか?」
「もちろん。その作戦が有効か議論してた」
完全には納得していないが、ここはテイワズを助けるのと、仲間を信頼することにした。
炎となった中から、イータエンドが振られ、火の粉となって霧散する。
「第二開戦、開始だ!」