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01

 また難易度の高いクエストに成功し、パーティメンバーと酒場でアイツーーヨークを役立たずと、本人を前にバカにし、愚痴りながら飲んだ帰り。

 解散して一人いい気分で歩いていた。

 すると夜も更けた道で、地面に布一枚敷いて商品を広げ、フードを目深にかぶった人影が視界に入る。

 街は道に設置された魔道具により真っ暗ではないものの、この人の気配が乏しい夜更けに誰が買うというのか、歩いてきた道を振り返っても前を向いても歩いている人影は無く、自分くらいしか居ない。

 だから余計に気になり、多少瞼に重みを覚えるが、広げられた商品の前に屈み込む。

「こんな夜中に店を出して売れるのか?」

 胸の内で売れないに決まっていると決めつつ、アイツをバカにする時みたいに鼻で笑うように尋ねた。

 しかし、フードを目深に被った人影は返事をせず、じっとこっちに視線だけ寄こして見つめ返してくる。

 明らかに怪しい。

 反応がないことに気味の悪さを感じ、唾を飲み、並べられた商品に目を逸らす。

「人気が無いんだ。気をつけないといくらガラクタだけでも、商品を盗まれるか金を取られるかするぞ」

 最悪、変な輩に命を無駄に奪われるかもしれない。

 皿やペン、布やロウソク、ブーツを眺めながら親切心で忠告してやる。

 それでも反応しない店主に意識を向けつつ、装飾された小さな小箱に目が止まった。

 拾い上げると男の手の中に収まるほど小さな物で、指をかけるとギッと音を立てフタが開く。

「オルゴールか?」

 横になる筒状のシリンダーから針が飛び出し、その針が金属板に切れ目のある櫛歯を弾く仕組みから、小箱の正体を呟いた。

 けれどオルゴールから音が聞こえることはなく、それでも何故かこう言っていた。

「これを貰おうか」

 ……気づくと手のひらに小箱のオルゴールを乗せ、借りている部屋のベッドに腰をかけていた。

 王都にも名が知られ始めたパーティであり、顔も良いので女を連れ込む時のために、普段暮らす部屋とは別に部屋を借りていた。

 いつもより酔っていたので、自然と近いこの部屋に足が向いたのだろう。

『眠るときに未来を垣間見られるオルゴール《ムニンスクルド》』

 そう購入した際に言われた言葉が、不思議と耳に残っていた。

 身体から装備していたアーマーを外し、ベッドサイドにオルゴールを置いてフタを開く。

「やはり聞こえないが?」

 機構が駆動して動いているようすではあったが、音は聞こえなかった。

 重い瞼で目を細めたが、お酒の入った身体は限界を迎え、装備を外して軽くなったこともあり、横になるとすぐに眠りに落ちてしまう。

「ん……?」

 意識を失う瞬間、オルゴールから音が幽かに聞こえた気がした。

 けれど、それを確認する気力も湧かず、すうっと意識が薄れた。


 ーー夢はクエスト成功後、いつも通り酒場で皆と騒ぐ流れでアイツをバカにし、他のメンバーが役立たずは要らないと言い出す。

 その言葉に便乗して俺もアイツは必要ないと声を上げると、アイツが立ち上がって脱退すると言い放ち、それを誰も止めなかった。

 まるで今日の出来事のような気がしたけれど、些細な差異があった。

 疑問があったが意思とは関係なく、そのまま場面が切り代わって話が進む。

 何となく現実でも脱退に反対しない、そんな気がしていたので、夢の中でアイツがパーティを抜けることに驚きは無かった。

 そこからクエストやダンジョン内で、アイツが居ないことで問題が発生した。

 それが段々目立つようになり、メンバーにはストレスと軋轢が生まれ始め、欠員したヤツの穴を埋めるために募集をかける。

 けれど代わりを入れても上手くいかず、そしてモンスターの群の中、メンバーが次々にやられる散々な未来を見せられた。

「はっ?! はあぁぁ……」

 気づくとベッドの上で、横向きの室内が目に映る。

 寝返りを打って天井を仰ぐ。

 妙な説得力と胸騒ぎで、目が覚めた時はすでに全身汗だくだった。

 まさに夢落ちで良かったと実感する内容に小さく安堵する。

 そうすると急に汗が冷えて、妙な気持ち悪さと寒気を覚えた。

 腕で目元を覆った脳裏には『眠るとき未来を垣間見るオルゴール』と言われた言葉が浮かんだ。

「本当に未来の……? いやいや、そんなことあるか?」

 考えると恐ろしく、言葉が継げずに唖然としてしまう。

 夢の最後は地面がすぐ側で、大きな影が街の防壁へ向かう場面だった。

 はっとしてオルゴールを見るが、置いてあった場所には修復不可能な姿を晒す、かつてオルゴールだった残骸が……まるで役目を終えたかのように。

 一目で修復不可能と理解してしまうくらいの有様で、この惨状が未来を見せるほどの力を発揮したと、逆に現象の説得性を高めているように思えた。

「マジか……」

 夢のように曖昧な部分がありながらも、鮮明に心に迫るものもあった。

「夢……の中で、森で異変なのか、何か起こっているらしい噂を耳にしてたか?」

 必死に頭を働かせる。

 ただの妄想と現実をごっちゃにしてはバカにされてしまう。

 このまま人に喋るには危うすぎる。

 まずは冷静になって確認することから始めた。

「あの緊急クエスト、スタンピードまでには時間がある。ギルドに行って、アラサに聞いてみるか」

 大雑把に予定を立て、外に出て水場で顔を洗う。

「痛ーーっ、結構寝たみたいだが響くな」

 戦闘時の負傷の方がよほど痛いが、二日酔いの頭痛を癒してくれるヒーラーは居ない。

 目を細めながら見上げた空には、太陽がすでに登りきっていた。

 部屋に戻り髪に櫛を通し、着衣の乱れを直して、装備を着ける。

 二日酔いでも、寝坊でも、女性に会いに行くのに身だしなみは整えてから出るのがルールだ。


 人通りを抜けてギルドに到着。

 朝一でクエストに行き、帰って来たのか、これからなのか建物に入るとちらほらと冒険者の姿があった。

 一番の賑わいは夜だけれど、食事時は大抵人が多い。そんな昼食時もピークを過ぎたようだった。

 午後のゆったりとした空気がどことなく漂う中を、カウンターが横へ並ぶ受付に歩み寄る。

「おはよう。アラサ」

「もうこんにちはですよ。ロル」

 挨拶に対して笑みを浮かべたのは、ギルドの受付嬢のアラサだ。

 彼女は前髪をヘアアクセで留めて額を出し、長い赤髪を後でまとめている。

 整った顔立ちに落ち着いた口調、聞き取りやすい発音で、きっちりと制服を着こなしている。

 冒険者への対応も手際が良く、人気の受付嬢の一人に名を連ねていた。

 しかし、何度も夜を共にして知っている身としては、制服に身を包んでいて胸が苦しくないのか、時たま心配になる。

 そんな視線を感じ取られたみたいで、彼女が声を落として囁くように手を合わす。

「ごめんなさい。今日は他の人の予約が入っていて相手が出来ないの」

 眉をハの字にして見つめてくる。

 謝罪した唇は瑞々しく囁く吐息に、昼の時間帯には相応しくない妖艶さが潜んでいた。

「済まない、そっちじゃない」

 謝罪に対して首を振る。

 それは希望するギルド職員だけ、冒険者の夜の相手をする業務がある。

 もちろん、お互いに同意していなければ予約は不可能だ。

 そのシステムは主に街の秩序維持のための措置であり、冒険者が力ずくで街の住民を襲わないための対策だ。

 日頃モンスターと戦うだけに、中には暴力でどうにかなると思ってしまう冒険者がおり、希望する職員が夜の仕事も担っていた。

 モンスターから街を守るには冒険者は必要不可欠であり、住民との軋轢を生まないための対策だ。

 もちろん、住民が使用する風俗も街に存在はする。

「最近森の異変とか、聞いてないか?」

「異変? 森の?」

 言葉を繰り返すアラサに、無言で頷き返す。

「異変ってどんなことかしら? モンスターが出ないとか逆に多く出るとか? それとも街道に野盗が住み着いているとか?」

「あー、いや、異変と言えば異変だ」

 質問が重ねられ、異変が何なのか具体的に知らないことに思い至る。

 夢だから曖昧という以前に、興味の無い話や噂の類は記憶しない性格が災いした。

 覚えているのは森と異変だけで、詳しく何が起きていたかは知らなかった。

 だから言葉不足だった答えに、アラサは困り顔を浮かべる。

 経験豊富で最高だと言う声も聞く彼女の、夜の顔でも見ない表情に困ってしまう。

「とりあえず、現時点で普段と違う何か……の報告なら無いわよ。森に関しても何も聞いて無いし、薬草類もこの時期的な採取量は例年通りよ」

 何もない? ならアレはただの夢?

 だけれど夢というだけでは、胸に感じたあの妙な説得力は説明がつかない。

 だから未来、予知夢の類だと思っていた。

 それともこれから何かしらの異変が起こり、スタンピードへと繋がるのだろうか?

 こんなに心配してしまうのも、あの魔道具で間違いないオルゴールのせいだ。

 でなければただのオルゴールが、こんなに気持ちを動揺させるほどの作用があるはずがない。

 これから起こると考えるのが正当だろうか。

「スタンピードとかは?」

「何か知ってるの? スタンピードが起こる前兆とか?」

 不安から思わず零れた問いに、アラサは訝しげな顔をして見つめてくる。

「いや、そう言う訳じゃないけど……」

 未来を見せる魔道具なんて聞いたこと無いので、口に出して良いのか僅かに抵抗がある。

 二日酔いが残っているので、親しい人に夢だと言われでもしたら、そうかもと思ってしまいそうで恐ろしい。

 スタンピードと言えば大事なので、予兆も確証もない今では躊躇があるし、話しても夢と思われて終わってしまう。それに夢で見ただけの情報では、不用意に周囲を不安にさせるだけだ。

「ロル、貴方の方が変よ。昨日だいぶ飲んでたみたいだけど覚えてる?」

 要領を得ない会話で心配させてしまったようで、彼女に問われた。

 二日酔いするほどなのだから当然だろう。

「ああ、ちゃんと昨日のことは覚えてるさ」



 ーー音や声が反響する洞窟内。

『突っ込むぞ! 強化魔法! 頼む!』

『物理強化だ! こっちもデカ物を叩く!』

 ほぼ同時に俺と重騎士のテイワズが、支援魔法を求めてヨークに叫んだ。

 ヒーラー役のヴィリの護衛を担当するヤツは、自身が構えていた魔法の盾をモンスターの群に向けて投げ、デカ物のモンスターを目の前にしたテイワズからバフをかけた。

『おい! こっちが先だろうが!』

 文句を飛ばしつつ、俺は足を止めずにモンスターの群に斬り込む。

『リジル!』

 ヤツが放り投げた盾が何体かの首を跳ね、その飛来する盾を俺は掴み取る。

『くそっ!』

 盾をかざして攻撃を防ぎながら、ロングソードでモンスターを手当たり次第斬り捨てる。

 スキルを使い高速で、急所を狙い振るう。

 それでも押さえきれない分は、ヨークが動き回りモンスターの気を引いていた。

 攻撃は装備のバスタードソードとスクロールで、一人ランクが下のアイツは、ヒーラーのヴィリの護衛を任せている。

 こうして駆け回るはめになっているのは、優先的にバフを俺にかけなかったからだ。

 撃ち漏らさなければ、後衛になんてモンスターを行かせない。

 起動重視のレザーアーマーで戦う茶髪の下には焦りが覗いている。

『ロル!』

 ヤツがモンスターを斬り倒した僅かな瞬間、物理強化のバフが俺にかけられた。

 しかし、その隙を突いてアイツの防衛をモンスターがすり抜ける。

『ちょっと! 私を守りなさい!』

 守りがなくなり迫ったモンスターを障壁を張り、凌ぐヒーラーのヴィリが叫く。

 アイツより先に召喚士のフィの使い魔がヴィリの前に一匹駆けつけた。

 それでも犬型の使い魔が抑えるが、襲ってくるモンスターの数に対して足らない。

『ヨーク!』

 回復系のアイテムを所持しているが、やはりヒーラーを失うのはパーティにとって痛い。

『分かってる!』

 ヤツは呼びかけに叫び返し、素早く踵を返した。

 魔法の盾をガントレットを着けた腕に構築したヨークは、バスタードソードで障壁に近づくモンスターを排除、ヴィリの前に盾を掲げて滑り込む。

『『遅い!』』

 俺とヴィリの二人からのクレームが飛び、続けて別方向からイラ立った声が響く。

『もう全部なぎ払える数になったから行くよ!』

 それは治癒魔法を苦手とする魔法使いーーアレナの声で、洞窟内の地面よりも高い岩の上に立っていた。

 掲げる杖はモーニングスターと見紛うほど突起が飛び出し、事実その魔法の杖でモンスターを撲殺して戦う。

 胸を張るアレナは好戦的な性格をしており、それを表すように面積の小さな胸当てにスカート、お腹を出して格闘の際の熱を逃がすかのような格好に、蹴られたら痛そうな頑丈なブーツを装備している。

 ちなみにおまけ程度に、少しだけ神聖魔法が一つ使えた。

 勝ち気な目元をしたアレナは、モンスターの群を見据える。

 戦闘が出来るほど広いと言っても、所詮は洞窟型のダンジョン。

 周囲に被害の出るほど強力な魔法は、崩落の危険もあって使うべきでは無い。

 けれど、このパーティではそれくらい日常茶飯事。心配無用だった。

 彼女の宣言を耳にしたアイツが即座に反応し、すぐにモンスターを閉じ込めるようにスクロールの結界を発動させる。

 パーティメンバーは慣れたもので、結界が張られる前に素早く範囲外へ離脱。

 漏れたモンスターが居ないか視線を移すと、同じように結界の外に退避したテイワズとフィとその使い魔の姿のみだった。

 スクロールを複数取り出し、ヤツは即二枚目も展開する。

 アレナはそれを見てこれから起こすことを予見し、魔力を練りながら笑みを深める。

『千切れ潰れて肉塊となせ! バースト・ボルテックス!!』

 アレナの朗々とした声が洞窟内に反響し、杖が向く先の結界内に突如魔力の塊が現れる。

 更に張った結界内に莫大な魔力の塊が複数生まれ、渦を巻いて膨張して派手に炸裂した。

 可視化されるほどの濃い魔力の破裂に、結界内のモンスターは蹂躙され、その威力と衝撃に一枚目が耐えきれずに破れる。

 そうしたら即三枚目、二枚目が消滅したら、四枚目と連続してヤツは結界を発動させた。

 ヴィリも障壁の応用で、結界の抑えに助力する。

 数分の後、魔力による蹂躙が収束し、相手にしていたモンスターを滅ぼす。

 残骸の散らばる地面を見やり、ヨークに話の矛先を向ける。

『支援魔法が遅すぎる。俺だったからあの数のモンスターを捌けたから良いものの』

 おかげでスキル発動前の口上も出来なかった。

 効率厨の冒険者は発動に影響は与えないと口にしないが、声に出すことにより自分自身に準備と、気持ちが高揚するので俺には重要だった。

『そうだぞ。戦闘中のんびり周りを把握出来るのはお前だけなんだ。手際よくかけてくれていたら、あんな魔物は一刀両断して、ヴィリたちの護衛に回れたんだ。そんな顔するな。要領が良ければ、自分の役割を軽くなっていたんだ』

 両手に柄の短いバトルアックスを握るテイワズが、不満を隠そうともしないヨークを諭す。

 挑発スキルで敵を引き寄せてはいたが、数が数だったので全部は引きつけておけなかった。

 テイワズは重戦士なだけあり、パーティの中で一番体格が良い。それに短髪の黒髪で、左の肘から先が鉄の義手、強さこそを主としている。

『そうよ。何で皆の回復や状態異常を任せられてる無防備な私を守らないの』

 テイワズに続き、ヴィリもヤツに苦情を入れる。

 ヒーラーのヴィリはもちろん後衛で、銀髪に白い肌、戦闘に向かないヒラヒラの服を着て、装飾品は花冠に見えるヘアアクセサリーに両手首にはめられた腕輪。

 何よりも表情を隠すあのヴェールが目を引く。

 あとは胸や尻も理想的な肉付きで、抱き心地はアラサたちの中で一番だった。

 夜は蕩けるようで、目鼻立ちも整っていて美しさという点において文句のつけようが無い。

 だからと言って国を傾けられるかと言えば難しい。

 先ほども述べたように、顔立ちが整いすぎてそれは美術品のようで、ヴェールを取られると途端に性的興奮が鎮まってしまう。

 萎えるのではないが、欲情が貴い物を見るような心地にさせられるため、ヴィリには情事の時もヴェールを着けさせていた。

 それにちらりと覗く表情の方が、よほど欲情して抱き締めて離したくなくなる。

 すると、ヴィリの軽装備でよく言うと、言いたげな顔でアイツがため息を吐くのが聞こえた。

『ヴィリシラ』

 彼女の名前を略さず呼び、ヤツは言葉を継ぐ。

『ヒーラー役だからって、攻撃系のスクロールくらい準備しとけ。とっさの時でも発動するんだから』

『自分の仕事を押し付けないでくれる。自衛ならしてるじゃない』

 そう反論してヴィリは両手首にはめられた腕輪を打ち鳴らす。

 リィイィィィンーーーーーーーーーー

 洞窟にモンスターが嫌う涼やかな音色を奏でた。

『それは弱いモンスターにしか効かない。現にさっきだって役に立って無かったろ。自衛のためだ』

 一つ炎のスクロールを取り出し、腕を伸ばしてヴィリに渡す様子に横から口を入れさせてもらう。

『ヨークお前の役割は何だ? 仲間にスクロールを押し付けて楽をすることか? 攻撃魔法や威力向上も使えず、物理耐性強化と魔法耐性強化、身体力向上しか使えないんだろ』

『だがっ! スクロールで補っーー』

 ヤツの発言を手で制し、皆に向けて言う。

『しかもバフはいつもタイミングが合っていないのに、今日は遅くてより悪かった』

『それは毎回ロルが真っ先に突っ込んで行くからで! スキル発動だって今回はいつもある前口上を言って無かったじゃないか。バフをかけるタイミングなんて掴めるはずーー』

『愚痴はそこまでだ』

 感情的になるヤツを無視し、洞窟の奥へ身体を回す。

『愚痴って……ロルっ!』

『止めよう。言い争ってないで、早く目的を果たして戻らないか?』

『……』

『さっきの火力でボスもろともアレナが吹っ飛ばしたから、後は宝箱からアイテム回収して街に帰るぞ』

 何か言いたそうなアイツを横目に、パーティの先頭を切って進む。

 ちなみに話していた間、アレナは『自分は前衛だから悪くない』といった顔で、フィは自分には関係無いといった雰囲気で使い魔を撫でていた。

 周囲を防壁に囲まれた街に戻り、ギルドの受け付けに報告を済ませ、併設された酒場の円形テーブルに腰を下ろす。

『しっかし、討伐したモンスターが冒険者カードに記録されるのは助かったな。切り取ったゴブリンの耳とか大型モンスターの角とか、グロいの持ち帰らないと報告しても認められないとかだったら、メンタルキツかったぞ』

 さっそく手を軽く上げ、ウェイトレスを呼ぶテイワズが漏らした。

『いつの時代だよ。俺らの祖父ちゃんよりもずっと昔の話だぞ。モンスターの一部を持ち帰るなんて』

 とりあえず酒を頼み、テイワズの言葉に苦笑いを向ける。

『そうね。テイワズは長命なエルフなのかしら? そうは見えないけど』

 ヴェールの向こうから軽い口調で尋ね、黒髪と尖っていない耳に目をやるヴィリ。

『オレは人間さ。ここではエルフは絶滅危惧種なんだろ?』

 長命故に子を作らず、減っていった結果だ。

 皆それぞれ食べ物と飲み物、片腕のターゲットシールドと腰の短弓を外したフィだけ、使い魔分と一緒に大量の肉を注文する。

 相変わらず小柄な身体のどこに入るのか、パーティに加えて長いフィだけれど謎だった。

 俺的には胸と尻に肉が足らないが、子供体系というわけでもなく、身体は丸みを帯びていて女性ではある。血色が良い方でないのもあるが、アレナと同じでタイプでないから抱きたいとは思わない。

 フィは自分からは話さない。

 けれど意思疎通は人並みに取れるし、女性陣とも馴染めているようなのでパーティメンバーとして心配はしていなかった。

 すると投げやり気味に、アレナが冒険者カードについて口を開いた。

『どこぞやの心優しい女神が、気紛れに哀れな受付嬢の願いを叶えたんだと』

『私もその話は聞いたことあるわ』

 アレナの言葉にヴィリが頷く。

『毎日モンスターの切り取られた部位を見せられ、嫌になった受付嬢が切実に祈りを捧げ続けたら、女神様が討伐モンスターをカードに記録されるようにしてくれたとかいう話よ』

『どういう理屈でそんなことになってるのか分からないのがまたムカつく』

 そう不愉快げに言って、アレナは表情を歪める。

 話を聞いたテイワズは冒険者カードを取り出し、改めて物珍しげに梁が組まれる天井に掲げた。

『そうなのか。便利だし魔道具の一種かと思ってたが、冒険者カードは神器なのか』

 彼の感想に、またもアレナは顔を険しくする。

『神器とかやめろよ、気持ち悪い』

 ギルドに冒険者登録をしないとカードはもらえないし、冒険者カードが無ければ、クエストでモンスターを討伐しても報酬は得られない。

 無くても討伐は出来るし、生活はしていけるが、どうせモンスターを倒すなら報酬はあった方が良いに決まっている。

『……アレナ、大丈夫。カードが神器だったら、アンデッドモンスターに投げつければ倒せる。けど、冒険者カードでは倒せない』

『アンデッドに負けて倒された冒険者の話も聞くしな』

 珍しく会話に入ってきたフィに、確かにと口にしてヤツが腕を組む。

『そうだな。ありがとう』

 フィの指摘にアレナは僅かに表情を和らげた。

 その話の流れで、俺は隣に座るヴィリに話しかける。

『ヴィリ、魔道具の家系なんだろ? 何か攻撃魔法を使えないコイツの為になりそうなのは無いのか?』

 自分から一番遠い椅子に座る茶髪のヤツを見やる。

 視線を辿り、察した彼女は小さく首を振った。

『無いわ。そもそもとっくの昔に魔道具作りは廃業してるから。残念だけど』

『付ける薬は無しか』

 また何かヤツが言いたそうにしたが、料理を丸トレイに乗せたウェイトレスのウチカがやって来た。

『ロル、お待たせっ!』

 両手いっぱいに注文した物を持ってきた彼女は、起用に一度テーブルに置き、それぞれに振り分けていく。

 各人の飲み物や食べ物の好物まで把握しているので、季節物などは始まるとウチカから注文を聞いてくる。

『お肉はフィちゃんね』

 山盛りのプレートをフィの前に置く。

 ウチカは普段から明るい性格で、声を聞くと元気を分けてもらえる。

 彼女はところどころ男勝りだけれど、体つきは出るところは出ていて、気兼ねない雰囲気で人気のウェイトレスでもあった。

 襟付きシャツに、胸を押し上げるハイウエストのスカート、膝丈から伸びる足元は編み上げブーツで、一つの三つ編みにした頭にはスカーフを巻いている。

 そして身を屈めて物を配る時、耳元に揺れる物を見つけた。

『似合ってる』

 配膳で近くに来たときに囁くと、相手も言葉の差す意味を理解して微笑む。

『ありがとうございます』

『嬉しいよ』

 そう俺が返すと歯を覗かせて笑み、揺れる耳飾りに触れる。

『いいえ、この前付き合ってもらったのに』

 そうして耳元にウチカの顔が寄せられた。

『《コレ》までプレゼントしてもらって。あたしこそ、ありがと』

 今度たくさんお礼するからーーと、艶のある囁きを残して離れた。

 ヴェールに隠された視線を感じたが、ヴィリ的には他に女を作っても構わないと言われている。



 ーーそう、ハッキリ記憶している。

 酔うまでは……酔ってからは現実感と夢見心地が入り交じっており、ベッドに倒れてからも境界線が判然としない。

「まだアルコールが残っているんじゃない? 大丈夫? 向こうで酔い覚めに効くのでも飲んで行ったら?」

 カウンターの向こうから、アラサが心配して上目遣いに見つめてくる。

「うん……ちょっと二日酔いが強いから、帰って寝るよ」

 米神に指を当て、ギルドに併設された酒場には寄らず出入り口に足を向ける。

「お大事にね!」

 背中に声をかけられ、強がりで片手を上げて答える。

 酒場のウチカと一瞬目が合い、軽く手を振り返す。

 まだ何も起きていないし、確信も無いのに夢の中で見ている夢なら気が楽なのにと、心に残る引っかかりだけで疲労してしまう。

 けれどアラサと話してみて考え直す。

 自分は予言者でも占い師でも無いと。

「そうだな。夢はただの夢だ。そう簡単に未来を知れることなんてないさ」

 口にしてみると感じていたよりもずっと何てこと無く、心が軽くなり花屋のイロハに会いに行こうと思えるようになった。

 イロハは柔らかな雰囲気の健気な子で、くせっ毛のボブに包まれた顔は花のような表情を浮かべてくれる。胸はアラサやヴィリに比べて無いけれど、元気が欲しい時に会いたくなる女の子だ。

 一昨日は鍛冶屋のチリと寝たので、今日はイロハに癒されるのも良いだろう。

 そんなことを回復しつつあるメンタルで出口に差しかかると、早めに街に帰って来たと思われるパーティとすれ違った。

「今日はやけにモンスター多かったな」

 男の弓使いの言葉に俺は足を止め、振り向かずに聞き耳を立てる。

「護衛で出た時に少なかった分が出て来たんだろ」

「でもでも商人のオジサンは、街道にこんなに出るのは珍しいって怖がってたじゃん」

 女子の声が言うことに独りつばを飲む。

「そんなの天候により、毎年作物の収穫量が違うようなものでしょう」

「けどよ。普段道からそれて入らないと居ないモンスターが飛び出してきたろ」

「そんなの珍しいだけであって、全く遭遇しない訳じゃない。街の区画みたく、ここから先はこのモンスターは出ません! なんて線引きは通用しませんよね?」

「まぁ、言われてみれば、ダンジョンで弱いモンスターの中に下の階のモンスターが紛れてたことはあったけど」

「それと同じじゃないですか? 起きていないことを心配しても仕方ないですよ。次似たようなことがあれば警戒して、そのようなことが起こっているとギルドに報告すれば良いのですから」

 遠ざかる会話を背中越しに聞き、オルゴールの夢で見たスタンピードの前兆なのか、それとも男性が言っている自然的な不規則性で、気に留める必要の無い事象なのか判断がつかない。

 判断がつかないが、予知夢をオルゴールで見てしまった身にとっては、前兆としか思えなかった。

 もう胸騒ぎが止まらなくなり、気づくと俺は魔道具で見た夢を回避するため動き出していた。

「スタンピードが起こらなくたって、ヤツが必要なのは確かなんだ。今からでもアイツがパーティを抜けないように約束させないと!」

 ギルドを出て街を進む歩みは、居ても経ってもいられない焦りから酷く遅く感じ、前に身体を倒しながらの早歩きももどかしい。

 そのため人目があるのに、胸の内が声になって独り言が出てしまう。

「クソっ! アイツはどこにいるんだ!」

 街を歩けど歩けど一向にヤツと遭遇しないので、徐々に焦燥感がイラ立ちに変わり、気づかず怒るように肩で風を切っていた。

 しかもパーティで冒険やクエストを請ける以外、ヨークが何をしているのか知らない。

 焦りからか口の中が乾き、気持ち悪かった。

「ヴィリ!」

 一度足を止めて辺りを見回していたら、見知った顔というかヴェール姿があり、名前を呼んで駆け寄る。

「ロル……? またどこかの女の子のところに行くのかしら?」

「いや、今はアイツを探してる」

 ヴィリのその言葉は、普段であればそれなりに後ろめたく思ったことだろう。しかし、今はヤツを探していて気が回らない。

 そして彼女は疑問を口にする。

「ヨークなら私も見てないわ」

「そうか……」

 名前を出さなくても、俺がアイツと言うのは一人しか差さないからか、ヴィリはヨークを知らないと答えた。

 それからもアイツを探し回って知り合いや、花屋の前を通った時にイロハに声をかける。

「イロハちゃん」

「あ、ロルさん! こんにちは。お花ですか? この前買ってもらったのは、毎日お水を替えてもらえればまだ保つと思うんですけど?」

 エプロン姿のくせっ毛が揺れ、首を傾げられた彼女に焦る。

「ああ、いや、イロハちゃん選んでもらったのは元気だよ」

 いつもは柔らかな雰囲気のイロハだけれど、花のことになると人が変わる。

 切り花に関しては枯れるのが前提なので、少し手を抜いてダメにしてしまった時は、かわいらしい怒り方で『次は長く楽しんで下さい』と叱って来る。

 けれど植木鉢に植えられた花などを枯らしてしまうと『育て方のアドバイスをしましたよね?』と正座させられた上に散々怒られる羽目になる。

 だから、もう切り花しか購入しないのだが、今はそれどころじゃなかった。

「パーティメンバーのヨークを探しててね。お店の前を通ったりしなかったかな?」

 ヤツについて尋ねると、イロハは腕を組んで考え込む。

「茶髪の方ですよね? ちょっとトロそうな雰囲気の。ロルさんが面倒を見てる」

「あ、ああ」

 そんな認識なのかと適当に頷く。

「余り会ったこと無いですけど、ロルさんのパーティメンバーというなら大丈夫です。んー、見てないですね。ごめんなさい」

 役に立たなくてと謝罪する彼女。

「いや、いいんだ。アイツが花とか無いだろうから。ありがとう」

 口早に言って、花屋を後にして走り出す。

「いえ、ヨークさん年に一度ーー」


「フィ!」

 走る先に、犬型の使い魔ーー黒毛に赤目のザクロ、ザクロよりも小さなガルム、ハティ、スコルを連れて歩くパーティメンバーが見えて呼び止めた。

「散歩か?」

「……そうだけど。何?」

「ヤツを見なかったか? 探してるんだが見つからないんだ」

 両脇に控えた使い魔の頭を撫でながら、フィは俺の質問に疑問で返してきた。

「……ヤツ?」

 ヴィリと違い分からなかったようで、首を傾げられてしまう。

 しかも前に回り込み自分も撫でろと、すり寄ってくる使い魔の頭を屈んで撫で始める。

「ヨークだ、ヨーク!」

「……見てない」

「そうか、じゃあな」

 この後、使い魔に協力してもらえば良かったが、焦りからそこまで頭が回らず一人でまた駆け出す。

 どんどん焦燥と怒りを募らせて、最終的にはヤツを探して街中を走り回っていた。

 すると人波の先に、茶髪の背中が覗く。

「おいっ! ヨーク!」

 一人歩くその姿に呼びかけながら、少なくない人の間を割って進む。

「止まれ! 大事な話があるんだ!」

 右腕を伸ばし、その左肩に手を置き引き留めた。

「呼んでいるのになんでーー!」

 やっと見つけたイラ立ちを込め、腕を手前に引くようにして振り向かせる。

「え?」

「え……?」

 向き合った相手と一緒に目を丸くする。

 不安も焦りも一瞬で吹き飛んだ。

 そこには全く知らない人が居た。

「な、何か?」

「……人違いだ。すまない」

 早口に謝罪し、怪訝な視線を向けてくる相手の肩から手を引く。

 前に誰だったか、過去を変えても未来は本来の形に戻ろうとするため、過程は違えど結果が同じになるように修正されてしまうと、そういう舞台だか本だかを見たと聞いた覚えがある。

 ならば失敗するのかと不安になったが、無駄なら過去を夢で見るはずが無い。

 変えられるから未来を知ったのであれば、異なる未来に出来るはずだ。でないと未来を知ることに意味が無くなるという仮説を立てる。

 だからアイツは見つけられるはずだーーそう意気込んで数時間、全然見つからなかった。

 それこそ後ろ姿が似ている人さえ。

 そんなはず無いーーそう焦燥と疲労で足元に視線を落とした次の瞬間、名前を呼ばれる。

「ロル」

 聞きなじみのある声に顔を跳ね上げると、予想通りの顔がそこにあった。

「お前、探したんだぞ!」

 思わず大きな声が出てしまう。

 ヤツは僅かに首を引き、眉間にしわを寄せた。

「知らないよ。今日入れて三日はオフで、四日後にギルドに集まる予定だろ。休みに会わないのも勝手だろ」

「じゃあ、なんでいるんだよ!」

 これまで走り回った苦労と疲労を思うと、腹を立てずに居られない。

 叫ぶくらいで嫌そうにされたくもない。

「ロルが探してると、兵士の知り合いから聞いたんだ。それで探してた。すんなり見つかって良かったよ」

 ヤツの指す兵士は、この防壁に囲われた街を任されている領主が、治安維持のために配置している兵士のことで間違いないだろう。

 時には冒険者も相手になるだろうから、自警団では手に負えないためだ。

「探してたのはこっちだ! 兵士だ? すぐ見つかって良かった? ふざけるな! こっちはな散々走り回されたんだ!」

 あっさりヤツに見つかったことが悔しくて怒鳴り返してしまう。

「で、怒るだけなら帰るぞ。用事もあるんだ。何のようなんだ?」

 コイツもイラ立ったよな棘が声に混ざってあた。

「ちょっと待て。兵士から聞いたっていったか? お前パーティ辞めたりしないよな!」

 ぐっと近づき、ヤツの二の腕を左手で掴む。

 するとこれまで見たことが無いほど変な表情をヤツは浮かべる。

「いきなりなんだ?」

「良いから答えろ!」

 多少強引だけれど、顔を近づけて問う。

 困惑が覗く顔で、掴む手を払いヤツは言った。

「辞めないが?」

 質問に答えたアイツは、身体をずらして歩き出す。

「これでいいだろ? じゃあな」

 そして通り過ぎようとしているヨークに、手が出て再び引き留める。

「何?」

 足を止めて首を捻る相手。

「あ、いや」

 自分でも無意識に手を伸ばしていて戸惑う。

 しかもコイツから辞めないという言質を取ったというのに、ほっとするどころか胸のざわつきが治まらない。

「何だよ。昨日使ったスクロールを補充しに行かなくちゃいけないんだ。何も言うことがないなら離してくれ」

 治まらない胸騒ぎに繰り返し呟く。

「……パーティ辞めないよな?」

「しつこい。何なんだ、何度も何度も同じ質問を繰り返して! 俺に自分から脱退して欲しいって話なのか?」

「だから違う! 違うんだ!」

 誤解されずに説明したいが、上手く言語化出来ず、ただひたすらに訴えかけるように見つめ返すしかなかった。

 顔を合わす前は何となく良い感じに喋れると、漠然と思っていたのに、いざ現実を目の前にすると言葉が出てこない。

「なら、答えたんだ。離してくれ」

 まずアイツの口からパーティを抜ける気はないと聞けたが、全然解決した感じがしない。

 それでも仕方なくヤツを見過ごすしか出来なかった。

「酒場行くか……」

 日は沈んでいないので時間はあるが、鍛冶屋にメンテナンスを頼みに行く気力も無く、ボソリと呟いた。

 静かなところよりは騒がしい中に身を置きたかった。

 人気の無い静かなところは、一人より誰か女の子と行く場所だ。

 騒がしいのは気が紛れるし、運が良ければ冒険者同士のケンカを見られるかもしれない。

 余り意識したことは無いけれど、ケンカする不幸な他人を見れば、少しは気持ちが軽くなるかもしれない気がした。

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